103話
カクヨム版103話を改稿。
「『バスクオ領のバスクオ村が災害級魔獣の被害を受けていない』だって?」
ラックはミシュラからの報告を受けて、その内容が意外過ぎただけに、そう聞き返していた。
超能力者がトランザ村へ帰還して、そのままベッドに倒れこむように眠りに就いたのは、正午に近い時刻であった。
睡眠不足と疲労の極致にあったため、帰宅したことを誰に知らせるでもなく、寝ていたのは些細なことだ。
家臣の娘が部屋を整える目的で、寝室に入り、ラックが寝ているのを発見して驚いたことはあっても、それは事件ではない。
但し、その情報はすぐに執務中のミシュラへ伝えられたのだけれど。
そうして、夕方になってゴーズ家の当主が起床した時には、正妻が早朝からバスクオ領に調査に出した家臣が戻っていて、彼女が報告を受け取ったあととなっていた。
また、そうした状況で、夫婦の情報交換が成立して、冒頭の発言に繋がって行くのである。
「調査に出た者が、芋虫型魔獣の移動の痕跡を辿ることも試みています。その結果はバスクオ村北端の先、バスクオ領の北西部からほぼ真東に移動していますのよ。ゴーズ領の防壁に突き当たった段階で、災害級は壁沿いにやや南下。ビグザ村の真西にある長城型防壁の関所部分に近いところまで来て、防壁の破壊に及んだようですね」
「それ、距離的に考えると、ビグザ村を襲って人間を狙うより、バスクオ村に吸い寄せられていないとおかしいんじゃないの? 住民の数はあちらのほうが圧倒的に多いはず」
魔獣は人を好んで襲う習性がある。
そのため、近場の人口密集地に吸い寄せられる傾向が強い。
そうした事情から普通に疑問を投げ掛けつつ、ラックは千里眼を発動する。
自分の目で確認できるのならばしておくべきだと思ったからだ。
ちなみに、人口の話で言えば、「ビグザ領は管理している家臣を申し訳程度にしか置いていないのに対し、バスクオ村は男爵の統治する村なだけに住民は多数、百人単位で数百は存在するはず」である。
もっとも、本音の部分で、ゴーズ家の当主も正妻もロクに交流のないお隣の領地には興味などない。
よって、彼の村の住民の数の正確な情報を、持ってなどいないのだが。
「それが、ね。『バスクオ村は昨日まで無人状態を保っていた』という情報があります。今日になって、バスクオ村に人が戻り始めているの。南西側に住人が疎開していたようでして。戻りつつある住人に確認を取ると、『バスクオ男爵の指示でそうしていた』とか」
ミシュラの話を聞きながら、器用に千里眼の視線のみを飛ばし続けるラック。
そうこうしているうちに、超能力者は調査に出た自家の家臣が調べ切れなかった点、核心部分の視認を成功させた。
「うん? 北西部に、壊れているけど何かの施設の跡があるな。魔獣の移動の痕跡のスタート地点はここだ。つまり、あの災害級は、魔獣の領域から来たわけじゃないみたい」
超能力者が千里眼で視認しているそこには、多数の人影が何かの作業に従事しているであろう様子が確認できた。
そして、ミシュラに聞かせるためのラックの発言は続く。
「これは何だ? 瓦礫の撤去だけじゃなく、魔獣の死骸の一部っぽいものの後片付けか? これってまさか。禁止されている『蟲毒』に手を出したんじゃないだろうな?」
連想された恐ろしい事態の可能性。
ラックは思わずそれを口に出した。
「『蟲毒』ですって? バレたら重罪なんてモノじゃ済みませんけれど。そんなことに手を出す愚か者が王国貴族にいるのでしょうか? 『いない』と信じたいところですわね」
魔獣の成長を爆発的に早める方法の一つ。
それが「蟲毒」と呼ばれる、ファーミルス王国がある大陸の全土で禁忌とされている方法だ。
ファーミルス王国の建国の前後の時期に、初期は使い捨ての兵器用の魔石を得る目的で。
そのあとはスーツや機動騎士製造用の魔石を得るために。
そのような理由で、安易に多用された不完全で危険な技術。
それが「蟲毒」であった。
勿論、改良を重ねていずれは完璧に、若しくは安全性の高い技術へと昇華させるために、研究は続けられた。
続けられていたのだが、結論から言えば「その領域に到達することはついに叶わなかった」のである。
寧ろ、「そのうちなんとかなるだろう」という見切り発車的な多用が、数々の悲惨な事故を引き起こしたのだ。
今日できなくとも、明日にはできるようになるかもしれない。
明日には無理でも、一か月後、いや一年後なら。
そんな楽観的先送り思考と、「行えばその都度必ず事故が発生する」というほどの頻度ではなかったことが災いした。
それは、「必要な労力に対して、得られる果実が美味し過ぎた」とも言える。
