【094】天空城の戦い(8)
実は少し前から起きていたのだが、宿敵の能力は知っていたので黙って見てた俺。だがその結果、宿敵は現在グロッキー状態に…。これで使える奴がいなくなっちまったわけだ。やれやれ…。
「あ、足が…!死体ゆえ痛みは無いが、これではまともに動けん…!」
「大人しくしてろよジジイ、じきにもっといい家を作ってやる。“神”の家ってやつをな。」
「なんだと貴様ぁ…!って、オイ!何をして…やめっ…!」
「下手に粉々にしちまうと他の死体に移りそうだしなぁ。程よく刻んでおこう。」
「ちょ待っ…ぬぐぉおおおお…!」
黒猫は無力化された。
「んで?ウチにとっておき出させて回復したんや、当然何か策はあるんやろなぁ勇者?」
「ん?ああ、なんとかなりそうだ。どデカい一撃を食らわせてやるぜ。覚悟しやがれ、そよ風野郎。」
「フン、大人しく寝ていれば良かったものを。たかが数分で何が変わる?」
「ならば盗子を見ていろ。数分後には凄いものに変わるぞ。」
「アタシ何されちゃうの!?ねぇちょっと!?」
寝起きとは思えない相変わらずの態度で風神に喧嘩を売る勇者。
そしてあっさり買ってしまう煽り耐性の足りない風神。
「上等だ!ならば先ほどと同じく…我が奥義を見舞ってくれよう!」
「いいだろう…と言いたいところだが、ちょっと待て風神。少し落ち着け。」
「む?なんだ小僧、時間稼ぎか?」
「まぁぶっちゃけそうなんだが、時間が必要なのは貴様もだろう?」
「…何が言いたい?」
「元々その眉無しの女が敗れたのは、既に深手を負っていたからだ。いくら神の力が注入されたとはいえ、そう簡単に復調するとは思えん。違うか?」
「ほぉ…思いのほか頭の回る小僧のようだ。では俺を待たせて貴様は何をする?」
「ん?少し気掛かりな点があってな。それ片付けたらまた遊んでやるから、その辺で大人しくしてるがいい。」
「チッ、生意気な…だがいいだろう。全快した後に、地獄を見せてくれる。」
風神は眠りについた。
「ほ、ホントに眠っちゃった…。今なら倒せるんじゃない?」
「そう思うならやってみろよ盗子。応援してやる。」
「絶対嘘じゃん…。もしくは風神の応援じゃん絶対。」
「フッ…ときに暗殺美よ、今さらだがお前らはこれで全員か?他のメンバーは?」
「ん?あ~、弓絵と余一は下に残してきたさ。尊い犠牲だったさ。」
「いや、勝手に殺すのはどうやろ…?」
「それだけか?帝都の奴らは既に全滅っぽいし…となるとやはり、敵かっ!!」
勇者はナイフを投げた。
盗子の頬をかすめて柱に命中した。
「イッッターー!!な、なんでそう投げて隣にいるアタシに当たるわけ!?」
「当たったんじゃない!当てたんだ!!」
「なお悪いよー!うわーん痛いよぉー!」
「…ふ、ふぅ~…危ない危ない、殺されるかと思っちゃったよ。やるねぇキミ。」
柱の陰から冥符が現れた。
「うわわっ、もう起きよった!あのほぼ致死量の睡眠薬で…なんでや!?」
「誰だ貴様は?こんな遅れて堂々と登場とは、会社の重役もビックリだぞ。」
「あ、俺?俺は冥符。愛より生まれし愛の狩人さ。ねぇ、ハニー?」
「せやからハニーちゃうて…って、それは…!」
商南は壁際に何かを見つけた。
弓絵と余一が脇に転がっていた。
「その二人…もしかしてアンタが拾ってきてくれたんか?」
「あ~、まぁポイント稼ぎになるかと思ってね。ただ彼女は単に気絶だけど、彼の方はもう…臓器が破壊されてる。」
「問題あらへん、そういう仕様やねん。ところで…わざわざ何しに来てん?結局アンタは味方なんか?やっぱ敵なんか?」
「え?イヤだなも~、決まってるじゃんか。もちろんキミの味方さマイハニー!」
「だから誰がおのれのハニーや言うてんねん!今度は一生眠らしたろか!?」
「えっ、毎晩子守唄を!?ウワォそんなプロポーズが飛び出すとは驚きだよ!」
「ウチの方が驚いたっちゅーねん!なんでそう無駄にポジティブやねん!?」
「ふむ…まぁよくわからんが敵じゃないようだな。ならば俺は今のうちに、暗黒神の野郎にトドメでも…むっ!?」
冥符の攻撃。
勇者は咄嗟に攻撃を避けた。
