【080】帝都武術会本戦(2)
商南の薬のおかげで腹痛は治ったが、商南の薬のせいで睡魔に襲われた二回戦。
なんとか勝てたが、次の試合もこのままじゃヤバい。
「というわけで、睡魔を抑える薬を出しやがれ。お前の薬が原因なんだ、少しは責任を感じるがいい。」
「ん~…まぁ睡魔はしばらく消えへんけど、一時的に抑える薬なら無いこともないわ。でも…なぁ?」
商南は目線で金銭を要求した。
「詳しくは言えんが…これは以前、とある奴の家からこっそりもらってきた『盗子のペンダント』だ。」
「思っきし盗子のやん!こっそりてアンタ盗んできたんか?ったく…んんっ!?」
「ま、冗談だよ。あんな奴が持ってた物に値なんてつくはず…」
「ほ、ホンマモンやんコレ!なんであの子がこないな宝石持っとんねん…!?」
「なにぃ!?あの野郎…盗みやがったな!?盗賊の風上にも置けん奴め!」
「いや、風上に置ける盗賊がおるんならそいつ連れて来いや。」
「まぁいい、今は金よりも薬が大事だ。そいつはくれてやるから薬をよこせ。」
商南は薬を取り出した。
勇者は『激烈目覚まし薬』を手に入れた。
「あ、そうや勇者…」
「む?どうかしたか?」
「あ、いや…なんでもないわ。うん。」
ふむ、“副作用”か…。
ラベルにはドクロの絵がある。
商南から対睡魔用の薬を手に入れた俺。だが副作用が不明なため飲むに飲めん。
眠気には周期があるのか、今はまだ耐えれる。だからいざという時まで飲むのはよそう。
「ふぅ~、三回戦まではもうそれほど間が無いし…下手に寝て寝過ごさんよう適当にフラフラしてるかな。」
「ふっふっふ…!まぁせいぜい今のうちにのんびりしてるがいいのだ、勇者!」
背後から聞こえたアホっぽい声に、勇者は渋々振り返った。
そこには覆面で顔を覆った少女がいた。
商南に下剤を渡した少年を“苦怨様”と呼んでいた、忍びの少女だ。
「…誰だ貴様は?赤の他人に呼び捨てにされて黙ってる俺じゃないぞ。」
「しのみんは『くノ一』の『忍美』。“しのみん”と呼ぶがいいのだ。」
「生まれ変わってもまた断る。」
「そんなにもか!?現世で断るだけじゃあきたらず!?しのみんは動揺を隠せないのだ!」
「ったく、またウザったいのが…。落ち着く暇も無いってのかよ、やれやれだ。」
「勇者ー?何してるのさ、姫がお茶にするって…ん?」
勇者を呼びに来た暗殺美は何かに気づいた。
そしてそれは忍美も同じのようだ。
「そ、そのつり目…その黒髪…そうか、噂は本当だったのだな!あさみん!」
「あさみん言うなや!てかアンタ誰さ?他人の分際で知り合い面すんなさ。」
「んなっ!?馬鹿な!お、幼馴染みを忘れたなんて言わせないのだ!」
「スッパリ忘れたさ。」
「アッサリ言われたのだ!」
「すまんが俺も忘れた。」
「気にするな初対面なのだ!」
「で、誰なんだよ暗殺美?このウザくてちんまいのはお前のペットか?」
「家が隣だっただけの腐れ縁さ。学園校に拉致られるまでのわずかな間さ。」
「くぅー!やっぱり覚えてたのだ!知らないフリするなんて酷いのだ!」
「甘えんなさ。私はもっと救われない扱い受けてる盗子って奴を知ってるさ。」
「俺は知らない。仮に今後知ったとしても、全力で一瞬で記憶から消し去る!」
「こんな感じさ。」
「そ、そうか…しのみんってば、とんだ甘ちゃん小娘だったのか…」
忍美は下には下がいることを知った。
「ところでアンタ、こんな所で何してるのさ?ただ遊びに来るには遠い街さ。」
「ハッ、そうなのだ!危うく本来の目的を忘れるとこだったのだ!」
「本来の目的だぁ?なんだそりゃ?」
「それは!それは…それは?あれ?えっと…わ、忘れたのだバカめ!バーカ!」
泣き叫ぶ忍美をコインロッカーに押し込んだ後、姫ちゃんと商南と合流した俺達。
軽く休憩してから会場に戻ってみると、ちょうど別ブロックの試合が始まろうとしていた。
まぁ実力的に、あのブロックは戦仕で堅いだろうが…念のため見ておくとするか。
「まぁ正々堂々とやろうぜよ。オイラの名は戦仕だ、ヨロシクな。」
「俺の名は…いや、名前なんてどうでもいい!俺の筋肉を見ろ!ハッハー!」
