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108話

カクヨム版108話を改稿。

「『魔獣の集団に壊滅的被害を与えた攻撃を、『どこの誰が行ったのか?』や、『どこからどうやって行ったのか?』が、全くわからない』だと?」


 ルウィンは、ラトリートの話を聞き驚愕していた。

 シス家の次期当主は、「そんな馬鹿な話があるものか!」と末弟に詰め寄ってしまう。


 数百は確実、おそらくは「千にも届こうか、いや凌駕しているのでは?」というレベルの大量の魔獣の死体の存在。

 それもやっかいなはずの大型種がそこそこの割合で混じっている。

 そのような魔獣の軍勢を短時間で殲滅するには、一体どれだけの戦力が必要だろうか?

 けれども、状況を一番知っているはずのラトリートからルウィンが引き出せた情報は、大したものではなかった。


 砲撃による殲滅戦が行われていた時、バスクオ村の全ての人間は魔獣の存在する方面に注意を向けており、それは、魔力持ちの戦力となる人々も例外ではない。

 要は、攻撃の発生源を調べるほどの精神的余裕を持てた人間は、存在してなどいなかった。

 その状況下で、「これで助かるかも!」と考えた人間は魔力持ち以外の者の中に複数存在していたが、「味方が誰であるか?」は彼らにとってはどうでも良い情報であったからだ。


 窮地のバスクオ領へ、救援目的で駆け付けた機体を含む十二機の機動騎士と、二体のスーツで夜を徹して行われた一連の事後処理。

 それは、夜明けを迎えても終わりが見えず、完了にはほど遠い。

 それでも、最低限度必要と思われる魔獣の領域に近い側の一定範囲内の処理だけは完了させていた。


 操縦者たちの疲労は夜明けの段階で限界に達しており、一旦休息が必要な状況になったのが現実である。

 彼らは仮眠をとってから作業の再開を決め、バスクオ村へと一時撤収して行く。


 そうして、機体から降りたラトリートが、長兄と次兄と久々に顔を合わせることとなり、彼らの間で短時間の情報交換がなされた。


 冒頭のルウィンの発言は、それによって出た言葉なのだった。


「詳しい話は休息後に改めて聞かせてもらう。とりあえず、戦闘状況終了の信号弾の打ち上げと、北部辺境伯領、サエバ領、ゴーズ領へ向けて緊急事態解除の急使を出してくれ。可能であれば、ゴーズ領には有償で事後処理支援の人手の派遣をお願いしたいところだな」


 シス家の次男は、長兄と弟のやり取りを聞いていて、「このまま話を続けても得るモノはない」と見切りをつけ、会話に終止符を打つ。

 急いで行わなければならない初期の事後処理だけでも、推定でまだ八割ほどの分量が残っている。

 ラトリートの言う支援攻撃が、「誰の手による攻撃だったのか?」が気になるのは事実だ。

 それでも、それを知ろうとするのは魔獣の死体処理を全て済ませたあとでも、決して遅くはない。

 彼の考えからすれば、味方と考えて良い存在の詮索など、後回しにしても良いのである。


「それは失念していました。すぐにでも指示を出します。ただ、ゴーズ家には私の立場だと過去の件があるのでお願いし辛いのですけれどね」


 シス家の三男坊はそう言いつつも、必要な指示を出し、急使に持たせる書面作成へと着手した。

 そうして、三兄弟の短い対話は解散となったのだった。




「バスクオ領からの『魔獣の残骸処理の援助願い』ですか。わかりました。領主代行の権限で即刻人を出します。『最上級一機と下級一機を明日の夕刻まで』という条件でこれから向かわせますわね。但し、『稼働に必要な分の魔石の請求と、操縦者の拘束時間中の食事や就寝など、身の回りの世話の部分はバスクオ家に負担していただけること』が条件です。それでよろしくて?」


