【071】外伝
【071】外伝
*** 外伝:偽りの半年間 ***
尋常じゃない激痛に導かれ、俺は目を覚ました。
顔面を中心に体中がありえないくらい痛い。
しばらくすると、だいぶ思い出してきた。
カミヨ村で麗華の正体を見破ってからの記憶が無いということは…悔しいがそういうことなのだろう。
まったく怖ろしい奴め。
「やっと起きたか、勇者。」
腫れぼったい目を気合いでなんとか開くと、そこには俺を見下ろす鬼…麗華が立っていた。
「貴様…この俺の痛々しい様は貴様のせいか賢…」
「束の間の再会だったが、お前と会えて嬉しかった。」
麗華は躊躇無く剣を振り上げた。
「け、賢二だよ賢二!えっと…賢二の姿が見えないが、ここは一体どこなんだ?かなりの山奥のようだが…」
「ワシの隠れ家だ。“奴ら”の監視の目をかいくぐり、話ができる機をうかがっていた。まぁ少々予定とは違ってしまったがな。」
「奴ら…?」
「五錬邪どもだよ。お前達にはずっと監視がついていたのだ。気付いてなかったろう?」
「む?いや、人の気配には気付いちゃいたが…ストーカーか何かかと。」
「それはそれで怖いだろ。肝が太過ぎなのも考えものだぞお前。」
麗華の話によると、俺の意識を奪った際に敵の気配が無かったのをいいことに、そのまま俺を拉致ってきたらしい。
俺はてっきり、素性を知った俺を始末するのが目的だと思ったのだが、意外にもそうではないのだという。
「もう随分と前だが…お前の学校に『ベビル』という怪盗が侵入した事件、お前は知っているか?」
「む?ああ。確か俺らが三号生だった冬だから…六年前になるかな。初めて五錬邪に会った年でもあるし、よく覚えてるよ。それがどうした?」
「うむ。実はその際、ベビルに狙われた『拷問大全集』の他に“もう一冊”、希少な本が盗まれていたことがわかったのだ。その名も『人神大戦記』…かつて勃発した人類と神々との大戦について書かれた、この世で唯一の歴史書なんだそうだ。」
「人神大戦…前に貧乏神から聞いたが、そんな本にしか情報が無いとはな…。誰に聞いても知らんわけだ。」
「まぁ世界的な大惨事だ、大戦の存在自体は口伝で各所に残されてはいると聞く。だが神々の特徴やその行方…すなわち“封印場所”や“神の装備”について記された書物は、その本だけという話だ。」
「なっ、そんなことまで…!?じゃあ、話の流れからしてその本は今…」
「ああ。長年投獄されていた五錬邪が、本が消えたのと同じ年に脱獄しカクリ島を襲撃…。そして今は“神”を追っているとなれば、安易に偶然と思わぬ方が賢明だろう。」
麗華の説明を受け、話の大筋は理解できた勇者。
だが納得のできていないことがまだ残されていた。
「今にして思えば、なんとなくだが…気配はもう一つ感じていたんだよ。貴様だろう麗華?つかず離れずの距離で賢二を見守っていた貴様が今、なぜ賢二から離れて俺を相手にしている?」
人知れず見守っていたつもりだった麗華としては、勇者に勘付かれていたことに少し驚き、そして少し感心したようにも見えた。
「ふむ…状況が変わったのだ。五錬邪の支配が始まったせいで小競り合いは増えたが、そこまでの窮地とも思えなかったゆえワシも静観しておった。だが“神”の復活を目論んでいると知れば話は別だ。」
そう話す麗華は、平静を装いつつも内心そうではないのが露骨に見て取れた。
「け、賢二の…賢二のことは心配だが…凄まじく心配だが、心配で気が狂いそうだが…!きっとなんとかなると信じている。まぁ凱空氏も近くまで来ているようだしな。」
「親父まで…?なるほど、状況が変わったってのはそれ程か。隠居中の『元勇者』まで引っ張り出すとはなぁ。」
「神の復活なんぞ許したらこの世の終わりだしな。世界の未来を案ずるならば、まずは貴様を育てることに力を割くべきと…ワシはそう考えたのだ。」
「ほぉ、この俺に世界を救う力があると見たか。悪くない判断だ。」
