【082】帝都武術会決勝(2)
苦怨が呼び出した那金のおかげで、思わぬところで修行の機会を得た俺。おかげで使えそうな技がいくつか増えて大満足だ。
特に最後の技…危険すぎて封印したとか言ってたのが気にはなるが、危険なんて慣れっこだ。いちいち気にはしない。
「さて…次はお前の番だ苦怨。悪いが貴様の切り札は倒した、もう終わりだな。」
「切り札…?フフッ、イヤだなぁ。僕の切り札は彼じゃないですよ。」
苦怨は黒光りした偽魂を取り出した。
コンペイトウのような形状をしている。
「あん?なんだその妙なデザインの偽魂は…?なんだかどこかで見たような…まぁいい、じゃあ使ってみろよ。」
「だ、駄目だ勇者ー!それを使わせちゃいかんぜよー!」
観客席から包帯グルグルの誰かが現れた。
よく見ると先ほど苦怨にやられた戦仕のようだ。
「なるほど、戦仕はそれにやられたってわけだな?なおさら面白いじゃないか、使えよ。」
「だ、だから聞けってばよ勇者!変な強がりは捨てた方が利口ぜよ!」
「黙れ雑魚が!俺は弱気と盗子が大っ…」
「そうかやっぱオメェも大好きかよ!」
「最後まで聞け!会話の流れを読め!俺の全身の鳥肌をなんとかしてくれ!」
「随分余裕ですね。でも“彼”を見ても、そのままでいられますか…ねぇ?」
苦怨は偽魂を手に呪文を唱えた。
ピカッと光ってすんごいのが出てきた。
「なっ、なんだこの巨大な奴は…!?どう見ても人間じゃないだろ!」
現れたのは、三メートルを超える巨体の化け物。
赤茶色の肌に青い舌。頭部には左右に角が生えている。
勇者の言う通り、明らかに人間ではない。
「さぁ『ヤナグ』さん、この彼に力の差というものを見せてあげてくださいな。」
「グルァアアアアア!」
「ヤナグ?その名もどこかで聞いたような…?フン、まぁいい。パワーはありそうだがスピードはカスじゃないか。止まって見えるぜ!」
ヤナグはパンチを繰り出した。
勇者は右へ跳んだ。
なぜかバナナの皮が落ちていた。
勇者は滑りつつも踏ん張った。
勇者は眠気でフラついた。
なぜかまたバナナの皮が落ちていた。
勇者は左へ跳んだ。
ヤナグのパンチが直撃した。
「ぐっはぁあああああああ!!」
勇者は豪快に吹き飛ばされ、地面を派手に転がった。
「フハハハ!どうやら本当に、先程の戦いでツキを使い果たしたようですね!」
勝ち誇る苦怨。
勇者はピクリとも動かない。
大ピンチなのは観客席から見ても明らかだった。
「あ、アカンやん!勇者の奴、完全にノビてもうてるやんか!」
「決勝なのにまだ眠そうにしてるアイツが悪いのさ。今のは死んでてもおかしくない一撃さ。」
「死ってアンタ…いくらなんでも…」
「私らはそういう世界の住人なのさ。舐めてるからこんな目に遭うのさ。」
「あ、あぁ…せやな…」
商南は少し歯切れが悪そうだ。
「さぁ仕上げですヤナグさん。息の根を止めて、あの盾を奪って来てください。」
「なっ…なんやて…!?」
距離が遠くて聞こえづらくはあったが、苦怨が発した物騒なセリフが、商南にはかすかに聞こえた。
「グルァアアアアアアアア!」
ヤナグは渾身の一撃を勇者に放った。
ミス!間一髪誰かが勇者を抱えて逃げた。
「…どういうつもりですか?彼の仲間ではなかったはずでは…?」
「あ~、やっぱ後ろめたいことあるとなぁ…。さすがに死なれたら後味悪いねん。助太刀、させてもらうわ。」
謎の助っ人は商南だった。
「は、反則なのだー!助太刀なんて卑怯なのだー!」
「あ?なんでやねん?“なんでもアリ”や言うてたやろ?てか先陣切ったんはお前やないかい!皇女さんも問題無いやろ?」
「オッケーオッケー。みんな好きに出ればいいわ。」
決勝までの意味は一体。
「まぁ僕としても問題無いですが…アナタに何ができると?」
(ちっ、『瞬速符』もあと二枚…商人は戦闘向きやないっちゅーにまったく…!)
