【073】シジャン城の戦い(6)
麗華がいるから大丈夫だと思っていた赤錬邪戦だったが、思わぬ誤算が。
そう、麗華にはたまに昼寝をする習性があったのをスッカリ忘れていたのだ。
一度眠ってしまうとアイツは簡単には起きない。
つまり、この場は俺がなんとかするしかないってわけだ。
「やれやれ仕方ない…。不肖の師匠が迷惑をかけた詫びだ、この俺が直々に相手してやろう。」
「全然詫びに聞こえないその横柄な態度…ますます気に食わん!潰す!」
「気をつけて勇者!そいつ『魔欠戦士』とかってやつで、剣の攻撃きかないよ!」
「俺はお前の言うことをきかない。」
「きけよっ!!」
「フッ…安心しろ盗子、俺にはとっておきの武器がある。こんな奴は一撃だ。」
悪い笑みを浮かべながら、勇者は赤錬邪を挑発した。
「思い上がるなよ小僧?今の俺の肉体強度は、鋼鉄さえも上回る!」
「いい度胸だ!ならば食らうがいい!!」
勇者はバズーカを構えた。
想定していた流れと違った門太は思わず二度見した。
「いやいや兄貴!今は流れ的には“あの剣”を出す場面では…!?」
「ん?そんな想定内の回答じゃ面白くないだろ?」
「今って面白さ必要でやんすか…?」
「必要に決まってるだろ?これから先、笑えない光景が続くんだからなぁ!!」
ズドォーーーン!!ズッガァーーーン!!
勇者は躊躇無くブッ放した。
だがやはり、赤錬邪にはダメージを与えられなかった。
「ブハハハ!どうした小僧?ちっとも効かんぞそんな攻撃は!」
「チッ、バズーカを体で受け止めるとは…!どうやら火力が足りんようだな。」
「いや、それ以前に武器のチョイスが問題だから!やっぱ『勇者』たるもの剣で勝負しようよ!」
盗子はダメ元で突っ込んだが勇者はもちろん無視した。
「さて…じゃあ次はどうしてくれようかな。どうなって死にたい?」
「フン、知っているだろうが俺に効くのは魔法だけだぞ?まぁ『勇者』の初級魔法ごときじゃ無駄だがなぁ。」
赤錬邪はしれっと嘘をついた。
「う、嘘だよ勇者!さっき姫の弱い魔法もかなり効いてたし…」
「フッ、面白い。見え見えのハッタリだが乗ってやろう。貴様のように調子に乗った奴が誇る長所を、叩き折って短所にするのが俺の趣味でな。」
筋金入りの外道だった。
「後悔するがいい赤錬邪。貴様のその自信は、自惚れだということを思い知らせてやる!」
「ぬ…?」
強気な笑みを浮かべ、ついに剣を抜くのかと思いきや、やっぱりまだ抜かないっぽい勇者。まだ別の手段があるようだ。
「…かつて、村一つを一瞬で滅ぼした最恐の魔獣がいた。」
「魔獣…だと…?貴様、一体何を…」
「えっ!そ、それってまさか…!」
盗子は過去に、巨大昆虫が発生したことをきっかけに滅んだ『ニシコ村』を思い出した。
そして勇者は、両手のひらを天に突き上げ、高らかに叫んだ。
「さぁ来い!いでよ、チョメ太郎ーーー!!」
勇者はチョメ太郎を呼んだ。
だが何も起こらなかった。
「くっ、あの野郎…!今度会ったらオヤツ控えめにしてやる…!」
「“抜き”ではないんだね!意外と可愛がってたようでなによりだよ!」
盗子は少し羨ましかった。
ふぅ~…やれやれ、主人の要請を拒否るとかチョメ太郎の奴にも困ったものだ。
正直あまり期待はしていなかったので案の定といった感じではあるが、それなりにポーズを決めて叫んだだけに恥ずかしくて仕方が無い。
