【083】帝都武術会決勝(3)
どういうわけか、マオの半身に体を乗っ取られてしまったらしい勇者。
敵である鬼神よりも敵っぽい雰囲気を醸し出している。
「な、なんで彼が…!?ヤナグさんの攻撃を受け瀕死のはず…とても立ち上がれる状況じゃなかったはずだ!」
「マオ…勇者が半分飼ってるとは聞いてたけどさ、なんで今になってさ…?」
「ま、マオ!?あの古代神…魔神のマオか!?どういうことぜよ!?」
困惑する一同。
冷静なのは後から現れた謎の女だけのようだ。
「それは、勇者からの抵抗がゼロになったからさ。どういうわけか超熟睡してるみたいでねぇ。」
「う゛っ…で、でも眠ったくらいで復活するなんてなんか簡単すぎへんか?」
「もう一つあったのさ、奴を縛る枷はね。それが子供の時から付けていたあの兜…『守護神の兜』なんだよ。」
なんと、勇者は三つの神の装備を所持していたらしい。
「『魔神』と『破壊神』だけやのうて『守護神』もて…。アイツ神の装備に愛させすぎてへん…?」
「でもなんでアンタそんな詳しいのさ?勇者ファンか何かかさ?」
「アタイかい…?フッ、それは知らない方がアンタらのためだよ。それに今は、それどころじゃないだろ?」
女が目線を向けた先では、かつてのマオを知るヤナグが勇者を睨みつけていた。
「マ、マオ…ダト!?あの巨大ダッタ魔神ガ、コンナ糞ガキニ…!?馬鹿ナ!」
「ほぉ、誰かと思えばヤナグじゃないか。相変わらずクソみてぇな魔力だ。」
「…殺シテヤル!!」
鬼神は本気のパンチを繰り出した。
ミス!勇者は攻撃を片手で止めた。
「ナ…ニ…!?」
「これでわかったか?いい土産になるだろう…“冥土”への、な。」
「マ、待ッ…!」
「俺は待つのと盗子が大嫌いだ。」
「ヤ…ヤメ…グァアアアアアアアアア!!」
勇者は『魔界の波動』を放った。
鬼神は跡形も無く消え去った。
盗子の影響力は健在だった。
「ふぅ…やれやれ、まだ加減がうまくいかん。一発で随分と力を使っちまったようだ。今レベルのやつはもう撃てんか。」
(な、なんちゅーこっちゃ!あのごっつ強かった鬼神が…って、こっち来る!?)
鬼神を一撃で倒しておきながら不満そうな勇者。
だがすぐに気持ちを切り替えたようで、今度は商南達の方へと近づいてきた。
「死んだはずのヤナグがいた…てことは霊媒師がいるな?どいつがそうだ?」
「えっ!?う、ウチはちゃうで!?」
「わわ私も違うさ!」
「ぼ、僕も…」
「うわ、汚っ!アンタやん…」
「ふっ、バレちゃ仕方ないね。」
「えっ…!?」
「私が姫だよ。」
「状況考えてモノ言わんかい!いきなり現れた思たら…」
「そうか、お前か。」
勇者の攻撃。
苦怨はフッ飛んでいった。
「か、軽く叩いてあの威力…!まぁ敵が減って助かったけどもさ。」
「ってかアンタなんで今のやり取りでアイツてわかってん!?」
「いや、勇者の記憶で。」
「じゃあなんで聞いてん!?」
気まぐれも勇者譲りだった。
勇者の軽い一撃で、苦怨もリタイアとなった。
勇者の暴走はいつまで続くのか。
「残るは勇者のお仲間と…見知らぬ女だけか。さーて、どうしてくれようか。」
「ふ、フン!私らはともかく、アンタは姫には手は出せないはずさ。」
「関係ないね。俺はマオであって勇者じゃない。お前ら少しうるさいな…」
「へ?うわっ、ヤメッ…!」
「待つぜよ勇……ぐっ、ヤベェ…めまいが…!」
勇者の攻撃。
