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105話

カクヨム版105話を改稿。

「『ゴーズ領の発展とゴーズ家の爵位が妬ましかっただけ』だって?」


 バスクオ家の当主が寝ているところを、千里眼とテレポートを駆使して拉致したラック。

 超能力者は、出入り口も光源も、それら全てが一切がない真の闇の中で尋問を終えて、得られた答えに脱力していた。


 当初は穏便に、ラックは残されている重要書類と思われるモノを丹念に千里眼や念動を行使して漁ってはみたのだ。

 しかし、その結果は芳しくなく、ビグザ村を襲った災害級魔獣の一件の、実態も原因も掴めはしなかった。

 そうして、ラックは最終的には、「ならば、全てを知る本人から情報を得るしかない」との考えに至る。

 そんな流れで、バスクオ男爵を拉致して接触テレパスを行使した結果が、冒頭の発言に繋がるのであった。




「姿を見られてはいないけど、僕がした尋問内容の記憶がお前にある限り、ゴーズ家の手の者が行ったことは隠せない。それに、やったことがことだけに、情状酌量の余地はないな」


 ラックのそんな独白を聞かされてしまったバスクオ男爵は、自身の生命が風前の灯火となっているのを悟る。

 そうなれば、黙っていられないのが当然の成り行きではあった。


「おい待て。お前の問いに、私は何も答えていないだろう? 何も語っていないではないか。何を根拠に判断している? 証拠もなしに、何故、『やったことがことだけに、情状酌量の余地はない』などと断定しているのだ? 私から言わせれば、お前がやっている今のコレこそ、ファーミルス王国の法に倣えば重罪だ。だが、私を解放してくれるのならば、今回は不問にしてやっても良いのだぞ」


 拉致された側が語っている内容は強気だが、超能力者はバスクオ男爵に対して接触テレパスを行使したままの状態だったりする。

 そして、その状況下では、発言者の内心が筒抜けなのである。

 故に、表面上の強気の言葉などラックに対してはまるで意味を成さない。

 

 盗人にも三分の理というわけでもないが、バスクオ男爵の言い分にも正しい部分はある。

 ラックが行っている、「拉致して、尋問している」という行為自体は、「バレれば」という条件が満たされれば重罪ではあるのであった。

 もっとも、その重要な前提となる「バレれば」という条件を満たすことが絶望的に不可能であるのを、彼は知らないけれど。


 超能力者は、遺伝子コピーで既に亡くなっている老人男性に化けている。

 そのため、少なくとも今回の案件では外見、指紋、声紋あたりを手掛かりに、ゴーズ家の当主の犯行だと証明することができない。

 そもそも、人知れず拉致が成功している以上、バスクオ男爵が生きて帰れなければ証明しようと行動することさえできはしないのだ。


 バスクオ男爵の発言は、単にラックの怒りを買い、結果的に寿命を縮めることに寄与しただけである。


「そういうのは要らない。まだ赤子だけれど、次期当主として後が継げる男子がいる以上、アンタがいなくなっても、バスクオ家は残るしね。もっとも、『どのような形で残るのか?』は別の話になるけれど」


