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10話

「『東隣のガンダ領ガンダ村が戦闘状態』だって?」


 ラックは、東の関所からの緊急報告を受けていた。

 関所の部分を含む防壁は三十メートルの高さで長城を模して造られており、その上部の通路からは、十キロ以上の離れた距離にある隣の領の村が一応視認できる。

 関所の衛士が隣の村の異常事態にいち早く気づいたのは、見えているとはいえ、距離が離れているので偶然の要素が強い。

 つまるところ、“炊煙が上がる時刻には不自然だ”という、ただそれだけのことからの気づきで注視した結果である。


 千里眼を発動。

 何はともあれ、“まずは視認しての情報収集が必要だ”と判断したラックは、すぐさま超能力を使った。

 それと同時に、ミシュラ、フラン、テレスへの招集命令を出す。

 彼女たちがここへ集まる前までには状況を把握せねばならないのだが、千里眼で視たその光景は正に一目瞭然(いちもくりょうぜん)であった。


 村はもう「壊滅状態」と言って良い状況に感じられた。

 火の手が複数上がっており、スーツ一体が動き回ってワームと戦っているだけで、他に動く者が見当たらない。

 これが、“避難した、あるいは隠れているのなら良い”のだ。

 けれども、“おそらくそうではないだろう”と、隣の領地で領主を務める身としては暗澹(あんたん)たる気持ちになる。

 そうしているうちに、三人がミシュラの執務室、元い、ラックの執務室へ駈け込んで来た。


「隣の村はもう壊滅状態だ。だが、現在もスーツ一体は戦闘状態。敵はワーム種だが、火の手が上がっているところから推察すると、酸を吐くタイプではなく、火を吐くタイプと予想できる。二十メートルクラスの個体が複数。僕が認識しているのは七体だが、まだ他にいても不思議じゃない」


「救援依頼が来たのか?」


 フランが今一番重要な点をラックに問う。


「いや、来ていない。『おそらく救援依頼を出す余裕がなかったのだろう』とは思う」


 ラックの返答を受けて、フランは“難しいな”という考え込む表情に変化した。


「貴方。ゴーズ領はガンダ領と特に何の約定も結んではいません。ですから、無条件に救援を送る理由はありません。ですが、わたくしは出ます。テレスも良いですわね?」


「はい。お義母様」


「そういうことなら私も出よう」


 フランは考えを纏めたのか、ミシュラの意見に追随する。

 だが、今はそれを許す状況ではない。

 平時ですら、ラックはこの村の防衛戦力を動かす時は千里眼で逐一(ちくいち)安全確認をしていたのだ。

 今の状況では村を空にして良いわけがないのである。


「いや。フランはダメだ。ここに防衛戦力として待機して貰う。出向くのであればスーツより下級機動騎士を出すべきだろうしな」


 話が纏まり、テレポートでガンダ村の外側へと飛ぶ。

 テレスが先行し、ミシュラの機体が後だ。

 もっとも、時間で言えば十秒も差がある話ではないけれど。

 尚、テレスが先行したのは、単に“機体性能が高い方を優先した”という理由だ。


 ラックが参戦すると外部の人間に超能力を見られることになってしまうため、大っぴらには手を出さない。「出せない」とも言うが。

 なので、念動でワームの動きを止めさせるなどのサポートに徹する。


 地下に潜って地上への攻撃ができるワーム種は厄介な相手であり、通常であれば、機動騎士が参戦しても直ぐに退治できる魔獣ではない。

 だが、今回のケースでは現場にラックがいた。


 ラックが超能力を使い、見えない力である念動でワームの動きを阻害すれば、討伐難易度が遥かに下がる。

 更に、彼が直接戦闘に参加しないという点から、透視も併用する余裕が生まれる。

 地下で動くワームを、透視によって捕捉する。

 それが成功することで、二機の機動騎士は終始優位に戦闘を続けたのだった。


 二時間後。地上には十一体のワームの死骸が転がっていた。

 全て倒したのはミシュラとテレスであり、ガンダ領のスーツが倒した個体はない。

 いつものラックであれば、倒し終えると魔獣の商品価値の方に思考が向いてしまう。

 そのため、即座に処理に入るのだが、今はガンダ家のスーツの装着者の目があるので自重するしかない。

 引きずって四体は持ち帰るとして、残りの七体は魔石だけ取り出して終わりにするしかないであろう。


 ミシュラとテレスに魔石を抉り出す指示を出し、ラックはミシュラの機体から降りて動けなくなっていたスーツへと向かった。


「ゴーズ領のラック・キ・ゴーズです。勝手に参戦した非礼はお詫びします。すみませんでした」


 無断で介入したのだからと、ラックはとりあえずは下手に出る。

 眼前のスーツはかなり損傷が目立つ。

 破損の度合いからは、“再使用に耐えるのか?”が怪しい代物に思えた。

 そして、掛けられた声に反応してか、中から装着者が出て来る。

 生身の姿を現したのは、ラックと同年代かやや年上の女性であった。

 特に付き合いがあった領ではなかったため、ガンダ領の家族構成の知識を彼は持っていない。が、年齢から推察すると、おそらくは領主の妻であろう。


「救援感謝する。私はリティシア・キ・ガンダだ。夫が亡くなったはずだから、もう騎士爵の妻として名乗ってはまずいかもしれないが。この領はもう再建不可能だろうな。なんのお礼もできないと思うが、私に可能な範囲で要望には応えさせて貰う。すまないがそれしか言えないし、できない」


