102話
カクヨム版102話を改稿。
「『ミシュラがクーガを連れて、機動騎士で出撃した』だって?」
ラックはトランザ村へ帰還して、荷解きの手配をと指示を出そうとしていた。
そこへ、血相を変えたフランと家臣の娘が駆け込んでくる。
そうして、彼女たちから超能力者にもたらされた情報は、「旧ビグザ領に相当する部分の外縁を守る長城型防壁が魔獣に破られ、侵入を許した」というものであった。
同じ情報を得ているミシュラたちは、時間稼ぎを目的として戦闘に赴いたのである。
尚、状況を正確に言えば、ミシュラはクーガと合流して出撃したのではなく、息子に出撃指示を出して自身は単独で先行していた。
状況を理解したラックは、即座に千里眼を行使する。
愛する正妻のミシュラや息子のクーガの生命の安全より、優先するものなどこの状況下で他にはないのだから。
「ミシュラ様の判断は正しいですわね。あの防壁を破って侵入できる魔獣。となると、格はおそらく災害級でしょう。わたくしの機体から、荷駄のパージを急いでください。それと、補充用の魔石と対災害級の武装の準備を。整い次第、わたくしも出ます」
アスラはラックが黙り込んで微動だにしない状態になったのを確認しつつも、必要な指示を出した。
超能力者が動くことはわかり切った話であるため、そちらは放置していても問題はないからだ。
そして、その微動だにしなかった時間は、実際には十秒にも満たない僅かなものであった。
「魔獣の侵入は、隣接していたバスクオ領側かららしい。ビグザ村に滞在していたのは少数の家臣だけで、彼らは全員トランザ村に避難済み。よって、人的被害は今のところない」
フランの語った追加情報も貴重ではある。
だが、現状はミシュラを失う可能性がある状況。
ラックは冷静でなどいられなかった。
「見つけたから僕は行く。アスラとフランは独自の判断で動くのを許可する。テレスとロディアはトランザ村から出さないように」
ラックは最低限必要な指示を言い置いたあと、即座にその場から姿を消した。
ゴーズ領の領主様は、テレポートで現地へと飛んだのであった。
時系列的な話で言えば、ミシュラが災害級魔獣を足止めするために、遠距離攻撃での牽制をしつつ、逃げ回り始めたのがラックが王都で出立前のゴタゴタをしていた時となる。
超能力者が千里眼でトランザ村の状況を確認したのは、王宮でシーラとの話し合いが終わった時が最後であったため、間が悪いことこの上ない状況だったりする。
要は最後に確認した直後に、ラックの正妻はビグザ村の被害報告を受けて動き出していた。
ゴーズ領の領主代行として、ミシュラが即座に動いたのは、「最悪でも二時間の時間が稼げれば、国内最強の最大戦力が駆けつけて来る」と確信していたからだった。
そして、その判断は間違ってはいなかったのである。
「父上。遅い! 遅いよ! 母上が」
クーガの涙声での発言は聞こえていたラックだった。が、それを無視して、超能力者はミシュラの機体があると思われる場所を、透視を駆使して探していた。
ラックは災害級魔獣が暴れまわっている現地に到着すると、即座に上空から光の槍を「これでもか!」とばかりに降り注がせた。
その光景は、他者から見ればさながら光の雨。
あるいは光の奔流であったかもしれない。
攻撃の対象となったのは、災害級と思われる芋虫型の巨大な魔獣。
もっとも、サイズは百メートルを少し超えるか程度の全長であるため、分類としては一応災害級に含まれるけれど、ピンからキリまでで判定するならばキリの側となる。
大量の光の槍をその身に受けた災害級魔獣は、それでも即座に沈黙したわけではなかった。
災害級と呼ばれるのは伊達じゃない。
巨大な魔獣は外部からの攻撃に対して、その程度の耐久力は持っていたのだ。
災害級とランク付けされる魔獣の討伐には、ファーミルス王国の討伐招集軍が必要とされる所以であろう。
だが、それでもさすがに無傷とはほど遠く、満身創痍となれば相応に動きは鈍ってくる。
そんな鈍ったところへ、超能力者お得意の内部からの破壊攻撃が加えられた。
そうして、芋虫型の魔獣はあっさりと生命活動を停止させたのであった。
ゴーズ家当主の現地到着から、わずか一分ほどの時間で行われた戦闘内容がそれである。
そんな流れの戦闘が終了した時、夜間で暗い中、ラックが目視で無事が確認できたのはクーガの乗る最上級機動騎士一機のみであった。
周囲には魔獣が吐き出したと思われる糸が、そこかしこに散らばっている。
中に何かがあると思われる糸の塊もいくつか確認できた。
ざっと周囲を見渡しても、健在なミシュラの機体は見当たらない。
けれど幸いにも、下級機動騎士が破壊された残骸も、痕跡も発見できない。
その状況から、彼女の機体の在り処は、いくつかある糸の塊の中であろうことは予測がつく。