 領地が北部地域であるのに、北部辺境伯と不仲であるバスクオ領。

 彼の領地は、北部辺境伯ではなく、東部辺境伯家との結びつきを強化している。

 仮に、バスクオ領がこのまま順当に発展を続けて、バスクオ家が更に上の爵位を賜る事態となれば。

 現状の北部辺境伯の力を削ぎ落す、最初の一歩となってしまう可能性が存在するであろう。

 シス家の当主であるラックの義父がバスクオ領を軽視などせず、情報収集だけはしているのはそのためであった。


 少し前までは、北部辺境伯はそれまでの対応として放置していた。

 けれども、最近になって状況は変化しつつあったのだった。


 北部辺境伯は、「バスクオ男爵が野心丸出しで自領に機動騎士とスーツの配備を増やしている以上は、そろそろ放置のままでは不味い」と認識を変えた。

 そうして、バスクオ家への対応策が保留案件から検討案件に格上げされる予定となっていたのを、娘婿枠で情報をおねだりした結果から、超能力者は知っていたのだ。


 現当主が排除されると、バスクオ家には後見人が必要となる。

 但し、前任の男爵であった祖父は既に他界しているため、それを務めることはできないのだが。

 それでも、魔力量的には、正妻と第二夫人がそれを務めることは可能であった。

 しかし、残念なことに赤子の魔力量は千八百でしかない。

 よって、男爵の要件となる二千に届いてはいなかった。

 要は、特例適用を受けるための嫁が探せなければ、この領地は将来最終的に詰むのである。


 ラックは知る由もないが、それ故に、後見人になり得る二人の女性は、実際に後見人となるべく手を挙げるのを躊躇う案件なのである。

 特に正妻は、「実子ではない」というマイナス条件まで加味されるおまけつきだったりする。

 そもそも、バスクオ家では元々は、高魔力の男子を授かった時点で、その子を後継ぎとする話になっていた。

 正妻や第二夫人はその条件に納得して、嫁いで来ている女性なのだった。


 加えて、結びつきを強化している東部辺境伯は、遠隔地から後見人のみを務めることを希望しても、まず間違いなく王都で許可が下りない。

 魔獣の領域が近い北部地域に置いては、特有の条件として、「非常時に短時間で応援に駆け付けられること」が重視されるからだ。

 要するに、派閥権力や経済的な意味での後ろ盾だけでは、後見人を務められる要件に足りないのである。


 王都には、有能ではない(・・・・・・)文官が揃っている。

 彼らは、良くも悪くも前例に倣って処理できる、される案件には、それが妥当であるかの判断をしない。

 そのため、仮に東部辺境伯が圧力を掛けたとしても、無理や無茶を通せはしないのだ。


 新たなバスクオ男爵の後見人になる抜け道として、東部辺境伯には「バスクオ領に戦力と共に魔力量が足りている成人を送り込んで、駐在させる」という方法はある。

 しかしながら、東部辺境伯家に、「自家にそれを行う余裕があるのか?」と、「バスクオ家にそこまでしてやる価値があるのか?」という、二つの疑問が新たに発生してしまうのが、自明の理となるわけであるが。