 悲痛な面持ちで、歯を食いしばるような表情から淡々と語られるその言葉は、色々な想いが込められているののがラックには感じられた。


「生存者がいる可能性はありますか? あるのならば救助や捜索をしたいと思います」


「生き残りがいるとすれば、領主の館の内部だけだ。焼けてはいなかったはずだが、館の損壊は確認している。生存者確認の手伝いをお願いできるだろうか?」


「ええ。勿論です」


 ラックはミシュラに魔石を抉り出す作業を中断させ、生存者の確認作業の手伝いへと従事させる。

 やることは領主の館の瓦礫の撤去作業だ。

 そうして、二人の重傷者が発見される。

 五歳位の女の子と三歳位の男の子。

 上に覆いかぶさっていた大人は、子供を守ろうとしたのであろうか?

 子供の上に重なっていた女性は、既にこと切れていた。

 そして、“子供たちもこの怪我では長くはないだろう”と見て取れる。

 それは、直ぐに治療を行っても助からないほどの重傷であった。通常ならば。


「私の子です。もう助けられません。これ以上苦しまないよう、楽にしてやりたい」


 リティシアはそう言い、腰の短剣に手を掛ける。


「貴方!」


 ミシュラの鋭い声が飛び、ラックは動く。


「待った! 僕が治療する。それでダメならそれからでも遅くはない。今ならまだ助けられる」


「そんな気休め! 今は。要りません!」


 リティシアは怒りの表情をラックへと向ける。

 どう見ても命が助かる怪我ではないのだから、彼女の怒りは当然であった。

 彼女はゴーズ家当主の言葉を無視し、行動に出る。


 だがしかし。

 リティシアが我が子に短剣を突き刺そうとするのを、異能の力を持つラックはその力を使わずに止めた。

 自身の手に短剣を刺された形で。


「救援への礼は、『貴方に可能な範囲で僕の要望に応えて貰える』と。そうだったな? この子たちを今殺さないことでそれに代える! 剣を引け! ミシュラ! 機動騎士の中で治療する。この子たちを操縦室へ」


