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最終章 『「ムルクーラーミ」は、キセキの言葉』③

 試合開始から二十分が経過。間もなく前半戦が終わる。

 博士と百々の二人は、庵神先生から預かった鍵でパソコン室に入っていた。

 出入り口から一番近いパソコンの電源を入れ、立ち上がりを待つ。

 その間に、百々がたずねた。

「ねぇ、博士君。庵神先生のヒントの意味、分かったの?」

「あぁ、分かったよ」

「教えて」

「うん。先ず、奇跡って日本語なんだけど、それを英語ではどう言うか知ってる?」

「簡単よ。ミラクル、でしょう?」

 百々は自信を持って答えた。

「正解。じゃあ、次の問題。そのミラクルとムルクーラーミ、どこか似てると思わないかい?」

「えっと……」

 少し考え、すぐに彼女は気づいた。

「どちらも、“ミ”と“ラ”と“ク”と“ル”の文字が使われてる」

「そのとおり。庵神先生、ムルクーラーミに近いものが英語にあると言っていたから、それでピンときたんだよ」

「でも、先生は、ラテン語から取っているとも言っていたよ。ラテン語なんて、私……」

「僕も分からないさ。だから、このパソコン室に調べにきたってわけ」

 立ち上げが完了したパソコンをインターネットに接続すると、博士は、検索サイトを開き、そこに、『ミラクル ラテン語』と入力した。

 出てきた言葉は、「ミーラークルム」だった。

「ミーラークルム? ムルクーラーミに近いけど、ちょっと違うね」

 文字が映し出されるモニターを前に首をかしげる百々に、博士は言った。

「逆から読んでみてごらん」

「逆? ミーラークルム、……ムルクー、あ、ムルクーラーミ!」

 百々が大きく手を叩く。

「そう。庵神先生は、ミーラークルムを逆から読んで、ムルクーラーミって唱えていたんだよ」

「なるほど。だけど、どうして逆から読んだりしたのかしら?」

「それは、庵神先生が最後に、やっぱり日本語が一番好き、って言っていたのがヒントなんだ。ラテン語のミーラークルムを逆にすると、ムルクーラーミ。意味が通じなくなるんだけど、日本語のキセキは逆から読んでも……」

「キセキ」

「そう、意味が同じになるんだ。だから、日本語が好きな庵神先生は、ミーラークルムを逆から読んでも意味は同じだと考え、ムルクーラーミという言葉を作ったというわけさ。最初にもらったヒントに、『「ムルクーラーミ」は、キセキの言葉』って書いてあったけど、キセキの文字が漢字じゃなくて片仮名だったのは、この、逆から読んでも意味が同じ、ってことを伝えたかったんだと思うよ」

