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113話

カクヨム版113話を改稿。

「『死病と言って良いレベルの、危険な伝染病が発生している』だって?」


 フランは驚きのあまり、ラックの発言内容をまるっとそのままに問い返してしまっていた。

 これは夕食会での出来事であり、時系列的に言えばゴーズ家当主の妹のリムルから届けられた書簡に対して、返事を持たせて使者を送り出した夜の話となる。

 勿論、件の病が発生した場所はバーグ連邦であって、ゴーズ家の統治下の地域ではない。


「うん。とりあえずのところ、現地へ赴いての確認はまだしていない。けれど、バーグ連邦の首都を視てわかったことは、人の動きがない。夜間でも営業しているはずの酒場的な施設や、アレなお店も人気(ひとけ)がないね」


 ファーミルス王国に「致死率が百パーセントだ」と情報が伝わってしまった奇病は、発生している現地にいる人間の認識だと、「罹患しやすく、発症してしまえば確実に命を落とす」というもの。

 過去の訪れ人が王国にもたらした知識は、伝染病の予防策的な部分にも影響を及ぼしている。

 手洗い、うがい、マスクの着用、他人との接触を減らす等々、基本的な感染症対策の部分は王国だけではなく他の国でも浸透しているのが現在の状況であった。


 だがしかし。


 ラックが千里眼で視認できた状況は、「そうであるから大丈夫だろう」で済ませて良いようには感じられなかった。

 何故なら、「場所によっては」という前提はあるものの、死亡した人間の遺体が何の処置もされずに、そのまま放置されていたりするのを超能力者は視てしまっていたのだから。


 ファーミルス王国の宰相の手元に届いた情報だと、「バーグ連邦では総人口の三割が既に死亡している」と伝えられている。

 けれども、その情報が宰相の手に届くまでにも、当然時間は経過しているのだ。

 更に言えば、「ラックが情報を得た時点では、それは十日ほど前の状況の話」なのであった。


「届けられた情報では、『連邦の人間の三割が死んでる』って話だった。けれど、僕が視た印象だと『五割は余裕で超えている』んじゃないかな? 通常であれば国の主要人物が集うような場所にも人がいない。連邦の首長である者やその周辺人材も死んでいる可能性がある」


 バーグ連邦は十七家の大公家が投票で首長を選出し、首長が国家元首としてファーミルス王国で言う王権のような権力を最長十年の任期制で握る政治形態となっている。

 要は、十七の小国が寄り集まって、隣のスピッツア帝国に対抗できる「バーグ連邦」という国家を作り上げているのだ。


 首長の任期が最長で十年となっているのは、必ずしもそれを全うできる者ばかりではないのがその理由。

 任期途中でも何らかの事情で辞任する者もいれば、単純に死亡するケースだってある。


 まぁ、過去の実例を振り返ると、大半のケースで何事もなく十年を勤め上げる者が多いのだけれど。


「元第二王子妃やその息子の受け入れについては、ゴーズ領に受け入れるのが決定事項なのでしょう? ならば、その話は後回しで良いかと。まず、ゴーズ領にその奇病を持ち込ませない対策と、万一持ち込まれた場合の対処方法を決めるのが優先ですわね」


 アスラはフランへ「落ち着きなさい」とばかりに視線を向けつつ、発言した。


「そうだな。幸い、ゴーズ領の立地はファーミルス王国内だとバーグ連邦からは最も離れている。こちらまで病が伝播して来るには、まだまだ時間の余裕はあるだろうしな」


 危機が迫って来てから、泥縄式に対策に追われるのは愚の骨頂。

 エレーヌが続けたアスラに賛同する旨の発言は、それを改めて夕食会の参加者全員に認識させることに成功した。


「ゴーズ領となっている部分は関所に人が置いてあるけれど、ガンダ領やティアン領はそうではない。そこの部分はどうする?」


 リティシアの指摘している領地は、現状では領内への入り口の場所が東西南北に各一か所だけとなっている。

 但し、物理的に入り口の数が制限されているだけで、そこを通過すること自体にはなんら制限が掛かっていない。

 言ってしまえばなんだが、王都のような防衛に特別の労力を割いている場所や、物品に関税的なものを領地で掛けるケースを除き、人間も物品もフリーに通過できる領地の境界の方がファーミルス王国では一般的な状態なのである。


 こうした部分は、王国と領地持ち貴族が抱える軍事力から来る安心感があって、初めて成立するものではあるのだけれど。

 端的に言えば、「圧倒的な暴力装置が、いざとなれば発動できる」という驕りでもあるが。

 