まさに筋骨隆々といった風体の巨漢の青年。褐色の肉体の表面はヌルヌルと、そしてテカテカとした感じだった。キッと見開いた三白眼と、ギラリと光る真っ白な歯も特徴的だ。
「うわっ、なんやねんあの体?ありゃ鍛えすぎやわ、気っ色悪ぅ~。」
「並の攻撃じゃ通じなそうな奴さ。見るからに硬そうさ。」
「叩けば柔らかくなるよ。」
「いや、下ごしらえしてどないすんねん。」
「フッ、姫ちゃんの手料理か…」
「アンタ一回病院行けさ。」
「俺は『拳士』の『キン太』。この十六年物の筋肉には、どんな攻撃も効かん!」
様々なポージングを披露しながら大声を張り上げ、戦士を威嚇するキン太。
だが戦仕は落ち着いた様子で、特に動揺は見られなかった。
「へぇ…言うじゃねぇか。なら遠慮なくやらせてもらうぜよ。」
「ああ来るがいい!矢でも鉄砲でも持ってこぉーい!!」
相手が戦仕で良かった。
戦仕の試合はまだ続いていたが、俺の方も出番がきてしまったので仕方なく試合場に向かった。
なんだかんだで気づけば準決勝。また眠っちまう前にササッと済ませてしまいたいところだ。
「俺の名は勇者…いい加減自己紹介にも飽きてきた十三歳だ。」
「ミーは『ジョニー』、十八歳なのデース。職業は『ヘンテコ剣士』デース。」
確かにジョニーは、金髪碧眼にちょんまげに甲冑という“へんてこ感”溢れる出で立ち。喋り方からも普通じゃない感じが滲み出ている。
「そんな誇るに誇れない名の職があるのか…?まぁ見た目は確かに変だが。」
「ユーと語らってる暇は無いのデース。早速死んでもらいマース。」
一見温和そうに見えて、意外と好戦的らしいジョニー。勇者よりも早く剣を鞘から引き抜いた。
だがしかし、なぜかそこには肝心の刃が無かった。
「あん?なんだその剣は?刀身が無いじゃないか。喧嘩売ってるのか?」
「ミーの剣はユーのような雑魚には見えナイのデース。」
「よーし喜べ貴様、めでたく死亡フラグが立ったぞ。」
「そしてミーにも…」
「ってお前も見えてねーのかよ!いや、俺は雑魚じゃないが!」
「無駄話はここまでデース。覚悟をしマース。」
「お前がするのかよ!」
面倒な奴が現れた。
「ったく…この世で会話が成り立たんのが許されるのは姫ちゃんだけだ。だから貴様は死ね。」
「フッフッフー。そう簡単にいくと思いマスかー?甘いお子さんデースねー!」
ジョニーの姿が消えた。
「なっ、消え…後ろかっ!」
勇者が慌てて振り返ると、したり顔のジョニーが立っていた。
「こ、この俺が背後をとられるとは…!」
「フッ、危ないとこでしタねー。もし刃があったらユーは死んでましタよ?」
「くっ…!ってやっぱ無ぇんじゃねーか!そんな武器に何の意味が!?」
「フゥやれやれ。何にでも意味や理由を求めたがる…現代人の悪い癖デスね。」
「いや、この場合当然の疑問だろ!」
「無用の心配デスよ。これでもミーは、今まで試合で負けたことは一度もありまセーン。」
「ほぉ…意外とやるようだな。ならば俺も本気を出してやるとしようか。」
「今日が初試合デース。」
「ブッた斬るぞテメェ!?」
結局強いのか弱いのか。
「…ふぅ、いかんいかん。こんなことで熱くなっちまうようじゃ敵の思う壺だ。冷静にならねばな。スゥ~、スゥ~…」
勇者は深呼吸した。
「スゥ~……グゥ~~…」
そこに睡魔のカウンター攻撃。
「…ハッ!や、ヤバい…また…眠気が…!目が開けられん…!」
「おやおや、もしかして眠いのデースか?ならミーが、眠らせてあげマース!」
ジョニーの連続攻撃。
だが刃が無い。
(くぅ~、相手がバカでなんとか助かってるが…寝たらさすがに負けだぞ…)
「オーイなにしとんねん勇者ぁー!眠いんやったらさっさと薬飲まんかーい!」
観客席から商南のヤジが飛んだ。
勇者もポケットにある薬の瓶を握りしめていたが、副作用が気になって決断できずにいた。
「お前にだけは言われたくねーよ!飲むに飲めねぇ薬ばっか売りやがって!」
「ん~、ラチがあきまセンねー。どうやらこの剣では勝てないようデース。」
ジョニーは武具玉を取り出した。
まともな武器が出てきたら今度こそヤバい。
