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第三章 『二つの奇跡』①


              第三章 『二つの奇跡』


 二時間目が終わり、休み時間。五年一組の教室。いつもの四人で集まっていると、いきなり鈴香がクイズを出してきた。

「さて、ここで問題です。今日の私の朝ご飯は、何だったでしょうか?」

「カツ丼」

 和輝が即答する。

「ブー。ハズレでーす」

 続けて博士が答えた。

「天丼」

「それもハズレ」

「じゃあ、親子丼かな?」

 最後に百々がそう答える。

「残念、それも違う……って、ちょっと待ってよ。皆、さっきから丼物ばっかり答えてるじゃないの。ひょっとして、私、朝から丼物を食べる女だって思われてるってこと?」

 鈴香が不満を口にする。

「思われてるっていうか、いつも食ってるだろ」

 そう和輝が指摘すると、彼女は、

「失礼ね、たまにしか食べないわよ!」

 と怒りだした。

 「たまに食べるんだ」、「さすが鈴香ちゃん」博士と百々がアイコンタクトで語り合う。

 そんな彼らを前に、呆れた様子で鈴香は言った。

「もういいわ。誰も私のこと分かっていないんだから。私の今日の朝は、“とろろ納豆オクラご飯”よ」

「とろろと納豆とオクラ、全部ネバネバだな」

 鈴香の挙げた食材たちに、和輝が顔をしかめる。

「あら、和輝ってネバネバ嫌いだったっけ? とろろと納豆とオクラ。この三つが奏でる味のハーモニーは最高なのに……」

 「苦手だなんてもったいない」と言わんばかりに、鈴香は大きくゆっくりと首をふって見せた。

 そこに、少し興味が湧いたのか、百々がたずねる。

「鈴香ちゃん、それって本当に美味しいの?」

「本当よ。先ず、ほかほかのご飯の上に納豆を載せて、さらにその上から、すりおろした山芋をかけるの。それから、刻んだオクラを添えて、そこに醤油を少々。あとは、お箸でぐちゃぐちゃにかき混ぜて食べる。……パーフェクトよ」

 鈴香は、親指を立てて見せた。

「へぇ、美味しそう! 私も今度やってみるよ。そうだ、パパにも教えてあげようっと」

 鈴香の説明のどこにその要素があったのかは不明だが、百々は大きな共感を覚えたようだ。

 一方、つまらなそうにしているのは和輝だ。

「別にお前が何を食おうと勝手だけどよ、“とろろ納豆オクラご飯”なんてクイズの答えはありえないだろ。それって、ヒントみたいなものがないと絶対に正解できないぞ」

 ぶつぶつと文句を言い始める。

 その瞬間、鈴香の瞳が光った。

「それよ!」

「え? どれだ?」

「今、ヒントみたいなものがないと正解できない、って言ったこと。確かに、“とろろ納豆オクラご飯”が朝ご飯のメニューだなんて、ヒントがないと分かるはずがないのよ」

「そうだろ。だから、俺は最初からそう言って……」

「いい? ここからが本題だからよく聞いてね。昨日、私たちはムルクーラーミの意味について調べた。でも、それは庵神先生の造語で、その意味も庵神先生しか知らないことが分かった」

「あくまでも僕の推理が正しかったとしたら、だけどね」

 そう博士がつけ足す。

「そうね。でも、博士君の推理なんだから、きっと正しいわよ。そこで、私、考えたんだけど、ムルクーラーミの意味も、さっきの“とろろ納豆オクラご飯”と同じなんじゃないかしら」

「どういうことだ?」

 意味が分からず首をかしげる和輝の横で、博士が言った。

「なるほど。どちらも、“ヒントがないと答えに辿り着けない”ってことだね」

「そういうこと」

 理解してくれる人がいたのが嬉しかったか、彼女はにこりと微笑んだ。

「確かに、鈴香ちゃんの言ってることは分かるけど、どうするの? 庵神先生に、ヒントをくださいって頼みに行くの?」

 そう聞いてくる百々に、鈴香は答えた。

「それで教えてくれたらいいんだけど、多分無理でしょうね。ムルクーラーミなんて言葉は知らない、そう言われたら、そこで話が終わっちゃうもの」

「だったら、庵神先生が奇跡を起こした瞬間を捕まえるしかないね。ムルクーラーミと唱えた瞬間の庵神先生を捕まえて、その言葉の意味を知るためのヒントをください、と頼む。ヒントは答えじゃないから、それを手がかりに意味を知ったとしても、奇跡の効果がなくなることはない」

 博士が自らの考えを伝える。

 これを聞き、鈴香は自信たっぷりに言った。

「私も博士君と同じことを考えていたの。そういうわけで、昨日私が練った作戦を発表するわね。それは……」

 鈴香が、その内容を伝える。

「なるほど。“安心先生”と呼ばれる庵神先生を逆に利用するってことだね」

「私には無理だけど、鈴香ちゃんだったらできるかも」

 うなずき納得している博士と百々。

 だが、そんな二人に対して和輝だけは、

「冗談じゃないぞ! 俺は絶対に反対だからな!」

 と声を荒げた。

 とはいえ、最終的に彼の反対は鈴香が押し切り、結局、作戦は昼休みに決行されることになったのだった。


 昼休み。

「おーい、グラウンドでサッカーしようぜ」

 和輝が周囲の男子たちに呼びかけ、ボールを持って教室を出て行こうとする。

 そこに鈴香が、

「あの、聞いて。これから私たちと一緒に……」

 と話しかけるも、彼は、

「俺は反対だ」

 そう告げるだけで、あとはふり返ることもなく廊下へと去ってしまった。

 そっと彼女の隣に立ち、博士が口を開く。

「仕方がないよ。絶対に安全だというわけじゃない以上、和輝の気持ちは分かるから」

「そうね。和輝は私のことを心配してくれているんだもの。仕方ないよね」

 鈴香は、悲しそうな顔で淡い笑みを浮かべた。

「鈴香ちゃん。怪我だけはしないでね」

 祈るようにそう百々が言う。

「……うん、善処するよ」

 鈴香は、百々に向かって敬礼して見せた。

 それから、彼女は、

「いざ、出陣」

 のかけ声とともに、いつものおてんばを武器にして教室を飛び出して行った。

 奇跡の瞬間まで、あと十分。

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