 超能力者は、接触テレパスを使用した尋問により、バスクオ家の行いや計画の全容を丸裸にした。

 ラックは、それに伴う心情の部分も把握したのである。


 身勝手な理由で、「蟲毒」という禁忌に手を出し、事故が発生した場合への備えが、強力な魔獣をゴーズ領へ誘導し、押しつけるという計画。


 押しつけた結果、魔獣を討伐してくれれば最上。

 もしそれがダメでも、ゴーズ領に大損害が出てくれれば溜飲が下がる。


 ゴーズ領に大きな被害が出て災害級魔獣の討伐自体には失敗した場合は、災害級魔獣の討伐招集軍が編成され、バスクオ領はそこに参加することにはなるだろう。

 だが、そのケースだと男爵家としては下級機動騎士一機を出せばそれで済んでしまう。


 バスクオ家は「当主自身の参戦」という危険を冒さなくとも、自家への割り当てに従って戦力さえ出せば許されるのである。

 通常ならば、男爵家の財政事情だと二機以上の下級機動騎士を保有できない。

 そのため、「当主が参戦する事例ばかりだ」と言うだけの話であるのだから。


 全ての内容を把握して、笑って許すような精神性をラックは持ち合わせてなどいない。

 そして、超能力者には、人知れず殺してしまって、死体を処分してしまうことだってできてしまう。

 但し、今回は処分に関して、できてもやらないが。


 現当主の死体を処分してしまうと、生死不明の行方不明扱いになってしまう。

 そのため、領地が機能不全化する期間が長くなる。

 その状況は、周囲に大迷惑となるからだ。


 今回の案件は、ミシュラやクーガの生命にも危険が及んでいる。

 よって、調べを終えて知りたいことがなくなったラックは、有罪の犯罪者に対して手を下す決断を躊躇わない。


「禁忌に手を出し、僕の妻や息子が死んでいてもおかしくなかった。その責任を取って貰うぞ。ってことでご退場願おうか」


 バスクオ男爵は死の間際になって、ラックの言葉からようやく「尋問者がゴーズ家の当主であったらしいこと」に気づいた。

 もっとも、どの段階で気づいても、それで「何かが変わる」というわけでもなかったけれど。


 そうして、バスクオ領では、領主の館で早朝にベッドの上で冷たくなっている当主の遺体が発見された。

 尚、死因は脳内血栓が原因とされる病死。

 ラックによる完全犯罪も、ここに極まれりなのであった。




「お義父さん。最新情報を届けに参りました。バスクオ家の当主が病死したそうです。後継者はまだ一歳の男子。後見人と成れるのは亡くなった当主の正妻と第二夫人ですね」


 時刻は早朝。

 シス家の通常の朝食の時間には、まだ一時間以上はある。

 届けられた情報の鮮度は高い。

 ラックがシス家を訪れたのは、バスクオ家で当主死亡が認識されたのとほぼ同時刻だったりする。

 もっとも、死亡推定時刻からは四時間以上が経過しているのだけれど。


 北部辺境伯は娘婿の発言に苦笑し、「毎度のことながら、唐突にやって来て、さらりと重要な情報を投げて来るな」と、内心で呟きながらも、得られた情報を元に思考の海へと沈む。

 そして、沈黙の数秒を経て、彼は口を開くのだった。


「あの家の子供は一人しかおらなんだはず。先代も病死しているから直系は一人だけだな。だが、魔力量は千八百で男爵の基準に足りておらん。当面は後見人で繋ぐとしても、魔道大学校の卒業後に特例適用が受けられなければ、領地没収案件となる」


「そうだったのですか。大変そうですね」


 北部辺境伯は、まるで他人事のような冷めた返事しかしない娘婿の発言に驚く。


「そう簡単に潰れて貰っては、困る場所にある領地なのだが?」


「確たる証拠を掴んで、罪状を証明することはできません。ですが、ゴーズ家ではあの家が『蟲毒を行って災害級を発生させた』という認識ですので」


「聞こえてはならないはずの単語が聞こえたな。『蟲毒』だと?」


 最大の禁忌に関する情報は、さすがに聞き流せはしない。

 辺境伯家の当主としては、「即座に確認を取らざるを得ない案件へ」と話が化けた瞬間である。


「はい。先ほども言いましたが、提出できるような証拠がありません。また、他者に対しての立証はゴーズ家にはできません。もっとも、あくまでここだけの話であって吹聴する気もありませんので、立証する必要もありませんけれどね。それはそれとして、今ならバスクオ家を婚姻政策でシス家の傘下に取り込めるのではないですか?」


 シス家の当主は、娘婿の発言から、「証拠がないのは彼が千里眼で視認して確証を得たが、現場や現物を押さえる前にそれらが消されたのだろう」と、考えた。

 勿論、それも一部正解ではあるのだが、本命の部分は接触テレパスの行使による尋問である。

 但し、結果に影響がないので、その部分の誤認は生じていてもラック的にはスルー案件になるけれど。


 また、娘婿が「既に罰を与えているため、これ以上は必要ない」と言っているも同然であるのにも、北部辺境伯は気づかされる。

 それに加えて、「蟲毒が公にされれば、シス家が北部の要として責任を問われかねない事態に発展する可能性を、眼前の男が事前に摘み取ってくれたのだ」と悟ってしまう。

 もっとも、そこは深読みのし過ぎなのだけれど。


 実態はラックの怒りからの行動が、シス家にも良い結果をもたらすことに繋がっただけなのだが。


 とにもかくにも、シス家の当主はそこまでの思考に至り、娘婿の厚意には内心で感謝するに留める。

 一部誤解はあっても、双方に問題が発生する話でもないため、それで丸く収まってしまうのだった。


 そうして、北部辺境伯の口から出た言葉は、別方向へと向かうのである。

 

