【078】帝都武術会予選
夕方。武術会の会場に着くと、ちょうど開会式が始まるところだった。
開始時間が遅いのは、今日は予選だけで本戦は明日やるからだそうだ。
「よく来たわね愚民ども。まぁせいぜい頑張ればいいと思うわ。」
主催者の無礼な挨拶が五秒で終わり、早速予選に入ることになった。
見た感じ参加者は500人前後。本戦には16人が進出できるシステムらしい。
そのため参加者を分け、バトルロイアル方式で戦わせて各組から一人ずつ選出するようだ。
「あ。ちなみに、副賞は芋一年分の他に賞金千銀(約一千万円)だから。」
そのせいか、婿決定までまだ五回チャンスがあるせいか、オッサンや女の姿も多く見られる。恐らく嫁目当ての奴はいまい。
まったく、これじゃ何のために俺が…。ま、暇つぶしくらいにはなるか。
盗子は暇つぶしに負けた。
そして開会式も終わり、早速予選が始まった。
予選は時間無制限で、決着がつくまで続くらしい。
同じ闘技場にいる敵の数は約30…まぁ1対30ってわけでもないわけだし、適当に頑張ればやれるだろう。
「さて…どうしたものかな。」
「ガハハハ!よそ見してる暇があんのか小僧ぉー!?」
勇者の前に、そこそこガタイのいい男が立ちはだかった。
「…貴様の名は?」
「俺か?俺の名は『ザッコ』!テメェの名ばぐへっ!!」
「忙しいんだ、地獄で閻魔に聞け。」
「な、なんて容赦の無い少年なんだ…!太刀筋に全く迷いが無かべぶっ!!」
勇者は近くにいた奴もついでに殴った。
「俺の名は勇者。命が惜しい奴は俺に近づくな。」
「渋った割にアッサリ名乗ってるし!さっきの奴も浮かばれなばっ!!」
「あ、悪魔だべしっ!!」
「あ~も~めんどくせぇ!!テメェらまとめてかかってきやがれ!!」
1対30の戦いが始まった。
流れに任せて行動した結果、気づけば俺が全員相手するような構図になってしまった。
まぁ雑魚が何人集まったところで敵ではなかったがな。
「で、知らぬ間にあと二人のようだが…貴様ら見るからに双子だな。名は?」
敵の大半を一人で蹴散らした勇者の前に、最後に残ったのは双子らしき少女達。
長い真っ直ぐな黒髪に、音符を模した帽子を被った小柄な少女達は、まったく同じ笑顔で勇者を見つめている。
「うふふ☆えっと、こっちがポルカであっちがワルツだったかしら?」
「あれれ?あっちがワルツでこっちがポルカなんじゃなーい?うふふ☆」
「興味無い。」
「聞いておいて!?」
双子なのをいいことに勇者を翻弄しようとした二人だったが、勇者の方が一枚上手のようだ。
「俺の名は勇者。女に手を上げるのは不本意だが、敵とあらば容赦はせん。」
「初めまして勇者様。私は『舞士』の『ワルツ』♪」
「初めまして勇者様。私は『楽士』の『ポルカ』♪」
「フン、くだらん挨拶はいい。とっとと来いよ、サンバとルンバ。」
「間違えられました!より双子っぽい名前に!」
「どっちがどっちか気になっちゃう!」
「ところでお前ら、勝ち進んだらどうするつもりだったんだ?予選はともかく本戦は1対1だぞ。」
「うふ☆ご心配なく勇者様。戦闘するのはワルツちゃんだけなのです。」
「だけなのです♪」
「ふむ…なるほど。ではもう片方は戦闘補助系なわけか。」
「うふふ☆そうなのですよ。ポルカが奏でて♪」
「ワルツが踊る♪」
「そして俺がサビだけ歌う!!」
「困りました!この方、一番おいしい所だけ持ってっちゃいます!」
「しかもサビだけって!厚かましいにも程があります!」
どうやら双子には交互に喋る習性があるようだが、当たり前のように割り込んで勝手にオチを担当する自由な勇者に、二人は動揺を隠せない。
その逆に、勇者の方は余裕綽々といった様子…だった。
しかし、予想に反して思いのほか苦戦することになる。
「ふぅ、やれやれ…意外とすばしっこいじゃないか生意気な。それに…」
戦いが始まって数分。楽勝かと思われた試合も、今はむしろ勇者の方が分が悪いように見えた。
鮮やかな演奏で美しい音色を響かせるポルカと、それに合わせて優雅に舞うワルツ。片や勇者は、なんだか目の焦点が定まっていないようだ。
「チッ、狙いが定まらん…!なぜだ、体の動きが…!」
「あら、危ないですよ勇者様?ボーッとしてると…エイッ!!」
ワルツの攻撃。
勇者は20のダメージを受けた。
「くっ!攻撃力はそうでもないが、こう何発も食らうと…しかし…!」
「あれれ?どうしたのかしら?まさか体の感覚がおかしいとか?うふふ☆」
「…そうか、『楽士』…貴様の出す音色のせいだな?『舞士』の補助だけでなく、敵への妨害も兼ねてるってわけだ。」
勇者はようやく気付いたようだ。ポルカが奏でる楽器からほとばしる、謎の音楽により感覚が狂わされているのだと。
「気づかれちゃいました♪でも今さら気づいても…」
ズガガガァンッ!!
