第九話:箱野八里の地獄谷
「行きますわ、野風流・山風の太刀っ!」
「うおっとっ! って、胴の次は首かっ!」
「風は何処からでも吹いて参りますわよ♪」
現世とは隔離された異界の地にある山吹姫の幽世屋敷。
板張りの剣術道場に響く剣戟の音。
太郎と山吹姫が、上下黒の稽古着で防具無しの竹刀で打ち合っていた。
山吹姫の超人的な脚力が生む、爆発的な速度での踏み込みからの竹刀による胴への打ち込み。
それを太郎が瞳に映る距離などの数値から間合いを計算し、僅かに後退して受ける。
だが、胴を受けたと思えばすぐ様に反対側から首を横薙ぎにせんとする打ち込みを察知して再度竹刀で受ける。
姫の生身の強さに、太郎もナノマシンによる生体強化がなければ危うかったと感じた。
「お上手ですわ太郎様♪ さあさあ、まだまだ参りますわよ♪」
「計算が間に合わない! だが教わる以上は必死に食らいつく!」
「それでこそ愛しい君、私にもっと向き合てってくださいませ♪」
普段の愛らしい美少女の顔に獣の笑みが浮かぶ!
吹き荒れる剣戟の嵐に、太郎も山吹姫の動きを真似るように立ち向かっていった。
「の、野風流のすさまじさよ!」
「流石は太郎様♪ 稽古相手としては中々、見込みのある動きでしたわ♪」
「姫の強さは底が見えないです、俺は何回切り殺されたかわかりません」
「私がお育て致しますから大丈夫ですわ、太郎様はすくすくと成長されておりますよ♪」
「今後とも、宜しくご指導をお願いいたします」
床に大の字になり、姫に膝枕をされる太郎。
幽世屋敷にはいくつもの武芸の稽古場があり、その中の剣道場にて太郎は姫から剣を教わっていた。
スーパーロボットのパイロットである武士は体が資本、乗り手が武芸を磨く事で機体もまた強くなる。
太郎自身も乗り手として高みを目指すべく、剣術は山吹姫の野風流を新たに学び出した。
「それにしても、野風流を学びたいと言われた時は驚きましたわ♪」
「共に歩む人を知りたかったのと、守り助けたい人達の為に不覚を取らない強さが欲しかったので」
「太郎様、それは私の事を想っていただけているからですか♪」
「お慕いしております、故に好きになった女の子を守れる男になりたいのです」
「私、人の女子とは違い性根は暴れん坊な狼でもあるのですのよ?」
「その荒々しさも含めて愛しいので、共に並びたいし背負われるだけでなく背負いたいのです」
山吹姫に膝枕をされながら問答をする太郎、本心を隠さず伝える。
「子犬のように愛らしい、やはり太郎様は私の婿に相応しい方ですわ♪」
「まあ、そんな俺ですが鍛えていただければありがたいです」
「はい、教える事は私の鍛錬にもなりますから♪ では、次は柔術の稽古も致しましょう♪」
「では、隣の稽古場へ行きますか」
太郎は起き上がり竹刀の片づけをして、姫と隣の畳敷きの稽古場へ移動する。
そして、互いに向き合い礼をしてから始まる稽古。
「野風流の柔術は、当身でも仕留められるように鍛えますの」
「大陸の拳法とも似てますね」
「ええ、それをご存じなら覚えが早いかもですわ」
「剣もですが相撲と拳法と柔も一通り教わりました!」
「広く浅くなのですね、では参りましょう」
まずは手刀からと、眉間や肋骨への横打ちなどと基礎の技を教わる。
「狙う場所は胴に首と山風の太刀と同じ? もしや、この手刀の打ち方は剣と同じでは?」
「ええ、柔とは剣から生まれた無手の技ですので♪」
姫が手刀での胴への横打ちから続けて、首への横打ちを太郎の体に寸止めで実演する。
「ささ♪ 太郎様も、どうぞ♪」
「では、失礼!」
太郎も踏み込み胴への左の手刀、からの右の手刀で首を狙い打ちこみを行う。
「うふふ♪ お上手ですわ、太郎様♪」
「師匠のカッパチが、無手の技を重視して鍛えてくれたので」
太郎は、自分の手刀を掴み取った姫に近づかれて抱きしめられる。
「お稽古代替わりに、抱きしめさせていただきましたわ♪」
「ご指導ありがとうございました♪」
「それでは、今日はここまででお茶にいたしましょう♪」
稽古を終えた二人は道場を後にした、太郎は山吹姫の愛しさと恐ろしさの両方を感じた。
「さて、このまま進めば小田鎌ですが箱野山は如何でしょう♪」
「そうですねえ、では箱野に向かいましょう♪」
「はい、申し訳ございませんが少々山の気を吸いたくなりましたので♪」
「まあ、山も鍛錬になりますから♪」
そう言い二人は一服を終えて、幽世屋敷を出て進路を山へと変えて歩き出した。
「はああ♪ 山の気は美味しいですわ♪」
「姫の英気が養われるなら何よりです♪」
「太郎様まだ宿場までは距離がありますので、お乗りくださいませ♪」
ボンと音を立てて煙と共に山吹姫が、馬ほどの大きさの金狼へと変化する。
「では、ありがたく乗せていただきます♪」
「しっかりおつかまり下さいませ♪」
太郎が自身の背に乗ったのを確認した山吹姫は雄叫びを上げて、駆け出した。
一応は実家で鞍なしでの馬術の稽古もしてきた太郎ではあったが、必死にしがみついた。
狼となった姫の毛は柔らかく心地よかったが、台風の如き速度に慣れるのはまだまだであった。
