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106話

カクヨム版106話を改稿。

「『バスクオ領の当主が死亡した』だと?」


 宰相は、北部辺境伯が急使を出して王宮に届けてきた情報に驚いていた。

 バスクオ領は、見事な手腕を振るって男爵に陞爵を果たした先代となる三代目の当主が、体調不良を理由に若い四代目に爵位を譲ってからまださほど年月が経っていない。

 年齢的に、「老齢だ」とまでは言えない先代が、魔道大学校を卒業して間もない嫡男に爵位を譲ったのは、結果から見れば「英断だった」と言える。

 三代目の当主は四代目に当主交代をしたのちに、そう時を置かずに病に倒れてしまい、わずか三か月で病没しているからだ。


 バスクオ領とは、「領主の男爵への陞爵が叶った」という勢いがあり、魔獣の領域へ直に接しているにも拘らず、魔獣からの被害が少なく、そういった面でも安定していたはずの領地。

 しかも、魔石を大量に売りに出せる、ファーミルス王国からすれば魔石の優良供給元の一つでもあった。

 そのような領地の当主が死亡し、後継ぎが成人するまでに十数年掛かるような状況に変化したのは、宰相の観点だと痛すぎる。


 若くして死亡した四代目はまだ二十代の青年であり、妻との間に生まれた第一子は魔力量が千八百で爵位維持に必要な二千には足りないものの、嫡男足り得る男子ではあった。

 急すぎる当主死亡に、不審な点はある。

 宰相が知る限り、バスクオ男爵は、急死してもおかしくないような持病の持ち主などではなく、健康体の青年であったはずなのである。


「確か、バスクオ家の夫人は二人。両者共に東部辺境伯の派閥の子爵家の出であったな。魔力量は五千と四千五百であったはず。子爵家基準の一万に満たないが、男爵家基準を凌駕しているから嫁に出された娘たちか」


 宰相は自身の記憶を確かめるかのように、残された夫人の背景を口にした。


「はい。資料で確認しても、それで間違いありません」


「嫡男がいる以上は、実母ではない正妻は実家に戻されるしかないだろう。だが、第二夫人は嫡男の母親としてバスクオ領に留まるのであれば、新たに婚姻はできぬな。そうなると、下級機動騎士三機があっても、稼働できるのは一機のみとなる。しかも、幼児を抱えた母親が操縦者では、真面な防衛戦力として数に入れられんのが厳しい」


 魔獣の領域へと直に接していない領地であれば。

 あるいは、騎士爵領であれば。


 そのような条件下なら気にもされない話なのだが、男爵家の領地となると、王国として安心できる程度の戦力が必要とされる。

 要するに、魔獣被害などで簡単に領地が潰れて貰っては困る。

 男爵の爵位を目指して騎士爵や準男爵の貴族たちが努力し、到達が叶えば家が安泰と思わせる国策制度なのだから、それは当然なのだった。


「そうなりますね。基本的に実母は後見人に名を連ねることはするでしょう。が、もし単独あるいは筆頭の立場になるのであれば、それを拒否するでしょうね」


 報告に来た上級文官が答える。

 彼は北部辺境伯が知らせてきた情報が放置できる案件ではないことを理解しており、宰相決済か陛下の決済による指示が出されるものとして、待ちの体制となっていた。

 そして、宰相の考えが纏まりやすくなるようにと、自主的に補佐役を務めていたのである。


「東部辺境伯家は、バスクオ家の嫡男に特例が適用される娘を用意し、尚且つ、彼が成人するまでの代官を務められる男子と、下級機動騎士以上が扱える魔力量の持ち主を二人以上派遣せねば、後見人に名乗り出ることはできぬ。そこまでの投資をして、得られるのが飛び地の、しかも魔獣の領域に隣接する危険な地でもある男爵領では、費用対効果が悪過ぎるな」


「ええ。東部辺境伯家は損切りとして手を引くでしょう。可能であれば、母子共に引き取って、領地を返納することまで考えるかもしれませんね」


 あり得る状況の中ではファーミルス王国的に最悪の事態を、上級文官はあっさりと口にした。


「王家の直轄領とするには、場所が悪過ぎる。領主一族が逃亡したと民に受け止められる撤退は、領民の流出にも繋がるであろうな。男爵領を分割して、新たな騎士爵を送り込むのも手ではあるが」


