【009】二号生:ゴップリン討伐(3)
勇者が大変な目に遭った後、さらに大変な目に遭いそうになっていた頃、賢二らもまた大変な目に遭っていた。
賢二の防御魔法〔絶壁〕によりなんとか攻撃を防いではいたが、それももう限界のようだった。
「ひぃぃいい!も、もうダメだよ盗子さん、もうMPが…!」
「そ、そんなこと言わずに頑張って賢二!出るよ!振り絞ればもう少し何か出るって!」
「出ちゃう出ちゃうよ!魂出ちゃうよぉーー!」
そしてついに魔法が消え去った。それを見たゴップリンはゆっくりと近づいてくる。
「フン、ちょこざいな小僧よ。後頭部への攻撃といい今の防御といい…見た目によらず侮れん小僧だ。しかし…」
限界を過ぎて若干魂が出かけている賢二を見下ろしつつ、ゴップリンは右腕を振り上げた。
賢二はもう疲れて動けない。
「い、い…いやぁあああああ!お助けぇええええええ!!」
「賢二!気合いで右へ飛べ!!」
突如、背後から聞こえてきた声。
賢二は力を振り絞って右後方へと飛びのいた。
「フン!逃がすかぁああああああああああ!!」
カチッ
「ぬっ!?」
賢二を追って動いたゴップリンは、地面に埋まっていた何かをうっかり踏んだ。
鋭い閃光と爆音が辺りに轟く。
ズガァアアアアアアアアン!!
「ぎゃぁあああああああああ!!」
ゴップリンの足元を起点として、突如巻き起こった謎の大爆発。
強烈な爆風に紛れて何かの破片が宿敵の頬を掠めた。
その破片の色合いは、つい先ほど見た“アレ”の色に似ていた。
「い、今のはもしや…さっき親父さんが持ってきた、勇者君の“地雷”の…!?」
「フッ…その…まさかだ。」
苦しそうだが偉そうなその声の主は、まだ顔色は若干青ざめてはいるものの、なんとか立ち上がってきた勇者だった。
慌てて駆け寄り肩を貸す盗子。
「ゆ、勇者!気が付いたの!?」
「ああ、死ぬかと思ったがな。」
「てゆーか姫がなんとかできたの!?」
「ああ…死ぬかと思ったがな…」
なんとなく後者の方がヤバかったようにも聞こえた。
「でもさ勇者、地雷なんて一体いつの間に…?」
「ん?あぁ、さっき煙幕を張ったときに…ちょっとな。」
最初の一撃を入れる前、四方に動き回っていたのはこの地雷のためだったことが発覚。
仲間達も危険なはずなのに、一切知らせないあたりが実に勇者らしい。
「ぐっ、そうか…攻撃前のあの動きは、ただのかく乱のためではなかったのか…おのれ…!」
消えかけた爆煙の中から、フラフラと立ち上がってきた傷だらけのゴップリン。
自身も手負いではあるものの、この勝機を見逃す勇者ではない。
「フッ、調子に乗りすぎたな馬鹿めが!この俺を甘く見たのが運の尽き!」
勇者はバズーカを取り出した。
「後悔を胸に、死ねぇえええええええええ!!」
勇者はバズーカをブッ放した。
砲弾はゴップリンの鳩尾にめり込んだ。
「ぐはぁああああああああああ!!」
『勇者』らしさは皆無だが勇者は気にしない。
「ふぅ…終わった…」
天を仰ぎつつ目を閉じ、静かに拳を握り締める勇者。
勝敗は決したかと思われた。しかし―――
「わっ!や、やめてよ触んなこの変態!」
「ギャハハハハ!形勢逆転だなぁクソガキィ!」
「なっ、盗子!?」
なんと、しぶとくも立ち上がってきたゴップリン。
しかも盗子を左腕で抱え人質に取っている。
「おっと、動くなよ?一歩でも動いたらこのガキの命は」
「構わん!死ねぇええええええええええ!!」
「なにぃいいいいいいい!?」
まさかの即答に驚くゴップリンと盗子。
勇者は振りかぶった剣を、一切のためらいもなく振り切った。
ザシュッ!