ポルカが調子に乗ったのも束の間。激しい銃声と共に楽器が砕け散った。
双子の顔から笑顔が消えた。
「…やれやれ。まさか予選ごときで、この技を使うハメになるとはな。」
勇者はマシンガンを構えている。
これを“技”と言い張れるあたりさすがだ。
「あ、ありえないのです!『勇者』の武器がマシンガンだとか!」
「あ、ありえないのです!そんな悪魔が『勇者』だとか!」
双子は恐怖に震えている。
「俺に感謝しろよお前達。今後は二度と、二人が間違われることは無い。」
「顔です!顔を狙ってます!マシンガンで整形なんて初めて聞きました!」
「というか普通に死んじゃいます!」
「ではいくぞ!まずは『舞士』の方から派手に散るがいい!」
勇者の攻撃。
ダダダダダダダダッ…!
「わわわわっ…!はぁーーーっ!!」
ワルツは華麗な踊りで弾をいなした。
全弾観客席に飛び込んだ。
「なにっ!?チッ、ならば『楽士』の方が先に逝け!」
ダダダダダダダダッ…!
「わわわわっ…!ふぅーーーっ!!」
ポルカは管楽器の衝撃波で弾をはじいた。
全弾観客席に飛び込んだ。
会場は血の海と化した。
「うふふ☆とっても甘いのですね勇者様♪ケーキかと思っちゃいました。」
「うふふ☆私達、半端な攻撃は効かないのです♪」
マシンガンを見た当初は怯えていた双子だったが、なんとかなると見るや調子を取り戻したようだ。
その様子を見て、溜め息を漏らしつつ勇者は…なぜか武器を床に投げ捨てた。
「どうやら貴様らは一つ勘違いをしてるようだ。俺が銃器を使うのは卑怯なんじゃない…むしろこれは“手加減”なんだぞ?」
「えっ…?」
「えっ…?」
勇者は『ゴップリンの魔剣』を抜き、そして魔力を込めた。
魔剣からドス黒いオーラがほとばしる。
「わわわ!なんだかお名前にそぐわないお姿ですよ勇者様!?」
「う、噂どおりでした…!『勇者』でありながら魔力を操る悪魔の男子…!」
双子は“手加減”の意味がわかった。
だが既に手遅れだった。
「もはや貴様らに勝ちは無い。覚悟しろ!えっと名前は…」
「ワルツです!」
「ポルカです!」
「そうだった、いくぞウ●コとチ●コ!!」
「ちゃんと聞いてぇーーー!!」
「食らえ刀神流操剣術、十の秘剣『十刀粉砕剣』!!」
「あっ…!あぁああああああっ!!」
双子は咄嗟に防御した。
だが防御しきれなかった。
双子は大ダメージを受けた。
勇者は勝利した。
予想外に手こずったため気分は良くないが、とりあえず予選は余裕で突破した俺。
本戦は明日なので、今日のところは大人しく宿で英気を養うことにしよう。
「ここが本戦出場者用の宿か…。皇族が取ったにしてはショボい宿だな。」
「まぁタダなんだから文句は言えないさ。屋根があるだけまだマシさ。」
芋子が手配したらしい宿屋の前に立つ勇者。
そしてなぜか暗殺美と姫の二人もいた。
「って、なんでお前まで来てんだ暗殺美?参加者以外が泊まれるわけないだろ。」
「そんなのアンタが宿主に土下座すれば済むことさ。」
「誰がするか!俺は下手に出るのと盗子が大嫌いだ!」
「私は窓際のベッドがいいよ。」
「安心しろ姫ちゃん、キミのためなら俺は店主を説得するぞ。死なない程度に。」
下手に出る気は無かった。
「…ん?そういや暗殺美、商南の奴はどうした?一緒だったんだろ?」
「あー、買い出しに行くとか言ってたさ。確か…あっちの方さ。」
暗殺美が指し示した先…怪しげな露店が並ぶ裏路地で、商南は謎の少年に声を掛けられていた。
「すみませんお嬢さん。勇者殿のお仲間とお見受けしますが…いかがです?」
盗子と同じくらいの長さの紫色の髪、額にはどこかで見たような紋章が入ったバンダナを巻いている少年。
特に怪しい風貌ではないが、勇者の仲間と知って話しかけてきた時点で何かを企んでいるのは確かだ。
「あん?誰やアンタ?せやったらどーやねん?」
「なに、ちょっとしたお願いですよ。この薬を彼の食事に盛ってくれればいい。」
少年は怪しげな小瓶を取り出した。
「これは…。そか、アンタさっきの予選見てアイツにビビッたクチやな?」