宿場の入り口が見えてきた所で、姫が人に戻るタイミングを計り太郎が飛び降りる。
「うふふ♪ 太郎様を乗せて走るのは気もち良かったですわ♪」
「あ、あっという間の出来事でした」
「もう、太郎様ったら! これは、剣と柔だけでなく私に乗る稽古も必要ですわね♪」
「面目ないです」
「太郎様は私が妻としてきちんとお守りして、立派な武士にお育ていたしますわ♪」
そして二人は温泉で有名な宿場に辿り着く、だが街の空気はどこか暗かった。
「どうにも民に活気がないな、まだ街としては機能しているが」
庶民の笑顔の陰りにスイッチが入る太郎、山吹姫が太郎の真剣な顔に一瞬見惚れつつ何かを感じ取る。
「太郎様、これはおそらく温泉の出が悪くなったのでは?」
「温泉の街にとって死活問題か、姫とコガネマルのお力を思い切りお借りします」
「はい、思う存分に頼って下さいませ♪」
人助けだと動き出した太郎、まずは民にひと時でも笑顔をと買い物をして回る。
以前金三郎から貰った報奨金の残りを街に落とすと、住民達の態度も口も柔らかくなった。
太郎達が話を聞けば元気に話しだす。
そして、宿場一の老舗宿に行き印籠を見せて話を聞く。
ここ数日温泉の出が悪くなっており、調べに行ったものは鬼を見たと言う。
事件だと感じた太郎は、アイコンタクトで狼となった山吹姫に乗って走り出す。
今度は姫に振り回される事はなく、太郎は姫と共に野道を駆け上がり温泉の源の地獄谷に辿り着いた。
太郎達は、赤青黄と三色の鬼を模した巨大ロボット達が岩で源泉をせき止めている姿を目撃した。
「むむっ! 侵入者発見、何者だっ!」
赤鬼ロボが太郎達を見つけて叫ぶ。
「我が名は軍配太郎、貴様らを成敗しに来た! 来い、ニチリンオーッ!」
「コガネマル、おいでなさいっ!」
敵に怯まず、太郎と姫がニチリンオーとコガネマルを召喚して乗り込む。
「天下成敗ニチリンオー見参っ! 温泉街を苦しめる不届き者、成敗いたす!」
「ニチリンオーの郎党コガネマル、同じく参るっ!」
ニチリンオーとコガネマルが叫ぶ。
「おのれ、公儀のスーパーロボットか! 我ら地獄谷三鬼衆は国の犬など恐れぬ!」
「頭、俺達も合体しましょう!」
「合体すれば、負けませんぜ!」
「おうよ! 三鬼合体だ! 」
三鬼衆の機体が合体し、赤が頭と腕、黄色が胴体で青が足と言う鬼のロボットが誕生した。
「三鬼丸の完成だ♪」
「鬼を語る山賊ども、何処で機体を手に入れたかは知らぬがかかって来いっ!」
「太郎様、私は岩を排除しますわ!」
「お任せします!」
コガネマルはニチリンオーと別れて岩の除去に向かう。
「はっ! あんな犬ロボに何ができる、デカいのを倒すぜ!」
コガネマルを侮り放置した三鬼丸。
太郎の言う通り敵のコックピットには、赤青黄色の着物を着たモヒカン山賊が乗っていた。
「我が郎党への侮辱、万死に値する!」
ダイグンバイを構えるニチリンオーに、何処からか金棒を取り出した三鬼丸が突っ込む。
「見よう見まねだが、ダイグンバイ山風の太刀っ!」
突っ込んで来る敵にニチリンオーも突進し、ダイグンバイを横薙ぎに振るう!
「ぐば~っ!」
「見掛け倒しかっ! だが容赦せんっ、成敗っ!」
巨大な軍配が振り抜かれれば、悪のロボットの胴体を真っ二つに切る。
更に、横に振り終えた後の返しの刃で首を切る!
「おっと、爆発するなら空の彼方でやれっ!」
ニチリンオーがダイグンバイを振るい、敵の首も残る体も天へと吹き飛ばせば空の上で大爆発が起こる。
更にニチリンオーが、ビームを放てば敵機の破片すら地上に落ちる事無く消滅した。
ニチリンオーが三鬼丸を成敗している間、コガネマルも源泉をせき止めていた岩を金色に輝く爪で断ち切り蹴飛ばして除去していた。
「まずは悪党の成敗完了!」
「これで、温泉の問題も解決ですわね♪」
「いえ、おまけがまだですよ姫♪ 加護武装、リュウジンニチリンオーッ!」
敵を倒した後も太郎はロボから降りず、ニチリンオーをリュウジンニチリンオーに変化させる。
「なるほど、雨を降らせて湯の水を足すのですね♪」
「その通り、アメノサンサホコの力を持って雨を降らせます♪」
リュウジンニチリンオーが勝利を宣言するかのように三叉矛を突き上げる!
すると、全く間に手に雨雲が生まれ雷が鳴り局地的な大雨が降る。
「では私は大地に力を与えて雨を吸わせましょう♪」
コガネマルが天に向かて吠えると、地獄谷の周囲の大地が黄金に輝きリュウジンニチリンオーが降らせた雨を吸い込む。
ニチリンオーとコガネマルが合わせ技を暫く行うと、雨は止み大地も元に戻った。
太郎と山吹姫は物凄く大雑把すぎる荒業で温泉の湯量をチャージさせると、ロボを降りて下山した。
「まあ、せき止めていた岩は除去したし湯量も少しは足したのでじきに元の活気を取り戻すだろう」
「ええ、これで本当に今回は一件落着ですわ♪」
そして、太郎達は湯が戻ったと喜ぶ宿場町を立ち去り再び東街道を歩き出したのであった。
次に二人の行く手には何が待ち構えているのやら、軍配党の旅は続く。