「商南、アンタ一体アイツに何を渡したのさ?ま、面白そうだから是非飲ませたいけどもさ。」
「せやけどなー。あない警戒されてると…あぁ、でも姫ならいけるんちゃう?」
「よくわからないけど任されたよ。」
姫は大きく息を吸った。
「ゆーしゃくーんのー♪ちょっといーとっこ見ってみーたいー♪」
宴会か何かか。
「なっ、姫ちゃん…!?くそっ、こうなったら…!」
勇者は覚悟を決めた。
「うぉおおおおイッキ!イッキー!」
薬は“錠剤”だ。
姫ちゃんの素敵な煽りに乗せられて、勢いでヤバい薬を飲んでしまった俺。
もう後戻りはできない。
「さぁそろそろ幕といきましょうカ。もう逃げられまセーンよー?」
ジョニーは武具玉から変化した剣を構えている。
今度はまともな武器のようだ。
「チッ!妙だな、まだ眠い…。まったく効果が出んぞ?いや、出ない方がいい気もするが…」
「アホ勇者ぁー!取り扱い説明書あったやろー!?ちゃんと読まんかーい!」
「あん?取説だと…?」
『30秒後に発動します。気を確かに持てば死なな…死なないでください。』
「ね、願いを込めるなーー!!」
「サ~ヨナーラーー!!」
ジョニーは素早く斬りかかった。
勇者は顔色が変わった。
「辛ぇえええええええええええ!!」
勇者は『燃えさかる火炎』を吐いた。
「商南、アンタ…知ってたのかさ?知ってて売るには結構酷い代物さ。」
さすがの暗殺美もちょっと引いた。
「効果は知らんかってんけど、まぁ“武器”として売ってた理由はわかったわ。」
「あれなら冬でもホカホカだね。」
「アンタもアレ飲んで目を覚ましたらどうさ?」
姫に効く薬は多分ない。
「い、息ができん…!誰か酸素…酸素をくれ…!商南ぁー!!」
「やってもええけど余計に燃えるでー?」
「くぉおおおおぉ!俺はどうすれば…!」
その後…散々炎を吐き散らした結果、なんとか試合には勝つことができた。
黒焦げになったジョニーは担架で運ばれていったが、俺は勝者としてそんなマネはできない。意地でも歩いて帰還だ。
「ハァ、ハァ…やっと落ち着いてきたぜ。予想以上に酷い目に遭ったが。」
「でもまぁホラ、目ぇ覚めたやろ?」
「かわりに口が冷めんがな!」
「お水ほしい勇者君?消防車呼ぶ?」
「ありがとう姫ちゃん。だができたら“コップ単位”にしてもらえると助かる。」
「よぉ勇者、なかなか面白ぇ試合だったぜ。笑かしてもらったぜよ。」
ボロボロの勇者の前に現れたのは、余裕の笑みを浮かべた戦仕。
少し傷は負っているものの、敗者の姿には見えない。
「戦仕か…。その様子じゃどうやら勝ったようだな、生意気にも。」
「まーな。意外と苦戦したが所詮オイラの敵じゃねーぜよ。」
「そっちのブロックは随分のんびりやってるようだな。貴様は次が準決勝だろ?見事勝ち上がってこい。俺は一足先に決勝で待っている。」
「ああ、待ってろよ勇者。決勝で勝ったら、オメェにはオイラの…子分になってもらうからな。」
「子分だぁ?まぁありえん話だから別にいいが、なんのためにだ?」
「盗子サン…強敵にさらわれたんだろ?」
より負けられない事態に。
準決勝に勝ったので、次は決勝。だが夕方かららしいので結構時間がある。
また眠気がぶり返しても困るし、何かしながら時間を潰したい。
「よーし、暇だしなんかするか。秋の昼間にふさわしいこと…なんかあるか姫ちゃん?」
「どう考えても『肝試し』しか無いね。」
「季節も時間も思っきしズレとるやないかい!」
「悪いが姫ちゃん、季節はともかくこんな真っ昼間に出歩いてる霊なんて…」
「…ん?」
ゴップリンが現れた。
ゴップリンは屋台で焼き芋を売っている。
「普通にいたーーー!!」
勇者は眠気どころか目が冴えた。
「し、死んだはずの奴がここに…見たところ本物にしか見えん…ということはまさか…霊魅か?」
嫌な予感しかしない勇者。
するとどこからか予想通りの声が聞こえてきた。
「ふふふ…相変わらずいい勘してますね、勇者君…」
「やはりそうか…。出て来いよ霊魅、どういうことか説明してもらおうか。」
「さっきから後ろに…」
「ってうわぉおおお!?ビビらすなよ!もっと普通に登場できないのか!?」
「ただの趣味なのに…」