 怒鳴るような強い口調で、ラックはリティシアに己の要求を突きつける。

 彼女は救援に来てくれた領主を負傷させてしまったショックからか、それとも怒鳴りつけるような要求に驚いたからか、無言でペタリとその場に座り込んでしまった。


 ミシュラは機動騎士を繊細に操作し、もう虫の息の子供たちをその手に乗せて中へ入れる準備をする。

 ラックが傷つけられたことに対しての怒りはあるが、それとこれは話が別だ。

 今は二人の子供の治療が最優先なのである。

 彼女は自身の夫の能力を信頼しており、“子供たちの命を助けられる”と確信していた。


 下級機動騎士は操縦席の背後に席が一つ設けられており、操縦者以外に一名の人員を座らせることができる。

 これは、賢者が何故か複座の仕様に拘ったための名残であり、現在の最新型でもそれは同じだ。

 空間的には余裕が設けられており、ちょっと無理をすればスーツも押し込むことが可能であったりする。

 そして、ミシュラの機体は特に何も積んではいないため、重傷の子供二人を中に入れて、更にラックが乗り込んでも、治療を行うスペースが確保できるのであった。


 ヒーリング。


 対象が一名でしか発動できない、治癒の効果を発揮する超能力だ。

 ラックは集中力を維持できるよう、まずは自身の傷を癒す。

 自身へ行う時は慣れのせいなのか、さほど集中力を必要としないのだが、他人を治療する場合はそうは行かないのでこれは仕方がない。


 時間が惜しいため、完全に治癒するまでではなく、集中力を維持が可能な、出血と痛みが止まる程度までの応急処置を自身に施す。

 続いて、姉弟のうち、体力が低いと思われる弟への応急の救命処置を先に行う。

 生命維持が最優先のため、一旦は完治ではなく中途半端に治療する結果に繋がる。


 そうした処置は、当人が感じる苦痛自体を増やしてしまう。

 けれども、そんなことを気にしている時ではないので今は無視だ。

 弟は苦痛から失神してしまったようだが、息はしているので問題はない。


 そうしてから、今度は姉の方を治療する。

 弟の応急処置は終わっているため、姉の方は完治させるところまで一気に治療した。

 この時点でのラックの能力では、負った傷を癒すことはできても、失った血を回復させることはできなかった。

 故に、姉は怪我は完治しても会話することすら厳しく、動くことができない状態であった。


 ミシュラが姉の方に声を掛ける。

 そして、優しく抱き上げ、操縦席で自身の膝の上に座らせる形で前を向かせた。

 まだ夫には弟の治療と自身の傷への治療が残っており、それを見せるわけには行かないからだ。

 弟の方は都合良く失神状態であり、もう一刻を争う状態ではなくなっている。

 ラックはまず、自身の傷を完治させた。そして、最後に弟を完治させる治療を行う。




 全ての治療が完了した時、リティシアはまだ茫然として座り込んだままの状態であった。

 生きている子供二人。

 完治して、怪我が綺麗になくなっている姉弟の二人を母親である彼女に見せることができたのは、彼女が座り込んでから約三十分が経過した時であった。


「あっ。えっ? どうして?」


 眼前に息遣いが感じられる我が子二人がいる。

 リティシアは嬉しさと混乱の極致に達していた。

 そして戦い続けていた疲労と、子供たちの無事な姿を見た安心からか、崩れ落ちるように意識を失う。

 極限状態に追い込まれ、自ら子に手を掛けようとまでしたのだから、色々と張りつめていたものがプツリと切れたのであろう。

 だが、この状況はラックにとって都合が良い。

 ミシュラと軽く話し合い、とりあえずゴーズ領に三人を連れて行くことに決める。


 ミシュラの機体にリティシアを乗せて、彼女の壊れたスーツを片手に持たせる。

 更にもう片方の手でワーム一体を引きずってゴーズ領を目指して進んで貰う。

 子供たちはテレスの機体に乗り込んで貰い、そちらはワーム二体を引きずってお持ち帰りだ。


 ラックは二機の下級機動を送り出してから、諦めるつもりであった残りのワームの死骸を八体分全てと、抉り出された魔石をテレポートで村へ運び込む。

 いつものように完璧に処理したものではないので、多少は値が下がるかもしれないが、大きな臨時収入にはなるだろう。


 最後にガンダ村の跡地に戻り、できる範囲の事後処理を行う。

 端的に言えば亡くなった人間の埋葬だ。

 そこには、固定化した魔石の回収が必要な、完全にスクラップになっているスーツ一体も含まれていた。




「あの。ここは?」


 目を覚ましたリティシアは、尋ねた。


「目を覚まされましたか。ここは下級機動騎士の操縦室内です。わたくしはミシュラ・キ・ゴーズ。ラックの妻です。後十分もすればゴーズ領の村に着きますよ」


「そうですか。私の子は何処に? どうして私は機動騎士に乗せられたのです?」


 状況が全く理解できないリティシアは、尋ねて情報を得なければ何も判断を下せない。

 彼女は今後の身の振り方も考えねばならないが、財産は失っている。

 “身に着けていた指輪を売れば幾らかにはなるだろうか?”と、そんなことを考えながらの状況確認だ。


「貴方の子供たちは、もう一機の機動騎士に乗っています。“あのまま、あの場所に残っても、死を待つだけになるかもしれない”と、わたくしたちは判断致しました。これは夫の善意からでの行動だと理解してください。ゴーズ領にしばらく逗留して貰って、今後のことを考えて貰えばよろしいかと。最後に、夫を短剣で負傷させたことについて、わたくしは許していません。それを覚えておいてくださいな」


「わかりました。色々とありがとうございます。お怒りの件は後ほど、領主様に正式に謝罪します。それとは別に貴方にも謝罪します。申し訳ありませんでした」


「謝罪は受け取ります。後は行動で示してください。到着まで少しでも身体を休めておくことです。一息ついたら、これまでの経緯を伺うことになりますので、状況説明ができるように情報の整理もお願いしますね」


 ミシュラは、「この女性もおそらく夫が抱えることになるだろう」と予想しており、少々あたりがきつくなっている。

 だが、彼女を抱え込み、次期ガンダ領当主となる幼子の男の子をゴーズ領の庇護下に置く形で、再開発にこぎつければ、黙っていてもラックは準男爵への陞爵が確実だ。

 そして、ガンダ領にはゴーズ家が一度は諦めた大河が流れているのである。


 ゴーズ領の利を計算するのなら、譲らなくてはならない部分は出て来る。

 けれども、本来であれば魔力0の夫に貴族籍にある女性が寄って来ること自体がおかしいのだ。


 成り行きとはいえどうしてこうなるのか?

 フランという前例を含め、ミシュラの悩みは尽きない。


 こうして、ラックたちによるガンダ領への救援活動は一区切りとなり、ゴーズ領の人口が新たに三名増えることになった。


 妻が夫の女性関係について考え込んでいるとはつゆ知らず、一足先に村へ戻っての解体作業に勤しむゴーズ領の領主様。善意で三人を救ったことで、気づかぬうちに陞爵が転がり込んで来そうな状況を迎えた超能力者。村民と共にワームの解体祭りと、三日後の焼肉祭りに向けた準備に忙しいラックなのであった。

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