ミス!攻撃は謎の女に受け止められた。
「…ほぉ、俺の攻撃を片手で止めるとは、ただの女じゃないな。誰だ貴様は?」
「フッ、相変わらずだねぇアンタ。気が早いのは昔のままだ。」
「なっ、俺を知ってる!?貴様…一体何者なんだ!?」
「今は名乗れない。でも敢えて呼ぼうってんなら、アタイのことはこう呼びな。」
女は頭から被っていたフード付きマントを脱ぎ捨てた。
茶色の長い髪に、美しい顔立ち。だがなぜか、目の周辺だけを覆う申し訳程度の仮面で顔を隠している。前にどこかで見たようなやつだ。
「謎のお助け仮面…『母さん』と!!」
一瞬でネタバレした。
「な、謎のお助け仮面…!?」
聞き覚えのあるフレーズにより、暗殺美は点と点が繋がった。
「ま、前にソックリなこと言ったオッサンを知ってるさ。アンタ、まさか…!」
「いい女ってのはペラペラ喋らないもんさ。わかったら黙って言うこと聞きな。」
「全身全霊をもってあたらせてもらいますさ!」
暗殺美はこれまで見せたことのない従順さを見せた。
「ど、どうしてん急に?アンタこのオバはブッ!!」
「空気の読める奴は長生きする。その逆は…アンタわかるかい?」
「ワタクシが間違っておりましたですハイ!お姉様!」
商南も瞬時に逆らうべきじゃないと悟った。
「いい子だねぇアンタ達。じゃあ二人してさっさと、あの兜を取ってきな。こっそりね。」
全力疾走で兜のもとへと向かう暗殺美と商南。
残された戦仕は自分の役目がわからない。
「お、オイラはどうすりゃいいぜよ?まだ何の役にも立ってねぇんだ!」
「お前はアタイと、奴の足止めだよ。半身と言えど大した魔力だ、気を付けな。」
「事情はよく知らねぇが、やるべきことはわかったぜよ。手ぇ貸すぜアネゴ。」
戦仕はさっきの教訓を踏まえて若い呼び方に変えた。
「その強引な振る舞い…そうか貴様か。かつて随分と世話になったが礼はまだだったなぁ。」
「さぁ目ぇ覚ましな勇者。アタイはそんな寝ぼすけに、アンタを育てた覚えは無いよ?」
「フン、育てられた覚えも無いがな。」
まったくその通りだった。
「ほら小僧、これ飲んどきな。それなりの魔法薬だ、少しは動けるようになるはずだよ。」
「お、オウ助かるぜよ。でもできればもっと早くに欲しかったが…。あっ、ところでアンタの職は何なんだ?共闘するなら知っときてぇ。」
「アタイかい?アタイはただの『主婦』だよ、ありふれたね。」
「ハハハ!かつての『魔王』も今は主婦か!堕ちたもんだなぁ『終』!」
勇者の攻撃。
ミス!むしろ母さんのカウンターが炸裂した。
「ぐふっ…!チッ、腐っても元魔王ってわけか…簡単にはいかなそうだ。」
「舐めてかかると痛い目見るよ。よく言うだろ?“母は強し”ってさ。」
「変わった名前なんだね。ツヨシ?」
「いや、今のはそういう意味じゃないんだよお嬢ちゃん。危ないからちょっと下がってな。」
「ま、魔王ってなんぜよ…?アンタ、ホントに主婦なのか?」
「まったく疑り深い子だねぇ、ホントに主婦だって言ってるだろう?」
「ただの…『戦業主婦』さ。」
全然“ただの”じゃなかった。
その後も母さんは大暴れ。そして戦仕も負けじと大暴れ。
どうにかこうにか時間をかせいでいたが、さすがに母さん少し疲れたらしい。
「お、オーイ小娘達ー!なにチンタラやってんのさ、パッパと見つけてきなー!」
(ったく、どこやねん!?早くせんとあのオバはんにシバかれてまうで暗殺美!)
