3.映画館爆破事件
京子は電車に乗っている。
彼女の横には、裕也の姿がある。
あの事件以来、京子と裕也は親しくしていた。
「裕也さん、肉体屋の利用者さんなんですか?」
「うん。本当は僕、女の子で」
「実は私もなんですよ」
「え?」
「ほら」
と、京子が裕也にベルトを示す。
「本当だ。あの店のベルトだね」
裕也もベルトを示した。
「僕のこの体は検察庁と共同で作ったらしいんだ」
「なるほど。だから検察官やってるんだ?」
「そうなんだ」
「裕也さんの本当の姿、見てみたい」
「僕も京子さんの見てみたいよ」
駅に止まり、電車を降りる二人。
辺りに誰もいないことを確認した裕也は、サイドバックルを押した。
光に包まれ、端正な顔立ちをした黒長髪の女性に姿を変える裕也。
京子も聡に姿を変える。
「私、深山 夏海」
「竹山 聡だよ。オリジナルだとなんの仕事してたんだい? 俺は四葉建設の社員だった」
「私、まだ十五なんだ」
「マジか!? 高校生じゃん!」
「聡さん、このままデートしよ?」
「え?」
戸惑う聡。
「私、聡さんに一目惚れしちゃった」
「あ……そうなの?」
「うん。聡さん、高校生は嫌?」
「嫌ではないけど、ずいぶん若いなと思って」
「行こっか」
「ああ、うん」
駅を出る二人。
「あ、プラン考えてないや」
と、夏海。
「聡さん、映画でも見る?」
「映画鑑賞か。そしたら、シン・オヴァでも見ようかな」
「じゃ、決まりね」
映画館に向かう二人。
チケットを買い、会場に入って席に座る。
映画が始まるのを待っていると、後方の映写室で爆発が起きた。
「……!?」
びっくりして後ろを見ると、映写室から煙が上がっていた。
聡はバックルを押して京子に変身すると、映写室へと駆けつけた。
映写室に、黒焦げの遺体。
騒ぎを聞きつけて、スタッフが駆けつける。
「何があったんですか?」
京子はスタッフに警察手帳を見せると、警察を呼んでもらった。
「今しがたここで爆発が起きたようです。スッタフと思しき方が一名、巻き込まれました」
暫くして、サイレンが聞こえてきた。
捜査員が駆けつける。
現場で鑑識作業が始まった。
京子は作業の邪魔にならないよう気をつけながら遺体を確認した。
(爆死のようだな……)
「君、何を勝手に遺体に触れてんだね?」
「ああ、すみません」
京子は刑事に手帳を見せた。
「警察官か。そりゃ失礼しました」
「本庁捜査一課の坂上です」
「杉並署刑事課の上妻です」
警察の捜査で、事件直前に被害者宛の荷物が届いていることがわかった。
届いた荷物が爆弾だったのではないか、と京子は考えた。
京子は荷物を受け取ったスタッフに差出人について確認した。
「差出人の部分は匿名でした」
匿名の荷物。犯人は身元を隠しているのだろう。当然といえば当然か。
「上妻さん!」
と、捜査員がやってくる。
「配送業者に当たったところ、この人物が配送手続きをしていました」
捜査員が上妻に写真を見せた。
「この男は?」
「鏑木 健二。新宿区内に住んでますが、前科はなしです」
「見せて」
京子が写真の男を覗き込む。
「鑑識さん、被害者の身元はわかりましたか?」
「被害者は田所 哲也、四十五歳。主にこの映画館の映写室で機材を管理しています」
警察は被害者の田所と鏑木の接点を調べた。
田所と鏑木は旧友だったが、最近は喧嘩をして暫く連絡を取っていなかったということが判明した。
よもや喧嘩しただけで爆発物を送りつけるようなマネはしないと思うが。
「京子さん」
と、裕也がやってくる。
「誰ですか、あなたは?」
と、上妻が訊ねる。
「ああ、僕は……」
裕也は懐から身分証を出した。
「東京地検の検事さんですか。失礼しました」
でも——と、上妻は続ける。「どうして地検の検事さんがいるんですか?」
「ああ、それは、こちらの京子さんと映画を見に来てたんですよ」
「お二人はどう言ったご関係で?」
「友達ですよ、ねえ?」
京子に同意を求める裕也。
「ええ、そうなんです。私たちお友達で、オヴァシリーズの映画を見に来てたんです」
「そうですか。それはとんだ災難でしたね」
遺体が担架に載せられ、運び出される刹那、血相を変えた女性が駆け込んできた。
「あなた!」
遺体に縋る女性。
「どうしてこんな……」
女性は涙を流して泣き出した。
「あのー、あなたは?」
「田所の妻です」
