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99話

カクヨム版99話を改稿。

「僕宛てに『第二王子妃から手紙が届いた』だって?」


 ラックは昨夜、深夜までカストル家の死蔵品となっていた家具や調度品を漁っていた。

 アスラの目利きを頼りに、もらい受けるための仕分け作業をしていたのだ。

 そのため、朝は朝食を断って睡眠時間を確保する予定となっていたが、予期せぬ来訪者の持ち込んだ手紙の存在により叩き起こされた。

 寝ぼけ眼で睡眠を妨害された理由を聞かされて、発したのが冒頭の言葉である。


「ええ。態々わたくしたちの滞在先を調べて、届けられた手紙ですわね。元々、第二王子妃とは近々に会う予定でしたけれども。ただ、昨日の宰相様との話し合いのせいで、今日発表される内容の変更が根回しされたはず。彼女の元へも変更の情報が行っているでしょうから、貴方と会う予定を取り止めるならば、急いでその手紙を届けて来る理由にはなりません。よって、中身を見なくとも、『今日にも会いたい』という内容なのが丸わかりですわね」


 ラックを起こした張本人のアスラは、淡々と思うところを述べた。


 ラックとアスラからすれば、当初の予測だと先方の腹積もりは、「『ゴーズ家が支持するのは第一王子妃なのか? それとも第二王子妃なのか?』を先行して内々で確認したいがために呼び出しを掛けて来ている」という認識だ。


 事態の基本方針は既に決定されてしまっており、その内容は二人の妃がゴーズ家に使者を出した時点の予測とは異なっているはず。

 今日発表される、新たな王太子と王位継承権の順位は、昨日の宰相とゴーズ家の当主が密談で合意した内容と大きく乖離しているはずはない。

 少なくとも、継承権一位と二位が北部辺境伯の案と違っている可能性はないであろう。


 もし、異なる内容に変更となったり発表日程が変更になるのであれば、それがたとえ深夜であろうとも、昨夜のうちに宰相がラックの元へ情報を伝えに来なければおかしいからだ。

 そして、「二人の妃に根回しがされることなく、王宮から公式発表が成される」という暴挙に出る国王や宰相ではないのは、アスラにも彼女の夫にも容易に予測がつく。


 仮に、そんなことをしてしまえば、テニューズ家かヤルホス家が魔石の固定化で自家の担当工程を遅らせ、円滑に行うことがなくなるだろう。

 最悪の事態にまで進めば、遅延ではなく停止までもあり得るのである。


 結局のところ、急ぎの呼び出し目的での手紙なのは理解できても、「その行動を起こした理由が理解不能」という話に、ゴーズ家の当主と第五夫人の意見は集約されるのであるけれども。


「目的はわかっても、理由はわからない。だから当然、第二王子妃が何を言いたいのかは予測できない。そういう話だね」


「ですね。ところで、少しばかり気になっているのですけれど。実の妹なのに第二王子妃のことを名前で呼ばないのですね? そこに何か理由があるのですか? 勿論、仲の良い家族関係でなかったのは承知していますけれども」


 ラックとしては、当たり前のことを確認されても困惑するだけであった。

 けれども、アスラに理由を知られて困る話でもないため、現状認識を語るのに躊躇はない。


「血が繋がった、母親を同じくする正真正銘の実妹なのは事実なんだけどね。完全に別の空間で生活して育ったから、僕の頭の中には『兄妹』とか『肉親』という認識がないんだよ。なので、親し気に名前で呼ぶ関係とかあり得ないから。ついでに言っておくと、それは妹に限った話じゃない。父、母、弟も同じだよ」