 ミシュラはバスクオ領からの急使と面会し、受け取った書簡に目を通した。

 彼女は、即座に「決まっていた答え」を返す。

 実のところ、彼の地で解体関連の作業に手が足りないであろうことは昨夜の段階で予測されており、夕食会でそれへの対応が決定されていたからだ。


 処理が遅れて腐敗が始まってしまうと、近くにあるアウド村やビグザ村に何らかの悪影響が出る可能性がある。

 そのため、ゴーズ領的にも他人事と放置するわけには行かない案件となってしまう。

 よって、既にアウド村にアスラとテレスの機体が、援助に出るために待機済みの状況となっていたりするのであった。


 ゴーズ家の正妻が、領主代行の権限で即座に返答できたのは、そのような事前の状況推移があったからなのだけれど。


「ありがとうございます。仰られた条件は当然の話ですので、きちんと対応させていただきます。それに加えて、些少ではございますが、謝礼として魔石を持ち帰っていただきます」


 ゴーズ家としては、謝礼までは期待していなかった。

 だが、そこは常識や良識の範疇なら労働の対価が出されても当然ではある。

 但し、ラックやミシュラの心情に話を限定すると、彼らはバスクオ領の内情の変化、特に整備済みだった大地をボコボコにする形で手を出した自覚があった。

 そのため、先の戦闘での魔石の持ち出し分も含めて、「特に見返りまでは求めなくても良いか」という判断になっていたりしたのである。


 それに加えて、戦闘での消費分に関しては、「特別製の機体を保持していて使用した」という情報をできれば出したくない。

 そんな「思惑」と言うか、「お家の事情」もあるのだけれど。


「昨日打ち上げられた緊急救援の信号弾は、ビグザ村でも確認されていました。それ故に、昨夕の段階で領境に近い場所に、これから出す予定の機動騎士は待機済みだったのです。当家の戦力が必要なさそうな状況がこちらの防壁の上から見て取れましたので、昨日は援軍には向かいませんでしたけれどね。ですから、発光信号で援助に出る指示を出しますので、使者殿が戻られる前に機動騎士が先行到着するでしょう。構いませんわよね?」


 ミシュラは淡々と状況を説明し、面会を終了させた。

 使者は予想もしない話の推移と、ゴーズ領の迅速すぎる対応に茫然となってしまった。

 が、それも束の間のこと。

 彼はすぐに自身の役目を思い出し、面会の場を退出してバスクオ村への帰還を急ぐのだった。




「そう。全員休息中ですのね? それでは、指示を出せる方が作業に復帰されるまで、わたくしたちは独自判断で作業を進めさせてもらいますわね」


 アスラがテレスと共にバスクオ村に到着した時、魔獣の死体処理作業が中断しているのを(いぶか)しんだ。

 しかし、バスクオ家の家臣からそうなっている理由を説明されれば、その状況には「納得」の一言とならざるを得ない。


 時系列的な話だと、アスラたちが到着したのは急使が出されてから僅か二時間ほどしか経過していない時刻。

 要は、彼女たちの到着が、依頼した側からすれば予想外に早過ぎただけ。

 それは、援助依頼を出した張本人も含めて、事後処理に従事していた全員が眠りに就いてからまだ二時間も経っていない状況であった。


 人は、休息なしに働き続けることなどできはしない。


 事前に徹夜作業になることがわかっていたならともかく、此度(このたび)のように突発的にタフな状況対応を強いられたならば、彼らが体力的にだけではなく、精神的にも疲弊しているのは想像するに容易い。