「そうだな。だが、その役目はゴーズ家が担っても良いのだぞ?」


「統治できる手腕がありませんので。ティアン家の時とは状況が違いますしね。民も領主も望んでいる吸収合併ならば検討できますけれど、マイナス感情からのスタートで民を靡かせ、伝手のなかった領主を丸め込む術を、ゴーズ家は持っていませんよ」


 過去の塩の供給の一件で、バスクオ領には禍根がある。

 先代のバスクオ男爵が「ゴーズ家が大量に抱えている塩の備蓄を、自領外へ販売しないのが悪い」という情報を統治下の住民に流したため、ラックへの印象はややマイナス側に寄っているのだった。

 

「それは残念。『長城型防壁で守られる範囲が、西方向に伸びる絶好の機会だ』と考えたのだがな」


「あはは。今回は破壊されて突破されていますけれどね。元々、災害級魔獣の襲撃が防げるレベルを想定して作られてはいないのが原因ですが」


 そんなこんなのなんやかんやで、ラックがバスクオ家の災害級魔獣の移動を誘導した方法についての情報を開示したのちに、この密会は解散した。

 北部辺境伯は、過去に対する反省と人間的成長の色が見られる三男ラトリートの娘を、バスクオ家に嫁がせる方向で調整に入ったのは些細なことなのだった。




「お疲れさまでした。シス家への報告、終わりましたのね?」


 ミシュラは執務室で朝食前に本日の予定の整理をしていた。

 そこへ姿を現した夫に、言葉を掛ける。

 妻たちの中で、彼女だけは気づいていた。

 ラックが今回の案件でスパイ活動を行った場合、関係者の口封じを行うであろうことを。

 そして、蟲毒が行われた事実を知っているバスクオ領の人間全員を始末したがために、一晩の時間が必要であったことに。


「うん。全部終わらせた。ノウハウを持つ者も対象に含めたから、『再発の可能性はない』と思う」


 ラックはミシュラに言葉を返しながら、バスクオ男爵が外部に情報を漏らさないことを目的として、自身の二人の妻にすらも蟲毒の件を秘匿していたのに“だけ”は感謝したくなった。

 今回の案件は「男なら始末して良い」という話ではないハズなのだが、ラック的には女性を始末するのには躊躇いが生じるのは事実なのである。

 まして、子持ちの女性であれば、そこに「拍車が掛かる」のは言うまでもない。


 超能力者は、秘密を知る関係者全員を寝ている隙に拉致して、魔獣の領域の奥深くにポイポイと放り出して来た。

 勿論、当主は例外となったが。


 寝間着姿の徒手空拳で、万一生還できるのならば、「それは世界が必要とする人間なのだろう」というラック独特の、他者からすれば謎な理屈での罰の与え方。

 同じ死因の死体を、複数別の場所で発見されても不味いし、確実に始末する攻撃を加えるのは精神衛生上、自身への無駄な負荷となる。

 単に「面倒だ」という理由も加味されての、ラックが下した総合的な判断なのだった。


 こうして、ラックはミシュラとクーガを危険に晒してしまった災害級魔獣の一件に一区切りをつけた。

 残る問題には無関係を貫きたい意向ではあるが、それが「可能であるか?」は別の話となったのである。


 高ぶるアレコレを発散させるために、速攻で汗を流して朝食を済ませたゴーズ領の領主様。閨に引き込まれるミシュラの姿を見せつけられながら、ライガの世話を任されたネリアの存在をスルーしてしまう超能力者。ネリアによる、「私たちにはお相手がいないのに!」と、ロディアと二人で子供たちの世話をしながら愚痴る声が遠くからなんとなく聞こえていても、「それは僕に解決を任されても困る案件じゃない?」としか考えられないラックなのであった。

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