【097】天空城の戦い(10)
熾烈を極めた賢二と冥符の戦いは、“時間切れ”という残念な結果に終わった。
ちょうどいい所で夢から覚め、最悪の状況に追い込まれた賢二。だが彼は意外にも冷静だった。w
「みんな…落ち着いてよく聞いて。ここは僕が食い止める、だからみんなは…」
「け、賢二きゅん!?ダメダメそん…ハッ!な、なに言ってんのさカスがっ!」
「みんなは、今のうちに遺書を…」
「って守れる自信は皆無かい!しかもカッコ良さげな前振りからそれてオイ!」
「ふぅ…やっと覚めたか、酷い目に遭った。この俺が…愛を否定するなんて…!」
元に戻った冥符は、不本意なことを言わされたことに憤慨している様子。片や賢二はすっかり怯えてしまっており話にならない。
もはや勝敗は、決したようなものかもしれない。
「さぁ…じゃあ死で償ってもらおうか。四歯を剥け、『蛇道符』!奴を殺せ!」
「ひゃああっ!お、お助けぇ~~!!」
冥符の攻撃!
ミス!暗殺美が賢二をかばった。
「えっ…あ…暗殺美さん!?そんなっ…!」
「チッ、とんだ…とばっちりさ…。こうなったら私の分まで…生きろさボケ……」
暗殺美は苦しそうに気を失った。
「あ~らら、まさか女に…。その子、死んだよ?この毒じゃ五分ともつまい。」
「う、あ…ど、どうすれば!?僕のせいで…僕のせいで暗殺美さんが…!」
「うろたえるなやヘタレが!多分、符術士なら『解毒符』は持っとるはずや!」
「おっ、察しがいいねぇさすがマイハニー。いいよ、俺を倒せたらくれてやる。」
「えっ、ホントに!?ホントに僕が勝ったら、解毒剤くれるんだね…?」
「男に二言は無いさ。男にはただ一つ…愛を伝えるその一言があればいい。」
「…人を傷つける愛なんて、僕は信じない。」
賢二はやっと覚悟を決めたっぽい。
「言うねぇ!なら来なよ臆病者…この俺が、愛の力の素晴らしさを教えてやる!」
「じゃ、じゃあいくよ!まずは〔煙幕〕!次に…避けれるものなら避けてみなよ!いでよ、〔鉄柱〕!」
賢二は〔煙幕〕を唱えた。
賢二は〔鉄柱〕×3を唱えた。
〔鉄柱〕
魔法士:LEVEL15の魔法(消費MP18)
鉄の柱を召喚し、敵一体を攻撃する魔法。うっかり噛んだらティッシュが出る。
「ハハッ!やっぱ甘いよアンタ、そんなノロい攻撃がこの俺に当たるとでも?」
冥符は『瞬速符』で華麗に避けた。
「くっ、やっぱり並の魔法じゃ…。こうなったら…!す、全てを燃やす灼熱の…」
「おっと、詠唱なんてさせないぜ?そんな時間くれてやるほど俺は…」
「全てを焦がす漆黒の炎…!」
なんと!冥符の背後にもう一人の賢二の姿が。
「なっ、煙幕に隠れて後ろに…!?違う、これは…!」
「全てを無に帰す煉獄の炎…!」
そして更にもう一人現れた。
「三人いる…だとぉ…!?そうか煙幕はそのために…そ、その魔法は禁断の…!アンタ、正気かっ!?」
賢二は〔分身〕で勝負に出た。
〔分身〕
魔法士:LEVEL43の魔法(消費MP50×人数)
一定時間、自分の分身を無理矢理に召喚する魔法。無茶が過ぎると将来ハゲる。
「おぉ…!おっしゃ、やれるんちゃう!?いくらあの半人前でも三人おれば…!」
「つまり、半分×半分×半分…だね?」
「それじゃ0.125やん!減ってもうてるやんけ!いいからアンタは暗殺美のことでも見といてや姫!」
「なるほどな。三人に分かれて詠唱すれば、生き残った誰かが間に合うと踏んだわけね。けど…」
「あらゆる景色が塵と化す、赤く渦巻く風陣の中で!もがき!苦しぶふっ!」
ボシュウウウウ~…
冥符の攻撃。
賢二Aは煙と化して消え去った。
「けど、やはり甘い…。そんなんじゃただの時間稼ぎにすぎないことくらい…」
「ぶわふっ!!」
シュウウウ…
さらに賢二Bも消された。
「…わかるだろう?」
「あ、アカン!一瞬で一人に戻ってもうた!急ぐんやタレ目ぇー!!」
「け、賢二…くん…!」
商南は助けに向かおうとしたが間に合わない。
暗殺美は動くことすらできない。
姫は動く気も無い。
「残念だが間に合わないね!四空を穿て、『矛道符』!奴を殺せ!!」
「ぐっ、ぐぁあああああああああ!!」
冥符、必殺の攻撃!