 アスラはラックが冷遇されていたのを、噂話程度で耳にはしていた。

 しかしながら、「夫が幼少期に実家でどのように生活していたのか?」を知る機会があったはずもない。


 アスラ的には、自らが妹のミシュラにしていたように、「夫の魔力量の低さからテニューズ家内で下に見られて、意地悪や差別をされている程度」と思っていたのだ。


 曲がりなりにも血を繋ぐスペアの役割がある以上、「冷遇する」とは言っても限度があるはず。

 それがアスラの中の常識であった。

 但し、実態は違うのだけれど。


 今のラックの話を聞いても、アスラは「『別の空間』が『完全に隔離された敷地内の別邸』」とまでは認識できていない。

 彼女は「同じ邸内で生活していても、生活空間が完全に分けられていたのか」と誤認していたりする。


 第二王子妃とは、アスラが第三王子妃であった時分には、気さくに「兄嫁の姉なのですよね?」と、声を掛けられて話をする機会だってあった相手なのである。

 そうした事実があった以上、少なくとも妹側はラックを「兄だ」と認識しているのが確実なのだ。


 もっとも、「兄妹である」という認識と、兄妹仲の良好度合いには因果関係が存在するはずはないのだが。


「この手紙によると、第二王子妃は今日の予定を全部空けて、僕が来るのを待ってるみたいだ。アスラも一緒に行ってくれるよね?」


「ええ。では、『可能な限り早く向かう』ということで良いのかしら?」


 ラックから了承の返事を貰ったアスラは、カストル家の家宰に手紙を持ち込んだ使者が、返事待ちでまだ待機しているのか確認する。

 新たに先触れの使者を出すか否かの判断に繋がるからだ。

 幸いにも使者はまだ待機中であったため、「この後なるべく早く向かう」という言伝を頼む。

 そうして、彼らは朝から慌ただしい準備に追われることとなったのだった。




「お久しぶりですね。お兄様。アスラ様も。本日は急な呼び立てに応じていただき、ありがとう存じます」


 第二王子妃のリムルは仕種で人払いをした後、最初に口にしたのはラックからすると違和感のある「お兄様」呼びであった。


「そうですね。最後に顔を合わせたのはいつだったか。もうはっきりとは思い出せません。私が魔道大学校に入学する前だったのは確かだと思いますが」


 久しぶりなのは事実であるから肯定はする。

 けれども、そこに「今更何の用だ?」という意味を暗に乗せるラックだ。

 超能力者としては、「できれば接触テレパスで思考が読めると良いんだが、無理だろうな」などと、特有な考えが頭を過っていたりもするが。


「御無沙汰しておりました。わたくしのことは『アスラ』と呼び捨てにしてくださって構いません。わたくしは、以前の立場ではありませんので」


「そう言われましても。兄に嫁いでいる以上はわたくしからすると義姉になりますし」


 それを聞かされるラックは、「敬称なんかどうでも良いだろ」とはさすがに言えずに黙っているしかなかった。

 余分な発言をして藪蛇になるのは避けたいし、さっさと本題に入って欲しいのが本音だからだ。


「早速本題に入らせていただきますわね。お兄様のお顔には『早く用件を言え』と書いてありますから。ですが、まずは先に確認するべきことがございます。わたくしが国王代理の側妃になる件はご存じでしょうか?」


「最終決定として聞いてはいないですね。が、『その方向で調整して今日発表になる』という話は、宰相様と昨日しています。そういう意味では『知っている』と言って差し支えはないように思います」


「そうですか。なるほど。この件はお兄様の差し金でしたか。ではフォウルの嫁の件で責任を取っていただかなくてはなりませんね。元々それをお願いするつもりだったので『ちょうど良い』と言えますけれど」


 リムルの言いように、「差し金って聞こえが悪いなぁ」と考えてしまうラックであった。

 だが、宰相主導で行われたはずの話題に出た案件は、ラックの述べた案が原因となっているのは事実である。

 そして、そんな感想とは別に、ゴーズ家の当主としての重要な点はそこではなかった。


「何のことかわからないですね。『取るべき責任』ですか? そんなモノはないように思いますが」


「対外的には発表されていませんでしたけれど、フォウルの正妻は内定しておりました。ですが、その娘はシーラ様の息子に掻っ攫われることが決定されました。甥に酷い仕打ちをなさるのね? あの子と釣り合う魔力量の持ち主はもうお兄様の娘以外にはいません。まぁそれとは関係なく婚姻を打診するつもりだったのですけれどね」


 妹の発言は、ラックにとって予想外過ぎるものだった。

 それはアスラも同様であるが。


「ちょっと待って欲しいですね。貴女の息子の内定していた婚約が流れたのは気の毒に思う。ですが、それはそれを決定した人間に責任が発生する話ではありませんか? それと、その件がゴーズ家の、私の娘に何の関係があるでしょうか? 付け加えて、『魔力量が釣り合う』とは一体何の話でしょうか?」


「『貴女』だなんて。妹なのですから『リムル』と呼んでくださってよろしいですのよ? お兄様。物言いも普段のもので構わないですわ。そのための意味もあっての人払いですからね。お兄様はわたくしたちのことを気にされてはいなかった様子ですので、何も情報収集をされていなかったようですわね。けれど、テニューズ家の次期当主もわたくしも、辺境の騎士爵で終わるはずだったお兄様の動向は気に掛けて調べていたのですよ? 正確な数値までは調べ切れてはいませんが、ゴーズ家の子供たち全員が最低でも侯爵家基準を上回る魔力量の持ち主であることはわかっています。わたくしの見立てでは『王族基準の最低値を楽に超えている』と見ているのですけれどね。ああ、アスラ様の娘のニコラはだめですよ。あの娘には咎はありませんが、フォウルとの婚姻はできません」


