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最終章 『「ムルクーラーミ」は、キセキの言葉』⑤

 試合後、和輝の許へと雄一が歩み寄ってくる。

「十一番の女、あれは何者なんだ?」

 そう問う彼に、和輝は答えた。

「何者、って、俺が最初に教えてやっただろ? あいつは、俺なんかより遥かに凄い女だよ」

「そうか。ところで、俺たち六年で話をしていたんだが、お前たちとは、もう一度勝負がしたい。もちろん、お前たちが負けたらボールを蹴るなとか、そんな条件はなしで、だ」

「あぁ、構わないぞ」

「その時には、十一番の女も一緒にな」

「了解だ。ただ、勝負を挑むんだったら、十一番の女じゃなくて名前を覚えろよ。いいか? あいつの名前は、鈴香。香椎鈴香だ」

「分かった。香椎だな。覚えておく」

「うん、それでいい」

 和輝は満足そうにうなずいた。

 そこに、ふと思い出したように、雄一はたずねた。

「あ、そうだ。それと、ひとつ聞きたいんだが、ムルクーラーミって、何なんだ?」

「ん? ムルクーラーミは……」

 ごく当たり前に意味を教えようとしてしまう和輝。だが、彼はすんでのところでそれを思いとどまった。

 代わりに、

「ムルクーラーミの意味は、自分で調べないと意味がない」

 と答える。

「そうか。だったら、自分で調べてみるとするか。それじゃあ、次に勝負をする時にはまた連絡する」

 最後にそう言い残すと、雄一は去って行った。

 彼の後ろ姿を見つめながら、「しまった。あいつが奇跡まで起こせるようになったら、とてもじゃないが敵わないな。やっぱり、意味を教えておくべきだったか……」そんなことを考える和輝。

 そこに、

「和輝!」

 鈴香の声が聞こえてきた。

「おう。ご苦労だったな、鈴香」

 和輝がふり返ると、そこには、彼女だけでなく博士と百々の姿もあった。

「おめでとう、和輝」

「よく頑張ったね」

 博士と百々が和輝にお祝いの言葉をかけてくる。

「何を言っているんだ。勝てたのはお前たちのお陰でもあるんだぞ。……ありがとうな」

 和輝は、二人の親友に向けて右手を差し出した。

「どう致しまして」

「今度は、ちゃんと試合見るから」

 博士と百々が和輝と握手を交わす。

 ところが、和やかなムードのその直後、いきなり博士が大きな声を上げた。

「まずい! パソコン室!」

「あー!」

 続けて百々も悲鳴のような叫びを轟かせる。

「どうしたんだ?」

 そう問う和輝に、博士は、

「パソコン室、開けっ放しだった。鍵、返してこないと」

 と早口で告げると、そのまま校舎のほうへと百々と一緒に駆けだして行った。

「まったく、忙しないな」

 和輝がそっとつぶやく。

 彼の隣で、鈴香は答えた。

「まぁ、いいじゃない。全部終わったんだし」

「確かに、そうだな。……あ、そういえば、百々の父ちゃんがソフトクリームを配ってるんだった。お前の分ももらってきてやるよ」

「本当? 今日の和輝、優しいのね。じゃあ、お願い」

 そう頼む鈴香をその場に残すと、和輝は、テントへと走りだした。


「おじちゃん、久しぶり」

 気さくに手を上げて見せる和輝に、晃が返事をする。

「おう、和輝君か。今日は鈴香ちゃんと一緒に大活躍だったみたいだね」

「そうなんだよ、俺たち頑張ったんだよ。……というわけで、俺たちにもソフトクリーム」

 和輝は、両手を出して見せた。

「あぁ、もちろんだよ。ちょっと待ってくれよ」

 そう請け負って、晃がコーンにソフトクリームを流しこもうとする。

 ところが、どの機械も空っぽ。少しも残ってはいなかった。

「ごめんな、和輝君。全部配り終わったみたいだ」

「えー、そんなのないだろ。どうにかならないのか?」

 無茶を言いだす和輝に、晃が困り顔を浮かべる。

 すると、

「社長。新作のものならたくさん持ってきましたので、まだありますよ」

 そんな社員の声が聞こえてきた。

「そうか、それはよかった」

 晃は、さっそくソフトクリームを作り始めた。

 それを見ながら、和輝はたずねた。

「なぁ、おじちゃん。その新作って、どんな味なんだ?」

「これかい? これはね、“とろろ納豆オクラソフトクリーム”だよ」

「とろろ、納豆、オクラ……」

 少し前に聞いたような気がする全部ネバネバの組み合わせに、和輝が身震いする。

 だが、それに気づくことなく晃は、

「何を隠そう、この“とろろ納豆オクラソフトクリーム”は、私と百々の共同開発なんだよ。百々が鈴香ちゃんの朝ご飯を真似して作ってくれたのが始まりでね、今回、それをソフトクリームにしてみたというわけだ」