 魔獣からの脅威度が高いと判定される地となる以上、防衛できる戦力の裏付けがない騎士爵が手を挙げる可能性は低い。

 初代のバスクオ家は、縁故があったシス家が後ろ盾で立っていたからこそ、彼の地の開拓に乗り出したのだ。

 そして、初代が一代で準男爵に陞爵できた一因がそこにある。

 但し、二代目でシス家との関係が悪化したのだけれど。


「新規では厳しいでしょうね。そして、そのような人材だと、シス家は傍観するでしょうね」


 一旦男爵領が消滅して、新たな騎士爵領が興されるのであれば。

 元々縁故がある家でもなければ、防衛を含む統治と領地経営の実力が証明されたのちに、手を差し伸べるだけでシス家としては十分である。

 シス家の北部地域統治戦略がそのようになっている以上、最初から援助するケースは稀なのであった。


「結局、『今のバスクオ家が、北部辺境伯家かゴーズ上級侯爵家に助力を願い出るしか、現状維持に近い状況を保つ術はない』という話だな」


 宰相と上級文官との言葉のやり取りで、結論らしきものは出た。

 だが、そうなったにも拘らず、この場では未だ対応策の指示が出ていない。

 つまり、あとは宰相が陛下との間で方針を固めてくれれば済む状況になった。

 そう認識した上級文官は、「決済後の指示をお待ちしています」として、場を離れる。

 残された宰相は、国王と、国王代理予定者の第二王子との話し合いに赴くのだった。




「ほう。宰相殿は当家(シス家)に丸投げする決断をしたのか」


 王都から届けられた書簡に目を通した北部辺境伯は、「やはりな」という感想を持ったが、それを表情に出すことはない。

 彼は待たせていた使者には、労いの言葉と共に了承の意を伝えて区切りをつける。

 そうして、先立って調整を始めていた方向性で、シス家の当主は細部を詰めるために動き出すのだった。




 国王と第二王子と宰相の三者での話し合いでは、まず最初にバスクオ領を存続させるか否かが決定された。

 領地の存続は決定とされ、「ではどうするのか?」の具体論に議題は移る。

 存続させるには、まず、バスクオ家の新当主の後見人を決め、領地の受け継ぎの手続きをさせねばならない。

 しかしながら、何の根回しもせずに残された夫人二人に任せると、どう動かれるのかわかったものではないのが難点である。

 彼女たちが独断で結論を出す可能性は低く、十中八九実家の意思が反映されるであろう。

 そしてその実家の意思は、東部辺境伯家の意向でどうとでも動く。


「つまり、東部辺境伯の意思を確認するのが先だな」


 それが決まったところで、宰相は直ぐに確認の使者を出す指示を行った。

 しかしながら、話し合い自体はそれで終わることはない。

 何故なら、返答の種類が少ない選択肢の中から選ばれるのが、容易に予測できるからだ。

 どれが来ても大丈夫なように事前に話を決めておく。

 そうするのが最終的に最も早くことが収まる方法であるのは、この場の全員の認識が一致していた。


 東部辺境伯の返答は「全面的に援助する」か、「全面撤退で夫人二人と新当主一人を引き取る」か、「正妻は実家に戻し、新当主と実母の自主性に任せて、できる範囲の援助を継続する」の三択しか答えはない。

 三択の中で王国的に最も不味いのは、全面撤退。

 それは、「王家にとって」という意味だけではなく、「東部辺境伯自身にとって」も同じとなる。

 つまり、辺境伯がそれを選ぶ可能性は極めて低い。

 もし、それを選択した場合、寄親の立場で今後寄子の支持が得られなくなる実績となってしまうのだから。

 要は下の立場から見た場合、今回のケースだと、「爵位上げて派閥に入っても、援助を切られて爵位も領地も捨てさせられるのかよ?」と、見られるのがオチである。


「辺境伯が全面援助を選んだ場合はどうする?」


 第二王子は疑問を投げ掛けた。


「東部辺境伯家にそれだけの余力があれば、寧ろそうしないと問題がありますな。それができるのであればそうしてもらっても、バスクオ領が存続するので問題はありません。ですが、その場合、出す人材を寄子に強制することは不可能です。今のあの家に、血縁者から人を出し、金や戦力を出す余裕はないでしょうな」


 東部辺境伯家は、過去の次男のやらかしで国からのペナルティを受け、次男の配偶者だった家にも損害補填を行っている。

 更に、アイズ聖教国の時の一件でも経済的に大きなダメージを受けていた。


 東部辺境伯家に潰れて貰っては困るため、国としては最低限のペナルティを科したわけで、その状況下で現在余裕があったら異常だ。

 そのあたりの事情は、東部辺境伯家の寄子も貴族の一員である以上、当然理解している。

 さすがに、寄親が身代を潰すような状況で、自家ではない上に遠方の飛び地となる家に「援助をしてくれ」とまでは言えない。


 更に言えば、ファーミルス王国は「今もなお戦時中のまま」なのだ。

 そうである以上、「飛び地の小さな領地に戦力を割いて張り付けて、東部辺境伯領がスティキー皇国から空爆でもされた日にはどうするんだ?」と、いうような発言が、領内から出る可能性は極めて高いのだった。