「そんなこと言っ…あったさ!この見慣れすぎたフォルムは間違いないさ!」
暗殺美は守護神の兜を発見した。
「見つけたのかいー!?上等だ、早く戻ってきなー!十秒で来なきゃシバくよ!」
二人は五秒で戻った。
「ほぉ、存外やるじゃないか小僧。その歳で俺と渡り合えるとはなかなかだぞ。」
「ゼェ、ゼェ、悪ぃが今日はいいとこ無しでよぉ。ここでキバらんと立つ瀬が無ぇんぜよ!」
「で、どうすんのさ?どう頑張っても戦闘中に被せるのは厳しいと思うさ。」
「さっき言ったろ?奴を縛る枷は二つあると。勇者を起こせば少なからず動きは鈍る。」
「せ、せやけどアイツもう熟睡してもうてるで!?どないすれば…」
「やれやれ、モノを知らない子達だねぇ。こういう場合…一つしか無いだろう?」
「目覚めの、“チュウ”さ。」
「チュウーーーー!!?」
ムードもへったくれも無いが。
「どどどどーすんねん!?マセ気味のウチやけどそんなん経験無いで!?」
「わわ私もそうさ!仮にあっても私には心に決めた賢…とにかく駄目なのさ!」
「う、ウチは別に…アイツのこと嫌いっちゅーわけや…ないねんけど…なぁ?」
「今のでアンタに決定したさ。」
「ちょっ、アカン!そそそそーゆーんはお互いの気持ちが大事やろ!な!?」
「オラァー!くるならドンとこいやー!!」
「思っきり誘ってるさ。」
「どうポジティブに考えたらそうなんねん!?今のは戦仕に言うた言葉やし!」
「頑張るさ商南、積極的な奴が勝利を得るのが男女の世界の常なのさ。」
「アンタは今のセリフを盗子に言えるんか…?」
どう見ても敗者の姿だった。
「ぐふっ…お、オイラもう…ギブアップぜよ…」
「どーなってんだいアンタ達!?母さんそんなヘタレに育てた覚えは無いよ!?」
「なんでみんなのオカン気取りやねん!人の気も知らんと勝手ぬかしよって!」
「ハハハ!何を企んでるかは知らんが、この俺に攻略法なんぞ皆無だー!」
「さぁ早く決めるさ商南!母さん強がってるけど結構限界っぽく見えるさ!」
「や…やっぱ無理や!こんなんでファーストキスなんて耐えられへーん!」
チュィイイイイン!
「しまっ…オタマが…!」
母さんは武器を失った。
「まぁオタマで今までよくもったと言いたいけどもさ。」
「トドメだ終!死ねぇーーーー!!」
「く…くっそー!もうどーにでもなれやーー!!」
商南は覚悟を決めた。
ちゅぅううううううううう…!
豪快な吸引音が周囲に響いた。
だがそれは、商南の口づけによるものではなかった。
「え…?」
「へ?」
「なっ…!」
「あら…」
硬直する商南、暗殺美、戦仕、母さん。
「………?」
そして勇者。
「ちゅう。」
勇者の唇に吸い付いていたのは、なぜか…姫だった。
「………ッ!!?」
ブバッ!!