 そして、人間の三大欲求の一つである睡眠欲に抗うのは、難しく、厳しいことなのをアスラたちは理解できた。


 それ故に、前述のアスラの発言が飛び出したのである。




「お義父さま。バレないとは思いますが、人目がないわけではありません。ですので、ほどほどになさってくださいね」


 テレスの駆る下級機動騎士の後部座席には、屠られた魔獣の解体作業を手伝うためにテレポートでやって来た超能力者が着座していた。

 遠目に見れば、「あれ? なんかちょっと変かも?」と、口に出す人間もいそうな程度には、ラックが超能力を使う。


「さすがに、他の機動騎士が作業に加わったらこれはできないからね。今のうちに可能な限り進めておこう」


 ラックはテレスにそう言葉を掛けながらも、念動と透視を駆使して、魔獣の死体から魔石を抉り出す作業の効率を高めていた。

 そんな中、片やアスラは機動騎士での細かな作業を苦手としており、解体への作業従事を、彼女は最初から「放棄する」と宣言する。


 しかしながら、アスラは何もしていなかったわけではない。

 寧ろ作業効率を高めるのに最適と思われる行動をとっていた。

 そんな彼女が、「では、一体何をしていたのか?」と言えば。

 その答えは「解体処理が必要な魔獣の死体、その他を集めて回る方向で動き回っていた」となるのであった。


 テレスの機体の付近に解体が必要なそれを置いて行く。

 それとは別で、砲撃の直撃や至近弾で四散したと思われる部位は、素材として使えそうなものや食用に回せるもの、あるいは廃棄処分行きと、アスラはサクサクと選り分けて山積みにして行った。


 ゴーズ家の第五夫人は、機動騎士への精密な操作が必要となる解体作業を苦手としていても、仕分け作業に必要となる目利きの速度と価値判断の的確さは尋常ではなかったのである。


 適材適所。


 得手不得手。


 千里眼でアスラの作業内容をチラ見して確認していた超能力者は、そんな言葉を脳裏に思い浮かべていたのだけれど、それは些細なことなのであろう。

 



 そんな感じで四時間ほどの時が過ぎ、時刻は正午へと近づく。

 そうこうしているうちに、眠りに就いていた魔力持ちが徐々に起床し始める。

 ゴーズ家所属の二機の機動騎士は、この間になんと百以上の魔獣の処理を終えていた。


 夜間作業で視界が悪く、作業効率が良くなかった時の成果内容と比較するのは酷であるかもしれないが、起床した彼らが休息に入る前に処理済みだったのはおよそ二百でしかなかった。


 片や十二機掛かりで一晩かけて二百。

 片や二機が四時間ほどで百。

 結果を比較すれば、「如何に、アスラとテレスが頑張ったのかがわかろう」と言うものである。

 まぁ、ラックの超能力による助力も、馬鹿にならないほど影響はしているのだけれど。


 そんなこんなのなんやかんやで、起き出したラトリートは、事後処理の支援に駆けつけてくれた二機の機動騎士の存在を知り、昼食がてらの休息の声を掛ける。

 その際、「ラックがしれっとテレポートで、トランザ村のミシュラの元へと逃亡した」のは言うまでもない。

 超能力者は、何かに勘付いてもおかしくないシス家の長男や次男と顔を合わせるのを、さっさと逃亡することで避けたのだった。




「事後処理の進捗率は正午時点でおよそ三割。今日は夜間作業を行わないだろうから、陽が落ちたら作業を休止するとして、早くても明日の昼までは終わらないね。夜間に僕がこそっと処理しても良いけど、それをやると明日の朝、騒ぎになるから止めておく方が無難だろうな」


