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シャルロッテは読書をよくするが、これは趣味というよりも活字中毒である。
昔の誰が何について書いたのかも分からない報告書のようなものも熱心に読み込んでしまうのだから重症だ。
シャルロッテの本当の趣味はリュートである。
弾き語りをよくする。自作曲も多い。
たまにサロンに出向いて披露することもある。
小さな手で典雅にリュートを爪弾き、か細い声で歌う様はこれぞ天使という風情であり隠れたファンも多い。
これに関連してリュート譜の蒐集も趣味である。
出入りの商人がたまに持ってくるそれを全て言い値で買うくらいのものだ。
リュート譜は出版されているものが少ないのだ。
多くは愛好家が自分用に写譜していたり自作したものである。
その大半は有名曲の写しであるのだが、稀に独自にアレンジした曲、完全なオリジナルの作品が混じっているのだから蒐集家魂が衰えることはない。
リュートはギターの原型のような楽器である。
弦が張ってあり指板にはフレットが打ってある。
弦は2本でひとつの複弦でその単位をコースと呼ぶ。
何コースかはマチマチで概ね6〜13コースで作られている。
シャルロッテは8コースのリュートを愛用している。
リュート譜というのはタブラチュアであり音を示す音符が書いてある五線譜とは違ってコースの縦並びに押弦するフレットを示すアルファベットを書いたものである。
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シャルロッテは新たに入手したリュート譜に夢中になっていた。
どこかの貴族が遺品整理かなにかで放出したものだろうそれは書籍類に混じって商人の元に来たそうだ。
何葉かの上質な紙に手描きされたそれは同一人物が何年かに渡って作ったようでインクの色や紙の黄ばみ具合が少しずつ異なっていた。
しかし驚くべきはその内容であった。
すべて完全なるオリジナル楽曲であり技巧も込められた情感も文句のつけようもなく素晴らしい作品群である。
シャルロッテは綴じられた順に夢中で弾いていったが最後の一葉で手が止まった。
「おかしな音がある。いや、譜面がおかしいわ。」
リュート譜は音価(音の長さ)を示す旗をタブラチュアの上部に描くことになっていて同じ音価が続くところは省略するというルールであるが、それが守られていない音が数箇所あった。
それらを無いものとして飛ばして弾いてみるとーーー
心が締めつけられるように重く切ない哀しい曲であった。
「お嬢さま、なぜだか涙が止まりません。」
「クロエ、たぶんこの曲はこの作曲家の遺作ね。死の間際にでも書いたようだわ。
何か途轍もない後悔でもありそう…っと、この謎の音がカギかもしれない。」
シャルロッテは紙に罫線を引き、コースとフレットを縦横にして行列の表を作った。
そこに謎の音のマスをマークしてみる。
リュート譜のフレットを示すアルファベットは区別がつけにくい文字を排除するためにcはrとしjを飛ばして書かれる。
「書かれた順番でいけば3b、5a、2r…」
ふと、このマスにアルファベットを当てはめてみてはどうかと思い至る。
どのコースまでか分からないがマークされたところまでと考えるのが妥当だろう。
「HELP(助けてください)HUSBAND(夫が)POISON(毒を)!!!」
「お嬢さま!はやく助けて差し上げないと!」
「クロエ、落ち着いて。たぶんもう亡くなってるはずだわ。それも数年前かあるいは数十年前に。」