「えー、そんなの分かるわけがないじゃない。反則よ」

 百々が怒りだす。

「そうだね。昨日、百々ちゃんが言っていたとおり、ひとつ目のヒントだけでは、答えには辿り着けなかったよ」

「でしょう? それで、結局、ムルクーラーミは、奇跡という意味ってことでいいの?」

「うん。奇跡は、英語でミラクル。このミラクルの語源が、ラテン語のミーラークルムってことみたいだ」

「語源って?」

「言葉というのは、時代や国を移すにつれて変化していくんだけど、ある言葉が今の形や意味になる前の、元の言葉を語源って言うんだよ」

「ふーん。つまり、ミラクルのお父さんがミーラークルムってことなのかな?」

 晃の顔を想像しながらそう問う百々に、博士は、

「まぁ、簡単に言うと、そういうことだね」

 とうなずいて見せた。

「それじゃあ、このことを鈴香ちゃんたちに報告しましょう」

「そうだね、急ごう」

 博士と百々は、パソコン室を飛び出して行った。


 グラウンドで行われているサッカー対決は、既に後半戦が始まり十分がすぎようとしていた。

 しかし、グラウンドを走っている者はおらず、選手たちは皆、タッチラインの外に出ている。

「何があったんだろう?」

 そうつぶやく博士の耳に、

「五年生の十番、怪我したみたいだぞ。大丈夫かな」

 そんな観客の声が聞こえてきた。

「百々ちゃん。クラスの誰かが怪我したみたいだ。行こう」

 二人は、五年生が集まる場所へと向かった。


「おう。博士に百々、遅かったじゃないか」

 地面に座った和輝が二人へと手を上げて見せる。

 しかし、その明るい声とは対照的に、彼の額からは血が流れていた。

「何だ。五年生の誰かが怪我をしたって聞こえたから急いできてみたら、和輝か」

 博士は小さく息をついた。

「何だとは、何だよ。俺が怪我するのは別に構わないって言うのかよ」

 怒りだす和輝に、博士は首を横にふった。

「別に構わないとは言っていないよ。ただ、心配いらないと思っただけさ。だって和輝は、その程度の怪我で試合を投げ出すような男じゃないからね。違うかい?」

「まったく、そこまであからさまに俺を煽ってくるのはお前だけだぞ。だが、確かにそうだ。この程度の怪我、どうってことはない。ただ、治療が終わるまでは試合再開しないって竹下先生が言い出してな、養護の(かわ)()先生がくるまで待機ってことになった」

「なるほど」

 合点がいった様子で博士が納得する。

 そこに、救急箱を持って川田先生がやってきた。

「あらあら、誰が怪我したのかと思ったら、和輝ちゃんだったの」

「和輝ちゃんはやめろよ」

 苦手な川田先生の登場に、和輝がそっぽを向く。

「あら、和輝ちゃんでいいじゃないの。小さいころの和輝ちゃん、可愛かったわよ」

 「うふふ」と川田先生は楽しそうに笑った。

 小川小学校にきて今年で五年目の川田先生は、まだ一年生だったころからの和輝たちを知っている。そのため、和輝の呼び方も当時のまま、「和輝ちゃん」なのである。

「もういいから、とっとと治療してくれよ」

「はいはい、任せておいて。“安心先生”がいらっしゃって以来、私のお仕事がなくなっていたから、今日は腕が鳴るわ。あ、そうだ。今回は特別に、多めに包帯を巻いておいてあげましょうか?」

「い、いや、普通でいい」

 拒絶する和輝の額を消毒すると川田先生は、そこにガーゼを当て、慣れた手つきでくるくると包帯を巻き始めた。

 すると、ここで、治療の様子を黙って見ていた鈴香に百々がたずねた。

「ねぇ、鈴香ちゃん。和輝君、どうして怪我しちゃったの?」

「あ、それはね……」

 鈴香は、先ほどあった出来事を百々に話して聞かせた。

 

 別に何点取られても、一点取れば勝ち。そんなルールで行われた今回の試合。

 だが、和輝としては、それが十点になるのは我慢できなかったらしい。そのため、九点を取られたところから、無理をしてでもボールを奪い返しに行くようになった。

 和輝に邪魔され、楽にシュートが打てなくなった雄一、勇次の兄弟は、苛立ち始めた。

 そして、その腹いせに勇次が、ボールを持った和輝の背中を蹴り飛ばしたのである。

 大きく前につんのめった和輝は、顔から地面に激突。額を怪我した。

 当然のことながら、この行為はファウルを取られ、勇次はレッドカードで退場となった。

 

「……ということなのよ」

 鈴香が説明を終える。

 本当は、そのあと、勇次を追いかけドロップキックをかまそうとした鈴香が、額から血を流した和輝に慌ててとめられるという事件も起きていたのだが、そこは不要だと判断し、彼女は話さずにおいた。

「へぇ、そうだったの。じゃあ、今からフリーキックなんだね」

 サッカーに詳しいのかそんなことを言い出す百々に、それに詳しくない鈴香が聞いた。

「えーと、フリーキックって何?」

「それはね……」

 そこに、

「いや、ちょっと待ってくれよ! 試合に出られないって、どういうことだよ!」

 和輝の大声が聞こえてきた。

 思わずそちらに注目する鈴香と百々。

 そんな彼女たちの視線の先で、川田先生が和輝に告げた。

「怪我をしているのに、試合なんてさせられるわけがないでしょう」

「あと十分だけ。それで終わりだから」

 和輝が川田先生に手を合わせる。

「駄目です」

「五分」

「駄目」

「一分」

「駄目」

「分かった。じゃあ、一回だけ。最後に、一回だけボールを蹴らせてくれ。そうしたら、大人しく引き上げるから」

 手を合わせた上に頭も下げる和輝に、小さくため息をついて川田先生は言った。

「仕方ないわ、あと一回だけね。一回ボールを蹴ったら、それで和輝ちゃんの出番は終わりよ」

「あぁ、それでいい」

 和輝はきっぱりとうなずいた。

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