【070】シジャン城の戦い(4)
姫、巫菜子、そして暗殺美のファインプレーにより、赤錬邪に魔法の一撃を食らわせることに成功。
大した威力の魔法でもなかったが、敵は思いのほか苦しんでいる様子。
どうやら魔法に弱いというのは本当のようだ。
「フン!ちょうど私ら三人がたまたま落ち合った時、コイツのカミングアウトが聞こえてこなければ、こんな流れにはならなかっただろうさ。間の悪い奴さ。」
「赤錬邪…テメェは意外と用心深い奴だからなぁ。普通に隠れてるだけじゃ感づかれる…そう思ったから一芝居売ったってわけだ。まんまと引っ掛かりやがって!この!馬鹿がっ!」
暗殺美と巫菜子は、倒れた赤錬邪に交互に蹴りを入れながら経緯を説明。
そのおかげで盗子はやっと状況を理解できた。
「にしてもビックリだね。アタシもすっかり騙されちゃったよ。姫が自分から魔法封じられた時はどうしようかと思ったけど、まさか暗殺美だったとはね~。」
「まぁ声は得意の『声帯模写』で余裕だったさ。でも“姫っぽく振る舞う”ってのは困難を極めたさ。あと少し続けてたら精神が壊れるところだったさ。」
「私は私で、怒りに任せて暴走しそうになるのを堪えるのが大変だったぜ。迂闊にキレたら作戦台無しだしなぁ!死ねっ!オラァ!」
その後も二人はかなり激しく蹴りまくったが、やはり『魔欠戦士』である赤錬邪には効いていない様子。
しかし〔灼熱〕は地味に効果が続く魔法だからか、赤錬邪はまだまともに動けないようだ。
「で、どーすんの暗殺美?このまま蹴っててもコイツ倒せないんだよね?」
「だからこの魔法が切れる前に手を打つ必要があるさ。姫、なんかもっと物騒な魔法無いのかさ?」
暗殺美はダメ元で姫に尋ねた。
「ん~、ゴメンね暗殺美ちゃん。危ない魔法は知らないよ。」
「いや、アンタ〔死滅〕とか知ってんじゃん。あれほど究極に物騒な魔法って無くない…?」
姫は自覚が足りない。
「よーし!じゃあ姫、早速コイツにお見舞い…」
「いや待つさ巫菜子!やっぱそれは認めらんないさ!」
「あん!?なんだよ暗殺美、まさか…こんな奴に情けをかけるってのか!?」
「“とばっちり”が危険さ!!」
とても賢明な判断だった。
「た…確かに危ねぇな…。私としたことが…やっぱまだ冷静じゃないらしい。」
「しょ、しょうがないよ巫菜子…。急に色々わかったんだもん。ね?」
「巫菜子ちゃん、バナナとメロン…どっちがいいかな?」
「いや、違うんだ姫。さっきの“お見舞い”ってそういう意味じゃ…キャッ!!」
赤錬邪の攻撃。
巫菜子に50のダメージ。
「ふぅ…危ない危ない。危うく奥の手を使うハメになるところだった。俺としてもできれば“アレ”に頼る事態は避けたい。」
赤錬邪はゆっくりと起き上がった。
「だ、大丈夫巫菜子!?」
「ぐっ、油断しちまった…!もう…動けるようになってやがったとは…!」
駆け寄った盗子の肩を借り、なんとか立ち上がった巫菜子。
だがまだ足元がおぼつかない様子を見かねて、暗殺美が割って入った。
「おっと、お茶目も程ほどにするさ。それ以上何かするとまた姫が一撃食らわせることになるさ。」
「…フッ、俺を甘く見るでない。これまでの調査報告や今までのやりとりから大体わかった。その小娘、思い通りには動くまい?」
赤錬邪は的確に状況を見抜いていた。
やはり簡単な相手ではないらしい。
「なっ…そ、そんなことはないさ。甘くみてんじゃないのさ!さぁ姫、やってしまうがいいのさ!」
「任せてよ暗殺美ちゃん!むー、〔死め」
「どうやらここまでのようさ!!」
暗殺美は諦めるしかなかった。
そして、十分後。
「ゼェ、ゼェ…チッ、なんてタフ…野郎さ…!」
