【096】天空城の戦い(9)
キザな呪文を唱えつつ現れたのは、久々の再会となる賢二。出てくるのが遅れたのは、恐らく呪文の詠唱に時間がかかったからだろう。
予想外のことをしやがったのはムカつくが、まぁ死体どもは無力化したことだし許してやるか。
「フン、やっと来やがったか雑魚めが。この俺を待たすとはいい度胸だよなぁ。」
「久しぶりだね勇者君。とりあえず覚えててもらえたみたいで一安心だよ。」
思いのほか落ち着いた様子の賢二。
だが想い人である賢二と、実に学園校以来の再会となる暗殺美は、もちろん落ち着いてなどいられなかった。
「けっ、け、けけけ、けっ…!」
「結婚したいの?」
「けはぁっ!な、ななな何言ってるさ姫…この天然爆弾娘がっ!誰が、そんな…」
そんなドタバタの中、姫に歩み寄る怪しい影が。
そう、変態…Y窃だ。
「だ、ダレ姫ちゃん!?ダレ姫ちゃんじゃないか!会いたかったよ!」
「はじめまして姫だよ。」
「自分で言うのもなんだけど、簡単に忘れられる個性じゃないよ俺…?」
変態はプライドが傷ついた。
「ところで盗子さん、なんか…大変なことになってるみたいだね。嗟嘆さんって暗黒神…だよね?」
「え、なんで賢二がそんなこと知ってんの?たった今きたばっかなのに…」
「いや、なんかどっかからこっちの音声が聞こえてきて…まぁ、勇者君だよね?」
「ああ、盗聴蟲を“無線モード”に切り替えたんだ。お前に情報をくれてやりたくてな。」
「うん…おかげで心の準備ができたよ…」
「なんか、“盗聴”を普通に受け入れてるあたりさすが賢二って感じだよね…」
盗子には至れない境地だった。
「で、再会の挨拶は済んだか?ぼちぼち本題に戻ってもらいたいんだが。」
どう考えても戦場には相応しくない勇者達のドタバタ劇を、なぜか黙って見ていた暗黒神が、ようやく声をかけてきた。
「フン、意外と律儀な奴だな貴様も。悪役のお約束はわかってると見える。」
「まあな。再会と変身シーンは邪魔すんなってのは、暗黙のルールだろ?」
「抜かせ、回復待ちしてただけだろうが。まぁどうでもいいがな。」
暗黒神の野郎…冥符の回復符で瀕死の状況は回避したようだが、先公の与えたダメージはそう簡単には消えないはず。
これ以上、のんびりとシーソーゲームを繰り返す気はない。もう終わりにしよう。
「宿敵は商南が治療中、暗殺美は未だ手負い…風神と死体使いは倒した。残るは…こっちは俺と賢二、そっちは冥符と…貴様だ、暗黒神。」
「ったく…結局テメェの思惑通り2対2になっちまったなぁ、凱空の子。」
「これで心置きなくサシでやれるな。オイ賢二、そっちは任せたぞ。」
「…うん、やるよ。お師匠様は地球のために…だから僕も、逃げるわけにはいかないんだ。」
無印の勇姿が心を打ったのか、いつになく潔い賢二。
状況的に賢二が頑張るしか道は無いわけだが、暗殺美は心配で仕方がない。
「待てさ!あ、アンタみたいな雑魚にそんな危険な…大役なんて無茶さ!」
「いいんだ暗殺美さん。心配はありがたいけど、今回は僕に任せてほしい。」
「べ、別にアンタのためとかじゃないさ調子乗んなさボケが!別に私は…」
「いいから。」
「あ、うん…☆」
今日の賢二は何かが違う。
「ヒュ~♪カッコいいね。確かにキミの相手は俺が相応しい。愛の戦士である…この俺がね。」
品定めするように黙って見ていた冥符だが、暗殺美とのやりとりを見て賢二を対戦相手として認めたようだ。
賢二は冥符の方へと向き直り、そして構えた。
「本気でいくよ。僕の持てる、全ての…防御魔法で。」
やっぱり何も違わなかった。
「さて、役割分担もできた…ようやく落ち着いてやり合えそうだなぁ暗黒神。今度こそ決着をつけてやる。」
「うぬぼれるなよ小僧?確かに親父は強かったが、お前はただのガキだ。」
「フン、せいぜい舐めておけ。負けた時の言い訳くらいにはなろう。来い!!」
死闘の火蓋が切って落とされた。
「あっちは始まったようだね…じゃあこっちもやろうか。ハニーの友達なら無駄に痛めつけたくはない。降参する気とか無い?」