「なるほど、『呪符』を駆使する戦闘スタイルですか。『商人』にしては羽振りがいい。」
「あぁ安心せーや、後でアンタに諸経費全額請求したるさかい覚えときや?」
「やれやれ、商人ごときが一人で勝てると思っているとは笑わせる。」
「フン、一人で無理なら二人でやるまでさ。調子乗んなさボケめ。」
なぜか暗殺美まで現れた。
「あ、暗殺美!?アンタまでなんで…!?」
「別にアイツのためじゃないさ。奴が死んだら泣く…や、優しい男がいるのさ。」
生きてる保証は無いが。
「ほな行くで!そないなわけわからんガタイだけの雑魚には負けへんでぇ!」
「彼が雑魚?フッ、彼の名はヤナグ…『鬼神の金棒』より偽魂を練成した十二神の一人…『鬼神』ですが?」
「えぇええっ!?」
二人は死ぬほど後悔した。
苦怨が召喚したヤナグは、なんとかつて人類を苦しめた十二神の一人『鬼神』だった。かつてのシジャン城の跡地から『鬼神の金棒』が発見されなかったのは、苦怨が人知れず持ち去ったからのようだ。
そんな相手に喧嘩を売ってしまった商南と暗殺美…はてさてどうなることやら。
(しゃーない、ウチが陽動するさかいアンタ勇者を叩き起こしたってくれるか?)
(待つさ。スピード勝負の陽動は私の方が向いてるさ。アンタ行ってこいさ。)
「了解、ほな任したわ。行くでっ!」
二人は左右に散った。
「へぇ、アナタが相手なんですか。まぁ誰がきても結果は変わりませんがね。」
「フン、騙されてんじゃないさ!私はただの陽動役さ!」
「なっ…なんで言うねんアホーー!!」
「あ゛…い、今のは違うさ間違いさ。ちょっとウッカリしちゃっただけなのさ。」
「結局肯定してもうてるやないかいボケー!」
「なるほど、そういうことですか…。ヤナグさん!」
苦怨の合図でヤナグは商南の方を向いた。
「ガルゥアアアアア!!」
「わっ!ちょっ、待っ…!」
ズゴォオオオオオン!!
ヤナグは口から閃光を放った。
客席の四分の一ほどが消し飛んだ。
パニックになった観客達は一斉に逃げ出した。
「ハハッ…あらら、こりゃあ大惨事だ。お元気ですねぇヤナグさん。」
「な…なんちゅーヤバい技ブッ放しとんねん!殺す気か!?殺す気やろ!」
幸いにも商南は生きていた。
勇者も近くに転がっている。
「へぇ、今の攻撃で傷一つ無しですか…。意外に侮れないですねぇ商人さんも。」
「おかげさんで貴重な『魔防符』二枚も消えてもうたがな!大損やわ!」
「まったく困ったもんさ。」
「アンタのおかげでもあんねんけどな!」
思っていたより抵抗する商南に対し、苦怨は認識を改めたようだ。
「仕方ない…少し霊力が心配ですが、もっと馬力を上げてもらいますか。」
(は、早よ起きんかい勇者!ウチもう限界やで!?実はメッチャ怖いねん!)