けれども、一度事故が発生すれば、それはそのまま惨事と化す。
一回一回で緊急事態が発生する確率が高くなくとも、行い続ければそのうち当たりを引いてしまう。
至極簡単な話である。
賢者の名付けで広まった「蟲毒」という呼び名は、その呼び名が一般に定着するまでは、「魔獣の促成飼育実験」とか、「魔獣ガチャ」などと呼ばれていた。
賢者の名付けが広まるまでは、特に決まった固有の名称はなく、わりといい加減な状態だったのだ。
この世界の「蟲毒」とは、狭い空間に弱い魔獣を大量に押し込め、餌を一切与えずに強制的に共食いを誘発させるモノ。
そうして強い個体が生き残り、他の魔獣の魔石を取り込むことで自然な状況ではまず発生し得ない成長速度と、発生確率はそう高くはないが「変異」が起こる。
ここで言う「変異」は、日本風で例えて言えば、「アニメやゲームなどで登場する、ユニークとかネームドなどと呼ばれる特殊個体モンスターを想像して貰えば、『当たらずと雖も遠からず』」といったところであろうか。
初期は、賢者ですらも巨大な魔石欲しさに、「なんとか、安全に運用できる技術の確立を!」を掛け声に、研究開発を目指した。
しかしながら、それらはことごとく惨事になる事故を引き起こして失敗に終わっている。
賢者の引き起こした惨事はそれでも、他所に比べればまだ厳重に対策がされていたため、被害の程度は遥かにマシであったのも事実ではあるけれど。
他所で起こった歴史上最大と言われる人災が、ファーミルス王国の飛躍の助けになっていたりするのが、なんとも皮肉な話でもある。
新興の国のファーミルス王国の敵であった国のうちの最大勢力は、災害級魔獣によって滅ぼされている。
滅んだ勢力は自らが行った蟲毒によって生み出された、頭に超が付けられてもおかしくないほどに特別な個体の災害級に対処ができなかったのだった。
勝手に自爆して滅ぶのは良いが、最悪な置き土産を残して行くのはこの大陸に住まう人々に大迷惑となる。
その歴史上最大の人災で生み出された魔獣は、賢者が当時、新開発した量産魔道具でなんとか倒されたが、一歩間違えば大陸丸ごと滅びの道を歩んだ可能性すらもあるのである。
尚、「量産型には量産型の価値がある! 物量作戦に量産型は必須! 戦いは数だよ!」という、賢者のパクリっぽい迷言も資料本の記録にしっかりと残っていたりする。
ちなみに、普通の人はそれを見ると、そっと目をそらすか、黙ってページをめくるか、という二択に絞られた共通の行動パターンを取るケースが多い。
なんなら資料本をそっとそこで閉じて、席を立つまであるのだけれども。
そして、ここでは関係ないが、歴史上最大の人災だとの認定は、実は歴史研究家の間で意見が割れるテーマであり、前述のものとは別で、あと二つ大きな人災がある。
一般庶民からすれば、どれが最大だろうとどうでも良い話であるが、研究者たちは重箱の隅を楊枝でほじくるかのように細部の数字を比較して、どれの被害が大きかったかを争っていたりする。
庶民には関係なくとも貴族や役人は別。
順位付けで「毎年の災害対策の予算の割り当てに影響が出るから」という、その理由が実に世知辛い話であるのは、他人事であれば笑えるのかもしれない。
三大人災として一纏めに扱われる時だけは、争いは生まれないのだが。
「バスクオ家か。リティシアならどんな家なのか知っているかも。フランも情報を持ってるかもしれないな。後はシス家に聞くぐらいだね。夕食までにはまだ少し時間があるから、ちょっとお義父さんに聞いて来よう」
ラックが千里眼の視点をシス家の内部に切り替えたと思われるタイミングで、ミシュラは「待った」をかける。
そうしなければ、彼女の夫はすぐにでもテレポートで現地へ行ってしまうから。
超能力者のフットワークは何気に軽い。
上級貴族の中でも、上から数えた方が遥かに早い高位の爵位を持つ貴族家の当主であるのに軽過ぎる。
ゴーズ家当主の日常の行動は、異常で異端であった。
「それでしたら、災害級魔獣の被害の件を、『討伐済み』も含めてお話してきてくださる? サエバ領には連絡を入れましたが、北部辺境伯領まで人を出してはいませんので」
何となくだが、ミシュラがそうした理由を悟ってしまうラックは、無言で肯いて了承の意思を示す。
そうして、超能力者はシス家当主の館へとテレポートしたのだった。
「その手に持っているのは、災害級魔獣の魔石に見えるのだが」
邸内に鳴り響いたベルの音でラックの来訪を知った北部辺境伯は、いそいそと隠し部屋での密会に足を運んだ。
そして、挨拶の言葉を交わす前に、気になり過ぎる物体を見てしまったため、開口一番の言葉が前述のものになったのである。
