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11話

「『ガンダ領の当主交代が認められない』だって?」


 ラックは、ミシュラから驚愕の報告を受けていた。

 正確には「当主は交代できたが、ガンダ領の受け継ぎが却下された」という話である。

 加えて言えば「却下は確定ではなく保留」だ。

 今のところは、だけれども。


 ミシュラは、リティシアとガンダ家の長女ルティシア、長男カールを連れて、ガンダ領の諸手続きを行う目的で王都へ行った。

 そして、リティシアが、”領主ガデル・キ・ガンダと、ガンダ村の全住民の死亡の報告”と、”領主をカールに交代して、再入植の人員を募ってやり直す手続き”を行ったのだが。


「ガデルは死亡するまで戦って、村を守ろうとしました。私も同じです。限界まで戦いました。結果的に村民が全員死亡したのは事実ですが、『領主一族だけが逃げた』とはなんですか!」


「生き残ったのが、妻である貴女とその子供二名のみ。そして今はゴーズ領に身を寄せているのですよね? 客観的にそう受け止められてもおかしくはないでしょう。これでは、新たに領民を募集してもどうせ集まりません。今年の租税が払えなくなるのは確実じゃないですか? そうなれば借金を背負った上で領地取り上げです。今、ガンダ家当主交代の手続きはしました。が、この状況でガンダ領の受け継ぎを認めないのは寧ろ恩情ですよ?」


 リティシアは悔しさで言葉が出ない。

 担当官の言い分に間違いはないからだ。


「すみません。わたくし、ミシュラ・キ・ゴーズと申します。少しお話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 ミシュラは当事者ではないため、下手に出て話を継続させようとする。

 但し、担当官への怒りの感情は彼女にもある。

 それを上手く隠しているだけであった。


「ああ、お隣の領の夫人ですね。構いませんよ。どうぞ」


「ありがとう存じます。今回の場合の問題点は、『今年の秋の収穫の後の租税が支払えない見込みだから』ということでよろしいですか? 『住民の有無』は問わないですよね?」


 担当官は、当たり前の話でミシュラから“何故それを確認されたのが?”がわからない。

 けれども、問われた以上は答えるだけである。

 それが彼の職務であるから。


「はい。農耕地は昨年の実績分が基準となりますから面積当たりの基準での四割。これから作付けしたのでは不可能ですよね? 勿論、租税が支払えるのならば住民の有無は問いません。流行り病などでの住民激減のケースと同じ扱いですから。それに前例は少ないですが、住民が全くいない状態から開拓をする騎士爵様もいらっしゃいますしね」


「では、北部開拓地特有の納税条件。魔石での代納も当然認められますね?」


「はい。ですが、それは基準以上のサイズの魔石だけに限られますし、制度としてはありますが、それで納めた前例はありませんよ?」


 できもしないことを確認してくる眼前の女性に困惑しながらも、担当官はそう答えるしかない。


「そうですか。では、一度領地に戻って算段をして、もう一度ここへ来ます。ガンダ領の受け継ぎの件は、わたくしたちが戻るまで保留としていただけますか? 勿論、長い期間ではありません。そうですね。最大でも三十日。それで再度出頭しない場合は、保留解除で構いませんので」


「それは構いませんが。それでしたら、再度こちらへ来られた時に、担保として今年の納税分相当の半分以上の魔石の持ち込みをお願いします。ああ、全量前納でも構いませんよ? 『それが可能であれば』ですけれど」


 担当官の態度は明らかに、“どうせできないだろう?”という感じが丸出しであり、ミシュラはこんな態度の者が、窓口になっているファーミルス王国の体制に若干の不安を覚える。