 例を挙げると、魔力量五百の騎士爵が扱う量産品のスーツですら、魔力持ちではない一般国民が用意可能な武装で対抗するのはまず不可能なのだ。

 よって、驕っても仕方がない面もある。

 それが、スーツを超えて機動騎士まで行くと、もう「何をか言わんや」のレベルになってしまうのも当然ではあった。


 けれども、ことが「伝染病の流入を防ぐ」という点に話が変われば、ゴーズ家が作り上げている長城型防壁を持たない一般的な領地は脆い。

 人の侵入経路が完全に限定されていないと、そういうことになってしまう。


 もっとも、大半の人の流れは、整備されている特定のルートからそう外れることはない。

 通行用としての整備がされていない場所を通過して、領地の境界を超えることが「できる」のと、それをする人間が「多い」という条件は、移動への快適性という部分が加味されるため、同じになるはずがないからだ。

 また、そうでなければならない。

 それが崩れるような地であれば、資金と労力を投入して通行に適したルートを整備したり、維持する意味がなくなってしまう。


 まぁ、それはそれとして、現実はどう言ってみたところで、「『ゴーズ家の統治下に組み入れられているガンダ領とティアン領は、いざ防疫体制を強化する』という観点からすれば、一般的な領地に比べて遥かに優位性がある」のは事実であり、そこは動かないのだが。


「ファーミルス王国内での発症例がまだないけど、警戒度を上げておくに越したことはなさそうだね。関所の夜間の通行止めと、日の出から日没までの番人兵を立たせる手配を頼む。西から来た、或いは過去三十日以内に、発症者がいる地域へ踏み入ったことがある者は五日から十日間の隔離措置を行う。隔離日数はその時の判断で変更する。最低は五日ってことで」


 ラックがリティシアの疑問に答えた。

 そして、ついでにとばかりに、リムルやフォウルを受け入れる時の防疫の予定も説明を行う。

 利用する地が、彼女の元実家のあった地域となるため、「個人的な思い入れがあるだろう」という配慮も込みだ。


「貴方。住民への周知はどうされますの?」


「ゴーズ領、ガンダ領、ティアン領の全ての住民にバーグ連邦での伝染病と疑われる死病の発生を公示して伝える。通常とは異なる病の兆候が見られる者が見つかった時は、可能な範囲での隔離をした上で、すぐに報告を上げるように徹底しておいて欲しい。そうしてくれれば、僕が何とかする」


 ミシュラの問いに、ラックは当主の責務を果たす宣言を以って返す。

 超能力者は、この時点で謎の奇病に対しての原因も治療法も、具体的なことを全く掴んでいなくとも、どうにかする意思を持っていた。

 それは、「状況によっては命を非情に切り捨てることもあり得る」という、当主として重大な覚悟を伴ったモノであった。

 だが、そこに気づいていたのは夕食会に参加している妻たちの中で、正妻ただ一人である。


 ミシュラの持つ「正妻」という肩書は伊達ではない。

 テニューズ公爵家の長男として生まれてきた、魔力を全く持たない男。

 ラックは、これまでの人生で成り行きなどではなく、唯一の自ら望んで得た女性との間に、「他者が入り込む余地のない特別な絆を築き上げている」という証でもあるのだけれど。


 そんなこんなのなんやかんやで、謎の奇病へ対応策は決定され、なし崩し的にラックの妹のリムルと甥のフォウルの受け入れ話の大まかな部分が決められた。

 ミシュラを除いた四人の夫人たちは、この夜、超能力者が危険な調査と処理を行うことを密かに決意したのを、最後まで気づくことはなかったのだった。




 一夜が明けて、ゴーズ家の面々は、今日も今日とてそれぞれの持ち場での仕事を開始する。

 昨日の夕食会での決定事項に沿った手配の必要もあって、通常よりも彼女たちの仕事内容が濃くなるのは避けられなかった。


 そんな中、ミシュラはラックが仕事に出る前に声を掛ける。

 彼女は、夫と二人だけで話す時間を捻出していた。


「貴方。いつものお仕事ではなく、バーグ連邦に行きますのね?」


「うん。やっぱりミシュラにだけは気づかれてしまうか。ここから視ているだけでは、わからないことが多い。そして、『どんなに厳重な防疫体制を敷いても、ファーミルス王国内にバーグ連邦の病が入り込めば、ゴーズ領に伝播するのは時間の問題だ』と僕は思う。比較的安全に調査と対処が可能なのは、おそらく僕だけだ。まず、お義父さんのところで情報を伝えて、それから謎の奇病を調べて来るよ」