「だがまぁ、気を取り直していくしかない…か。どう思う暗殺美?お前らやり合ったんだろ?」
「まぁとにかくタフな奴だったさ。ぶっちゃけ今の私らじゃお手上げな相手さ。」
「じゃあもう一つ。お前は覚えてないか?『魔欠戦士』について授業で聞いた時、先公の奴…気になること言ってたんだよ。変に物理ダメージを与えずに、魔法でさっさと殺せとか。俺はそれが少し…気になってなぁ。」
「フン、気にしすぎさ。どうせ無駄なことに時間使うなってだけの話さ。」
「そうか…そうかもしれんな。」
「ったく、情けねぇ奴だぜ。剣が効かねぇ敵の前には、『勇者』がこれほど無力とはなぁ。」
なんだか煮え切らない様子の勇者に、苛立ちを隠せない巫菜子。
だが勇者には勇者の事情があるようだ。
「あん?舐めるな腹黒。俺が剣を抜かんのは弱いからじゃない…むしろ逆だ。」
「ハァ?テメェ何を言っ…」
「技の威力が強すぎてな。盗子の身の安全だけは保証しきれん。」
「えっ、なんでアタシ限定なの!?」
「冗談だ、お前の安全なんかどうでもいい。」
「そっちが冗談だったの!?」
そんな、イマイチ勇者が何を考えているかわからない中、チョメ太郎のくだりからなぜか不気味な沈黙を守っていた赤錬邪が…ついに口を開いた。
「先ほどから好き放題やりおって…。今が敵前だと忘れてはいないか貴様ら?」
怒声ではなく、むしろ静かな声…。それが逆に威圧感を増大させていた。
だがもちろん、そんなことに臆する勇者ではない。
「フッ。とかなんとか言いながら、好都合だったろう?リミッター解除の影響で、だいぶガタがきてると見た。おかげで少しは休めただろうが。」
「チッ、洞察力はなかなかのようだな。だがその余裕…すぐに後悔することになるだろう。」
ある程度回復できたらしい赤錬邪は、戦闘再開の準備も整った様子。
金棒を振り回しながら距離を詰めてきた。
こうなってくるといくら勇者でも、これ以上は煙に巻けそうにない。
「…ま、わからんことを気にしても仕方ないか。そんなに死にたいというなら、望みどおり我が華麗な剣技を披露してやろう。後悔しながら死ぬがいい雑魚め。」
「生意気なのは覇者の頃から変わらんなぁクソガキめ。だがそんな口がきけるのも今のうちだ。」
「き、気をつけて勇者!そいつの武器ってば『鬼神の金棒』ってやつで…」
盗子から出た“鬼神”という単語に、勇者は興味深げな反応を見せた。
どうやらそこは初耳だったようだ。
「む?ほぉ…面白い。少しは楽しめそうじゃないか。ならば見るがいい赤錬邪…我が魔剣からほとばしる、暗黒の波動を!」
「ちょっと待つさ勇者!さっきから文字で追ったらどっちが悪役かわかりづらいやりとりさ!なんならアンタの分が悪いさ!」
「いや、見た目からしてもヤベェぞ勇者の奴…なんだあの禍々しい剣は…!?」
暗殺美らから野次が飛ぶ中、そんなことは気にも留めず勇者は抜刀。
しかしその刀身は、彼女達が見覚えのあるものではなかった。
「えっ、なにその剣!?ゴップリンの魔剣はどーしたの!?」
「ん…?あぁそうか。これはあの剣の本来の姿…名を『魔神の剣』と言う。俺の魔力を力の源とする最強の魔剣だ。」
「“魔神”に“魔力”に“魔剣”…似合い過ぎてて笑えもしないさ。」
「わーん!勇者がどんどん『魔王』に近づいてくよー!」
もはや手遅れな気もしてきた。
「とまぁそんなわけで…いくぞ赤錬邪!!」
「ハハッ、来い小僧!!」
ガキィイイイイイン!!
