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「あの日、貴女が演奏された曲は私が幼い頃、母がよく弾いてくれた曲です。
聴いた瞬間にあの幸せだった日々の想い出が溢れだして私は…
おっと、失礼。
母は優しくて朗らかな人でした。
音楽を深く愛していて暇さえあればリュートを弾いていました。
あの曲は母が作ったのですね。
もう一度聴きたくて長年演奏会やサロンに足を運んでいましたがどうりで聴けなかったはずだ。ハハハ」
「お母さまがこれを書かれたのですね。
どうぞお手にとってご覧になってください。」
「ありがとうございます。
ああ、懐かしい母の手跡だ!母上ッ!…」
ロート男爵の嗚咽が収まるまでそのままにしていた。
「失礼しました。
母はもう亡くなってから何年も経っておりますが、あまり良い生涯ではなかったものですから。」
「それはお気の毒に…
ここでこの譜と再会したことは神のお導きかもしれませんね。
よろしければお母さまのことをお話ししていただけますか?」
なんとか情報を引き出したいシャルロッテが天使の微笑みでそれとなく強請ると
ロート男爵もその気になったようで語りはじめた。
「身内の恥を晒すようですが、父は母を疎んじていました。
母に瑕疵があったのではなく、政略結婚をする以前から父には愛人がおりましたのです。
最初は愛人は別宅に置いてごく普通の貴族の夫婦として生活していました。
私が5才になった頃に祖父が亡くなって父が男爵位を継いで当主となってすぐに母を気の病にかかったと称して離れに閉じ込めてしまった。
そして愛人を邸に引き入れて私に母と呼ばせました。
屈辱でした。しかし5才の子どもに出来ることはなかった。
怒りを押し殺して笑顔であの女に懐いたフリをしました。
たまに離れから聴こえてくる母の爪弾くリュートの音色だけが私を慰めた。
私が力を得るまで耐えて欲しいと願っていましたが2年後に儚くなってしまいました。
父は何食わぬ顔で男爵夫人の葬儀を出してから愛人を正式に後妻に迎えました。
何度やつらを殺してやろうと思ったことか!
表面上は仲の良い男爵一家のまま時が過ぎ、私が成人して領地経営の手腕を発揮し始めたのを認めた父が男爵位を継がせてくれました。
その祝いの後、和かに父を呪われた離れに連れて行きそのまま閉じ込めました。
父の愛人は当主権限で離縁させた後に貴族籍を抜き邸から放り出しました。
父はその2年後に死んだようですが使用人に始末させたので最期は知りません。
母の死後、一度隙を窺って離れに入ってみましたが遺品はすべて処分された後でした。」
「やはりそのようなことでしたか。
このリュート譜は貴方が持つべきものということを確信しました。
どうぞそのままお持ち帰りください。」
「ありがとうございます!
しかし…よろしいのでしょうか?私の話だけで価値あるものを手放されるのはいささかその…」
「ロート男爵様のお話しが真実である証拠がこの譜にはあるのです。」
「どのようなことなのかご説明いただけますでしょうか?」
「もちろんです。」