 リムルはここでは「わかっている」と、さも自信あり気に断言している。

 しかし、実は証拠となるモノは何も持っていない完全な当てずっぽうの話であった。

 それは、これまでに集めることができた少ない情報から得た勘から来たものであったのだが、彼女はこのブラフを仕掛けたことで、この場での情報戦に勝利することになる。

 刹那の瞬間ではあったが、ラックの表情に僅かに漏れ出た変化を第二王子妃は見逃さなかったからだ。


「では、かしこまった言い方も止めさせてもらう。この場でだけということで敬称も略させてもらう。今の話、当て推量で言われてもな。それにフォウルは王族だろう? 父親の第二王子の内諾はあるのかい? 勝手にできる話じゃないだろう?」


 フォウルは眼前の女性の息子であるのは事実でも、その婚姻の最終決定権は家長である第二王子にあるはずである。

 打診するだけでも彼の内諾を得ていなければならないが、ラックには昨日の今日でそのような重大な決断が彼にできたとは思えなかった。

 付け加えると、そのような話であればゴーズ家の娘たちの魔力量の確認が先にされるはず。

 よって、話の順序もおかしい。


「ああ。その点はご心配なく。わたくしが嫁ぐ時の王家との約束事というのがございましてね。正妃でなくなった場合に、それまでに産んだ実子の婚姻の決定権がわたくしに移ることになっていますのよ。正妃扱いで産ませておいて、後になって扱いを変える癖に生まれた子だけは都合よく利用しようとか許せませんからね。わたくしは塔の住人ではございませんので。もっとも、王家側は『あり得ない話だから構わない』と、簡単に承諾して盛り込んだ約束事なのですけれど。起きてしまいましたわね。あり得ないハズのことが」


 リムルの言い分が真実であったのなら、フォウルは存命中且つ判明している中では、国内最高の魔力量の保持者であるにも拘らず、王家は婚姻に口を出せないことを意味する。

 そして、この場合の婚姻とは、入り婿もその範疇に含まれる。

 要は、フォウルを王族籍に留めて、王族として仕事を振ることすら、リムルの判断によって左右できることに他ならない。


 そんなこんなのなんやかんやで、二人の話がそこまで進んだ時、ラックの横で聞いていたアスラは、ようやく「この話し合いの場が何故急ぎで整えられ、尚且つ人払いをして行われたのか?」の理由を悟った。

 更に言えば、「夫がその理由に気づいていないこと」も察してしまったのだけれど。


「貴方。これは、フォウル様を王族のくびきから逃れさせるためのお話ですわよ。リムル様は『息子をゴーズ家に入り婿で出す』と仰っているのですわ」


「なるほど。先に決定として不意打ちをし、後から都合よく約束事を破棄させないための布石だったのか。だが、この話には僕への利がないな」


「あら? お兄様ったら。ゴーズ家は新興の家ですから高魔力の嫁ぎ手も入り婿の手配も難しいですわよ? 将来的に、せっかく所持できた最上級機動騎士が置物になる可能性を下げる。十分な利ではありませんこと?」


 ゴーズ家はドクを得たため、莫大な費用と引き換えにはなるが、最上級機動騎士の作り直しさえ可能になった。

 それはつまり、中古機が元々持っていた耐用年数を遥かに超える新品へ。

 固定化された魔石の流用以外の部分はそう生まれ変わらせることが可能だ。


 加えて、狂気の研究者兼技術者の自由にさせれば、王家の持つ機体の性能を遥かに上回るモノすら生み出されるかもしれない。

 ラックが既に見ている数々の改造案からして、その可能性は無視できるほど低くはないのだ。


 新造に限りなく近い大幅な機体改修に必要とされる莫大な費用も、ラックが自前で材料を調達してしまえば、見かけ上は激減する。

 但し、これは狩りで得た魔獣素材を、機動騎士の製造に回す分だけ売ることができなくなるため、「入って来るはずの金銭が減る」と言う意味では「費用が掛かっている」と言えなくもないのだけれど。


 だがしかし、だ。

 せっかくの機体も運用できる人間がいなくなってしまえば、手放さざるを得ない時が来るかもしれないのである。

 ラックには子孫の懐具合は想像できないが、維持費が高いだけの置物を許容できるかは不透明であるのだから。


 こうして、ラックは「ミリザかリリザへの入り婿でフォウルを出したい」という実妹の要望を、アスラとの相談の結果受け入れることを決めた。

 暫定の婚約者は、ミリザとしたのである。

 但し、「ラックの実子の娘に限り、年齢差が許容範囲内であれば、リムルはフォウルの婚約者の変更を受け入れる」という含みを持たせての決着であるけれど。


 第二王子妃から、血縁頼りの無理筋な主張をされたら、キッパリ、ハッキリ、バッサリとお断りする気満々で王都へやって来たはずだったゴーズ領の領主様。思惑違いで進んだ話に驚いていたら、この話とは別件で、異常に若く見える風貌の兄にその秘訣を聞き出そうと目の色を変えた妹が、「皮膚の触感を確かめる」と直接手に触れてきた行動力に追加で驚かされる超能力者。これ幸いと、即座に接触テレパスの行使へと思考を切り替えたチャッカリ者のラックなのであった。

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