勇者と赤錬邪の一騎打ちが始まって十数分。
最初は互角だった二人の戦いも、次第に差が出始めていた。
「ヒャッハーーー!!」
久々の実戦だからか、とても楽しそうに剣を振るう勇者。
一方赤錬邪は明らかに疲れの色が見て取れた。
「ぐっ、なんという…絶え間ない連撃…!む、無尽蔵か、そのスタミナ…!?」
「防御力にかまけて鍛錬を怠ったのが貴様の敗因だ!くたばれぇえええええ!!」
「な、舐めるなぁああああああああああ!!」
ギィイイイイイイイイン!!
なおも攻め立てる勇者。
有効なダメージを与えられてはいないものの、一見した限りでは勇者が優勢のようにしか見えない。
「す、凄い…!えっ、勇者ってこんな強かったっけ…!?いや、確かに前も強かったけど…」
「チッ…悔しいけど今の私らには見てる以外のことはできそうにないさ。」
盗子達は少し離れた場所で二人の戦いを見守っていた。
麗華は未だ眠っているようだ。
「兄貴は元いたパーティーを離れてから、アネさんのもとで地獄の修行を受けてたでやんす。それはもうなんというか、地獄というか…とにかく地獄というか。」
門太はうまく説明できなかったが、先ほどまでの麗華の所業を見ていた者達は、言わんとすることは容易に想像できた。
「そうだ、忘れたぜ…ブッた斬る前に聞くべきことがあるんだ。貴様の目的はなんだったんだ?貴様が黒幕だったんだろ?」
休憩のつもりなのか何かの作戦なのか、ふいに戦いの手を止め赤錬邪に尋ねた勇者。
「む?目的…?」
「聞いた話じゃ、桃錬邪が死に際に、お前に気を付けろみたいなことを言ってたそうじゃないか。仲間すら知らない何かを、貴様は隠してやがるんじゃないか…と思ってな。」
勇者の性格は調査済みであるため、言葉の裏に何かあるのではと警戒しつつも、意外にも素直に赤錬邪は語り始めた。
「目的…か。フッ、単純な話だよ。我が目的は“人類の滅亡”…それだけさ。ま、本当なら独力で成したかったんだが、さすがに途中で分不相応だと悟ったよ。」
「それで五錬邪に潜り込んだってわけか。そしてそれでも足りないと見るや魔王軍に組みし、今度は古代神…なかなか節操の無い奴だ。」
「五錬邪軍と魔王軍の連合軍…巨大な組織の中枢に身を置き、途中でわかった。このまま支配を続けても、せいぜい苦しめるだけなのだと。真に“滅亡”を求めるのならば、力が…全てを一掃する圧倒的な力が必要なのだとな。」
両手の拳を握り締め、熱く語る赤錬邪。そしてさらに続けた。
「そんな折だ、神の噂を聞いたのは。震えたよ、人類を滅亡の危機へと追いやった脅威の力…!特に『三大悪神』…『魔神』『邪神』『暗黒神』の力は凄まじかったと聞く。運悪く封印されてしまったようだが…いや、俺にとっては運良く…か。」
「それで“神探し”にシフトしたってわけか。」
「ああ。まぁあれだけの人員を割いて、やっと『鬼神』の武器と『邪神』本体…随分と難儀したがなぁ。」
「なるほど…やはりそうか。支配されてる割に、平民どもが普通に暮らしてるのが疑問だったんだ。俺なら虐殺してる。」
「いや、“俺なら”とか言うなよ。立場上それは駄目だろ。」
外道なはずの自分よりゲスなことを言う勇者に思わず突っ込む赤錬邪。悪役としての立場が無い。
「話はわかった。少し休めたしな…再開しよう。そろそろ地獄に送ってやる。」
「む…?聞かんのか?なぜ人類滅亡を望むのか…と。」
