【099】天空城の戦い(12)
先公の代わりに魔法を放ったのは、なんと気絶させたはずの盗子だった。
いつから練られた作戦だったのかも気になるが、なぜ盗子が魔法を使えたのかも気に…いや、盗子なんぞ全く気にならない。
「な、なんで盗子が…?ハッ、そうか幻術か!ったく悪趣味な先公め!」
「悪趣味とか言わないでよ!なんかアタシがそう言われてるみたいで」
「そうに決まってるだろうがっ!!」
「うわーん!今のは私のフリが悪かったよぉー!」
活躍したはずの盗子の扱いがあまりに酷すぎて信じ難くはあったが、暗黒神はやっと先ほどの展開の真相に辿り着いた様子。
「そうか、最初から魔法はこの小娘に撃たせようと…」
「フフフ、そういうことです。アナタは最初から、私の術中にいたのですよ。」
「で?これからどうするつもりさ?このまま一生こう封じてるつもりかさ?」
「ば、馬鹿言わないでよ!なんでアタシがこんな悪の化身なんかと…!」
「悪の化身なんかと?」
暗殺美は何か別のことを言いたそうに尋ねた。
「ゆ、勇者は…違うもん…」
「なんやドMの境地を見た気がするわ。かける言葉もあらへんなぁ…」
「うっさいよ!アタシだっていつか…」
「ギャーギャーうるせぇよ盗子。騒いでる暇があったら早く俺もこの中に入れやがれ。この野郎は俺の手で始末する!」
なんと、勇者はこの有利な状況で敢えて一対一の勝負を挑むつもりのようだ。
「ですが勇者君、この魔法は外からは入れますが出るには魔法を解かないと…」
「構わん。こんな有利な状況でリンチしても俺の気は済まん、サシで決めるぞ。」
勇者も魔法陣の中に入った。
「ほぉ、ハッタリじゃなくマジで来やがるとはなぁ。馬鹿な小僧だ。」
「フン、貴様ほどの男がこんな結界破れんはずなかろう?策を考える時間を与えるだけだ。」
「フッ…なんだよバレてやがったか。来いよ、真剣勝負といこう。」
「ああ、来るがいい暗黒神。だが…手ブラの敵を相手してもなぁ。武器は何か要るか?」
「いいや、必要ない。我が奥義『暗黒魔血剣』…この剣に俺の全てを注ごう。」
「魔血剣…流れ出る血液を暗黒魔法により剣と化す、究極の技と聞きます。気を付けてください勇者君。」
剣を構える暗黒神から漂う剣豪さながらの威圧感に、勇者の背筋を冷や汗が伝った。
「ふむ、先ほどの破人剣といい、剣技も相当イケるクチのようだ。どうやら“魔導士だから”と言い訳されずに済みそうだな。」
「フッ、まぁそういうこった。だからお前も、“魔導士にやられた”と地獄で恥じる必要は無い。」
「面白い!だがそのセリフ、二度とほざけると思うな!?うぉおおおおおお!!」
「はぁああああああああ!!」
二人は力を溜め始めた。
ピシッ!
「うわっ、ヒビ入ったー!ヤバいよ先生、どう考えてもアタシ一人で封じれるレベルじゃないよー!」
「くっ…!姫さん賢二君、全員で魔法陣を補強します!手を貸してください!」
「いいけど返してね。」
「ぼ、僕も帰してほしいなぁ…」
「同じセリフやのに意味が違うて聞こえるんが不思議やな。」
「及ばずながら俺も力を貸すぜハニー。この『魔強符』を使えばいくらか強化できる。」
魔法関係者に冥符を加え、一丸となって〔監禁〕を補強する一同。
ここが踏ん張りどころだ。
「にしてもなんちゅー二人や、この結界が無きゃウチら全員もう死んどるで?」
「ここは普通、光のオーラと闇のオーラがぶつかり合うべきとこなのにさ…」
「ああ…めっちゃ黒いな…」
パッと見“仲間割れ”だ。
ヒュゥゥウウウウ…
そしてついに力を溜め終えたのか、静かに睨み合う両者。
二人の間を冷たい風が通り抜けた。
「この空気…なんか前にローゲ王都でソボーとスイカが戦った時みたいだよね…」
「シッ!この勝負…次に動いた瞬間に決まるさ。空気を乱しちゃダメさ。」
「そうだよ盗子ちゃん。ちょっとのキッカケでへっくち!」
「ちょっ、姫…!って前にもこんなんじゃなかった!?」
そんなドタバタの中、暗黒神が先に動いた。
「今だっ!!」
「そうか!?」
「えぇっ!?だ、駄目か…!?」
「今だぁあああああああ!!」
勇者の先制攻撃!
