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「先程、私はカイ様の不安について言葉を濁しました。
これはご両家に関わる話でございます。」
伯爵夫人はシャルロッテの意を汲んで使用人を退出させた。
「ホルム伯爵家には代々の当主の日記や覚書等、この国の歴史の裏側に関する多くの資料が残されております。
8代前のお祖父様の日記には200年前の戦争当時の貴族家間の諸々(もろもろ)が書かれておりました。
ユリアン・ヒンメルとカスパル・メスナーについてもです。
よく知られた親友同士の騎士として切磋琢磨して腕を磨き、
お国のために身を捧げ戦場に散ったという話に偽りがあるということではありませんが、
別の見方も出来るという内容です。
ユリアンには幼い頃から婚約者がおりました。
政略で決まったものですが愛を持って接していたようです。
カスパルは親友ユリアンの妹と婚約しました。
両者ともこのまま互いの相手と愛を育んでいけばよかったのですが、
不幸なことにユリアンの婚約者のご令嬢はカスパルを愛してしまったのです。
2人はユリアンに隠れて逢瀬を重ね、いつしか一線を超えてしまったと。
ふたつの婚約は解消となり、ユリアンの表向きの許しを得てカスパルとユリアンの元婚約者は改めて婚約しました。
その表面的な解決をぶち壊すようにユリアンの妹が自殺してしまったのです。
ユリアンはひとり鍛錬に打ち込むようになったそうです。
それは誰がみても苦行でしかないもので彼が死にたがっているのは公然の秘密みたいなものだったそうで。
そこから半年が経ち戦争が始まるとカスパルと元婚約者が婚姻したその足で2人は戦場へと向かい今に伝わる顛末となりました。
果たして英雄ユリアン・ヒンメルが奇策を献じたのは純粋な愛国心ゆえなのかどうか。
英雄カスパル・メスナーがユリアンとともに囮の殿に名乗りをあげたその心は。
おそらくご両家にはこの話が伝えられていることでしょう。
カイ様の不安はここからなのでしょう。あまりにも似た状況であると。
8代前のお祖父様は英雄たちの誕生とともに醜聞の隠蔽を図りましたが
当事者であればその限りではありません。事実が伝わるのは当然のことかと。
新妻のまま寡婦となったカスパルの妻はまだ若いのだからと実家に戻されたが
自ら修道院に入り生涯2人の冥福を祈ったとか。
まあ、ものは言いようと申しますか幽閉ですわね。醜聞の元凶ですから。
とはいえヒンメル伯爵家とメスナー伯爵家の間の遺恨が消えることはなかった。
この200年の間に両家の間に縁を結んだ記録がありません。
両英雄を輩出した名家同士でこれは不自然です。
なので、ここでホルム伯爵家として提案なのですがここで縁を結び直してはいかがですか?」
伯爵夫人と騎士は16才の小娘の大胆な提案に目を剥いて驚いていた。
ヒンメル伯爵家にはユリアンの絶望で塗り潰された日記が残されている。
メスナー伯爵家には苦悩するカスパルを側で見てきた従僕の備忘録が残されている。
確かに両英雄の家ということで近しく交流はしてきた。
そもそも醜聞なんて存在しないから遺恨なんて無い。
いや、表向き無いことになった。
存在しない遺恨は水になんて流せないだろう。
この200年間、表向き存在しない遺恨について両家で話し合うこともなかった。
両家が親しく交流があっても縁を結ばないのは不文律のようなものだった。
永く両家が触れられなかったソレをホルムが「もういいんじゃないの?」と言いだした。
伯爵夫人と騎士は思った。
((だったら、ま、いっか。))