「ぐぁあああああああああああ!!」
会心の一撃!
ゴップリンの左腕を斬り落とした。
「チッ、浅いか!」
「いや、浅くないよ!?もしその剣が折れてなかったらアタシ死ん…えっ、そういう意味!?」
「うぐ…お、俺の…俺の腕が…おおお俺の…俺の…」
苦しそうに悶えながら、地に落ちた左腕を見つめ放心状態のゴップリン。
そして一転、火の付いたように激怒し怒号を発した。
「この俺様の腕を…許さんぞぉおおおおおおおおお!!」
パワーアップフラグが立った。
ドッゴォオオオオオオオオン!!
気が付くと目の前にあったゴップリンの姿が消え、勇者の背後で何かが岩壁に叩きつけられたような音が聞こえた。
「なっ…け、賢二!?」
ゴップリンの右腕は壁に深く押し込まれており、その手には賢二の顔面が握られていた。
効果音で表すなら“ぐしゃっ”って感じだ。
「いやあああああ!賢二ぃいいいいいい!?」
「くっ…落ち着けクソ盗子!集中してないと次はこっちが狩られる!」
身構える勇者の方へと、ゆっくりと向き直るゴップリン。
その表情は、先ほどの激高など無かったかのように落ち着いたものだった。
「やれやれ…これが奴の真の実力なんだろう。ここからが本番のようだな。」
その明らかな状況の変化に、勇者はゴクリと唾を飲んだ。
どう考えても風向きは良くない。だが、悪い話ばかりでもなかった。
「よ、良かった勇者!まだ息があるっぽいよ賢二!」
「なっ!?そうか、魔法力を頭部に集中して守ったか…!ったく防御だけ得意とは使いづらい奴め!」
「回復は私が頑張るよ!」
「オーケー任せたぜ姫ちゃん!だが『接着剤』は無茶だ!」
一応賢二は生きてはいたものの、勇者は怪我人、その他は戦力外。万事休すといった状況。
だがそんな中、ようやく本日の役立たずの筆頭である宿敵が立ち上がった。
「ならば、今度は僕がいこう。こんなに見せ場が無いままじゃ…キミのライバルとして立つ瀬が無いしね。」
「お前この体たらくでまだそんな口がきけるのか。無駄にポジティブにも程があるぞオイ。」
「ち、違う僕だってできるんだ!僕だって、キミみたいにこういうちゃんとした武器さえあれば…」
ガッシャアアアアン!
武器はゴップリンに破壊された。
「フッ…や、やっぱり今回はキミに譲ろうぐぇええっ!!」
顔面に勇者の拳がめり込んだ。
宿敵は気を失った。
「チッ、まずいな…。敵はパワー全開、手負いの俺に残った武器は折れた剣のみ…こりゃあ詰んだかもしれん。」
「ゆ、勇者…」
いつになく弱気な勇者を心配そうに見つめる盗子。
その空気は当然ゴップリンにも伝わっていた。
「フフッ、やっと諦めたか小僧。ならば最後は、この“魔剣”にてトドメを刺してくれよう。」
「うわっ!な…なんて剣なんだ!」
ゴップリンの右手には、漆黒の鞘に漆黒の刃…明らかに邪悪な雰囲気を纏った、勇者の身の丈ほどもある巨大な魔剣が握られている。
その姿を見て驚く勇者にゴップリンは気を良くした。
「ハッハッハ!ビビッたか小僧!?」
「なんて趣味の悪いデザインなんだ!」
「そこにかよ!! …あっ!」
なんと!盗子が魔剣を盗んだ。
「アタシだってやるときはやるんだよ!受け取って勇者ーー!!」
「フッ、でかした!盗子のくせに生意気な!」
「チッ、小癪な…!」
魔剣が奪われ一瞬狼狽したものの、まだ鞘に納まった状態の魔剣を見てすぐに持ち直すゴップリン。
「ハッハッハ!だが残念だったなぁ!その剣は邪悪な者にしか抜けな…」
「ふむ、なかなかの剣だな。」
「抜いとるぅーーーーー!!」
勇者はまた一歩『魔王』に近づいた。