「オイ貴様…どういうつもりだ…!?」
「あ~、勘違いしないでほしいな。俺はハニーの味方だって言っただけだぜ?」
「…チッ!つまりコイツは敵で、やっぱり貴様らが優勢ってことかよ…!なぁ、暗黒神!?」
「ああ。お前らの健闘も、もはやこれまでってやつだな。」
なんと、暗黒神が元気そうに現れた。
「えぇっ!な、なんでアンタ起きてんの!?あっ、なにそれ回復符…!?」
「あ、もう起きれるんだ。やっぱタフだね~大将。」
「じょ、冗談やないで…それだけの呪符を、一度に扱える奴がおるなんて…!」
「随分と遅かったじゃないか『符術士』…いや、我が『四天王:冥符』よ。」
事態はまた悪い方に。
ふむ…やれやれ。第一印象からいけ好かん奴だとは感じていたが、まさか敵の幹部とまでは思わなかった。
それにしても『符術士』か…分が悪いな。商南の戦闘スタイルが近いんだろうが、金に物を言わせて呪符を仕入れてる商南とは違い、符術士は自分で呪符を作ることができると聞いたことがある。
どうやら回復もできるようだし、長期戦になればなるほど不利になるだろう。
「この状況…暗殺美、貴様はどう見る?」
「状況を整理すると、敵は暗黒神と四天王の冥符、起きたら驚異な風神と、動けないものの死体があれば操れる黒猫…。ざっくり戦力を数値化するなら3.5人って感じかさ?」
「ま、妥当な線だな。片やこちらは、唯一の戦力である俺、あとは手負いの暗殺美と商南、あっちでくたばってる先公、それを棒でつついてる姫ちゃん、寝てる弓絵と余一、以下略…。同様に例えるなら1.5ってところか?戦力差は歴然だな。」
「なんか…一応いるって思われてるだけまだマシなのかな…」
盗子は前向きに考えるしかなかった。
「ん~惜しかったなぁ凱空の息子。せめてあともう一人でもいりゃあな~。」
「あと…一人…」
「そうだよ。あと一人でもまともなのがいりゃ、もう少しなんとかなったかも…」
「…フ…フフフ…フハハハハハハ!そうだな、確かにそうかもしれん!」
「ん?なんだ小僧、気でもふれたか?意外と気の小さい…」
突然笑い出した勇者に憐みの目を向ける暗黒神。
だた勇者は、至って冷静だった。
「いつだか戯れでな…仲間の装備に『盗聴蟲』を仕掛けたことがあったんだ。」
「えっ!なにその衝撃の暴露!?もしかしてアタシにもそう!?」
「結構いい品だったんだが、さすがに感度にも限界があってなぁ。」
「何をいきなり…一体何が言いたい?時間稼ぎのつもりか?」
急に訳のわからないことを言い始めた勇者に苛立つ暗黒神。
その時、慌てた声で黒猫が割り込んできた。
「さ、嗟嘆様!少々お耳に入れたいことが…!」
「うるさいぞ黒猫!今いい所なんだ、水を差すんじゃねぇよ。」
「お聞きください!新たな生体反応が、猛スピードで接近中なのです!」
「あん?そんなはずあるかよ。ここまで上がれる船がそういくつもあるはず…」
「違うのです!下からではなく…“上”から」
ズッガァアアアアアアアアアアアアアアン!!
なんと!凄まじい轟音と共に、天井に風穴が開いた。
落ちてきた物体…乗り物のような家のようなその何かは、風神がいたはずの場所に直撃していた。
「ハハッ!ドンピシャじゃねーかオイ!さすがは俺だ!」
「えっ、知っててやったの勇者!?」
「盗聴蟲には発信機もついててな。少し前からわかってたよ、“奴”が…この場所に向かってきてるってことは。」
「へ?“奴”…?」
勇者が何を言っているのか誰もがわからない中…落下物の下から、なんと死んだと思われた風神が這い出てきた。
「お、おのれ小僧…まさか、これも貴様の…計算のうちか…?」
「ほぉ、今ので生きてるとは…さすがは神と言われただけある。いいだろう、貴様のおかげで思いついた技があるんだ。黄泉への手土産に…食らわせてやるよ。」
「なっ…そ、その力は…!?」
勇者は邪悪なオーラに包まれた。
「ちょっ、勇者!?何そのどう見ても正義側じゃない感じの光景!?」
「さぁ、うなれ魔界の波動!思いつき我流必殺奥義、『魔神一刀両断剣』!!」
「ば、馬鹿な…!この俺が…この風神が…!う…うがぁあああああああああ!!」
会心の一撃!