 そう補足説明すると、完成したばかりのそれを和輝に手渡した。

「よし、もうひとつだね」

 続けてコーンを取り出そうとする晃。

 和輝は、慌ててそれをとめた。

 そして、

「じゃあ、ありがとう」

 と礼を伝えると、逃げるようにその場を離れた。


「ほら、持ってきてやったぞ」

 先ほどより明らかに不機嫌になった和輝が、右手に持ったソフトクリームを鈴香に見せる。

「あら、ひとつしかないじゃない」

「いいんだよ、俺のは」

「そう、悪いわね、持ってきてもらって」

 鈴香がソフトクリームを受け取ろうと手を伸ばす。

 ……と、ここで和輝にある作戦が浮かんだ。

 だいたい、“とろろ納豆オクラソフトクリーム”などというものが誕生したのは、鈴香のせいだ。百々に“とろろ納豆オクラご飯”を教えてしまったからできたのである。

 ならば、この恨み、鈴香に晴らすのが道理というもの。

 和輝は、作戦を実行することにした。

「鈴香、ソフトクリーム、食べさせてやろうか?」

「……え? い、いいわよ、ひとりで食べられるから」

「そんなこと言わずに、食べさせてやるよ。ほら、あーん」

「そ、そう? ……じゃあ」

 顔を真っ赤にして、鈴香が口を開いて目を閉じる。

 次の瞬間、和輝は、彼女の鼻へとソフトクリームを押しあてた。

「きゃあ!」

 大きな悲鳴を上げて鈴香が顔を逸らす。彼女の鼻には、ソフトクリームがべったりとついていた。

「よし、復讐完了!」

 そう告げて、満足そうな笑みを浮かべる和輝。

 そこに、両目いっぱいに涙を浮かべて鈴香は言った。

「復讐って何よ? 私が何をしたのよ? ……泣くわよ」

「お、おい、ちょっと待てよ」

 「泣く」との言葉に、和輝の顔色が変わる。

 そこに、それを脅し文句とするように、鈴香は繰り返した。

「泣くわよ」

「い、いや、だから、あの……、じゃあな!」

 去年と同じことになるのはごめんだと、和輝がその場から逃げようとする。

 だが、それよりも前に、鈴香は唱えた。

「ムルクーラーミ!」

 直後、奇跡は起きた。まるでその場にぴたりとくっついたかのように、和輝の体が動かなくなってしまったのである。

「お、おい、何をしたんだ? 鈴香」

 驚きたずねる和輝の前に立ち、鈴香は答えた。

「何をした、って、奇跡を起こしたのよ」

 それから、今も彼の手に握られたままのソフトクリームを取り上げ、ぺろりとなめる。

「あら、美味しい。この味は、とろろと納豆とオクラね。……なるほど。だから、復讐ってわけか」

 全てを理解した彼女は、にっこりと笑って見せた。

「なぁ、鈴香。これ、どうやったら動くようになるんだ?」

 そう和輝が聞いてくる。

「動くのは簡単よ。私の質問に答えてくれるだけでいいの。それが正直な気持ちだったら、和輝の体は動くようになるわ」

「わ、分かった。じゃあ、何でもいいから、とっとと質問しろ」

 急かしてくる和輝に、そっと鈴香はたずねた。

「私のこと、どう思ってる?」

「はあ?」

「だから、和輝は、私のこと、どう思ってる?」

「そ、それは、その、……大切な友だち、だ」

 そう和輝が返事をする。

 しかし、彼の体は動かなかった。

 真っ直ぐに和輝を見つめて、鈴香は繰り返した。

「ねぇ、和輝。私のこと、どう思ってる?」

「それは……」

 何かを決意した様子で大きく息を吸いこむと、和輝は告げた。

「好きだよ。俺は、鈴香のことが、大好きだ!」

 そのとたん、彼の体は元に戻った。

「……和輝が、好きって言ってくれた」

 鈴香の瞳から涙が零れ落ちた。

「こんなことで俺の本音を聞き出すなんてずるいぞ。それだったら、俺にだって考えがあるからな。ムルクーラーミ!」

 体の自由を取り戻した和輝が、それを唱える。

 だが、奇跡は起きなかった。

「どうして?」

 不思議そうに首をかしげる和輝に、鈴香は微笑んで言った。

「だって、私が和輝を好きになったのは、奇跡なんかじゃないもの。大好きよ、和輝」

 最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

 ブログ3周年記念『「ムルクーラーミ」は、キセキの言葉』、これにて完結となります。

 私事が立てこんで参りましたので、直井 倖之進の名前、またしばらくは小説家になろうさんの地中深くに潜ってしまうかと思います。

 しかしながら、蝉よりはましな頻度で顔を出そうとは考えていますので、お見かけになった際にはよしなにお取り計らいくださいませ。

 なお、4年目を迎えたブログ『不惑+4 直井 倖之進の日常』につきましては、これからも変わらずSeesaaさんにて続けて参ります。ご愛顧いただけましたら幸いです。

 季節は間もなく春を迎えます。とはいえ、まだまだ寒い日は続きますし、巷では暗いニュースも続いております。皆さんにおかれましてはくれぐれもお身体ご自愛なさり、日々の生活並びに創作活動等お励みください。

 それでは、またいつかお会いできる日を楽しみに、今回はこれで失礼いたします。

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