「可能性は低いが、全面撤退を選択した場合は、東部辺境伯家の取り潰しを検討するレベルで圧力をかける。『できる範囲で援助継続』という言葉だけで実態のない選択を取ったならば、バスクオ領に残される実母の覚悟は決まるであろうよ。それは、実家から切り捨てられたも同然となるからな。その時は、『シス家を頼れ』と根回しをすれば済む話ではないのか?」


 国王は「さっさと終わらせろ」と言わんばかりに、珍しく対応策を出して来た。

 王家や国で何とかする方法ではなく、北部辺境伯に丸投げ案ではあるけれど。


 そんなこんなのなんやかんやで、三者の話は細部が詰められて行く。

 東部辺境伯の意思確認が終了した後、それに沿った対応をすることになったのだった。


 そうして、二日後。

 前述の北部辺境伯に、王都からの使者が書簡をもたらす場面へと、話は繋がって行くのである。




「そんなわけでな。まだラトリートや妻二人の労役は期限の折り返し地点にも達してはいないのだが、お灸がだいぶ効いたようで、人格面での成長も見られる。孫に罪があるわけでもない故、バスクオ領に孫娘を嫁がせてあの三人を後見人とし、更に後ろ盾でシス家が付く。そのような形に持って行きたいのだ。それに当たって、婿殿からは『忌憚のない意見を求めたい』と、考えている」 


 ふらりと現れたラックに、これ幸いと北部辺境伯は現在の動きを伝えて意見を求めた。

 勿論、この話が行われているのは、シス家の隠し部屋の中である。


「実質、男爵家の期間限定代官をしつつ、バスクオ領の整備事業をこれまでの労役代わりにする話になるのですよね? 現在行われている領地の整備の方で不満が出るのではないですか? 元がガンダ領の問題でしたので、リティシアの意見も聞かねばなりませんね。カールにも本当なら意見を聞くべきだけど、そっちはまぁ良いか。ちょっと聞いてきますよ」


 超能力者は、北部辺境伯が「考えを纏めるので先に聞いてきてくれ」と発言したため、千里眼でガンダ村の状況を確認してから、直ぐにテレポートを敢行する。

 ガンダ村で執務を行っていたリティシアは、唐突に現れた夫の、身も蓋もない単刀直入な問いに驚く。

 但し、彼女は驚きはしても、ラックから問われた内容に対しては、真摯に考えて答えを返した。

 具体的には、彼女は元々、「ラトリートが生きている限り、ガンダ家当主に永年で現金が支払われる」という部分だけでも十分な罰だと思っていた。

 そのため、夫に了承の意を伝えたのだった。


 ちなみに、ラックが当主のカールへの確認をしなかった理由は、大きくは二つ。

 彼が魔道大学校に在学中であったために、直ぐに話ができる状況ではなかったのと、母親でもあり後見人でもあるリティシアの決定に、彼が不満を持つとは考えられなかったからである。

 そもそも、カールは、「当時の事情を明確に理解して記憶しているのか?」が、年齢的に怪しいまである。

 単に、超能力者が「無駄な手間を省いただけ」とも言えるが。




「戻りました。了解は得られましたよ」


「それは重畳。労役として科していた三つの領地の整備状況は、予定より大幅に前倒しがされておる。『ラトリートらが反省して真面目に頑張った証左』とも言えるがな。で、残りの期間はシス家が直接援助する線で話を纏める。いずれ、次男がサエバ領の領名変更をしてゴーズ村へ伯爵として赴任するだろう。その時に三つの領地は傘下に組み入れられる話にもなっておるでな。まだ公にはしていないので、この話は内密にな」


 北部辺境伯が考えを纏める時間を必要としたのは、まだ内定すらしていない婚姻関係の話が含まれていたからだった。

 次男の統治領域や整備の話は、まだまだ流動的な部分が大きいため、やむを得ないのである。


「そうですか。ならば問題はないですね。バスクオ領に中級機動騎士が配備されていた方がゴーズ領としても安全度が増すでしょうし」


 こうして、ラックはバスクオ領の後を継ぐ新たな領主誕生に、僅かながらに関与してしまった。

 縁がある人間が、隣接した領地に赴任すると何が起こるのか?

 シス家の三男坊が自ら事案を発生させなくなると、その反動で「何かを引き寄せる」とでも言うのか?

 予知能力を持たない超能力者には、未来を見通す術はない。


 災害級魔獣の一件で、以前(102話)、アナハイ村に損傷したミシュラの機体を運んだゴーズ領の領主様。現地で「明日事情説明に来る」と言い置いたまま、うっかり忘れて放置していたのを、今更ながら気づいてしまった超能力者。ドクが怒り狂っている可能性を想像して、思わず身震いをしたラックなのであった。

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