「どぉりゃああああ!隙ありぃーー!」
「フッ…甘ぇよ小僧!あんなんで俺の虚を突けたとでも思ってか!?」
「甘いのは貴様の方だ!見るがいい我が謎の秘奥義、『駄目分身の術』!」
「な、なに!?本体が多重に分かれて…ないっ!しまったそういう駄目か!」
「改めて隙ありぃーーー!!」
「チッ…舐めるなクソガキがぁーーーー!!」
ザシュッズバシュッ!!
両者、相打ちの一撃!
辺りには鮮血が飛び散った。
「ぐわぁあああああああ!!」
「ゆ、勇者ぁーーー!!うわーん勇者が死んじゃうよぉー!」
「ぬぉおおおおお!!こ、小僧がぁ…!ぶはぁっ!あ゛ぁああっ!」
「せ、せやけど敵さんにも効いてるで!今までに無い痛がりようや!」
「体の正中線に沿った深い一撃…。あんな傷、見てるこっちも泣きそうさ。」
悶え苦しむ暗黒神の様子を見て、教師はあることに気付いた。
「あの位置は…!やはり凱空さんの刻んだ傷が、まだ完全には…」
「ハァ、ハァぐふっ…!今ので左腕は完全に逝ったが…いいこと聞いたぜ暗黒神、そうか狙い目はそこか…!」
「チッ…!だが今のは貴様も致命傷…もはや立ってるのもキツいだろう?」
「フン、少しだけの辛抱だ。なぜなら俺には『療法士』の姫ちゃんはどこだ!?」
勇者は希望を断たれた。
「ふぅ、惜しいな…。黒猫さえ生きてりゃ、お前もいい人形になったろうに。」
「それは…カルロスのようにか?貴様は人の命を何だと思ってるんだ!!」
「勇者!とっても素敵なセリフだけどアンタには残念ながら言う資格が…!」
「フン、ならば貴様にわかるのか小僧?悪として討たれ、死んでいった我が同胞」
「興味無い。」
「て、てんめぇ…!!」
暗黒神の攻撃。
勇者はほとんど避けずに食らった。
「よ、避けねぇ…だと!?わずかに急所を外しただけで…なぜだ!?」
「ぐふっ!よ、避けたところで避けきれん…ならば次の一撃に賭けるのみ!」
「なっ…!け、剣が抜けん…!貴様、死ぬ気か!?なぜこんな…」
「覚悟の違いだ!生まれた瞬間より背負いし『勇者』としての覚悟…」
勇者の全身から邪悪なオーラがほとばしる。
「貴様ごとき小悪党に、砕けるものと思うなよクソがぁ!!」
「くっ、だが!貴様の狙いはこの縦傷…そんなバレバレな軌道なんぞ…!」
「ならば読めぬ軌道で放つまで!なぁ、まだいるんだろ!?一瞬でいい、この強大な魔力の渦の中…今一度蘇えるがいい…!」
勇者が叫ぶと、何か黒い影が勇者を取り巻いた。
そして勇者は、剣を高々と振り上げた。
「ば、馬鹿なっ!動かんはずの左腕が、誰かの手に支えられて…!?」
「食らえ!限界を超え、突き抜けろ無限の軌跡…!」
勇者の姿にほんの一瞬だけ、剣次が重なったように見えた。
「斬り裂け!『無限十字』!!」
ズバシュ!ザシュウウウッ!!
「ぐあぁああああああああああああああ!!」
勇者、超会心の一撃!
暗黒神を撃破した!
なぜか急に思い出したカルロスの必殺技により、やっと暗黒神を撃破できた俺。
随分昔に一度見ただけの他人の技を、ああも使いこなせるとは…さすが俺だぜ。
途中なにやら霊的なフォローがあった気がしないでもないが、まぁ気にしまい。
だが今回の戦いで、左腕は動きを、左目は光を失った。他にも失ったものは多い。
極めつきはこの胸のバッサリ開いた傷…俺がアジなら後は干すのを待つばかりだ。
だが俺は『勇者』。これまで何度となく死にかけつつも、全て切り抜けてきた男。
そう、思い起こせばあんなことや…こんなことが…。
勇者は『走馬灯』を見ている。
「ぐっ…う゛ぅ…」
目が覚めると、俺は体中に呪符を巻かれた状態で床に転がっていた。冥符のか。
見上げると先公や賢二まで、つたない回復魔法を唱えている。姫ちゃんはどこだ。
「ど、どうやら生きてるようだな俺は…。今回ばかりは…駄目かと思ったが…」
「勇者ぁ~~!良かったよぉー!生きててホンットに良かったよぉ~!」
「痛っ…!オイ姿を見せるな盗子、俺にはもう片目しか残ってないんだ。」
「って全然関係ないし!見ただけで目が潰れるってどんな化けモンだよ!先生の目じゃあるまいし!」
「ふぅ~相変わらずやなぁ。ま、いつも通りっちゅーのは幸せな…」
キラン…
「ッ!!?危ないハニー!!」
背後から謎の攻撃!