勇者は風神を撃破した。
「ふむ…なるほど、こうなるか。まぁ想定内だな。」
一撃のもとに風神を倒した勇者。
だがその事実よりも、この偶然のような展開が作戦通りだったと聞かされたことに、暗黒神は動揺していた。
「オイ小僧、さっきテメェ…狙ってやったようなこと言わなかったか…?」
「ん?まぁ思ったより直撃で笑っちまったがな。これでそっちは2.5人…やれそうな数字になってきたと思わんか?」
「…ケッ、調子に乗るなよクソガキ。それでもまだ足りんだろう?さっき自分で戦力は1.5だと…」
「それが、増えるとしたら?」
「あ゛ぁ?」
ゴゴゴゴ…ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…
崩れる瓦礫、立ち込める土煙…そしてその中に、一つの人影が見えた。
「だ、誰かいるよ勇者!てゆーかこの登場パターンって…昔『六つ子洞窟』で群青錬邪と戦ってた時の…!」
「フッ…やっと来やがったか、雑魚めが。」
「…へ?」
現れたのは、かつて姫が遭遇した変態『Y窃』だった。
「誰だっ!!?」
その場の全員が突っ込んだ。
土煙の中から現れたのは、女物のパンツを被った半裸のオッサン。予想を裏切るにも程がある展開だ。
じゃあなぜ俺の盗聴蟲の反応が…?いや、確かに何かしら盗聴してそうなキャラではあるが。
「だ、誰だ貴様は!?なぜ空から…というかなんだその格好は!?」
「ムシャクシャしてやった。今は反省している。」
「駄目だよ勇者!コイツ取り調べ慣れしてるよ!かなりの常習犯だよ何かの!」
Y窃は堂々としている。
「ハハッ!なんだよただの変態か…脅かしやがって。やっちまえよ冥符!」
「いや大将、アレは“ただの変態”で済ませていい変態じゃないと思うが…」
「お待ちください嗟嘆様、この黒猫めに今一度チャンスを!立てしもべども!」
黒猫は指令を出した。
転がっていた死者達が再び立ち上がった。
「チッ、修復しやがったのか…!?こんなことならもっと粉微塵にしておくんだったぜ!」
「こうなってくると2.5とか言ってる場合じゃないさ!絶望的戦力差さ!」
「ひぃいいい!なんかさっきよりグロさ倍増で怖いんだけど!どどどーしよ!?」
「仕方ない…無駄な力は使いたくないが、今度こそ完全に粉砕してくれる!」
「無理すんなや勇者!アンタには暗黒神を…一番厄介な敵を倒す使命があんねんから!」
「フォフォフォ!安心するがいい、どう足掻いても死…」
万事休すと思われた、その時―――
「…の大地も、母なる海も…」
「ッ!!?」
「むっ、呪文詠唱だと…!?誰だ、この期に及んで無駄な足掻きを…」
どこからか聞こえてきた呪文の詠唱に、勇者も黒猫も、その他の者達も耳を澄ませた。
「…なる果て無き白銀の中で、全ての時よ止まれ…〔銀世界〕!!」
〔銀世界〕
魔法士:LEVEL60の魔法(消費MP80)
周囲を白銀の冷気で包み込む氷雪系上位魔法。スベッたギャグよりもっと寒い。
シャキィイイイィィィィィイン!!
「な、な……に……ぃ…!?」
身も凍る吹雪が吹き荒れた。
黒猫を含む全てのゾンビが凍りついた。
そして…崩れ落ちる氷塊の合間から現れたその姿に、勇者はニヤリと微笑んだ。
「チッ、やっぱ来てやがったんじゃねぇかテメェ…グズグズしやがって…!」
「ふぅ~、間一髪だね…。どうやら間に合っ…」
「ちゃった…」
賢二が帰ってきちゃった。