「フン、どうせくだらん理由だろ?興味は無いな。」
サラリと吐き捨てる勇者。
赤錬邪は静かに怒りに震えた。
「…チッ、どいつもこいつも舐めおって…!いいだろう、死してあの世で待っていろ!どうせ俺も長くはない…後でじっくり聞かせてやるわ!どんなに興味が無かろうとなぁ!」
「オイオイ、貴様は地獄行きだろう?一緒にするんじゃねーよ。」
勇者は自覚が足りない。
「うぉおおおお!死ねぃ小僧ぉおおおおお!!」
襲い掛かる赤錬邪に向かって、静かに剣を構える勇者。
「ならば食らうがいい赤錬邪よ。我が刀神流操剣術…一の秘剣『一刀両断剣』!」
勇者の攻撃。
だが赤錬邪は片手で防いだ。
「なんのっ!その技はさっき効かなかったのを忘れ…なっ、剣が違う…だと!?」
防がれたのは、隠し持っていた別の剣で放った一撃だった。
そして赤錬邪が気付いた時には、既に勇者は魔神の剣に持ち替えていた。
「騙されたな雑魚め!本命はこっちだぁーーー!うぉおおおおおおおお!十の秘剣『十刀粉砕剣』!!」
「なっ…ぬぐうぅうううううううう!!」
勇者の連撃。
赤錬邪は防ぎきれなかった。
ドッゴォオオオオオオン!!
周囲の瓦礫を弾き飛ばしながら吹き飛び、何かに叩き付けられてやっと止まった赤錬邪。
その何かは他の調度品などとは違い、怪しげな紋様が刻まれた漆黒の物体…まるで棺か何かのように見えた。
明らかに普通じゃないオーラを醸しだしている。
「…ぶへっ!ゴホゴホッ!おのれ小僧、生意気な技を…むっ!?こ、これは…!」
「い、いかん勇者!その棺…それこそが『邪神』の眠る棺だ!古代文字でそう刻まれておる…!」
赤錬邪とほぼ同時に、それが何かに気付いたのは遠くで見ていた猿魔。
なんとこれまで見つかっていなかった邪神封印の地は、このシジャン城の地下大聖堂だったのだ。
「なっ、マジかクソ猿…!?チッ、させるかぁーーーー!!」
「…フッ、それはこちらのセリフだよ。」
接近する勇者を横目に、槍投げの要領で鬼神の金棒を投てきする体勢に入った赤錬邪。
「貴様のことは、調べてあるぞ勇者ぁ!!」
明らかに姫を狙っている。
「なっ!?くそっ、姫ちゃん!!」
ドウッ!!
赤錬邪の攻撃。
なんと!勇者の右大腿部に風穴が開いた。
「ぐっ…ぐおっ…!貴様…フェイクか…!」
右手に持った金棒は、投げられていなかった。
その代わりに、知らぬ間に勇者に向けられていた左腕…大砲のように変形したその腕の先端から、ゆらゆらと煙が立ち上っている。
「フフッ、抜かったなぁ小僧!『鬼神の金棒』にのみ気を取られていたのが、貴様の敗因だ!」
「そ、そんな武器を仕込んでやがったとは…!貴様にはプライドってもんが無いのか!?」
「いや、当然のようにバズーカとかブッ放してたお前が言うな…むっ!?」
赤錬邪が突っ込んでいる隙になんとか這い寄り、足にしがみつく勇者。
格好は悪いが状況的になりふり構っていられない。
「い、行かせはせんぞ…赤錬邪…!」
「ぬっ…ぬぉおおおおお!放せぃ!!」
「ぐわっ!!」
勇者はあっさり振りほどかれてしまった。
思いのほか足の傷が深く力が入らないようだ。
「くっ、クソ…がぁ…!」
「フ…フフ…フハハハハ!」
激痛のあまり動けない勇者に向かって、赤錬邪は鬼神の金棒を振りかぶった。
「終わりだぁあああああああ!!」
そして、全力で振り下ろした。