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第三章 『二つの奇跡』②

 鈴香、博士、百々の三人は、作戦の決行場所である三階の階段へとやってきた。教室を出て左手の廊下を進んだ先、昨日忍びこんだ図書室の手前に位置する階段である。

 二人を近くに呼び寄せてから、鈴香は言った。

「それじゃあ、作戦の最終確認をするね。先ず、今から私はこの場所で、階段を上がってくる庵神先生を待つ」

 「この場所」と彼女が示したのは、階段の一番上の位置だった。

「そして、庵神先生が踊り場までやってきたところで声をかけ、先生目がけてジャンプする。……以上よ」

 鈴香は、非常に簡単な説明を終えた。

「鈴香ちゃん、本当にあそこまで飛び降りるつもりなの?」

 十段ほど下にある階段途中のスペースを百々が指さす。

 鈴香はきっぱりと答えた。

「そうよ」

「でも、こうやって実際に見ると、凄く高いし、遠いよ。自信はあるの?」

 そう続けて彼女が問うと、今度も鈴香はきっぱりと答えた。

「ないわ」

「ないわ、って……。鈴香ちゃん、大怪我しちゃうかも知れないんだよ。私、そんなの嫌だよ」

 泣きそうな顔をする百々に、博士が横から口を挟んだ。

「一応、そうならない予定にはなっているんだ。百々ちゃんも教室で鈴香ちゃんの作戦を聞いただろう? 庵神先生が“安心先生”と呼ばれているのは、事故に遭う人や大怪我をする人がひとりもいなくなるから。それならば、もし、わざと怪我をするようなことをしたとしても……」

「“安心先生”が守ってくれる」

 百々がそうつなげると、博士は小さくうなずいた。

「そして、階段から飛び降りる鈴香ちゃんを助ける時、庵神先生は必ずムルクーラーミを唱える。つまり、その時が、ヒントをもらう絶好のチャンスというわけさ」

「でも、もし、失敗しちゃったら……」

 階段下の踊り場を見下ろして声を震わせる百々に、鈴香は言った。

「そうなったら、私は大怪我しちゃうだろうから、あとは二人に任せるわ。私の代わりに和輝に謝っておいて。貴方はとめてくれたのに無茶をしてごめんなさい、って」

「それは駄目だよ。そういったことは、ちゃんと鈴香ちゃんが直接伝えないと。失敗しても成功しても鈴香ちゃんが和輝君に謝ることは決定なの。だから、今回の作戦は必ず成功させること。……分かった?」