冥符は身を挺して商南を守った。
「ぐぉぁ…!!ゆ、油断…したぜ…。だが、守れて…良かっ……」
「め、冥符!?ちょっ、しっかりせぇや!なぁ!?死んだら殺すで!?」
「致命傷は避けてる、回復符貼っときゃまぁ死なんだろ。ったく大した奴だぜコイツも…貴様もなぁ、嗟嘆。」
勇者はあきれたような感心したような目で、倒れた暗黒神を見ている。
「フッ、安心…しな…今ので最後だ…。もう俺には…何の力も残っちゃいねぇ…」
「フン、まぁ当然だな。この俺にやられたんだ、もはや這う力すら残っては…」
「ああ限界だよ、“俺”は…な。」
「えっ!ど、どどどどーゆーこと!?意味深なこと言わないでよおっかない!」
「フ…フハ…フハハハハ!忘れたか!?この城に搭載された、最強の武器」
「は私が壊しときましたが、何か?」
「え゛ぇっ!?」
教師は抜け目無かった。
「し、死神貴様ぁ…!なんてこった、俺の奥の手が知らぬ間に…いつの間に!?」
「イヤですねぇ。この私が意味もなく、遅れて登場したとでも思ってましたか?」
教師は先日のローゲ崩壊の一撃であの『暗黒波動砲』が脅威だと感じ、真っ先に無効化のため動いたのだという。
「ふぅ危なかったぜ。あんなもんブッ放されちゃ、俺の伝説に傷がついていた。でかしたぞ先公。」
「違うよ勇者!『勇者』ならそこはシジャン国民の命を心配すべきとこだよ!」
「さぁ、終わりですよ暗黒神…いいえ、嗟嘆。もはやアナタに打つ手は無い。」
「…いいや、まだあるぜ?とっておきのやつがな…!ハハハハハッ!」
「ど、どんだけ自分に自信無いんだよ!不必要なくらい用意周到すぎだよ!」
「ハッ、そうか!わかったぞ嗟嘆!!」
「なっ!?わかった…だと…!?」
「貴様…A型だな?」
「この空気感の中で言うことじゃなくない!?空気読んでよ勇者、もうクライマックスだよ!?」
勇者のせいでイマイチ緊迫感に欠ける中、暗黒神はやや自慢げに語り始めた。
「まさかこんなことになるとは思っちゃなかったが、保険はかけとくもんだな…。残念だが、次はこの近くの話じゃないぜ?今からじゃ到底間に合わねぇ話さ。」
「えっ、遠くで何かを…!?ちょっ、何が起きるってのさ保険って何!?」
「次の人質は…“帝都の民”だ。今頃、千の兵によって制圧されてる頃だよ。」
「せ、千人もやて!?ウチらがこっちに戦力割いてる裏で、そないな大群を帝都に送ってたいうんか…!?」
「千人…だからこの城の警備は薄かったのかさ。やっと納得がいったさ。」
なんと、暗黒神は別動隊を帝都に派遣していたのだという。
確かに今からでは、どれだけ急いでも間に合わない。
「チッ、お前もまた抜け目ない男だな…。で?千人長はどんな奴だよ?」
「フッ、力だけなら四天王をも凌ぐ巨漢…強ぇぜ?オイ応答しろ、『銅隠』!」
暗黒神は無線機を取り出した。
「どう…かく?な、なんかその名前…嫌なこと思い出したような違うような…」
「ハッ!あの扉さ盗子!金隠・銀隠の部屋の前に通った“3”って部屋…!」
「あっ、そういえば…!」
「(ガガ…ガッ)…さ、嗟嘆…様…(ガガガ…)」
「おぉ銅隠、首尾はどうだ?お前のことだ、勢い余って国ごと壊してたり…」
勝ち誇った笑みを浮かべる暗黒神。だが―――
「…ば……化け物…だ……ぐへぇ!!(ガガァーーー…)」
「なぁっ!?ど、銅隠!?オイ、何があった!?応答しろ!!」
想定外の反応を残し、銅隠の応答は途絶えた。
その代わりに聞こえてきたのは…暗黒神が最も聞きたくない声だった。
「(ガガッ…)おぉ、誰かと思えば懐かしい声じゃないか…元気にしてたか?」
「ッ!!?そ、その声は…まさか…!!」
遥か遠くの帝都の地…都市部を守る城壁の外には、倒れた暗黒神軍の兵士がうず高く積み上げられていた。
「ぐっ…うおぉ…!」
「あ゛ぅ…」
「す、凄い…。千の兵を、たった一人で…」
「か…神だ…!」
帝都の兵士達は、ただただ呆然とその異様な光景を眺めていた。
“その男”は倒れた敵兵の傍らで、静かに煙草をふかしながら、無線機に向かって語り掛けた。
「どうだ嗟嘆、俺の子は強かろう?」
“生ける伝説”は健在だった。