勇者は致死量の鼻血を噴いた。
その後、出血多量で卒倒した勇者に兜を被せ、なんとか事態は終息した。
主にヤナグと勇者の大暴れにより闘技場は半壊。優勝者もクソもない状況だ。
「ふぅ~、やっとなんとかなったけど…なんや複雑な気分やわ。なんで姫が?」
「おかしいよ暗殺美ちゃん、全然甘くなかったよ。旬じゃないから?」
「いや、“勇者の口からは樹液が出てる”とさっきちょっと…」
「そのことは勇者には伏せといたろな。知ったらさすがにショックやで。」
「いや、奴にとっては最高の結果に終わったわけだしきっと大丈夫さ。」
「まぁキスした事実は変わらへんわけやしなぁ。死んでも悔いは無い…か。」
「ああ、死んでも…さ。」
青ざめた勇者はピクリとも動かない。
「先生ぇーー!!この子は助かるのか!?それとも助かるのかー!?」
「いやお母さん、できれば選択肢をもらえると助かるんですが…」
「つーことはなんだテメェ、ウチの子が死ぬってのかいア゛ァン!?」
「いやあのそういうわけじゃ…!あっ、と、とりあえず彼の血液型は…?」
「そんなん知るかーー!!」
知っとけ母さん。
重体の勇者が救急隊に運ばれようとしていた頃、帝都のはずれでは―――
「はふぅ~。ここまで来ればもう平気なのだ。苦怨様は体は大丈夫なのか?」
「うぐぅ…だ、大丈夫ですよ忍美。それより例の盾はちゃんと持っていますか?」
「もちろんなのだ!でもなんかプルプル動いてて気持ち悪いのだ!」
忍美は『破壊神の盾』を持っている。
乱闘のどさくさに紛れて盗み出したようだ。
「くれぐれも護符は剥がさぬよう。でないと持ち主の元に戻ろうとしますよ。」
「でも良かったのだ。気絶してる間だったからすんなり奪えたのだ、楽勝で!」
「フフフ…まぁ負けたのは計算外でしたが、目的の物は手に入りましたしねぇ。」
「大丈夫、次は負けないのだ!『破壊神』を呼び出してブッ倒すのだー!」
「ええ、それなりの仕返しは…させてもらいますよ、いずれ…ね。」
こっそり逃走しただけではなく、破壊神の盾まで奪っていた苦怨。
その姿が見られないことは、闘技場でも話題となっていた。
「あかん…やっぱおらへんわ。死体も見つからへん。絶対逃げてるわアイツ。」
「フン、まぁ鬼神も失ったことだしもう雑魚さ。何をそんなに気にしてるのさ?」
「いやな、な~んか裏がありそな気がすんねん。アイツのあの感じ…」
「彼の目的は一つ…『破壊神の盾』ですよ…」
音も立てずに霊魅が現れた。
「うわっ、いつの間におってんアンタ!?って、破壊神の…?なんやのそれ?」
「勇者が持ってた呪われた盾さ。鬼神の件から察するに嫌な予感がするさ。」
「うふふ…ご名答~…」
「ご名答~やないわ!知っててんやったらアンタなんで…!」
「だから私が…阻止しに来たのですよ…。でも…」
「でも…?」
「屋台が忙しくて…」
でもじゃない。
「う…ぐっ…!こ、ここは…?」
目が覚めると、そこは病室のような…というか集中治療室的なゴツい部屋だった。
決勝の記憶は、ヤナグとかいう奴にブン殴られたところで途切れてしまっている。
「おぉ~勇者~!やっと起きたんかこの寝ぼすけめ。もう三日も経ってんで?」
「まったくいつまで寝てんのさ。」
勇者が目覚めたのとちょうど同じタイミングで、商南と暗殺美が部屋に入ってきた。
「三日も…ハッ、そうだ!オイ!俺は勝ったのか!?それとも…勝ったのか?」
「血の繋がりってのは怖ろしいもんさ。」
ノリが母さんと同じだ。
「あん?血がどうしたって?いいからとにかく結果を教えやがれ雑魚どもめ!」
「あ~…まぁ詳しい内容は後でな。とりあえずアンタの勝ちや、安心せーや。」
「ああ、知ってた。」
「じゃあなんで聞いてん!?てかなんで知っててん!?」
「徐々に…なんとなく色々と思い出してきたよ。まさかこの兜までもが神の装備だったとはなぁ。」
「ふ~ん。てことは記憶はマオと共有なのかさ?じゃあ昔の大戦の記憶とかも見れるのかさ?」
「いや、それは無理だな。あくまでも俺の目を通した記憶のみ共有っぽい。」
「そか。あっ、でもあんま思い出したらアカンで?でないとアンタまた鼻血…」
ブバッ!!
勇者の入院は延びた。