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シュトルム伯爵夫人はシャルロッテの母の古くからの友人でその邸では多くの音楽愛好家が集まるサロンが開かれている。
シャルロッテがリュートに興味を持ったのも幼い頃に母にここに連れられてきたことがキッカケであった。
なので、たまにここを訪れてリュートの演奏を披露することはシャルロッテの日常と言えた。
「シャルロッテ、素晴らしいわ!初めて聴くけどなんて素敵な曲!
貴女が作られたのかしら?」
「いいえ叔母さま。たまたま入手出来たリュート譜にあった曲で作曲家は不詳の方です。
女性であったことだけは分かるのですが。
何曲かあるので習熟したらまた披露させていただきますね。」
「まあ、そうなの。
未知の名曲をまた貴女の演奏で聴けるなんて楽しみだわ。待っているわよ。」
件のリュート譜集から気に入った作品を練習して本日初めて披露したのだ。
演奏中には感動のあまりか泣いている人もいた。
主催のシュトルム伯爵夫人を皮切りに多くの参加者が興奮した面持ちで話しかけられた。
サロンは未知の大作曲家の発掘に沸いていた。
そんな中、面識のない初老の紳士に話しかけられた。
目を赤くした顔を見て泣いていた人だと気づいた。
「シャルロッテ嬢、私はベンヤミン・ロートと申します。
お初にお目にかかります。」
「はじめまして、ロート男爵様。」
「本日貴女が演奏された曲を聴いたことがあります。
入手されたというリュート譜についてお話しを聞かせていただけませんでしょうか?」
胡散臭い話だったが、ロート男爵は胡散臭くは見えなかった。
音楽好きに悪い人はいない…なんてこともないが信じたい気持ちもあり、
なによりあの消化不良の毒殺事件(仮)の解明に手がかりが得られる期待があった。
ロート男爵の要望を了承し、後日ホルム伯爵邸で話すこととした。
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ロート男爵家は古くからの家柄で建国王に恭順した小豪族が祖である。
そのため中央政治にはあまり興味がなく、代々の領地をひっそりと守っている地方の小領主の典型であるようだ。
しかし現当主はやり手で男爵家だけでなく長年変化のなかった領地も代が変わってから潤い出したという。
「シャルロッテ嬢、ご招待いただきましてありがとうございます。」
シャルロッテはホルム伯爵邸の応接室にてロート男爵と対面していた。
机の上に広げたリュート譜の綴りを示して言った。
「こちらが先日演奏した曲を含むリュート譜でございます。
出入りの商人が持ち込んだものでして、書籍類に紛れて仕入れられたことしか分かりません。
これについてなにかご存知のことがあるとか。お話しいただけますか?」
ロート男爵はリュート譜からしばらく目を離せない様子であったが、
気を持ち直すようにシャルロッテの目を見て話だした。