「フン、猫の手も借りたい状況なのだよ。だが、子猫程度では爪を立てるのもままならん敵だ。強くなってもらうぞ勇者、貴様には…獅子の血が流れているのだからな。」
言われ方はさておき、鬼のように強い麗華に戦力として見込まれるのは、勇者としても悪い気はしない。
「…フン、まぁいい。俺も力不足は感じていたしな、修行することに異論は無い。だが奴らは俺を監視してるんだろう?修行のために俺が急に消えたら、当然警戒すると思うんだが?」
「安心しろ、ちゃんと代わりは残してきた。『猿魔』の奴がうまくやるだろう。」
「代わりだとぉ!?この俺の代わりになるような奴が存在するはず…」
「いいや、おるのだよ。今やこの世にあと二体しかおらんと聞く、貴重なモノマネ猿…『写念獣』がな。」
つまりここ半年の勇者は、写念獣が化けた偽者だったのだ。
「写念獣…?そんな妙な獣にこの俺の代わりが務まるわけがないだろ。やはりすぐに戻った方が…」
「心配するな、半年したら帰してやるさ。あやつの寿命も多分そのくらいだろうしな。」
「そんな老猿に任せたのか?ちゃんと化けれてんだろなオイ…?」
「フッ、大丈夫だ。お前も会ったらきっと驚くぞ。」
「ほぉ、そんな完璧に化けるのか。」
「まるで別人のようで。」
「全然ダメじゃねぇか!!」
「お前が悪いのだ。あんな混濁状態の頭の中を、うまく読めるわけがなかろう?」
「だったらお前が悪いんじゃねぇか!お前の鉄拳の功績じゃねぇか!」
そして厳しい修行の日々が始まった。
前もそうだったがやはりコイツのシゴキは半端ない。
準備運動だけで軽くお花畑が見えかけた。
果たして俺は、半年後まで無事に生きていられるのだろうか。
「よし、まずは防御からだ。とりあえず自分の盾ぐらい使いこなせんとな。」
麗華が指差したのは、勇者の持つ『破壊神の盾』。
だが以前、黄緑錬邪戦において“攻撃を避ける盾”であることがわかって以来、勇者はこの盾の扱いに困っていた。
「はぁ?こんなガラクタをか?冗談は名…顔だけにしろ。」
「いや、言い直しても十分失礼だぞ。むしろ二度失礼だぞ。」
「とにかく、攻撃を防ぐどころか避けるような使えん盾に興味は無い。剣を教えるがいい。」
未だ実力の差は歴然としている二人。
勇者も当然わかってはいるが、やはり大人しく従う気はないようだ。
「まったく、相変わらず不遜な小僧だ…。だがよく聞け貴様のためだ。以前、我が師が言っていたのだよ…その盾が持つ、特異な能力についてなぁ。」
<破壊神の盾>
十二神の一人『破壊神:レーン』の牙から練成された、“斥力”を発する盾。
磁石の同極同士を近づけた時の、あんな感じで攻撃を退ける。
持ち主の力が弱いと盾が逃げたように感じる。
「なっ!?貴様…じゃあ俺が貧弱なせいだとでも言うのか!?」
「言うのだ。それに、防御ができてこそ攻撃に気を注げるというもの。わかったらとっとと準備をしろ。」
「断る!そもそもなぜ『破壊神』の装備が防具なんだ!?普通武器だろ!何をもって“破壊”なんだ!?」
「それはいずれわかる。その力を最大限に引き出した時、恐らく…体を壊す。」
「って俺がかよ!!やっぱりただの呪いの装備じゃねぇか!やってられん、俺は帰るぞ!」
「ふぅ…やれやれ、結局こうなるか。仕方ない、ならば実力行使と…いこうか!」
ガキィイン!
「ぐっ!な、舐めるなクソババア…!」
「むっ…!?ほぉ、今のを受けるか。」
「フン、俺をあの頃の俺と思うなよ?先日も油断さえしてなきゃ負けなぶっ!」
勇者の頬に麗華の鉄拳がメリ込んだ。
「確かに腕は上がったようだ。だが言ったろう?防御は…まだまだだ!」
麗華の連続拳撃。
勇者は防御しきれなかった。
「くっ、なぜ盾を支配しきれん!?ありったけの力を込めてるってのに…!」
「“腕力”だけではない。魔具とは本来“魔力”で支配するものだ。さぁ次は剣でいくぞ?」
チュィン!
「魔力だぁ?フン!俺は『勇者』だ、自慢じゃないが魔法に自信は無いぞ!」
「“魔法力”と“魔力”は別物だ。魔力とは“魔の者”の力の源を、言うのだ!」
ガィイイン!