「ええ。昨夜手に入れたものです。一応災害級ではありますけど、小振りな方ですよね」
あっさりと肯定するラックに、即座に魔獣被害の情報の記憶を辿ったシス家の当主であった。
だが、勿論、災害級魔獣の出現を予測できるような情報はない。
しかし、魔石が娘婿の手にある以上は、討伐済みなのも確定である。
で、あるならば。
それを倒したと思われる張本人に詳細を聞く方が早いことに思い至る。
眼前の現実と常識的にはあり得ない情報で、冷静な思考ができていなかった。
そのことに、北部辺境伯はようやく気づいたのだった。
「そうだな。以前王家に持ち込んだ2つの亀型魔獣の物よりは二回りは小さいか。買い叩こうとする者なら、秤を誤魔化して、『大型魔獣のもので上級機動騎士用だ』と言い張るかもしれんな」
「そうかもしれませんね。ま、これは売りに出すつもりはないので、そこはどうでも良いのですけれどね」
北部辺境伯は、娘婿を引っ掛けて確認をするつもりではなかった。
けれども、つい以前から思っていたことで、曖昧なまま未確認で放置にしていた内容を、思いっきり含んだ発言をしてしまっていた。
それを聞いたラックは、「ま、バレバレだし特に否定しなくて良いか。お義父さんはバレて困る相手じゃないし」と考え、スルーしただけなのだった。
「ふむ。だが、それを持ってきて見せた以上は、関連のある出来事の話をしにきたのであろう?」
「そうなのですが、それはそれとして。まずはお礼を。先日お知恵を拝借できたお陰で、王位継承権の順位とそれに伴うゴタゴタは片付きました。ありがとうございました。感謝の気持ちを形として、後日亀肉の加工品を定期分に上乗せ増量してお届けしますね」
そうなのである。
日程的には、王位継承権の順位が公示され、王太子が新たに定められたのは昨日の午前中の話。
勿論、その情報は昨夜遅くか今朝の段階で、北部辺境伯領にも届いているはず。
そしてその公示内容を見れば、シス家の当主の原案が色濃く影響を与えたものであるのは一目瞭然なのだ。
ラックが感謝の意を口にするのは当然であった。
実のところ、シス家の当主は、「今晩の娘婿の来訪目的はそれであろう」と予測していた。
結果は、それ“も”あるになったわけだが。
「少しばかり相談に乗り、知恵を貸しただけでその見返りは嬉しい。あれは自家用だけでなく、軽い褒美にも使えるからな。で、そっちはそれで良いが、今日の本題は何だ?」
「魔獣が暴れたのは、旧ビグザ領の部分になります。幸い、人的被害はゼロで領内の整備済み部分を広範囲に荒されただけで済みました。侵入してきたのは西側からで、バスクオ領から。バスクオ男爵や領地の情報が欲しいのです。尋ね方が漠然としていて申し訳ないのですが、教えていただきたいな、と」
北部辺境伯視点だと、災害級魔獣の突然の侵攻を受けて、損害がその程度で済んでいれば「僥倖」と言って良い。
更に言えば、「ラックの語った話の内容から、辺境伯はゴーズ家の持つ戦闘能力をこれまで想定していたモノ以上に、『かなりの上方修正をする必要がある』という認識を持つ」に至った。
シス家の当主は、娘婿にテレポートの能力があることは承知している。
けれども、シス家の情報網から「昨日、ゴーズ家の当主が王都をいつ出たのか?」についての情報を知らされている身としては、時間の計算がおかしなことになってしまう。
要は、ラックとアスラの二人が昨夜王都を出て、他者の目がなくなる距離まで最上級機動騎士で移動してからテレポートをしたとして。
そのあと、魔獣の件の状況を把握してから討伐に赴き、解体を完了して魔石を得る流れに必要とされるはずの時間が短過ぎるのである。
北部辺境伯の眼前にいる人物。
細身の異様なほどに若く見える男が、常人離れした特殊能力の持ち主なのは百も承知。
それでも、それを勘定に入れても、様々なことに必要なはずの所要時間が異常にしか思えない。
シス家の当主は、それについては、「別で時間を取って、水を向けて聞いてみるとしよう」と考え、保留とした。
そして、彼が知る限りのバスクオ家の情報と、バスクオ領の情報をラックに語ったのであった。
こうして、ラックは怪しげなお隣の男爵についての通り一遍の知識を得た。
それを踏まえて、シス家から戻ったのちに、妻たちとの夕食会で話をすることになるのである。
なぁなぁ感から来るうっかりが双方に発生するほど、お義父さんとは親密になってきているゴーズ領の領主様。語って貰えたバスクオ家については、「そんな危ない奴野放しとか止めて欲しい」と、単純に思ってしまった超能力者。自身のことは都合良く棚上げしての、まさに「おまいう発言」を無自覚に呟くラックなのであった。