 だが、彼女は法的な根拠のない“理不尽なお願い”を持ち出した男性職員から、“必要な言質”は取った。

 後は彼女の夫の領域である。


 そうした経緯で四人は領地に戻り、報告をしたのが冒頭の場面だ。




「その話だと、“リティシアさんがどうしたいのか?”が全てじゃないのか? カール君では決められないだろう」


 三歳の当主カールに判断や責任を求めるのはさすがにない。

 実質、決定権は母親のリティシアが持つことは明白なのだった。

 彼女たち三人の今後の生き方は領地持ち貴族が全てではない。

 選択肢としては、文官や軍人になって生きて行く道もあるのだから。

 もっとも、その選択をした場合は、彼女と彼女の夫であったガデルのこれまでの努力を全て否定する話になるわけであり、“心情的に受け入れられるか?”が問題となる。


「私はカールに、『ガデルがこれまで生きて来た証』と言える領地を残してやりたい。だけど、『どうすれば良いのか?』がわからない」


「貴方。ここからは大人の話です。ルティシアさんとカール君は部屋へ戻って貰いませんか?」


 ミシュラの提案で、幼い姉弟は執務室から退室した。

 そして、彼女はラックの横に立ち、机の上に置かれた夫の手に自身の震える手をそっと重ねる。

 考えを読み取って貰うためだ。


「わかったよ。ミシュラ。僕は大丈夫だから。さて、リティシアさん。ガデルさんを失ったばかりの貴女が受け入れられる現実かどうか。僕にはわかりませんがゴーズ領の領主としての提案をさせて貰います。引き換えにする条件三つでガンダ領の維持への全面的援助をします。で、その三つの条件なのですが。まず一つ目。ガンダ領に流れる大河からゴーズ領への取水。これは僕の方の負担で水路を作ってゴーズ領に水を引くという意味です。二つ目。貴女がゴーズ家に嫁ぐこと。これは立場が第三夫人か妾かは相談になりますが。最後の一つ。三つ目は、カール君の婚約者をゴーズ家から出すのを受け入れること。勿論、正妻で。但し、現時点で当家には適している娘がおりませんので、今後生まれて来る子かあるいは養女か。その部分は保留となります。ああ、当家から魔力量1000以上の娘が出せない場合は、三つ目は反故にしていただいて構いません」


「今の私たちには過分な内容の提案だと思う。取水、水路の話は問題ない。だけれども、今伺った提案を受けた場合、私はあの子たちと暮らすことができなくなるのではないか? それと、私の魔力量は千五百だから可能性は低いと思うが、この家の長男を上回る魔力量の男子が生まれたらどうなる? “こんな年増の私を相手に子供を作るのか?”という問題もあるけれど」


 リティシアは、カールに亡くなったガデルの意思を継いでもらって、彼にガンダ領の領地を持たせられるのであれば、“自分自身がどんな目に遭っても構わない”と思っていた。

 夫を亡くしたばかりで別の男性に嫁ぐなど、考えたくもないことではあるが、息子のため、夫の死を無駄にしないためと考えれば受け入れられる。

 しかしながら、五歳の長女や三歳の長男をガンダ領に置いて、自身がゴーズ領に留め置かれて引き離されるのは受け入れられない。

 子供たちには母親の存在が必要だからだ。

 その部分は絶対に譲りたくない条件である。


 二十九の年齢で老齢貴族の後妻にという話なら別だが、四つか五つ年下の男性から結婚を求められるのであれば悪い気はしない。

 死別後、直ぐだという事情を考慮しなければ、安定している領地に嫁げるのは良い話の部類なのだ。

 荒廃した騎士爵領を、丸ごと援助できるほどに安定している領地ならば尚更のお話。

 例えそれが魔力量0の悪名が轟いている相手だとしてもだ。


 また、この提案を蹴った場合、近い将来、“援助と引き換えで後妻に”という話が出る可能性は極めて高い。だが、その時点での援助は、今の提案内容で受けられる援助と比べれば、かなり劣るものになるのは確実であろう。

 “後妻の連れ子を優遇したい”と考える貴族はおそらくいないのだから。


「親子を引き離す真似はしない。ある程度開発が済んで、村を復興した場合でも、カール君が成人するまでは、基本的に一緒に生活して貰う。ま、実際は魔道大学校に入学するまでだけどね。それと、もしも、子供を授かった場合の扱い。ゴーズ領はクーガに継がせるのは決定事項。それに変更があるとしても、必ずミシュラの子に継がせる。だから、子供の魔力量次第の所はあるけど、騎士爵以上ならば僕の援助付きで独立して開拓に出て貰う。女の子の場合は良い縁談を探す」


 必要な話は済んだ。

 ラックは立ち上がり、執務室にある金庫を開ける。

 そこから魔石を取り出して見せることで、リティシアに現実と向き合って貰うために。


「ミシュラ。これ、いくつあれば良いんだっけ?」


「そのサイズの下級機動騎士用に使える魔石なら、ゴーズ領の納税分相当からの推測で言うと、五つでおつりが来ますね。ガンダ領ならいくつかはちょっとわからないですが、ゴーズ領の分より少ないことは確かです」


 リティシアは、気軽にポンポンと出される魔石の量に目を剝いた。

 ちらりと見えた金庫の中にはかなりの量が入っている。

 その物量は十や二十ではないだろう。

 そして、大型の魔獣を倒さなければ得られるものではないため、お金さえ積めばいくらでも手に入るというものではない。

 よって、彼女が目にした大量の魔石は、どう考えても“ゴーズ家が自力で調達した魔石だ”という結論になる。


 ゴーズ領の、ゴーズ家の持つ財力とは一体いかほどなのか?