「なら余計に無いだろ!俺は真人間だ!しかも『勇者』だぞ!?」
勇者は自覚が足りない。
一日の修行が終わると、俺は当然のように夕飯の支度を押し付けられた。
とっても不本意ではあるが、腹が減ってはなんとやらだ。
俺としても夕飯抜きは困る。
というわけで、渋々ながら奴が罠をしかけておいたという狩場へと向かったのだ。
「…ここか。お?罠が作動してやがる。どうやら獲物を探す手間が省け…」
「あぁっ、やっと人が!そ、そこの人!お願いだから助けてほしいでやんす!」
勇者は声のする方向を見た。
網に掛かった少年がもがいている。
「あ、アッシの名前は『門太』!この恩は必ず返しやす!だから命だけは…」
「チッ、“人”か…未知の領域だな。煮込めばいけるか…?」
「た、食べる気!?いや、嘘でやんしょ!?」
「フン、悪いが腹ペコでな。それに飯を持って帰らんとアイツに殺されかねんし…こっちも大変なんだよ。それともなんだ?貴様に代わりが用意できると?」
明らかに邪悪なオーラが滲み出ている勇者に、そんな勇者を殺せる者の存在を臭わされた門太にとって、もはや抵抗するという選択肢は無かった。
「だ、だったらアッシが買い出しに行ってくるでやんすよ!『門番』であるアッシが!」
<門番>
離れた場所へ一瞬で移動できる『時空の門』を開ける特殊な職業。
失敗すると、女湯など怖ろしい場所に飛び出ることもある。
開けた扉はその先からしか閉じることができない。
「門番?知らんな…。だいぶ胡散臭いが、まぁいいだろう。では今日からお前は俺らの食事番だ。」
「“から”!?えっ、今日限りって話じゃなく!?」
「それは貴様の命の話か?」
「いえいえ!今日からヨロシクでやんす!(逃げよう!絶対逃げよう!)」
「あ、そうそう…わ かっ て る よ なぁ?」
勇者は抜刀しながら微笑んだ。
門太は素直に帰ってきた。
門太を仲間に加えて食事問題は解消されたものの、相変わらず地獄のような修行に忙殺されている間に、気付けばあと少しで春…そんな季節になっていた。
キン!キン!カキィン!キィン!ガキィイイン…!
「…ふむ。魔力の制御はほぼ完璧か。相変わらずセンスだけはいいようだな。」
修行開始時には盾に振り回されるだけだった勇者も、今では全て受けきるまでに成長していた。
これまでの修行で、腕力や身のこなしといった下地は十分だったところに、今回“魔力制御”が加わったことで、更にもう一段階上のステージに進んだようだ。
「フッ、当然だ。わかったら今度は攻撃を教え…ってセンス“だけ”とは何だ!」
「さぁ仕上げだ。この岩を…見事なんとかしてみろ!話はそれからだ!」
麗華は謎のヒモを引いた。
勇者めがけて巨大な岩が降ってくる仕掛けのようだ。
「フンッ、舐めるな!魔力を極めた今の俺なら、どんな攻撃もこの盾で…」
「いや、“剣”で。」
「剣でっ!?今日までの修行は一体…!?」
「ほれ、早く抜け。ボヤボヤしとるとプチッと潰れるぞ?」
「くっ、ちくしょうがぁーー!!」
勇者は久々に『ゴップリンの魔剣』を抜いた。
だがその刀身には見覚えが無かった。
「な、なんだこの細身の剣は…!?俺の大剣はどこへ!?」
「それがそうさ。魔力の違いで姿も変わる…それがその剣、『魔神の剣』だ。」
「なっ…!?魔ぐぇっ!!」
勇者はプチッと潰れた。
一時間後。なんとか岩の下から這い出した俺。
修行で死ぬとか笑えない。
にしても、久々に抜いたゴップリンの魔剣…なぜか見る影も無く細く…というか『魔神の剣』とはどういう意味だ?