しばらく激しい攻撃が続き、ついに息が整わなくなってきた暗殺美。巫菜子と盗子も同様だった。
しかし三人がどれだけ撃ち込んでも、やはり効果的なダメージは与えられないようだ。
「フハハハ!どうした?もう終わりか?俺は痛くも痒くもないぞ!」
「くっ…!なんて奴だよ!痛みも感じないとかおかしいよこの鈍感男め!」
もはや盗子には悪態をつくくらいしかできることがない。
「な、何を言う!俺は女が髪を切ったら気づくタイプだぞ…言われたら。」
「鈍感じゃん!!」
ただ防御力が高いだけならばそこまでの脅威ではないが、そこに“神の装備”という強力な攻撃力を併せ持った赤錬邪は、紛れも無く強敵。このままの状況がこれ以上続くとまずい。
ちなみに姫は優雅にティータイム中だ。
「こ、こうなったら誰か囮になって、その隙に武器を封じるしか…!」
「待つさ巫菜子!アンタ盗子に恨みでもあんのかさ!?」
「それはアタシが聞きたいよ!なんでアタシに決まってんだよ!?」
「さて…無駄な作戦会議は済んだかな?そろそろお仕置きの時間だ。」
余裕ゆえかしばらく三人を静観していた赤錬邪だったが、ついに痺れを切らしたのかゆっくりと近づいてきた。
「や、やめろさ!盗子に何するさ!」
「危ないっ!逃げろ盗子ーー!!」
「とかなんとか言いながら押さないでよ二人とも!なんでアタシを盾に…う、うわーーん!!」
「オルァアアアアアア!!」
赤錬邪の攻撃。
だが攻撃は空を切った。
「なっ!?なんだ、いま通り過ぎた影は…!?」
「う、うぅ…ハッ!えっ、この鳥って前に姫をさらった…!?」
恐怖のあまり一瞬気を失ってしまった盗子が目を覚ますと、そこは前に見た謎の怪鳥の背の上。
そして見下ろすとそこには、これまた前に見た女の姿があった。
「あーーーっ!アンタは、勇者の…!?」
「うむ、久しいな娘。」
勇者の師、麗華が颯爽と現れた。
「ぬっ!?そ、その十字傷…貴様もしや、噂の剣士『深緑の疾風』か!?」
「その名は好かん。そうだなぁ…もっと乙女チックに『フローレンス麗華』とでも呼ぶがいい。」
「乙女だぁ?フン、もういい歳だろうにびばばばばばばばばばばばっ!!」
殺人ビンタが火を噴いた。
「ぐふっ…バカな…!守備最強を誇る俺に、こんな…!」
「理解できぬか?まぁ安心しろ、ワシは体に教え込むのは大の得意だ。」
どういうわけか、『魔欠戦士』である赤錬邪に物理ダメージを与えることができている麗華。
だがその理由をすんなり教えるつもりは無さそうだ。
「や、やった!また形勢逆転じゃん!今回こそ勝ったんじゃない!?」
「確かに、あの勇者の野郎の師匠って時点で相当な実力者のはず…!」
「勇者の師…下手すると矛先がこっちに向きかねないから大人しくするが吉さ。」
圧倒的な力の差を見せる麗華の姿に、現場の期待感と緊張感はいやがうえにも高まった。
しかしそれを一笑に付したのは、劣勢なはずの赤錬邪だった。
「…フ…フハハハ!まったく世の中うまくいかんものだな…想定外のことが起きすぎる。だがまぁ、備えさえあれば…憂いは無いがなぁ!者ども、パターンBだ!」
「ハッ!」
ザザッ!
赤錬邪は仲間を呼んだ。
なんと!部屋の奥から百の兵士が現れた。
「ば、馬鹿なっ!兵士は百人で、それを私と人獣奇兵団とで分けたはず…!」
「ハッハッハ!知っていたはずだろう黄緑錬邪?俺は用心深いタチでなぁ!こんなこともあろうかと…」
自分の知らない伏兵が現れたことに動揺を隠せない巫菜子。
その姿を見て悦に入る赤錬邪。
そして―――
「ぎゃああ!!」
「ぐわっ!!」
「ぶへぇええええええ!!」
鮮血とともに宙を舞う兵士達。
ドサドサッ!ドサッ!
