【008】二号生:ゴップリン討伐(2)
「さぁみなさん、懐かしの『ゴップリンの洞窟』ですよー。」
自由時間も終わり、ついにゴップリンの洞窟に乗り込む時間がやってきた俺達。
もはや笑顔なのは案内人である先公しかいない。
全員で乗り込むには多すぎるため、いくつかの部隊に分けることになったのだが、先発隊は一向に帰ってくる気配がない。
これはつまり、そういうことなんだろう。
そして段々と俺達の順番が近づいてきた。
メンバーは俺、賢二、盗子、姫ちゃん、宿敵の五人。
よくよく考えたら戦力外が多過ぎる。これはかなりヤバいのかもしれん。
そう考えていた時、宿敵がなぜかリーダー気取りで仕切り始めた。
「みんなちょっと待って。僕らの番になる前に一度情報を整理しよう。武力で島民を支配しちゃうような魔人相手に、子どもの僕らが何ができるのか…それを知る必要があるとは思わないか?」
格好つけてはいるが、どうやらコイツも不安を感じているようだ。
まぁいくら特別な訓練を受けているとはいえ、俺達はまだ五歳児…本来ならのんきにお遊戯とかしてるのがお似合いのお年頃。
確かに持てる力を最大限に発揮しなければ勝負にならんだろう。
「よし、じゃあまずは賢二から喋れよ。」
「あ、うん。僕は『魔法士』だから攻撃魔法もちょっとは…でもMP少ないよ?」
「えっと、アタシは『盗賊』だから盗むことしか…そういや宿敵って職業どんなんだっけ?」
「僕?僕は『魔獣使い』なんだが、今のところ誰も懐いてくれなくて…」
思ったより深刻な状況だったが、勇者も他人を責められる状況じゃなかった。
「今の俺にできるのは、せいぜい『お菓子屋さん』くらいだな…」
「わっ!何さそのリュック一杯のオヤツは!?」
あきれる盗子。瞳を輝かせる姫。
「文句なら親父に言ってくれ。俺はちゃんと…大量の武器を…!」
「なっ…く、クソ親父ー!勇者親父のクソ親父ィーー!!」
「な、なんだと失敬な…あっ!」
盗子の罵倒にうっかり反応してしまい、岩陰から現れたのは…本来ここにいるはずのない勇者父。
だがなぜか、目の周辺だけを覆う申し訳程度の仮面で顔を隠しているため、割合でいうと大体98%くらいが勇者父だった。
「おっと間違えた、私は通りすがりの…謎のお助け仮面『父さん』だ!」
しかしバレてないつもりだ。
「お、親父…?貴様何しに…」
「ほら勇者、忘れ物だぞ。まったくそそっかしい奴め。」
父が担いでいた巨大なリュックを降ろすと、中から大量の武器がこんにちは。
「おぉ、これは俺の…!持ってきてくれたのか!」
その言葉に盗子は何かに気付いた様子。
「あっ、そうか!こんなの子どもに持てる重さじゃないから、武器は最初っから自分が届けるつもりでリュックにはオヤツを?」
「いや、食べたいかなって…」
「やっぱ普通にダメ人間じゃんこの父親!」
「ハッ…ち、違う!私は謎の…」
「じゃあ忘れ物のくだりはアウトじゃん!なにそのガバガバな設定!?」
結局親父が何をしたかったのかは俺にもイマイチわからんが、とりあえず武器が手に入ったことに違いはない。
これで少しだけ勝機が見えてきた。
しかし宿敵の野郎は、なにやら腑に落ちない様子。
「それにしても、このバズーカに地雷にとんでもない武器の数々…本当にこれキミの?」
「ああ、誕生日とかにな。」
「プレゼントで!?親子ともども間違ってないか!?」
「フン、黙れ雑魚め。さて…そろそろ順番のようだぞ。行こうか。」
こうして俺達は、ついにゴップリンの洞窟へと足を踏み入れた。
数々の罠、凶悪な魔人達、迷路のような悪路…色々と凄まじく大変だったが、なんとか乗り越えることができた。
詳細は面倒だから割愛する。
そして、ついに―――
「ふむ、見るからにこれが最後の扉だな…。よし開けろ、宿敵!」
「あ…ああ。」
ギィィィ…
宿敵が恐る恐る扉を開くと、中には筋肉の鎧をまとった一体の魔人がいた。
その巨体の肌の色は深く青く、不気味な三白眼がギラギラと光っている。
「ほほぉ…よもや生きてここまで辿り着ける者がいようとはなぁ。しかもこんな小僧どもとは…あっぱれだ。」
「か、彼がゴップリン…なるほど今までの雑魚どもとはレベルが違う。」
ゴップリンの屈強そうな見た目と醸し出す邪悪なオーラに、震え上がる宿敵。
賢二と盗子も同じのようだ。
「これが、最後の戦いなんだね。盗子さん…紙とペンを。」
「遺書を書くな遺書を!!」
ガキィイイイン!