「ふぅ…ったく惑わしやがって…おかげで死にかけたぜ。ところでなぜ貴様がこの剣のことを?」
「うむ。『破壊神の盾』の件と同じく、これも師匠から聞いた話だ。実は先日話した『人神大戦記』…神の武器の情報などが書かれているという本な。それが盗まれる前、我が師…秋臼は一度読んだことがあるそうなのだ。だからワシも多少は聞いている。」
「なっ!?じゃあ神の封印場所とかも知ってるってのか!?」
「いいや、残念ながらあまり細かい情報はワシも知らん。師匠は少々…なんというか性質が残念でな。細かい情報の聞き取りは至難なのだ。」
「ハァ?意味がわからん。どんな奴だよそいつ?」
勇者は秋臼がスイカの人だとはまだ知らない。
「まぁとにかく、その鞘にある紋章…師匠から聞いた通りだ。それにその禍々しい刀身は、本物と見て間違いないだろう。」
<魔神の剣>
十二神の一人『魔神:マオ』の角から切り出し練成された、特殊な魔剣。
持ち主の魔力により強度や形状、能力が変化する。
「以前のお前は魔力が拡散していた。ゆえに無駄にデカく、脆かったのだ。それが今回の修行で魔力の制御を学んだことで、剣の方にも反映されたということさ。」
「ふむ、理屈はわかった。それはわかったんだが、そんなことより…『マオ』…だと…?」
「気付いたか。そう、貴様の内に巣食う魔物…『霊獣:マオ』とは、かつて世界を闇に沈めんとした『魔神』…その“精神体”なのだよ。肉体が封印される直前に『転魂の実』という果実の能力で魂だけ抜け出したのだと、かつて凱空氏から聞いたことがある。」
「チッ、あのタヌキ親父…そんなことまで知ってて黙ってやがったのか…!」
「つまり貴様は、魔神の魂を身に宿しつつ、魔神の一部から切り出した剣を持つ特異な人間というわけだ。」
「嫌な言い方するなよ。なんか俺が“魔神の眷族”みたいじゃねーか。」
特に違和感は無かった。
「だがまぁ、強いのなら別にいっか。よし、じゃあ門太が買い出しから戻ったら試し斬りにでも行くかな。確かモレンシティに手頃なロボ軍がいるとか…」
「師匠ー!こんな所にいたのかー!いい加減捜し疲れたんだー!」
「むっ!その声は…土男流か!?」
突如遠くから聞こえてきたのは、弟子である土男流の声。
声のした方へ目をやると、メカ盗子の背に乗って飛んでくる姿が見えた。
「言われた通り、五錬邪のこと調べてきたぜ!それが大変なんだよー!」
「まさかホントに調べてたとは。」
「えぇっ!?ひ、酷いぜ師匠!でもそんなアンタがたまらないんだ!」
ナンダとの戦いの後、五錬邪について調べろという勇者からの命を受け、健気にも本当に調べ回っていた土男流と、お供のメカ盗子。
突然現れた見知らぬ訪問者に、麗華はどう反応していいかわからない。
「勇者よ、誰なんだその娘と…そこの珍妙なロボットは?」
「ロボチガウ!」
「アンタこそ誰なんだぁ?人の師匠に馴れ馴れしくしないでほしいぜー!」
「ワシはコイツの師匠だ。焼こうが煮ようが食わずに捨てようがワシのご機嫌次第だ。」
「いや、そんな定義俺は初めて聞いたぞ!つーか調理するならせめて食えよ!」
「し、師匠の師匠!?じゃあ“大師匠”ってことなのか!?凄いぜー!」
“大々師匠”はもっと凄い(いろんな意味で)。
春。十三歳になった頃から俺は、『覇者』という名でしばらく活動していた。
土男流の調べによると、なにやら五錬邪は大規模な都市爆破を企てているらしいのだが、それを防ごうにも肝心の爆弾の在り処がわからないらしい。
そのため俺は、仕方なく正体を隠して五錬邪に潜入することになったのだ。
「まったく…なんで『勇者』であるこの俺が、こんなにコソコソと動かねばならんのだか。」
「仕方なかろう?お前が普通に乗り込んだら、敵は確実に起爆させるぞ。」
「そうだぜ!どう考えても師匠は相手の逆鱗に触れると思うんだ!」
「フッ、特技だ。」
「なんで得意気なのかわからないけど素敵だぜー!」
「心してかかれよ勇者。その爆弾は恐らく『爆々弾々』…。大都市となれば被害は甚大だ。」
<爆々弾々(バクバクダンダン)>
かの『人神大戦』において、神を倒す秘密兵器として開発された超強力な爆弾。
だが秘密にされ過ぎて最後まで日の目を見なかった。
「爆弾の場所は赤錬邪しか知らないみたいなんだ!用心深いらしいから注意してくれ師匠ー!」
「見事取り入って場所を聞き出し、解除してくるんだぞ勇者。時が来たらワシも乗り込もう。」
「チッ、やれやれ…仕方ないか。よし行くぞ門太!門を開けろ!」