「…え?」
地面に叩き付けられた二十人ほどの兵士の姿を見て、ようやく何が起きたかを理解した赤錬邪は、ゆっくりと麗華の方へと顔を向けた。
「お、オイオイ嘘だろ…?一瞬で人が…竜巻に巻き上げられたように…」
「憂い無い…?貴様、台風に備えてワラの家を建てるタイプか?」
「…チッ!総員下がれぇ!!」
運良く間合いの外にいた兵士達もまた、しばし呆然としていたが、赤錬邪の号令で我に返り一斉に距離を取った。
恐怖に震える兵士達。だが怯えているのは敵側だけではなかった。
「ね、ねぇ勇者のお師さん?この人達って…死んじゃったの?全員陸に打ち上げられた金魚みたくなってるけど…」
「フッ、問題ない。峰打ちだ。」
「いや、“峰で打てば安全”みたいな理屈は無理があるさ。だったらこの世に“撲殺”って言葉は無いはすさ。」
「どう控えめに見積もってもみんな…“瀕死”だよな…?」
味方側もドン引きしている。
「ふむ…。だがさすがに一人で相手するには面倒な人数だな。おい起きなさい。」
その場の全員が硬直している隙を見計らって、赤錬邪の一撃を食らってダウンしている勇者の胸倉を掴み、激しく揺さぶる麗華。
だが一向に起きる気配は無い。
「まったく…世話の掛かる猿だ。」
ガンガン!ゴスゴスッ!!
「うがっ!ふごっ!げふっ!!」
「ちょ、ちょっと待ってよやりすぎだよ!起きるどころか永眠しちゃうから!」
着実に死へと近づいていく勇者を見ていられず、盗子は身を挺して庇ったが、麗華の目は真剣だった。
「今、戦えないのであれば死んだも同然…。こやつにとっての今は、そういう時なのだ。」
「そ、そんな…!」
麗華の意味不明な理屈に盗子は絶句。
だが、そんな麗華の方が正しかったと言うかのように、勇者は目を覚ましたのだった。
「ぐふっ…!がっ…うぅ…こ、ここは…?」
「勇者っ!目が覚めたんだね、良かったぁ…!」
喜びのあまり抱きつこうとする盗子をサラリとかわし、勇者は麗華と赤錬邪を睨みつけた。久しく見なかった殺意のこもった眼光だ。
「チッ、どいつもこいつも好き放題…!ブチ殺すぞ貴様ら…!」
「ゆ、勇者…?その邪悪な感じ…も、もしかしてアンタ、記憶が戻ったの!?」
確かに、醸しだす雰囲気がここ最近のものとは明らかに違う。
「ああ。もうバッチリ思い出したぞ、ジンギスカン。」
「嘘だよね!?嘘だって言ってよー!」
盗子は泣き崩れた。
「さて…。手駒が増えたことだし、再開といこうか。」
麗華は拳をポキポキさせながら敵軍を睨みつけた。
暗殺美や巫菜子もやる気満々だ。
「ぐっ…!ま、まま待て!そこまでだ!俺にはまだ“奥の手”がある…!これ以上やったら、国を爆破するぞ!?」
たじろぎながらも、それでいてなお脅しをかけようとする赤錬邪。
往生際が悪いにも程がある。
「フン!そんなビビりながら奥の手とか言われても信憑性が無さすぎるさ。」
「ちょ、ちょっと待て暗殺美!今のは恐らく…ハッタリじゃない…!」
さすがにハッタリと見て鼻で笑った暗殺美だったが、なんと巫菜子によると本当に何かしらの手があるらしい。
「えっ、ハッタリじゃないってどーゆーことなの巫菜子!?」
「存在だけは聞かされてた、超強力な爆弾…それがこの国のどこかにあるらしい。なんでも国が一つ吹き飛ぶ威力とか…」
「尋常じゃないじゃん!でもそんなん爆破させたら自分だって…あっ、まさかそれも『魔欠戦士』ってやつの能力で…!?」
「フフッ、まぁさすがに未知の領域ゆえ、できるなら避けたい道だったがな…こうなっては仕方ない。魔法でないのであれば、気合いで耐えてみせるさ。仮に無理だったとしても…まぁ死なばもろともだな。」
赤錬邪の様子から察するに、最終手段として命懸けの手が残されているのは確かのようだ。
「やっぱ自分だけは生き残るつもりで…!国民の命をなんだと思ってんの!?ねぇ勇者!?」
「んー、まぁそんなことはさておき…」
「さておき!?凄まじく大切な問題だから!暗殺美も何か言ってやってよ!」
「いや、まぁ確かにさておき…」
「アンタもさておくの!?そんで他のみんなからも“さておけ感”が出てるのはなんで!?」
大騒ぎしているのは盗子だけで、他の面々は気にも留めていないように見えた。だがあまりにも盗子がうるさかったため、暗殺美は小声で盗子を叱りつけた。
(アンタこそ少しは考えろさ。敵のペースに乗ったら負けさ。弱気になったら付け上がるのさ。)
(あっ…そ、そっか!そだよね!)