 ラックはトランザ村に着いた後、執務室に運ばせた昼食をミシュラと共に食していた。

 そうして、食事中に正妻へ状況説明を行ったのが前述の発言なのであった。


「絶対にやらないでくださいね。大騒ぎになりますから。ところで今回の砲撃についての話を、もうシス家へはしましたの? 勿論、当主様限定ですけれど」


「いや、まだだよ。視る限りじゃ、お義父さん忙しそうだったから。でもまぁあまり先延ばしにして良い話でもないよね。このあと行って来るかな」


 魔獣の集団の侵攻という大変な事態が発生したにも拘らず、短時間の出撃でその脅威を取り除くことを成功させた二人。

 彼らの間に流れる時間は、もう緊張感のあるものではなく平時のそれへと移行している。

 事後処理に自領から「人手を派遣している」とはいえ、「超能力者とその正妻」という常軌を逸した夫婦にとっては、もう済んだ案件になっていたのだった。




「というわけで、説明に来ました!」


「初っ端から飛ばして来るな。で、婿殿。今日は昨夜の遠距離砲撃の子細を期待してよいのであろうな?」


 シス家の当主が午後の執務を始めてしばらく経った頃。

 いつものように娘婿の来訪を告げるベルの音が、唐突に北部辺境伯の館に鳴り響く。


 シス家の当主は、「夜にはラックがやって来るだろう」とは思っていた。

 しかし、予想よりも遥かに早い事態に、少しばかり驚いてしまう。

 それでも、やはり「昨夜の魔獣の件での、事態の裏側を知りたい」という欲求は当然ある。


 北部辺境伯は急ぎで片付けねばならない案件のみに、サクサクと指示を出して行く。

 そうして、超能力者の待つ隠し部屋にいそいそと向かったのであり、前述の言葉のやり取りが始まったのだった。


「ええ。今回は、ゴーズ領で試作した『下級』機動騎士一機を実戦投入しました」


「ラトリートからの報告では、『千を超える規模の魔獣の集団を、短時間でほぼ全て倒した』とあった。が、それを成したのが一機のみの火力だと? それも『最上級』ではなく『下級』だと言うのか?」


「はい。ちょっとばかり私も手伝っていますけれどね」


 超能力者は、軽い感じでそのように言ってしまう。

 が、実態は全然「ちょっとばかり」などではない。


 ミシュラの駆る下級機動騎士が放った榴弾の雨は、広範囲の魔獣の全てにダメージを与えることには成功していた。

 けれど、その砲撃のみで絶命に至った魔獣は、実際のところ少ない。

 但し、即座に絶命するわけではなくとも、時間がある程度経過すれば、榴弾がばら撒いた破片により負った傷が原因で、全てではないにしろ死に至るか動けなくなる魔獣も当然出てくる。


 試作機の攻撃は、「魔獣側の総合的な戦闘力を激減させる」という意味合いに置いて、「非常に有効な手段」ではあったのだ。


 そうした数を算定に入れれば、超能力者の正妻の攻撃の戦果は総数の五割に達していてもおかしくはない。

 しかしながら、「すぐに絶命した数」という観点で戦果を語れば一割がせいぜいであり、そこに止めを刺したのは、ラックの放った光の槍であったのが今回の戦闘の実情なのである。

 付け加えると、大型種に対しては榴弾でばら撒かれた破片による攻撃だと、あまり有効な手傷を与えることができてはいなかった。

 但し、いくら弾種が「榴弾」と言えど、「砲弾が直撃すればどうなったのか?」はわからない。

 だが、残念なことに今回は大型種に対してそういった事例は発生しなかったのだった。


 結局のところ、昨夜使用された試作機は、「大量の魔石を消費して、中型種以下のザコ狩りを面制圧で行うことができる」という範疇に収まる代物であった。

 そうした欠点は開発者のドミニクが一番感じており、だからこそ狂気の技術者は弾種を三種類用意して、状況に応じての使い分けを目論んでいたのだけれど。


 こうして、ラックはバスクオ領への事後処理支援に人手を出しつつ、北部辺境伯へ事態の詳細を語り始めて状況を整理した。

 激甚災害と化してもおかしくなかった事案を前に、表に出ない形でゴーズ家の力を振るい、事態を収束させたのである。


 またしても北部辺境伯に対して、貸しを無自覚に作ってしまったゴーズ領の領主様。試作機の実戦での試験運用の側面もあったが故に、「今回の件は放置すればゴーズ領も危なかったですから、無償で良いですよ」と、あっさり言い切ってしまう超能力者。言葉と姿勢の両面から、なにがしかの謝礼をしようとしたシス家の当主の機先を制してしまうラックなのであった。

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