「あいよっ!」
門太が呪文を唱えると、謎の門が出現した。
勇者と門太は門を開けて中に飛び込んだ。
門に飛び込むと、そこには見知らぬ丘が広がっていた。
「ここは…どこだ?初めて来る場所だが、なぜだろう、何か…何か特別なものがある気がする。」
「ん~、どこでやんすかねぇ?まぁ少なくとも“王都”って感じじゃないでやんすね…。どうやら失敗みたいでやんす面目ない。」
『門番』はかなり便利な職業だが、それゆえに成功率もそう高くはなかった。
せいぜい三割といったところか。
「仕方ない、適当に誰か捕まえて締め上げるとするか。」
「いや、普通に場所聞くだけなら締め上げる必要性は…」
(…のは…じゃな…墓に向かってだなぁ…)
「シッ!静かにしろ門太、誰かいる…!」
耳を澄ますと、なにやら懐かしい声が聞こえてきた。
その丘の…海を見渡す高台の上には、墓前に花を手向ける勇者父と、その傍らに立つ黒錬邪の姿があった。
「む?この声は親父と…なっ!?アイツはまさか、黒錬邪か!?」
勇者は気配を殺して近づいた。
「そういえば凱空よ、息子にこの地のことは話したのか?噂じゃ今はローゲ国にいるようだが…」
「カクリ島を旅立つ際に軽く、な。まぁ記憶が戻れば来るだろう。ローゲからなら多分、夏前には…」
「そうか、アイツが来るのは夏か。」
父の言葉に被せるよう、背後から聞こえてきたその声に、父は思わず動揺した。
「なっ、その声は…!なぜお前が…!?」
「フッ。久しぶりだな、親父。」
「やはり勇者…お前か。どうした?少し見ない間に随分と表情が硬くなったじゃないか。」
「いや、どう見ても鉄仮面だろ。表情とかの次元じゃないだろ。」
「じゃあ改めて聞くが…なぜお前がここに?私はローゲ国にいるとばかり…」
実際はこれがカクリ島以来となる久々の親子対面なわけだが、父は猿魔が化けた勇者に会っているため訳がわからない様子。
「ふむ。まぁ詳しい事情は後で教えてやるよ。だがまずはその…黒いのを始末しないとなぁ。この仮面の下が俺であることを、敵側に知られると困るんだ。」
勇者は『魔神の剣』を構えた。
「む?いやいや安心しろ勇者、コイツは大丈夫だ。悪に走ったのは他の…弱い連中だけなんだ。」
父は黒錬邪を庇った。なぜなら再会してから今日に至るまで、黒錬邪に怪しい動きはなかったからだ。
しかし、勇者は納得しなかった。
「いいや、そんなはずはない。かつて脱獄したのは“四人の囚人”と聞いた。黄錬邪と黄緑錬邪は除くとすると、今の赤錬邪、群青錬邪、桃錬邪…そして黒錬邪、貴様も入っていないと説明がつかん。つまり貴様は、極悪人ということだ。」
「ま、待て勇者そうじゃない!確かに投獄はされていたが、黒錬邪は別に…」
「いいさ凱空、俺が語ろう…コイツでな。」
黒錬邪は槍を構えた。
そして二人の激しい戦闘が始まった。
そして…季節はうつろい、夏。俺は『シジャン王国』にいた。
五錬邪軍の幹部として、攻め込んできた“勇者の一味”を迎え撃つ…それが今の俺『覇者』に与えられた使命だ。
まぁもちろん、従うつもりはさらさら無いがな。
ちなみに黒錬邪との戦闘がどうなったのかというと…詳細は面倒なので省くが、結果だけ見ると俺の勝ち。
だが、黒錬邪は強かった。凄まじく強かった。
正直なところ俺の方が圧されていたのだが、ひとしきり戦った後…突然「後は任せる」という一言を残し、なぜか奴は急に動かなくなったのだ。
親父にも意味はわからんそうだ。
結局、黒錬邪は『警察士』に引き渡した。
親父は不本意そうだったが、脱獄者には当然の措置だろう。
「ま、考えてもわからんことは放っておくか。意味があるのならいつかわかるだろう。今はとりあえず…」
「…兄貴、お呼びで?」
勇者が裏路地に入ると、物陰に隠れるように門太が座っていた。
「待たせたな門太。ギリギリにはなっちまったが、多分なんとかなりそうだ。」
「ついに…でやんすね。聞いてた以上に用心深い人でやんしたねぇ。」
「ああ。だがここにきてやっとボロを出しやがった。『第一の門』と『第二の門』に五十の兵、そして恐らく私兵として百の隠れ兵を配置…ここはまではわかる。だがなぜか、城より離れた“とある場所”に今朝、少人数だが力のある兵を回しているんだよ。誰にも気付かれぬよう、ひっそりとな。」
「ビンゴっすね。事態は急を要しやす、事故ったらマズいんで門は開かねぇでやんすよ?」
「ああそれでいい。行くぞ門太、目指すは城下町の外れ…『カイア塔』だ。」
こうして現在に至る。