 空恐ろしくなって来たリティシアであった。


「見ての通り。援助は空手形じゃないよ。どうします?」


「提案を受け入れます。ガンダ領とカールの将来のこと。よろしくお願いします」


「うん。じゃあそういうことで。貴女の序列や立場の話はミシュラと話し合って決めてくれればそれで良い。僕が決めるよりその方が良いと思うから。明日には前納で納税して来てくれる? 今回倒したワームの分の十一個全部持って行って良いよ。それだけあれば、三年? いや、四年分位になるかな?」


 話は全て終わったと、ラックは席を立つ。

 超能力者は今日の予定を可及的速やかに消化して、妻の不安を取り除く夜の時間を持たねばならないのだ。

 ゴーズ家の当主はヤル気に満ち溢れていた。

 ナニをとは言わないが。


「リティシアさん。これからは、『リティシア』と呼び捨てにします。ここからは女の話です」


「はい。ミシュラ様」


「わたくしは今、妊娠の兆候があります。まだはっきりしませんが、夜のお相手を控える時期がいずれ来ます。そして、ラックはわたくし以外へはそういうことを好んでする夫ではありませんでした。今はフランという第二夫人がいますけれど、彼女は領地の利の点から受け入れた女性であって、夫が女性として望んで得た方ではありません。それは貴女も同じです。第三夫人としてその点を弁えてください。ただですね、夫のソレを全てわたくしが受け止めるのが大変なのは事実でして、わたくしの差配でフランにも負担して貰っています。リティシアにも同じようにするつもりです。ガンダ領に居を移した後は、夫が出向く形になりますけれど。貴女たちがガンダ領に住めるようになるのは、夫が復興作業を終えてからになるでしょう。時期としては一年以上先のことになるはずです」


「わかりました。ミシュラ様に従いますので、よろしくお願いします」


 この時のリティシアは、ガンダ領の復興作業は下級機動騎士が主体で行われるのだと思っていた。

 領主のラックが指示を出し、“実働は二機の機動騎士の仕事だ”と考えていたのである。

 だが、現実は違う。

 ミシュラの言葉通り、魔力0の超能力者が全てを担う予定であり、実際にそうなってしまう未来があるわけだが、この時の彼女の持つ常識では、そんなことを想像するのは不可能な話であった。


 そんな流れで、夜になりミシュラはラックと濃密な話をする一夜の時間を持つ。

 二人は夫婦間の理解を深め、絆は更に強化された。

 それだけの話である。




 明けて翌朝。

 十一個の魔石を積んで、ミシュラの機動騎士は王都へと向かう。だが、その前に、リティシア、ルティシア、カールは個別に執務室に呼び出され、ラックに催眠暗示を掛けられたのは言うまでもない。

 移動に無駄な時間を掛けたくないのだから仕方のないことである。


 ルティシアはもう王都へ行く用事はないので、ゴーズ村でお留守番。

 クーガの遊び相手兼お守りというお仕事を割り振られる。

 片やテレポートで王都に到着した、ミシュラ、リティシア、カールの三人は昨日の担当官に会い、魔石を提出して手続きを迫った。

 尚、手続きが完了し、ガンダ領領主カールが誕生した後、ミシュラが「災害時の税の適用調査の件はいつになるのかしら?」と担当官に釘を刺したのは些細なことなのだった。


 魔獣による被害も災害の扱いであり、ファーミルス王国の制度では農耕可能面積の再調査が申請できる。

 残念ながら、今年度は昨年の租税の算定実績からの納税となる。だが、通常は徴税時にその年の開墾部分が調査され、新規開墾部分は猶予期間が設定されて行き、来年度の租税の算定も同時にされる。

 そうして、将来的には新規開墾部分が租税の対象面積に組み入れられる。

 そのような制度なのだが、災害が原因で農耕可能面積が減る場合もある。

 それも徴税時の調査の対象なのだ。

 ミシュラが言うのは「速やかに新たな調査で農耕可能面積の算定をやり直せ」と、そういう話である。


 前納された十一個の魔石は、昨年実績から行けば四年と少しの換算であったが、再調査があれば来年分以降の計算は当然やり直しだ。

 調査に赴く人間は行きも帰りもゴーズ領を通過すると考えられるので、「調査結果と新たな租税算定額はその時教えてくださいね?」と笑顔で言い切ったミシュラは内心、かなり激しく怒っていたのだろう。


 ガンダ領の領主カールは未成年であるため、成人の後見人が必要となる。

 ラック、ミシュラ、リティシアの三人を後見人として登録。

 そして、リティシアはラックとの婚姻登録も行う。


 王都で必要な手続きの全てを終えたミシュラ、リティシアの表情はやり切った感で溢れていた。


 こうして、ラックは新たな嫁が増え、ガンダ領の整備という新規案件のお仕事に追われることになった。


 ミシュラから妊娠の兆候を聞かされたゴーズ領の領主様。ネーミングセンスがないので「子供の名前はどうしようかな?」と、思い悩む超能力者。良い案が出てこないので、昔読んだ漫画の登場人物の名前を、次々に思い浮かべているラックなのであった。

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[一言] 長女と奥さんが一字違いなのに気づかず変な誤字報告送ってしまい申し訳ありませんでした。
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