 おっとりした性格の彼女にしては珍しく強い口調で、そう百々が告げてくる。

 驚いた鈴香は、思わず、

「は、はい。分かりました」

 と敬語で答えた。

 その後、鈴香はその場で待機、博士と百々は廊下の陰に隠れて様子を見守ることとなり、もうすぐやってくる作戦の時を待ち続けた。

 奇跡の瞬間まで、あと五分。


「パスだ、パス! こっちに回せ!」

 和輝が大きく手を上げる。

「よし!」

 飛んできたボールを胸でトラップして足下に落とすと、彼は、そのまま流れるような動きでドリブルに入った。

 ところが、一歩、二歩目を踏み出した次の瞬間、突然、何者かが横から突き飛ばしてきた。

 抗うこともできず、グラウンドに倒れこむ和輝。ズザッと音を立て、白い砂ぼこりが上がった。

()ってえな! 気をつけろ!」

 怒鳴り声を上げて和輝が相手を見上げる。彼の視線の先にいたのは、六年生の双子の兄弟、(ゆう)(いち)(ゆう)()だった。

「気をつけないといけないのはお前のほうだろ。こんな場所でサッカーなんかするなよ」

 兄の雄一が和輝を見下ろす。

 隣では弟の勇次が、

「そうだ、そうだ」

 とはやし立てた。

「別にサッカーが禁止だなんて言われてないだろ」

 腕についた砂を払いながら、和輝はゆっくりと立ち上がった。

 これ、どちらが正しいのかと問われると、和輝だった。小川小は児童の数が少ない割にはグラウンドが広く、昼休み、ボールを蹴って遊んでもよいことになっていたのである。

 しかし、“俺様がルール”の雄一には、そんなこと関係なかったらしい。

「おい、和輝。俺は、お前みたいなサッカーが下手な奴がボールを蹴るのを危ないと言ってるんだ。分かったか?」

「何だと?」

 和輝は、雄一を睨んで気色ばんだ。

「何だ、サッカーが下手だと言われたのが、そんなに悔しかったか? だったら、俺たちと勝負するか?」

「勝負?」

「六年と五年、互いに代表者十一人を出し合ってサッカーで勝負だ。……どうする?」

「受けて立つに決まってるだろ! 五年生をなめるな!」

「お前のほうこそ、六年生をなめるな。もし、俺たちから一点でも取れたら、お前らの勝ちってことにしてやるよ」

 こうして、和輝たち五年生と雄一たち六年生は、サッカーで勝負をすることになった。

 奇跡の瞬間まで、あと三分。


「うーん、若いつもりでいても、四十五歳ともなるとさすがにつらいです。腰も痛いし、足も痛いです。それなのに、どうしてどこの学校でも高学年の教室は、上のほうの階だと相場が決まっているのでしょうか? 納得がいきません」

 そんなことをひとりぶつぶつとつぶやきながら、庵神先生が階段を上がってくる。

 鈴香は、こっそりと階段下を覗き見た。

 現在、庵神先生は二階からの階段を上がり始めたところ。鈴香の位置からぼさぼさ頭の天辺が見えた。

 「きた!」先生の接近を知らせるため、隠れている二人に手をふって合図を送る。

 作戦決行のその時は、もう間近に迫っていた。

 奇跡の瞬間まで、あと三十秒。


「……で、勝負の日は?」

 そう問う和輝に、雄一は答えた。

「そうだな、今日が金曜だから、週明けの月曜でどうだ? 月曜日の放課後、前後半二十分ずつ。延長はなしだ」

「分かった」

「さっきも言ったが、一点でも取れたらお前らの勝ちでいいぞ。その代わり、お前らが負けたら、今後グラウンドでのサッカーは禁止だ。大人しく教室で、油粘土でもこねこねしていることだな」

「そうだ、そうだ。油粘土こねこね……って、ちょっと待ってくれよ、兄ちゃん。俺も粘土遊びは大好きだぞ。粘土を馬鹿にするな!」

 怒りだす勇次を無視し、雄一は和輝に言った。

「まぁ、せいぜい土日で特訓でもしておくんだな。和輝、お前に本気になった六年の怖さを教えてやる」

「へぇ、それは楽しみだ。お前のほうこそ、俺の強さにびびって小便漏らすに決まってるんだから、今のうちからオムツでもしておいたほうがいいんじゃないか?」

 和輝は不敵に笑って見せた。

 すると、そのとたん、

「ふざけるな!」

 そう声を上げながら、雄一が突進してくる。

「お、やるか?」

 拳を握って身構える和輝。

 だが、雄一は、そんな彼の横を走り抜けた。

 そして、そこに転がったまま放置されていたボールを、思い切り蹴り飛ばした。

 それは、まるで弓から放たれた矢のような速さ。ボールは、低い弾道でグラウンドから校舎へと一直線に飛んで行った。

 「……こいつ、本物だ」そう感じ、思わず和輝が目を見張る。

 しかし、それも束の間、彼は叫んだ。

「危ない!」

 ボールが向かう先で一年生の女の子が縄跳びをして遊んでいたのである。

 奇跡の瞬間まで、あと一秒。


「おや、香椎さん。どうしたのですか?」

 階段を二階から三階へと上がる途中の踊り場で、庵神先生が鈴香を見上げる。

 鈴香は言った。

「庵神先生。私、先生にお願いがあるんですけど」

「お願い? 何でしょうか?」

「先生は、自由自在に奇跡を起こすことができるんですよね? だったら、私に奇跡を見せてください」

「はい?」

「今すぐ私の目の前で、奇跡を起こしてみてください」

「え、あの、そんないきなり……」

 あまりにも唐突な展開に、庵神先生が目をぱちくりとさせる。

 しかし、それをまったく気にする様子なく鈴香は、両足に力を蓄えるように膝を曲げた。

 それから、

「とう!」

 とのかけ声一番、踊り場にいる庵神先生目がけてジャンプした。

 ここまで、全てが計画どおりであった鈴香。

 ところが、ここで彼女はとんでもない間違いを犯した。あろうことか、プールの飛びこみのように頭からジャンプしてしまったのである。

 コンクリート製の階段へと真っ逆さまに落ちて行く。

 死を予感する彼女の耳に、あの言葉が聞こえてきた。

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