さすが『四天王』と呼ばれるだけあって自信があるようで、冥符はのんきに話しかけてきた。
「えっと商南さん、この人はやっぱり…強い人?そうだよね絶対そうだよね…」
「ん?んー…とりあえず“個性”はな。」
「いや、そんな情報は特に…というか、弱い人の方が周りに少ないというか。」
さっきまで変態と一緒にいただけに尚更だった。
「お…オイオイちょっと待てよ。なんだアンタ、まさか俺のハニーと親密な仲なのか…?そうなると…話が変わってくるが。」
商南と気安く話す賢二の様子に気づき、冥符の目つきが変わった。
「え゛、いや、そんなことはまったく…!」
「そうさ何言ってるさボケが!こ、こんなクソみたいな軟弱者の甲斐性なしゴミ虫に限って!」
(よし、無事に生き残ったら死のう。)
賢二は深く傷ついた。
だがすぐにそれを忘れてしまうほどに、商南に驚かされることになる。
「…あ~、せやねん。コイツがウチの彼やねん♪なぁダーリン?」
「なっ、ぬぁにぃいいいいい!?」
冥符と暗殺美は見事にハモッた。
(や、ちょっ…困るよ商南さん!そんな嘘…)
(アンタ自信無いんやろ?やったら心理戦や、これでアイツ動揺しまくりやで。)
「こ、殺すっ…!!」
見事に逆効果だった。
「愛とは奪い、奪われるもの…。この俺の愛のため、悪いが死んでもらおう。」
「だ、だからそれは誤解で…!」
「いや、いい。過去に誰を愛そうが…そんなのにこだわるのは、愛じゃないし。」
「その目はメチャメチャこだわってる目に見えるんですが!?」
「さぁ死ね!死んで彼女の“過去”となれ!乱れ飛べ、『爆撃符』!」
冥符はありえない数の呪符を繰り出した。
「チッ、何枚も軽々と…!やっぱホンマもんの『符術士』は格がちゃうわ!」
「はわわ!た、助けて〔絶壁〕!ついでに〔鉄壁〕!あとあと…うわぁあああ!」
チュドォーーーーーン!!
どんどん賢二らしくなってきた。
「フッ、他愛もない。この程度の実力で、この嗟嘆四天王に楯突こうとは…」
「くぅ~!イタタタ…やっぱあの数は避けきれんかったか。まぁ、間におうたしええけど。」
冥符の攻撃をかいくぐり、商南が賢二を助けていた。
商南は多少ダメージを負ったようだが賢二は無事のようだ。
「なにっ、背後!?ま、まさかハニー、『瞬速符』で彼を…!なぜ!?」
「なぜってアンタら世界滅ぼす気やろ?それ防ぐためならそら頑張るわ。」
「こんな愛の無い世界、滅んで当然なのさ。大丈夫だよキミは死なせないから。」
「はぁ?散々これまで愛や愛や言うといて“愛の無い世界”てなんやねん?意味わからへんわ!」
「…俺に無償の愛をくれるはずだった両親は俺を捨てた。俺は愛を知らない。だからこそ求めるんだろうな…」
冥符はそれまでのヘラヘラした表情とは違う、少し苦しそうな顔で続けた。
「俺は最初から親に愛されてなかったのか…?いいや、それはわからない。でも終わったってことは…本当の愛ではなかったってことだろ?」
「ホンマの愛…?」
「結果的に終わらなかったら…それが本当の愛。俺はそう思う。」
「せやから先に世界を滅ぼそうって…?イカれとるわアンタ…!」
「ハハハッ!共に終末まで愛し合おうぜハニー!そして愛が終わる前に死のう!」
冥符はガチでヤバい奴だった。
「あ~駄目やわコイツ筋金入りやで。ほなダーリン、気張ってやー。」
「えっ、ま…任せといて。じゃあ、とっておきの防御魔法で…」
「ハァ!?登場時の自信ありげなアンタはどこ行ってん!?怖気づいとらんでガツンと攻撃ぶちかませや!」
「いや、怖気づいたというか…我に返ったというか…」
賢二はすっかり賢二に戻った。
「その…よく考えたら僕、傷つくのも当然怖いけど人を傷つける勇気ってのも…ちょっと無くて…」
その割に婆さんには容赦なかったが。
「ハァ…。アンタなぁ、今の状況わかってへんのか?世界滅亡を企む悪漢どもと戦ってんねんで?最終局面やねんで?」
「でも、相手が強いほど強力な魔法じゃないと効かないし…それだと下手すると死んじゃうかもだし…ねぇ?」
