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3年前、伯爵夫人の侍女はアンナではなくゲルタという、実家であるランセル公爵家からついてきた男爵家令嬢が勤めていた。
令嬢とはいえ夫人よりも年長の貴族然とした気位の高い女性だった。
侍女とは貴族女性の身の回りの世話をする上級使用人である。
使用人とはいえ下位の貴族女性か平民の裕福な家庭の女性が勤めるものである。
主人とともに行動するので貴族のマナーや所作が身についていなければならないためだ。
当時はメイドとして雇われて間もないクロエなど話しかけられるような存在ではなかった。
とはいえ特に高圧的な態度を取るものでもなくただ身分に明確な線引きをしているだけなので苦手意識はあってもそういうものだと理解していた。
ある日の午後、伯爵夫人の居室に使用人一同が呼び集められた。
前日の就寝時から今まででこの居室に入った者は名乗り出るように言われた。
クロエは朝食でダイニングに行かれている間に清掃とベッドメイクをしたので素直に名乗り出た。
「ここで何をしたのか言いなさい。」
クロエはゲルタが初めて自分に向けて話したことに驚いた。
「え、えっと、お掃除とベッドメイクをいたしました。」
「それだけ?」
「はい、それだけです。」
「ドレッシングルームも掃除したの?」
「いえ、私どもは入ることを許されておりませんので。」
高価なドレスや装飾品が保管されているドレッシングルームに下級のメイドがひとりで立ち入ることはない。
「おかしいわね。奥さまのルビーの首飾りが見当たらないのよ。
この居室に入ったのはあなたしかいないみたいだし…おかしいわよね?」
「そ、そんな!!!」
クロエは真っ青になった。
貴族の邸で盗みを働いたら無事では済まされない。
相手が貴族のゲルタでは冤罪を晴らすことすら叶わない。
「ゲルタ、決めつけてはダメよ。誰かシャルを呼んできてちょうだい。」
なぜかまだ13才の令嬢シャルロッテが呼び出された。
「お母さま、なにごとですか?」
使用人一同が集まって困惑顔の中心で自分と同じ年頃の顔面蒼白のメイドを前に仁王立ちの侍女。
「シャル、謎解きをお願い。」
「喜んで。」
シャルロッテは母の願いに破顔した。
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伯爵夫人の持ち物は全て侍女であるゲルタが管理していた。
特に高額な装身具は毎晩全品を確認することになっていた。
昨晩も全て確認し終えてから退出したという。
今日になってゲルタは夜会の準備をしている最中、伯爵夫人に件の首飾りの使用を命じられ、それが無くなっていることに気づいたという。
特大のルビーが輝く首飾りは伯爵夫人の趣味ではなかったが最近勢いのある子爵家の領地から産出されたもので夜会での話のキッカケにでもなればと宝石箱の肥やしとなっていたのを思い出したのだった。
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