「奥様ですか」
居た堪れない気持ちになる京子と裕也。
「奥様、哲也さんに恨みを抱える人物に心当たりはありますか?」
「恨み? きっとあいつだわ。鏑木がやったのよ」
「鏑木というと、哲也さんのご友人の?」
「ええ、そうよ。彼とは私と哲也でよく連んでたわ。だけど……」
「哲也さんと鏑木さんが喧嘩したんですよね?」
「喧嘩? そんな生やさしいものじゃないわ」
「どういうことですか?」
「私、哲也が、その……してくれないから、鏑木と関係を持ってしまったのよ」
「いわゆる、肉体関係、ということですか?」
「そうね。そうとも言うわ。それで哲也と鏑木の間にヒビが入っちゃって。迂闊なことをしたわ」
「奥様、あなたのご職業は?」
「映像会社ですけど、それがなにか?」
「今回、爆弾が使われたみたいですが、あなたになら爆弾の知識はありますよね?」
「刑事さんは私を疑ってるんですか!?」
「いえいえ、そう言うわけでは……」
「失礼しちゃうわ!」
不貞腐れる田所の妻。
「上妻さん!」
捜査員が血相を変えてやってくる。
「どうした?」
「容疑者の鏑木が、遺体で発見されたそうです」
「なに!?」
「……!」
京子が現場を訊ねる。
現場は鏑木の自宅マンションの駐車場だ。屋上から飛び降りたと見られ、転落場所には遺書があったという。
京子含める捜査員たちが鏑木のマンションに急行した。
「上妻さん、これが鏑木の遺書です」
田所を爆殺してしまった。捕まりたくない。さようなら。
どうやら遺書はパソコンで作られたみたいだった。
京子と裕也は鏑木の部屋に入る。
「あれ?」
「どうしたんだい?」
「遺書があるのに、それを書いたパソコンが見当たらないのよ」
「本当?」
「うん」
京子が部屋を見て回るが、確かにパソコンがなかった。
「うん?」
鏑木が使っている机の抽斗から領収書が見つかる。
領収者は菅田サービスとなっている。
京子は菅田サービスに電話をかけた。
「私、警視庁の坂上と申します。鏑木さんから受け取った料金はなんの領収書でしょうか?」
「壊れたパソコンを引き取った際の領収書ですね」
「パソコン、ですか。それはいつのことですか?」
「先週の日曜日になります」
「どうもありがとう」
電話をしまう京子。
(先週、業者が引き取ったってことは、鏑木に遺書を作ることは不可能だ。鏑木は殺されたんだ。恐らく、あの人に)
京子は哲也の妻を訪ねた。
「奥さん、鏑木さんを殺害したのは、あなたですね?」
「え?」
「哲也さんを殺害したのは、鏑木さんでしょう。しかし、それはあなたの差金だったんじゃないんですか?」
「どういうことよ?」
「あなたは映像会社にお勤めだ。爆発物の知識もあるでしょう。先ほど、あなたは鏑木と関係を持ったと話した。それで哲也さんと鏑木さんが争い、友人関係に亀裂が入った。怒った鏑木さんは哲也さんに殺意を抱いたはずです。そこであなたは、こう持ちかけた。私も哲也を殺したい。爆弾の作り方教えるからやってくれるか、と」
「面白いわね。続けてちょうだい」
「そして鏑木さんは哲也さん爆殺を実行したんです。配送業者で爆弾を映画館に送ってね。その後、鏑木さんはパソコンで遺書を書いて投身自殺を図っと見られましたが、実は鏑木さんのパソコンは故障して一週間前にはすでに不用品回収で引き取ってもらっていたんですよ。遺書を書いたのは、あなたですね?」
「証拠は? 証拠がなきゃ私を逮捕することはできないんじゃなくって?」
「証拠ならあなたのパソコンを調べれば出ると思いますよ? パソコンにはログというものが残ります。それを解析すれば、あなたが書いた遺書のデータも出るはずです」
哲也の妻がその場に崩れる。
「ええ、そうよ。哲也、鏑木と関係を持ったと知った時、私に暴力を振るったのよ。私、迷いもなく殺そうと思ったわ。だから、鏑木に哲也を殺させて、鏑木に罪を着せて死んでもらおうと思ったの」
「どんな理由があろうと、人を殺すものではありませんよ!」
「ごめんなさい……」
京子が呼んだ警官隊が、哲也の妻を連行した。
「京子さん、名推理だよ!」
と、裕也。
「京子さんにかかったらどんな難事件も解決できるね! うちで扱ってる未解決事件も頼みたいぐらい!」
「未解決事件?」
「え? あ、気にしないで。とりあえず、帰ろっか」
「そうね」
京子と裕也は帰路に就くのだった。