商南は勇者を激しく揺さぶった。
だが起きる気配は全くない。
「なぁ暗殺美、コイツ…マジでヤバいんとちゃうか…?ちっとも動かへんし…」
「とりあえず息はしてるしこれ以上気にしてる余裕は無いさ。放っておけさ。」
「せ、せやな。懐に魔防符一枚仕込んで隅っこに転がしとくわ。」
「来るさ!構えるさ!!」
ヤナグの攻撃。
二人は間一髪で攻撃を避けた。
ズガァアアアアアアアアン!!
その後もヤナグさんは大暴れ。
強力な破壊光線により、辺りは地獄絵図と化していた。
「ハァ、ハァ、あかん!もう、逃げられへん!瞬速符も魔防符も品切れや…!」
商南は体力の限界か、片膝をついて息を切らしている。
その様子を見て苦怨は機嫌を良くした。
「ハハハ!ついに打ち止めですか、では後は大人しく死んで…」
「…ただし、『波動符』はあるがなっ!」
商南は波動符を取り出し、苦怨に向けて放った。
「なにっ!?ぐわぁ…!!」
<波動符>
使うと衝撃波を巻き起こす攻撃系の呪符。
強力なものほど高いので、使った方は金銭的な意味で痛い。
「くっ、油断させるための芝居でしたか…!そうくるとは…!」
「アンタ倒せば鬼神は消えるやろ!さぁブッ倒れんかい、波動符二枚目ぇーー!」
「調子ニ乗ルナ、小娘!!」
なんと!鬼神が割って入った。
苦怨の命令が無ければ動かないと思っていた商南は、激しく動揺した。
「き、鬼神!?なんで勝手に動い…」
ヤナグの攻撃。
商南は魔防符でなんとか防いだ。
「うぐぅううう…!あ、危ないとこやったわ…!」
「魔防符はもう無いと言っといて実はまだ持ってる…やっぱアンタ詐欺師の素質あるさ。」
「で、でもこれでもう品切れやでホンマに…!チッ、まさか鬼神が勝手に動きよるとはなぁ。まぁよくよく考えれば、さっきの爺さんも自由に動いとったしなぁ。」
「普段ハ任セテヤル契約ナンダガ…マァ死ナレチャ困ルンデナ。」
「チッ、厄介やな…。さて、どうしよか。」
そんなどうしようもない状況の中、商南達から少し離れた場所に、なんとまだ残っている者がいた。
「オイ…さぁオイ、起きな小僧。逃げ遅れて瓦礫の下敷きとは情けないねぇ。」
「う、うぐっ…!だ、誰だアンタ…?」
瓦礫に潰されかけていた瀕死の戦仕が聞いたのは、大人の女の声。
陰になっており姿はハッキリとは見えない。
「お、オイラだって怪我さえしてなきゃ…こんな…!」
「怪我さえしてなきゃ…ねぇ。そんな言い訳出るようじゃ、期待はできないか。」
「う゛っ…いや、すまねぇ。弱気になってたよ。大丈夫、まだイケるぜよ!」
「フッ…なら出してやる、行ってやりな。小娘だけには荷が重い相手だよ。」
「助かるぜよ。ところでさ、ホントに誰よオバババババババ!!」
神速の往復ビンタが炸裂した。
そして十数分が経過。
商南達はもう、ぼちぼち年貢を納めようかといった状況になっていた。
「ハァ、ハァ…アンタは逃げろさ商南。さっき陽動失敗した詫びとして、ここは私が引き受けるさ。」
「な、何言うとんねん?逃げ切れるとしたらアンタの方やん。アンタがお逃げ。」
「…いいや、逃げるのは二人ともだ。ここはオイラに任せてもらうぜよ。」
戦仕が助けに現れた。
だが立っているだけで精一杯のように見える。
「おやおや、誰かと思えば負け犬君じゃないですか。え?またやられに?」
苦怨はとっても嫌な感じに嘲笑った。
コイツ絶対友達いない奴だ。
「フン、さっきは意表を突かれただけぜよ。今度は簡単にはいかせんわ。」
戦仕は強がっているが、どう見ても瀕死であるためさすがの商南も任せづらい。
(だ、大丈夫なんかアンタ!?見るからに満身創痍やんか…!)
