集団社会の映画監督
大本ヒロフミ31歳は映画監督である。
彼はインディーズで製作したゾンビ映画がヒットしたことで一躍脚光を浴び、このたび長年構想していたSF大作を撮らせてもらえることになった。
「絶対に成功させてみせます!」
「期待してますよ、大本監督」
ロビーでクワトロ電器の桑元部長とがっちり握手をする。
スポンサーに一流電化製品メーカーがついてくれた。
その上テレビ日本、最大手出版社の民明社、大手広告代理店なども出資してくれることになり、前途は洋々だった。
脚本も自身で手掛けた。長年温めていた思い入れのある物語だ。
壊れた宇宙船でとある惑星に不時着した主人公コウスケは不思議な少女に出会う。少女はコウスケと出会うなり、そっと美しい涙を流した。その惑星には美しい自然がたくさん残っており、コウスケは少女に導かれてたくさんの優しい動物達や、色とりどりの草花に出会いながら、星を歩く。しかし少女以外には住人の姿が見当たらない。やがて彼は知った、この星に人間はいないということを。彼女が人間ではなく、知能をもった花であることを。彼女がよく流す涙は、自然を荒らす存在である人間にこの星を知られてしまったこと、そしてそれでもそんなコウスケを自分が愛してしまったことによるものだったのだ。コウスケは彼女に星の自然を破壊しないことを約束し、共に海の底に身を沈める。次に彼が目覚めた時、100年以上が経っていた。惑星は人間に発見されており、港が作られ、町が出来、美しかった自然は破壊されていた。共に沈んだ少女はどこにもいなかった。彼は少女を求めて歩き出す。
「見たこともないような映像美を観せてやるぜ!」
ヒロフミは思い描いた。CG臭さのない未知の惑星の自然美を、そこに込めた自然保護のメッセージが大勢の人達に伝わることを、そしてヒロインの少女の儚い美しさを。
審査員として出席したオーディションで、ヒロフミは思った、これは夢ではないのかと。
自分の理想通りの少女がそこにいた。顔も、スタイルも、声も、雰囲気も、すべてが自分が思い描いていた通りだ。彼は舞い上がった。誰がどう言おうと彼女が合格者で決定だ。そう、思っていた。
「オーディションは形だけのものでね」
テレビ日本のお偉いさんに言われた。
「ヒロイン役の女優には○○プロダクションの里見栄子がもう決まってるんだ」
ヒロフミはびっくりして反論した。
「里見さんではイメージが出来上がりすぎています! 僕のイメージ通りの子がいたんですよ! 彼女を使いたい! 売り出す新人が増えるのはおたくにとっても有益でしょう!?」
「決まってるんだ」
逆らえばどうなるか、わかってるね? みたいな顔をされ、ヒロフミは何も言えなくなってしまった。
次の日には別のスポンサーに言われた。
「登場人物が2人だけってのは地味すぎる。もっと増やしてくれないか」
ヒロフミは反論した。
「メインは映像美なんです! いっぱい人が出て来たりしたらぶち壊しだ! それに序盤とラストにはたくさんの人が出て来ますよ」
スポンサーは言った。
「増やせ」
また別の日には、また別のスポンサーに言われた。
「アクションシーンが欲しいな。敵を出して闘わせろ。やっぱり派手なアクションがあると見栄えがするし、予告編も面白そうなものが出来るからな」
ヒロフミは反論した。
「そういう映画じゃないですよ! この惑星に敵になるような知的生命体は存在しないんです! 食虫植物に捕らえられかけるシーンじゃダメですか? え、地味? 多少地味かもしれませんが、世界観を重んじればそれ以上のアクションシーンは不自然で……!」
スポンサーは言った。
「敵は16人ぐらいの原住民な」
またまた別の日には、別のスポンサーに呼び出され、言われた。
「タイトルを見直してくれ。なんだね『星・花・愛』って? これが映画のタイトルじゃなくてどこかの詩人さんのペンネームだったらそりゃ素敵だと思うよ? でも、こんなタイトルの映画じゃ売れるわけがない」
ヒロフミは反論した。
「とてもスピリチュアルで良いタイトルだと私は思っておりますが……」
スポンサーは言った。
「もっとイマドキの流行を研究したほうがいいよ、君」
かくして大本ヒロフミのメジャーデビュー作映画『自然がいっぱいの惑星に不時着してみたら可愛い少女と出会って恋に落ちたけど彼女は植物だった件』は完成した。
大々的に広告を打ち、テレビ日本がゴリ押しで売り出し、クワトロ電器の新型テレビのCMに一場面が使われたことで興行成績はまずまずだったが、評価は普通にクソ映画ということで落ち着いた。
シネコンで、レンタルで、配信で、多くの人が鑑賞し、レビューを残した。
・CGがこれみよがしに派手で、萎えた。
・里見栄子が都会的すぎて合ってなかった。自然の惑星なのにあのメイクって……。
・売れっ子の俳優をふんだんに注ぎ込んだ意味がわからない作品。人のいない惑星じゃなかったのかよ……!
・無理やり入れたようなアクションシーンにはただキョトンとするだけで、笑えもしなかった。
・タイトルでネタバレしてる映画は初めてだった。
・監督がクソ。
・インディーズの前作が良かったので期待したが、あれはマグレだったようだ。
・この監督のはもう見ない。
大本ヒロフミは次の映画の製作に取りかかった。しかしあんまりやる気はなさそうだ。
それよりも彼は今、小説投稿サイト『作家ごっこをしよう』に自作の小説を投稿するほうに夢中だ。ここなら自分の本当に書きたいものを書ける。彼は力を込めて投稿した。
そこそこ読まれ、評価はされた。
しかし流行りの作風ではないので、数字は低い。