賢二Cは全身を貫かれた。
「ぐふっ…!うぅ…儚く、揺れる…陽炎の中で…!」
最後に残った賢二Cは、瀕死の重傷を負いながらもまだ詠唱を続けていた。
だが目は虚ろで今にも倒れそうな状態だ。
「無理はヤメときな。一応急所ははずした、動かなけりゃまだ死なずに済む。」
「動かないで賢二君!私が代わりに二倍動くよ!」
「それに何の意味があんねん姫!?」
「お、終わり無き…ぐふっ!絶望の…中で…う゛っ……ぐはっ!」
ついに限界を迎えた賢二は、血を吐いて倒れ込んだ。
その姿を見て、冥符は勝利を確信した。
「大人しく眠りな賢者。目が覚めたら、世界は色を変えているだろう。」
賢二Cは動かなくなった。
フシュウウウウ~…
そして、煙になって消えた。
「って、なぁっ!?こっちも消えた…だとぉ!?」
「んなアホな!なんで全員消えてんねん!?じゃあ…」
「…右手に炎を…」
「なっ、彼の声…!?でも一体どこから…!?」
「左手に、守るべき者を!」
「ま、まさか…!」
「我、全ての闇を!赤炎に染める者なり!!」
「まさか…あの分身は、三人ともフェイクで…!?狙いは、最初から…!」
なんと!鉄柱の一つが賢二へと姿を変えた。
「燃え上がれ紅蓮の炎!〔火炎地獄〕!!」
「ぐっ、ぐわぁああああああああああ!!」
『解毒符』を忘れちゃいないか。
意外な頭脳プレー裏をかき、賢二は冥符を撃破した。
幸運にも解毒符は無事だったため、暗殺美は死なずに済んだのだった。
「ふぅ~…おかげで助かっ…お、おかげでえらい目に遭ったさ!いい迷惑さ!」
「ご、ゴメンね暗殺美さん…僕の…せいで……」
賢二は意識を失った。
「えっ!?け、賢二君!?だいじょ…気絶してるかさ?」
「ん?あ~、気絶しとるなぁ。」
「大丈夫!?ねぇ大丈夫!?死んじゃイヤさ賢二きゅーーん!!」
どうやら賢二はリタイアのようだ。
冥符も同様だが、あれだけの攻撃を受けたにも関わらずまだ息はあるようだ。
「ぐっ…う゛っ……」
「敵さんも大したやっちゃで。咄嗟に『冷却符』出して致命傷は避けとる。」
「厳しい…戦いだったね…」
姫はなぜかやり遂げた感のある顔をしている。
「いや、アンタがおらなんだら途中のドタバタは無かったけどな。」
「でも大丈夫、まだまだやれるよ!」
「やらんでええ!」
言って聞いたら姫じゃない。
ズッガァアアアアアアアン!!
「えっ!?な、なんやなんや!?」
突如鳴り響いた轟音に驚く商南。
するとそこにフラフラと現れたのは、傷ついた勇者だった。
「おぉ、勇者やんか!生きとったんやな!」
「ゼェ、ゼェ…む?商南か…。その様子じゃ、そっちは一段落ついたようだな。見た感じじゃどっちが勝者かわからんが。」
「アンタも傷だらけやけど、神さん相手にそれやったらまぁ御の字か。まさかもう勝ったんか?」
「フッ、そう甘くもないさ。じきにあの瓦礫の中から這い出てくるだろう。」
「あっ、そういや盗子はどないしたん?アンタんとこにおったんやろ?」
「…一撃だったよ。」
「えっ、それじゃあ…!」
「ああ、邪魔でな。」
「ってアンタがやったんかい!」
とにかく邪魔だったらしい。
「ところで商南、賢二の方はどうだ?戦線復帰はできそうか?」
「ん?あ~、怪我がどうあれもう無理なんちゃう?そこに転がっとるの『魔道石』やん。割れてもうてるってことは、多分もうMPすっからかんやで。」
<魔道石>
MPを溜め込んでおける魔法の石。とっても希少で簡単には手に入らない。
百万分の一の確率で突然変異した『尿路結石』だという噂も…。
「なんや勇者、タレ目の力が必要なんか?優勢なんちゃうの?」
「さぁどうだろうな。言ったろ?甘くはないと。こっちだって…それなりの代償は支払ってる。」
勇者の左腕は真っ黒に変色している。
「うわっ、なんやねんそのドス黒い腕は…!?暗黒魔法的なんでやられてもうたんか!?」
「ん~まぁ似たようなもんだな。だが問題ない、まだ剣が握れん程じゃないさ。」
「日焼けしたねぇ勇者君。」
「ああ、豪快にな。」
「どう焼けたらそない消し炭みたいなれんねん!明らかに重傷やんか!」
「…で、ぶっちゃけどうなのさ勇者?アンタの目から見て勝算はどんな感じさ?根拠も添えて話せさ。」