「なお悪いわ!!」
「誰やねんこの子?ガッコの知り合いとかそんなん?妙な知り合い多いなぁ~。」
「ああ、学園校からの腐れ縁だ。会うのは随分と久しぶりだがな。」
「…久しぶり?」
「いつから見てた!?」
霊魅は答えなかった。
「ところで、なんでお前がこんなとこにいるんだ?まさか予選に出てたとか?」
「ふふふ…ただの出稼ぎですよ…。でも人手が足りなくて、ね…」
「そんなことのために死者を呼ぶなよ。しかも魔物を。」
「許さんぞ小僧、あの時の恨み…!この熱々の焼き芋を食らうがいい!」
「いや、それは仕返しのようで全然仕返しになってないぞ。」
「え、コイツもう死んどるん?じゃあアンタ『霊媒師』?便利な職やなぁ~!」
「そうでもないですよ…。『偽魂』が無いと…呼べないし…」
<偽魂>
霊を呼び寄せる媒体となるアイテム。
霊樹の葉と、呼び出す相手の身体の一部から練成することができる。
その練成術には高度な技術が必要なので、そう簡単にできるわけではない。
「だが…やはり妙だな。こんな遠くまで屋台出しに?どう考えても割に合わん。」
「やっぱりいい勘してますね…。あ…後ろに…」
「なにっ!?…なんだ、何も無いじゃないか…って、いない!どこだ霊魅!?」
(いずれわかりますよ…。世にも怖ろしいことが…起こりますよ…。ふふふ…)
「き、消えた!?な、なんやねんアイツ!?」
「チッ、相変わらずおっかない奴め…」
肝試しは成功に終わった。
意味深な発言を残して消えた霊魅。おかげでリラックスムードもブチ壊しだ。
仕方ないので俺達は、戦仕の試合でも見ようと会場に戻ることに。やれやれ…。
「そういや暗殺美、戦仕の相手は誰だったか?全く意識してなかったんだが。」
「ん~…あぁ、確か『苦怨』とかいう名だったはずさ。」
「ま、どうでもいいがな。どうせ戦仕が勝つんだ、気にするだけ無駄…」
「なにをー!?舐めるんじゃないのだ!苦怨様が負けるなんてありえないのだ!」
「む?その喋り方は…そうか、抜け出せたか。意外と早かったじゃないか。」
ヨロヨロと忍美が現れた。
「さ、さっきはよくも…!コインロッカーに閉じ込めるなんてあんまりなのだ!」
「入ったお前もあんまりなのだ。」
「真似するななのだ!べ、別にちっちゃいことは悪いことじゃないのだ!」
「ところでアンタ、苦怨“様”って何さ?ペットにでも成り下がったのかさ?」
「ふっふっふー!聞いて驚けー!?」
ドゴォオオオオオオオオオオン!!
「うわぁああああ!?」
試合場から轟音が聞こえた。
忍美は一人で驚いた。
「なんだ今の音…ん?なんか転がってきたが…なっ!?コイツは…せ、戦仕!?」
「くっ…はっ…!ぬ、ぬかった…ぜよ…!」
「フフフ、勝負アリ…ですね。」
闘技場の壁をブチ破って転がってきたのは、準決勝で戦っているはずの戦仕。
そして戦仕を追って壁の穴から現れたのは、対戦相手の苦怨。
つまり、予想に反して戦仕は敗北してしまったようだ。
「おや?誰かと思えば…フフッ、いいタイミングですねぇ。初めまして勇者君。」
「誰だお前は?」
「いや、空気を読めさ。普通に考えたらコイツが苦怨さ。」
戦仕と戦っていたにしては特に怪我も見られず余裕がうかがえる苦怨。
どう見ても戦闘向きじゃない見た目だが、意外にも普通に戦える実力があったようだ。
「やぁ初めまして勇者君。決勝では正々堂々、いい試合をしましょうね。」
「ああそうだな。とりあえず遺書でも書きながら夕方を待つがいい。」
「あ、そうそう。なにやらお腹の調子が悪いそうですが…薬でもどうですか?」
「あん?いいや、腹痛はもう治まった。妙に気遣っても手加減はせんぞ?」
「そうですか…フッ、それは良かった。ではまた後ほど。さ、行きますよ忍美。」
「あ、ハイなのだ!ベーだ!遺書でも書いて待ってるがいいのだバーカ!」
「いや、それさっき俺が言ったぞバカ。」
「ば、バカって言う奴がバカなのだバーカ!」
「先にバカと言ったのはアンタさおバカ。」
「う…うわーん!あさみんがイジめるのだー!」
「あさみん言うなや!いいから邪魔だからとっとと失せろさ!」
忍美は苦怨に引きずられていった。