(正直きちぃがヤルしかねぇ。アンタは勇者連れてとっとと逃げな。急ぐぜよ。)
(…行くしかないさ。このままじゃ全員やられて終わりさ。)
「さぁ、行くぜよ!!」
商南と暗殺美は勇者の方へ向かった。
「まったく懲りない人だ。キミの技が彼に効かなかったのは覚えてますよね?」
「『武神流』には七つの秘拳がある。一つ二つ破ったくらいで調子ん乗んなよ。」
「へぇ…なら見せてほしいものですね。神を討つほどの技があるのなら、ね。」
苦怨は完全に舐めくさっている。
だが戦仕は挑発に乗ることなく冷静に、
「いいぜよ、とっておきを見せてやる!『陸の秘拳』、制約の秘奥義…!」
戦仕は天を仰ぎながら力を込めた。
「ドコヲ見テイル?オマエノ相手ハ俺様ダロウ?」
「…おいオメェ!“手袋”の反対はーー!?」
「ア゛…?ロ…ロクブテ?」
「うぉおおおおおお!食らえ、『六・武・帝』!!」
戦仕、必殺の一撃!
二度と通じない技を繰り出した。
「グ、グァアアアアアアアア!!」
ズッゴォオオオオオオオオオオン!!
戦仕の秘拳は見事鬼神に炸裂した。
よっぽどの馬鹿でない限り引っかからないという制約があるため、凄まじい威力を誇る技なのだが、残念ながら致命傷にはならなかったらしい。
まぁもう死んでるんだけども。
「グハッ…!ウグッ、ゲハァアア!チックショオオオオオ!!」
「チッ、やっぱこの体じゃ…完璧は無理かよ…!仕損じたぜ…!」
戦仕は万策尽きたと言わんばかりに倒れ込んだ。
その姿を見てやっと安心したらしく、苦怨はゆっくりと近づいてきた。
そしてヤナグも起き上がってきた。
「ふ、ふぅ~。少々驚かされましたがその程度ですか。もう終わりでしょう?」
「貴様ァ…!ブッ殺シテヤル!!」
ドカァアアアアアアアアン!!
「うわぁーーー!!」
「な、なんやぁーー!?」
逆上したヤナグが反撃しようとしたその時、勇者がいるはずの方向で謎の爆発が起きた。
そして暗殺美と商南がフッ飛んできた。
「ど、どうしたぜよアンタら!?なんであっちから爆発が…!?」
「わ、わからへん!とにかく急に勇者が目覚めた思たら…!」
「そういや勇者の“アレ”が外れた姿は初めて見たさ。頭のあの…」
「あの兜が…!?マズいね、恐れてた状況になっちまったようだよ。」
その驚きの声は、戦仕を助けた女の声。
今度は光の下ではあるが、フードを深く被っているためやはり顔は見えない。
「ってアンタ誰やねん!?なに当たり前のように紛れ込んでんの!?」
「こ、この僕に気取られることなく現れるとは…タダ者じゃありませんね。」
知らない人間がいきなり現れたため、両陣営とも混乱している。
だが女が見ているのは両者のどちらでもなかった。
「今はアタイなんかに構ってる場合じゃないよアンタ達?気を抜きゃ“奴”に、殺される。」
「や、奴…??」
ゴゴゴゴゴゴゴ…!
「随分と久しぶりに出てきてみれば…なんだ満身創痍じゃないか。やれやれだ。」
爆発で起きた土煙の中から聞こえてきたのは、確かに勇者の声だった。
だがその口から語られた名は、勇者のものではなかった。
「我が名は『マオ』、手向かう者は…皆殺しだ。」
なんと!勇者の中のマオが目覚めた。
だが違和感は全く無かった。