そんな不安渦巻く空気の中、突如として響き渡る金属音。
ハッとして一同が我に返ると、すぐ目の前でつばぜり合いする勇者とゴップリンの姿が目に入った。
「ほぉ、今のに反応するか…!どうやらここまで来れたのは、マグレではないらしい。」
「フン、貴様は俺らを舐めすぎなんだよ…!この程度で驚いてるようじゃ…大変だぞ!?」
勇者がアゴで指したその先では、姫が寝そべって絵本を読んでいる。
「勇者君ジュースある?」
我が家か。
「フン、やれやれ所詮はガキどもか…。お遊び気分で戦いに臨むとは笑止!戦場では頭の使えぬ馬鹿に未来は無い!」
どうやらコイツは、まだ俺達のことを舐めてくれているようだ。
ならばどちらが馬鹿かを思い知らせてやる。
「フッ、同感だな。俺も…そう思うぜ!!」
勇者は煙幕を張った。
そして攻撃方向を悟られぬためか四方八方に動き回り、隙を突いてゴップリンの背後に回った勇者は、その背を駆け上がり、頭部を目がけて剣を振りかぶった。
ゴップリンは背中の感触で勇者の位置には気付いた様子だが、今から振り返っても間に合いそうにない。
「この勝負、もらっ」
勇者は勝利を確信した。
しかし剣を振り下ろそうとしたその時、なんとゴップリンの頭頂部が勇者の胸部目がけて勢い良く伸びたのである。
その想定外の奇襲に対し、なんとか咄嗟に防御した勇者だったが、衝撃に耐え切れず剣が折れてしまい受け切れなかった。これは痛恨の一撃だ。
「ぐふっ…!あ、頭使えって…そういう…使い方かよ…!?」
衝撃を受けた胸部を抑えつつ、うずくまる勇者。
その姿をあざ笑うように見下ろすゴップリン。
「惜しいな、動きは悪くなかったが…相手が悪かった。」
その余裕な言葉に苛立ち、反撃しようとするも勇者は立ち上がることすらできない。口元からは血が滴っている。
駆け寄った盗子は、その姿を見て青ざめていた。
今までいつもどこか余裕のあった勇者が、一撃でやられるというまさかの事態に動揺が隠せなかったのだ。
「だ、ダメだよ勇者!動いたら血が…!」
「フッ。も、問題ない…『着色料』だ。」
「何号なの!?それ赤色何号!?」
チッ、まずったぜ…どうやら舐めていたのは俺の方だったらしい。
こんなことならもっと、今の一撃だけに全力をそそぐべきだったのかもしれない。
「くそっ、体が動かん…!」
「ハァ、つまらん…。もういい、死ね。」
勇者が期待外れだったせいか、残念そうにため息をつくゴップリン。
拳を振り上げてトドメを刺そうとしている。
「な、なんとかしてよ宿敵!このままじゃ勇者が…!」
「ごめん駄目だ!さっきから呼んでるんだけど…誰も来ないんだ、魔物が…!」
「じゃあアンタなんで来たの!?なにをもって『魔獣使い』なわけ!?」
追い詰められた宿敵。
盗子も役立たずのくせに何様なんだと突っ込む余裕すら無かった。
「くっ…!賢二君、とりあえず防御魔法だ!」
宿敵は卑怯にも賢二に丸投げした。
賢二も投げたいがもう振り先が無い。
「お願い賢二!急いでぇーーー!!」
「わ、わわわかったよやってみるよ!えっと、じゃあ…ぜ、〔絶壁〕!」
賢二は〔絶壁〕を唱えた。
ゴップリンの後頭部がペッタンコになった。
「えっ、そういう効果なの!?」
〔絶壁〕
魔法士:LEVEL5の魔法(消費MP5)
絶壁を出現させ、攻撃を数回防ぐ魔法。だが術者が使用レベルに満たないと…?
「う、うわー!失敗しちゃったーー!!」
「オ、オレノ、アタマガー!!」
だが地味に効いている。
「け、賢二…お前…が…」
背後から聞こえる勇者の声に、今にも逃げ出したい気持ちを押し殺して強がって見せる賢二。
「だ、大丈夫、勇者君は休んでて!怖いけど、ここは僕がなんとか…」
「いや…目立つなよお前ごときが。」
「なんですって!?」
「だがまぁいい…今は任せてやる。しばらく時間を…稼ぎやがれ…うぐっ!」
やはり話すのも辛いらしく、再びうずくまってしまった勇者。
そこにやっと異変に気付いたらしい姫がやって来た。
「どうしたの勇者君?」
「ひ、姫ちゃん…」
「リンゴ食べる?」
「いや、できれば傷を治してもらえると…」
そう言われると、何かを思い出したようにリュックをまさぐる姫。
「そういうことなら、お任せさんだよ!」
姫は右手に『ノミ』を装備した。
姫は左手に『木槌』を装備した。
勇者は死ぬのかもしれない。