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第四章 『決戦の前に』①


             第四章 『決戦の前に』


 昼休みが終わり、五時間目。

 いつもは庵神先生の定位置である黒板前には、現在、和輝が立っていた。もちろん、理由は六年生とのサッカー対決。それに出場する十一人を選出するためである。

「六年生の好き勝手にさせるわけにはいかない」

 そんな思いで一致団結した五年生の子供たち。

 試合は月曜日だということもあり、放課後に習い事がある子は少ない。そのため、ただ十一人を選ぶだけなら、何の問題もなくできたはずだった。

 ところが、

「いいか、相手は六年生だ。しかも、雄一、勇次の兄弟が本気で挑んでくる。出場しようと思う奴は、それなりの覚悟をしてくれ」

 などと和輝が言ってしまったものだから、さあ大変。一点取れば勝ちの試合であっても多くが二の足を踏み、選手選考は難航していた。

 ちなみに、五年生二十三人の内訳は、男子十三人、女子十人である。

 ここまでに決まった選手は、和輝を含めて十人で、いずれも男子。当然のことながら、相手も男子を中心にチームを作ってくると予想されるため、六年生との体力差を考えれば、十一人目の選手も男子のほうがよい。しかし、男子の残り三人は、二人が習い事で出場どころか応援もできず。また、残念なことに、最後のひとりは、運動が苦手な博士だったのである。

「このままだと埒が明かないから、十一人目は俺が決めていいか?」

 そう和輝が皆に承諾を求める。

「あぁ、それでいいぞ」

「オーケー」

 あちこちからそんな声が上がってきた。どうやら認められたようだ。

「よし。それじゃあ、発表するぞ。五年生、十一人目の代表選手。それは……、鈴香だ」

 和輝は、廊下側一番後ろの席を指さした。

「え? 私?」

 クラス全員の注目が集まる中、鈴香が自分の顔を指さす。

 和輝は答えた。

「そう、お前だ」

「でも、私、サッカー得意じゃないよ」

「知ってる」

「私、女だよ」

「一応、知ってる」

「一応、って何よ! だけど、知ってるんだったら、私よりも男の子のほうが……」

 鈴香が、最前列中央の席へと視線を送る。

 しかし、これに和輝は、大きく首をふってきっぱりと告げた。

「いや、サッカーでは、博士はまったくの役立たずだ」

「ちょっと、そんな言い方ってないんじゃない?」

 鈴香が和輝に抗議する。

 すると、ここで博士がすっと立ち上がった。

 それから、彼は、鈴香へと体を向けて口を開いた。

「鈴香ちゃん。和輝の言うとおりだよ。正直なところ、僕はサッカーでは皆の足手まといにしかならない。でも、和輝が伝えたいのはそんなことじゃなくて、僕には僕にしかできないことがある、ということ。……そうだよね? 和輝」

 ふり返り確認する博士に、和輝は、

「さすがは、俺の親友だ。よく分かってるじゃないか。頼んだぞ」

 と、微塵の不安もない様子で微笑んで見せた。

「あぁ、任せておいて」

 ひとつ胸を叩いて請け負うと、彼は着席した。

「さぁ、これで分かっただろ? 博士は博士にしかできないことをやる。だから鈴香も、鈴香にしかできないことをやれ」

「私にしかできないこと? そんなもの、何があるって言うのよ?」

 和輝の言葉に、鈴香が首をかしげる。

「お前なぁ、そんな自分が惨めになるようなことを言うなよ。いいか? お前は、俺ほどじゃないけど足が速い。クラスで二番目に速い。まぁ、俺ほどじゃないけどな」

「俺ほどじゃない、って強調しなくて結構よ。だけど、私が四年生から急に足が速くなったのは事実よ。それで?」

「あぁ。それで、そんな俊足の鈴香だが、今回のサッカー対決では一切注目されない。何故だか分かるか?」

「私が女だからでしょう。男の子ばっかりのところに私がいても、人数合わせに出ているとしか思われないだろうし……」

「そうだ。そこで、そいつを利用する。女だからという理由だけで相手から注目されない鈴香は、ある意味とても有利な存在だ。俺たちばかりにマークが集まるその中で、足の速い鈴香が前線に切りこみ、一点を奪う。つまり、俺たち五年生の勝利は、鈴香に懸かっているというわけだ。俺は、これを、“女をなめるな大作戦”と名づけた」

 「どうだ!」と言わんばかりに、和輝が皆を見回す。

 直後、

「“女をなめるな大作戦”、か。名前は恰好悪いけど、何だかいいね」

「鈴香ちゃん、私たちのためにも頑張って」

 そんな女の子を中心とした応援の声が教室を包みこんだ。

「さて、どうする? ここまで期待されて、断るわけにはいかないだろう?」

 試すような目をして、そう和輝が問いかけてくる。

 鈴香は答えた。

「分かったわよ。私も試合に出る。試合に出て、私の黄金の左足から繰り出されるシュートを六年生に見せつけてやるわ!」

「いいぞ、鈴香!」

「恰好いいよ! 鈴香ちゃん!」

 クラスに鈴香を讃える拍手が響き渡った。

 ……だが、

「鈴香。どうでもいいけど、お前、右利きだぞ」

 そう和輝が突っこむと、拍手は大きな笑いへと変わった。

 こうして、鈴香は、五年生十一人目の選手として、六年生とのサッカー対決に臨むことになったのだった。

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