やっと仲間達の意図がわかり、困ったことに盗子は調子に乗った。
「フンだ!やれるもんならやってみなよ!」
「ああ、俺だ。爆破作戦を実行しろ。」
赤錬邪は無線機を手にしている。
「う、うわぁーーーーーー!!」
「チッ、バカ盗子めがさ…!こうなったらさっさとコイツら片付けて阻止しに向かうしかないさ!」
「でも爆弾の場所は私も知らねぇ…!それに慎重なアイツのことだ、きっと走って間に合う距離じゃねーぞ!?」
盗子が無駄に煽ったせいで、赤錬邪の背中を押す結果になってしまったのだが、なぜか勇者は落ち着いていた。
「まぁ待つがいいお前達。多分だがもう大丈夫だ。今頃“奴”が…全てを片付けている頃だ。」
「や、奴…?どういう意味なの勇…」
「さぁどうした!?やれっ!お前達は死ぬが、それは名誉の死であって…」
「だ、ダメです赤錬邪様!全滅です!私以外の衛兵は…もう…!」
無線から漏れ聞こえてきたその声からは、かなり切迫した状況であることがうかがえた。
「な、なにぃ!?どういうことだ!?よし、卒業式の言葉風に教えろ!」
「えぇっ!?は、 ハイ!その…みんなで失敗、夏の都市爆破(都市爆破!)」
「腹が立つ。」
「そ、そんなっ!」
「クソッ…!何が起きたかわからんが仕方ない、お前が一人で爆破にあたれ!わかったな!オイどうした!?」
状況がわからないながらも必死に指令を出す赤錬邪。
だがそれが実行不可能であることを、なぜか勇者は知っていた。
「無理だな。“アレ”の起爆には強い“魔力”が要る。貴様も知っていよう?」
「な、なぜ貴様がそのことを!?」
「知っているぞ、ワシもな。爆弾があるのは城下の『カイア塔』…今からでは援軍も間に合うまい。」
麗華の言葉に、仮面の中の顔が青ざめていく様が伝わってきそうなほどに動揺する赤錬邪。
「ば、馬鹿な…!あの場所は誰にも悟られぬよう秘密裏に…」
「べばふっ!!」
するとその時、無線の先で兵士の悲鳴と、ドサッと何かが崩れ落ちるような音が聞こえた。
「むっ!?ど、どうしたんだ!?オイ、答えろ!」
「…覚悟しろ赤錬邪。目的は果たした、次は貴様の番だ。」
「き、貴様…まさか…『覇者』かっ!?」
先ほどまでの兵士とは違う、聞き覚えのある声。
だがその声に聞き覚えがあったのは、赤錬邪だけではなかった。
「えっ!?い、今の声って…ちょっとくぐもってるけど、まさか…!」
場面は移り―――
城下街の外れにある古の塔『カイア塔』。
倒れた兵士の傍らには、赤錬邪が睨んだ通り、血に染まった鉄仮面の少年…覇者の姿があった。
「フッ…」
そして無線から聞こえる盗子の声を鼻で笑いながら、仮面を脱ぐ少年。
「耳だけはいいようだな、盗子。」
その顔は見紛うはずもないほどに、勇者だった。