そうして、超能力者は前述の息子の発言を聞いてはいたが、そちらに対応するよりも、妻の発見に注力したのである。
「無事で良かった。お願いだから自分の命を最優先に物事を考えてくれ」
ラックは透視を駆使してミシュラの機体の在り処を探り出した後、破損しつつもなんとか内部空間を保っていた機体の操縦室内に、即座にテレポートを敢行した。
ラックの到着前に機体を損傷させてしまい、尚且つ魔獣が吐き出した糸に捕らわれてしまったミシュラ。
できることがなくなって、負傷の痛みに耐えながら目を閉じて休息していたラックの愛する妻は、背後からの夫の第一声を聞いて表情を微笑みへと変えた。
もっとも、後部座席へとテレポートで現れた超能力者にはその美しい表情は見えはしないのだが。
「貴方の力を信頼していますから。でも、お願いされたことは心に刻んでおきますわね」
ラックのヒーリングを受けながら、ミシュラは答えた。
だが、内心では「もし次があったとしても、きっと同じことを繰り返すのだろうな」と、彼女は漠然とだが思っている。
そんな考えはそのうちバレて、諫められるであろうことも想定内なのだけれど。
超能力者を相手に隠し事をしても、長く続きはしない。
「そうしてくれ。っと、クーガを放置したままだ。災害級魔獣の死骸の処理もしなくちゃな。後先を考えずに攻撃してしまったから、素材面ではあんまり期待できないけどね」
そんなこんなのなんやかんやで、無事であった両親の姿を確認したクーガは、自身が代官を務めるサイコフレー村への帰路に就く。
突如発生したビグザ村の緊急事態は、ゴーズ家当主の到着で急転直下。
あっさり、綺麗さっぱりと終了したのだった。
超能力者無双クオリティはここでも健在。
今日も安定である。
ミシュラの機体は、魔獣の糸に捕らわれてから何度か地面に叩きつけられた衝撃もあり、損傷が激しい。
下級機動騎士の破損状態は酷く、修理するよりは固定化されている魔石を取り出して、新造した方が早いかもしれない状態となっていた。
ラックはまず、ミシュラをトランザ村へ戻したあと、機体を回収してアナハイ村へと運ぶ。
時刻が時刻なだけに、アナハイ村の夜の当番員に明日事情説明に改めて来ることを告げて、彼は戦闘の跡地へと戻った。
続いて、魔獣の解体作業へと入り、いつものように「僕の天然の冷凍庫」へとテレポートで運び込む。
そこまでの処理が終わったのが、夜が明ける一時間ほど前。
ラックが一息ついた時には、空は薄っすらと白みかけていた。
荒されてしまった、整備済みだった農地などの修復作業は後回しでも良い。
けれども、長城型防壁は破損したまま放置はできない。
破損部分から新たな魔獣の侵入を許すわけには行かないのだから当然の話だ。
加えて言えば、「侵入する可能性がある拒みたいモノは、魔獣だけに限らない」というゴーズ領特有の事情もある。
そんな理由もあって、ゴーズ家の当主は、疲れた身体に鞭を打つ。
超能力者は災害級魔獣が作り出した大穴部分に、応急処置を施したのである。
「アスラ。王都での役目、ご苦労様でした。詳細報告は明日改めて聞かせて貰いますわね。それと、魔獣被害の件ですが。緊急性はなくなりましたので、出撃する必要はありません。フランも、下級機動騎士の武装準備を止めてくださいね」
ラックと共にトランザ村の機動騎士ハンガーに、突然現れたミシュラの発言は、アスラとフランの思考を停止させた。
超能力者は必要な作業が山積みのため、即座にテレポートで姿を消してしまっている。
しかしながら、展開の早さに思考が追いついていない彼女たちは、それを気にしてはいなかった。
ゴーズ家の当主が王都から帰還した時刻からは、まだ十五分も経過してはいなかったのだから。
「すまないが確認させて欲しい。『緊急性がなくなった』というのは、一体どのような状況になったのか?」
フランは戸惑いながらもミシュラに問う。
「端的に言えば、百メートルを超えていたと思われる芋虫型魔獣はあの人の手で倒されました。あの人は今、解体作業などの事後処理に入っています」
「ミシュラ様? わたくしがラックと共に王都から戻って、災害級と思われる魔獣の話を知ってからまだ、十五分も経っていません。けれど、災害級魔獣を、もう倒したとおっしゃるの? 災害級ですわよ?」
フランに問われたミシュラの返答に、アスラが更に疑問をぶつけた。
「ええ。倒しました。もし、それ以外の話に聞こえていたのなら、貴方はすぐに休んだ方が良さそうですわね。疲れていて、正常に判断ができなくなっているのでしょうから」
「待て待て。私もアスラも極めて正常で常識的判断をしている。だからこそ、話が異常に感じて受け止めきれていないだけだ」