 ラックの飄々とした雰囲気と明るく軽い感じの物言いが、無理に作られているものだとミシュラは看破していた。

 夫がそうしている理由も合わせて。

 そうである以上、彼女は自らの心の内を正確に伝えたいという衝動を抑えることはできない。

 幸いなことに、彼らの間には曲解や誤解が生じる余地のない、考えを直接伝達する手段が存在している。

 ゴーズ家の第一夫人は、強い意志が宿る瞳を夫に向けた。

 そうして、ゴーズ家当主が最も愛する、最も必要とする存在は、無言でそっと超能力者の手を取ったのである。


 凄い力を持っているのは理解しています。

 常人には不可能なことを成し遂げられる能力があるのは、重々承知しています。

 それでも。

 全てを一人で背負って耐えられる、「神の如く」と言って良いような精神性を貴方が持ち得ているとはわたくしには思えません。

 わたくしにも抱える覚悟はあります。

 少しでも貴方が楽になるように。

 重荷はわたくしも分担して背負います。


 ミシュラから流れ込んで来る心の声。

 それを確かに受け取った超能力者は、強く妻を抱きしめる。

 僅かな時間の熱い抱擁が交わされた。

 そうしてから、ラックはゴーズ家の執務室から姿を消したのであった。




 ラックはまずシス家を訪問し、続いてスティキー皇国の皇帝に会っていた。

 超能力者の考えを実現できる候補地は、皇国が管理を放棄した島しかなかったのがその理由だ。


「確かに、あの島は航空関連の技術放棄を行ったために維持が不可能になり、今は無人島だが」


「海を挟んで、五百キロメートルの距離があれば、さすがに『病の源がこの大陸に入り込むことはない』と考える。渡り鳥などの飛来もないのだろう? それに無料で使用はしない。使用期間中は、ゴーズ家に納める金額を一割減額しよう」


 ラックと皇帝の話し合いは続いていた。


 スティキー皇国のある南の大陸から、更に南方へ五百キロメートルばかり離れた場所にポツンとある孤島は、大きさだけは九千平方キロメートル弱ある巨大な島だ。

 大きさを思い浮かべやすく表現するなら、「日本の四国の半分くらいの面積」と言えばわかりやすいだろうか。


 その島は、自給自足が不可能な土地柄であり、飛行船と輸送機による物資の搬入なしには人の生存が困難な地でもあった。

 具体的に言えば、「農業に全く適していない土地」であり、端的に言えば「食料がない」のだ。

 ラックがそのあたりの事情を知っていたのは、皇国との密約の履行の過程で、求められて人の移動に助力をしたからである。


「わかった。実質的にこの国には拒否権があると考えられないから、それは認める。けれどもな、万一の事態が発生したら、その責任は取ってもらうぞ」


 皇帝と補佐官とが、コソコソと話し合った末に出された結論は、ラックの意に反するものではなかったのだった。


 そんな感じで、ラックが事前にやるべきことを全て済ませたのは、太陽が子午線を通過しつつある時間帯。

 超能力者はスティキー皇国の皇帝と補佐官の前から、テレポートで姿を消したのであった。




 バーグ連邦の上空。


 空中浮揚で姿勢を維持しつつ、ラックは千里眼の行使を始めた。

 勿論、姿は偽っている。

 今回はスティキー皇国の人間の姿を借りていたりするけれど。


 そうして、超能力者は既に住民が全滅している集落を四つ見つける。

 病原菌によって汚染されている無人の場所への対処方法は一択であり、そこを綺麗に焼き払って行く。

 遺体を含む全てが灰燼に帰した。

 続いて、ラックは「極点から持ち込んだ氷山を砕いてばら撒く」という、強引且つ乱暴な方法で、業火の残り火を鎮火させたのである。


 険しい表情を保ったままの男は、そうやって仮の移動先を短時間で作り上げたのだった。


 超能力者が次の段階として行うのは、人の選別。


 罹患していない者。

 罹患の疑いが薄い者。

 罹患の疑いが濃い者。

 発症しているがまだ生きている者。

 死亡済みの者。

 

 独断と偏見による選別。


 そこには、所謂身分というモノは一切考慮されていない。

 個別に一人一人を完全隔離など現状では不可能であるから、選別結果に判断ミスが混じるのは想定内。

 ラックの心中において、許容せざるを得ない部分となる。


 それでも、判断ミスが最悪に繋がることはないように、ラックはできる限りの工夫を凝らしていくのだけれど。


 ゴーズ家の当主の持つ能力では、全てを救うことなどできはしない。

 また、その責任を負う立場でもない。

 しかしながら、ラック自らが行動することで助けられる命もある。

 ラックは、発症していない生者に関しては、五人くらいずつで簡易隔離を行っていた。

 そうやって、死者以外の人間を全て運び出した地は、問答無用で焼き払って、他と同じように鎮火させ、新たな隔離先の場として行く。

 超能力者は、陰鬱な気分のまま、黙々とそうした作業を続けていたのである。


 こうして、ラックはバーグ連邦で起きた死病と思われる伝染病の問題の解決に着手した。

 誰に言われるでもなく、密かに、且つ自主的に行われたその行為は、この段階においてミシュラ以外の人間に知られることがおそらくはない。

 それは、連邦以外の国の人間からも、称賛を受けるに値する行動であったのは確かなことであるけれど。


 何も言わずとも寄り添ってくれる最大の理解者に、心を救われているゴーズ領の領主様。ファーミルス王国を衰退させ、魔道大学校がある王都を死病の蔓延する地にするわけにはいかない超能力者。子供たちの将来も見据えて、歯を食いしばるしかないラックなのであった。

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