「ねぇ?ちゃうわボケェ!少しは勇者の残虐さを見習…うのはさすがにアレやけども!なぁ暗殺美?」
「えっ!べ、別に…無理しなくていいのさ。雑魚は雑魚なりに分をわきまえて、その…」
暗殺美はむしろ、賢二のそういう所が好きな残念な子だった。
「甘やかすなや!コイツも一応男やねんで?それが争いは嫌て軟弱な…!」
「それが賢二君のいい…いい…い、いくじなしっ!バカバカ死ねさ犬がっ!」
「孤独だなぁ…僕って…」
「オイオイ、さっきから黙って聞いてれば随分だなぁ。なんかアンタ、自分が俺より強い前提で話してないか?」
冥符は不服そうな顔でこちらを見ている。
「まぁどうであれ、諦めな。愛はいつでも命がけ…もはや死をもってしか決着はつけられない。」
「ちょ、ちょっと待って!話し合おうよ!話せばわか…るとも、思えないけど…」
「ハァ…もういいよアンタ、死んでくれ。これ以上愛を侮辱するんじゃない。」
「き、金城守りし剛の森、柔の川…」
「ってタレ目アンタ…この期に及んで防御魔法て正気か!?いっぺん生まれ変わって出直して来いや!」
これが失言だったと商南が気付くのは、しばらく後のことになる。
「だったら私の出番だね。ここは私に任せれば素敵だよ。」
「姫!?フッと湧いて出ていきなり何する気や?なんや嫌な予感が…」
「むぅ~~~!みんな揃って、〔反転〕!!」
姫は〔反転〕を唱えた。
〔反転〕
賢者:LEVEL2の魔法(消費MP220)
相手の性格を真逆に反転させる魔法。基本的に大惨事になること請け合いだ。
「愛なんていらねぇ…。愛なんて…そんなの所詮、ただの幻想なんだよ…」
「あんなぁ~?ウチはなぁ~、そうは思わへんのやんかぁ~?」
「あ、あのねあのね?私、前から賢二君に言いたかったことが…えっと…」
「あん?ウゼェよメス豚が。ブヒブヒ言ってっと油で香ばしく揚げんぞコラ?」
「賢二きゅん、素敵…☆」
それぞれのキャラが見事に反転し、想像通りかなりカオスな状況に。
「あ~、みんな元気だね。」
だがなぜか姫には効いてなかった。
「さっきまでは随分と世話になったな符術士。今度は俺の番…全員、皆殺しだ!」
「あんなぁ~?皆殺しは困るんやんかぁ~?」
「賢二きゅん、ガンバッ!」
場にツッコミ力が足りない。
「防御なんぞ雑魚の所業…攻撃こそ最大の防御なり!食らえ〔炎陣〕!!」
「チッ、マズい…!我を守る四壁となれ、『盾道符』!」
賢二の攻撃。
冥符は呪符で攻撃を防ぎ、流れ弾が暗殺美をかすめた。
「あっちゅい!あちゅいよ賢二きゅん!で、でもでも私の想いの方が…」
「だからウゼェよこのメス犬が!テメェがフンしても拾って帰らねぇぞコラ!?」
録画して後で見せたら二人とも死にそうなやりとりだ。
「もういいよ、人は皆いつでも孤独…こんな世界、この俺が終わりにする!」
愛が要る要らないこそ逆になったものの、世界を滅ぼす件について依然そのままらしい冥符。残念ながら戦闘が中断する流れにはならないようだ。
「フン、終わるのは貴様だけだ。悪いが俺は、手加減ってのを知らんのでな。」
「それは俺とて同じこと!さぁ四地を這え『地道符』!四天を覆え『天道符』!」
それからしばらくの間、二人の激しいバトルが続いた。
様々な呪符を自在に繰り出す冥符の符術と、大賢者無印から教えを受けた賢二が放つ強力な魔法が交差するその熱戦は、まさに最終決戦と呼ぶに相応しいものだった。
「ハァ、ハァ、ふぅ~…やるじゃないか、賢者君…だったかな?同年代でこの俺と張り合える奴なんてそうはいない。」
「ゼェ、ゼェ…貴様もな。悪くはない楽しい時間だったが…そうも言ってはいられん。この状況もいつまで続くかわからんしなぁ、そろそろトドメといこうか。」
「ハハッ、いいよそうしようか。なら俺のとっておきを食らわせてやるよ。」
「ならば俺様も見せてやろう。今まで貴様が見たこともないような究極の…」
「へぇ、究極の…?」
「土下座を…」
それはもう究極だったとか。