「十分な報酬はお支払いします。明日の勝利を買うと思えば安いものです。」
少年の下衆な提案。
商南は呆れたように溜め息を漏らした。
「…はぁ~。アンタ、なんかウチのこと誤解しとるんと違うか?」
「誤解…ですか?」
商南は親指と人差し指で丸を作り、とても悪い笑顔で答えた。
「ウチん仲間は、コイツ(金)だけやで。」
勇者はアッサリ売られた。
その夜。結局同じ宿に泊まることになった勇者と女子三名は、宿屋の食堂で夕飯を取っていた。
「ほぉ、部屋はイマイチだがメシはなかなか美味そうじゃないか。ビュッフェ形式で好きなのが選べるってのが更にいい。」
「オバちゃん、ハチミツあったら欲しいよ。」
「ちょっ、姫!ご飯にハチミツってアンタどんなセンスさ!」
「違うよ暗殺美ちゃん、かけないよ。飲むだけだよ。」
「それはそれでどんなセンスさ!」
勇者達が宿の料理に気を取られている中、商南は取り分けておいたスープに何かを入れ、勇者の席に配置した。
(この超強力下剤入りスープ…こんなん飲んだら明日は一日ピーピーやで。)
謎の少年に渡された小瓶は、強力な下剤だったようだ。
「さて、じゃあ…まずはスープでもいってみるか。コイツもうまそうだ。」
席に着いた勇者は、まんまとスープへと手を伸ばした。
商南はニヤけるのを必死で堪えている。
「あ…。私もそっちの赤いスープが良かったよ。勇者君いいなー。」
(えっ…!?)
「む?だったら交換してやるぞ姫ちゃん。そっちの緑のもうまそうだしな。」
なんと!姫が下剤入りスープを飲んだ。
「ふぃ~、美味いよ。私の睨んだ通りだったね。」
「そりゃ良かった。他にも欲しいのがあったら何でも言ってくれ。」
(チッ、失敗かぁー!悪運の強いやっちゃで…!)
商南の計画は姫により狂わされたが―――
「勇者君もどう?」
結局勇者も飲んだ。
夜中。俺は凄まじい腹痛に襲われて目を覚ました。なんなんだこの激痛は。
結局そのまま朝まで便所に篭っていた。原因は…やはり昨日の夕食だろうか。
「くぅ…。お、お前ら…無事か?腹のご機嫌は…いかがだ?」
「腹ぁ?なんやねんアンタ、腹でも下しよったんか?(ニヒヒ☆)」
朝食のため食堂に集まってきた仲間に、勇者は尋ねた。
商南は笑いを堪えながらいつも通り振る舞っている。
「私はすこぶる快調さ。アンタの軟弱な腹なんかと一緒にしないでほしいさ。」
「私も元気だよ。」
「ブバッ!!」
商南は飲んでたお茶を豪快に噴いた。
勇者よりもガッツリと飲んでいたはずの姫が何事も無さそうだからだ。
「商南ちゃんどうしたの?」
「それ聞きたいのはウチの方…いや、なんでもあらへん。慣れるようにするわ。」
食卓についたきり、スプーンを動かすのも辛そうな勇者。
明らかに普通の痛みではないため、勇者もこれが誰かの企みであることには気付いたようだ。
「やれやれ…どうやら誰かに一服盛られたようだな。しかも毒物に強い俺に効くほどのやつだ、敵はかなり本気だと見ていい。」
「ほなどうすんねん?大会は欠場か?」
「いや、出るぞ。大会に…そして、大会で。」
「食事中に最低な冗談かましてんじゃないのさクソがっ!便所で出せさ!」
勇者は冗談じゃ済まない顔色をしている。
「うぐ…ふぅ。まぁどうせ黒幕は本戦出場者だ、こうなりゃ片っ端から…ブッた斬ってやる!」
まぁ、会場に着ければの話だが…。
道のりは険しかった。
その頃、勇者達の宿から少し離れた高台に、苦痛に顔を歪める勇者を双眼鏡で覗いている者がいた。
紫色の布で顔面を巻いており目だけしか見えないが、そのとても小柄で華奢な体躯から少女だというのはわかる。装束から見て忍びの類だろうか。
「『苦怨』様、どうやらうまくいったようなのだ。してやったりなのだ。」
苦怨と呼ばれたのは、商南に下剤を手渡した謎の少年。
「そうですか。でも油断は禁物です、本戦で会ったら全力で始末してください。」
「でも苦怨様、なんでそんなにアイツにこだわるのだ?そんなに邪魔なのか?」
「フフ…問題は彼じゃない。あの盾が必要なんですよ、どうしてもあの…『破壊神の盾』がね。」
新たな勢力が動き出した。