暗殺美に問われた勇者は、少し考えてから答えた。
「ふむ、そうだなぁ…。かつて『三大悪神』の一人に数えられただけあって、間違いなくこれまで会った中で最上級の敵だな。まだまだ伸びしろのある将来有望な俺が単独で斬り結ぶには、正直あと何年か早いって感じだろう。」
「なっ…自信家のアンタにそこまで言わせるほどかさ。じゃあ…」
「ほぉ…わかってるじゃないか。それはつまり、降伏宣言ってことでいいのか?」
勇者の言った通り、瓦礫の中から暗黒神が現れた。
「ひぃいいい!き、来よったで!全然元気そうやんかヤバいんと違う!?」
「フッ、勘違いするなよ暗黒野郎。今のはあくまで…“貴様が万全だったら”って話だ。」
「…何が言いたい?確かに今日は死神や帝都の部隊長…思いのほかダメージは受けたが、まだピンピンしてるぜ?見りゃわかるだろ?」
暗黒神は魔法で回復しながら余裕の笑みを見せた。
「ま、見た目はな。だが貴様の魔法はあくまで暗黒魔法…療法士の回復魔法とは違うはず。見た目ほどの回復力は無いんだろう?さっき冥符の回復符を使ってたのがいい証拠だ。」
「ほ、ほぉ…。で?」
「で、親父の名を聞いての激高っぷり…かつて親父に負わされた傷が、まだ癒えてないんじゃないか?それにカルロスほどの男が、手傷も負わせず倒れたとも考えられん。つまり今日だけじゃなく、貴様は以前から手負いだった…ってのが俺の見立てだ。どうよ!?」
勇者は名探偵が犯人を指し示す時のようなポーズで言い放った。
暗黒神は嘘が苦手なタイプなのか、明らかに動揺している。
「…ふ、フン!あくまで推測の域を出んな。そんなんじゃ…」
「最初の先公の口ぶりからすると、貴様らが争ったのはそれなりに前の話だろう。なのに貴様ほどの者が、これまで大人しくしていたのはなぜだ?」
「ッ!!!」
「動かなかったんじゃく、動けなかった…そう考えるのが自然じゃないか?」
「ぐっ…!」
暗黒神はグゥの音も出なくなった。
「す…凄い洞察力やんか勇者!見直したで!」
「ふむ。実は最初にこっそり渡された先公のメモに大体書いてあったとは言いづらい雰囲気だ。」
「あぁ…それやったら言わん方がええやろな…逆撫でするだけやで。」
「さて、というわけでそろそろ再開といこうか暗黒神。お互いちょっと休んだくらいじゃ大して変わるまい。」
「ちょっと待つさ勇者、結局のところ勝算はどうなのさ?敵が万全じゃなかったら勝てるのかさ?」
「フッ、あの眉無し女との一戦を見てなかったのか?俺は手負い相手ならすこぶる強いぞ。」
「そのセリフに凄い説得力を感じるあたりアンタやっぱりクソ野郎さ。」
「それに奴は最初に言っていた、マオの本体を壊すまで俺は殺せんと。つまり勝算は…」
「フン、それで今死んだら意味がないだろうが。気にするのはやめだ。」
「…たった今なくなったわけだが、まぁなんとかなるだろ。」
勇者は剣を構えた。
「楽観主義は父親譲りか…。だが残念だ、強さは足りてねぇよ。」
暗黒神は杖を構えた。
「さぁやっちまえや勇者ー!せや、風神の奴やりよったあの技…アレお見舞いしたりぃーー!」
「…フン、無論そのつもりだ。俺が本気を出せば、まぁ…一撃で終わりだ。」
余裕そうなセリフの割に、心なしか歯切れが悪い様子の勇者。
暗黒神はその理由に気づいていた。
「ハハッ、やめとけ小僧。次に使えばその左腕、その目と同じ道を辿るぜ?」
「へ…?って、うわっ!なんやその左目!?蒼かった瞳が…真っ黒に…!?」
勇者の左目は、異常のある左腕よりも真っ黒に変色していた。
「ま、まさかアンタそれ…暗黒魔法でやられたんやのうて、あの風神使いみたく…武器に身を売りよったんか…!?」
「…それ程ヤバい戦ってことだ。もはや代償無しに勝利は勝ち取れん。」
「せやかて…!」
勇者は握力が弱まっている左手と剣を、布でグルグル巻きにして固定した。
これからさらに悪化するのを覚悟しているようだ。
「まずはこの暗黒野郎をブッた斬る。俺は先のことと盗子のことは考えん男だ。」
「デカい口でほざくな小僧。視界を半分奪われた状態でこの俺を倒すだと?」
「フッ、視界なんぞ必要ない。要は…ここら一帯を、消せばいいんだ!」
仲間のことも考えてなかった。