「そうですか? まぁともかく、わたくしは時間稼ぎに徹して、疲れています。ネリアには悪いですが、今晩のライガの世話は任せて休ませてもらいます。話の続きは明日で良いでしょう」
ミシュラの「明日へ持ち越す」という内容の言葉に納得したフランは、その時になって初めて、彼女の衣服に血痕があるのに気づく。
また、ミシュラの顔色は悪く、疲労の色が濃いのも今更だが容易に見て取れた。
ゴーズ家の第一夫人は、今は出血を伴う負傷をしているようには見えない。
そうである以上は、「おそらくラックが正妻に治療を施したのだ」とフランは悟った。
それを悟って思考を進めると、「下級機動騎士を操縦していて、操縦者が負傷する状況ならば、機体が無事なはずがないこと」に思い至る。
そうして、フランはミシュラが搭乗して出撃した機体が、このハンガーに戻っていない事実に、遅まきながら気づいたのだった。
「すまない。冷静に状況観察ができてはいなかったようだ。そうだな。明日の朝以降でも遅くはない。今日はお互いに休むとしよう。アスラもな」
「わかりました」
そんな流れで、ミシュラ、フラン、アスラの三者は解散し、個々の寝室へと引き上げた。
ミシュラとフランはすぐに寝入ってしまったが、アスラは寝室で独り、思考をビグザ村の被害へと向けていたりする。
彼の地は元々、彼女と娘のニコラの滞在地であり、居住地であった。
現在はスティキー皇国との戦争時のアレコレから、トランザ村でなし崩し的に生活が許されている。
けれども、もしそんな事態が起きていなければ、アスラたちはそのまま滞在中だったはずなのである。
あの時の、娘を連れてトランザ村へ移動するのを示唆してくれたミシュラの連絡に感謝するとともに、「偶然に偶然が重なって作り上げられただけの、今の状況が生まれていなかったなら?」を想像すると、アスラは恐怖を覚える。
仮定の話になってしまうが、もし、現在もアスラがニコラと共にビグザ村に滞在したままであったなら、それはゴーズ家内では外様のままであることを意味する。
つまり、今回の災害級魔獣の案件で、アスラは自身の操る最上級機動騎士で単独対峙して、散っていたであろう。
ゴーズ家当主の実力を知ることがなければ、時間稼ぎに光明を見出すことなどできはしない。
そうなれば、時間稼ぎではなく娘を連れて逃げるか、玉砕覚悟の特攻しか選択の道はなくなる。
そして、逃げる選択は事実上できない。
少なくとも、過去のアスラであれば絶対にそう考えたはずであった。
アスラたちは防衛責任者としての面もあって、ビグザ村に居を構えるのをゴーズ夫妻に許された身。
そうである以上は、逃亡は許されないのである。
実際のところは、「もしそんな事態であれば、ラックならば逃げ出す選択を許すであろうこと」は、彼の為人に触れた今ならばわかるのだけれど。
独りアレコレと考え込んだ末に、アスラは今の自身の境遇に感謝していた。
翌朝というにはまだ早すぎる時刻。
短時間の睡眠を取ったミシュラは、起き出していた。
彼女はラックがまだ戻って来ていないことを確認すると、サエバ領のルウィンへ向けた書簡をフランに持たせる準備を進める。
但し、その先の北部辺境伯への連絡は保留。
シス家の当主は内密にゴーズ家へ訪れることも多々ある御仁であるし、次期シス家当主の判断で、辺境伯へ連絡をする可能性も十分にある。
故に、「ミシュラが急いで連絡をする必要性はない」と言えた。
それはそれとして、バスクオ領からの連絡が何もない状況を確認すると、ミシュラは現地に被害状況を確認するための人を出す手配をする。
旧ビグザ領内は他の魔獣が侵入している可能性があるため、移動経路は旧デンドロビウ領のルートを使用するのを厳命しているのは当然の話だ。
災害級魔獣の侵入経路を考えれば、バスクオ領は甚大な被害を受けていてもおかしくはない。
なんならバスクオ村が壊滅や消滅しているまであるかもしれない。
ミシュラの愛する夫ならば、「それが予想できて放置するのは寝覚めが悪い」と、必ずそう言いだす。
ゴーズ領の領主代理は、先を予想して、まだ薄暗い夜明け前から、一日の執務を始めたのだった。
こうして、ラックは前話で言ったそばから立ったフラグの対応に追われた。
そして、物語の主人公の宿命であるかのように、災害級魔獣を倒しただけで事態が収拾するはずもなく、厄介事は続くのである。
時系列的にはそうでもないが、話の分量的には久々に大暴れしたゴーズ領の領主様。壊された長城型防壁の補修に着手しながらも、「結果的にミシュラの怪我だけで済んだけど、ミシュラやクーガに死の可能性があったことを否定できない。天災であるなら仕方ないけど、誰かの差し金での事案だったらタダでは置かないぞ!」と、呟いてしまう超能力者。なんとなくの勘で、人災の雰囲気を感じているラックなのであった。




