【068】シジャン城の戦い(2)
散々悩んだ末、結局姫ちゃんに黄緑錬邪を任せて先へと進んだ僕達。
あの強運の女神に愛されたような姫ちゃんが酷い目に遭うとか想像がつかないし、むしろ一緒にいたら僕らの方が酷い目に遭いそうだったので仕方ない。
「というわけで、ここが『第二の門』みたいだけど…みんな準備はいい?」
「ちょ、ちょっとだけ待って勇者!まだ心の準備が…」
姫のせいで五十人いた味方は半減しており、加えて次に待ち受けるのが極悪非道の『人獣奇兵団』という情報も入っていた。
盗子が尻込みするのも無理は無い。
「オーケー、じゃあ開けようか。」
「アタシが待ってって言わなきゃ…逆に待ってくれたのかな…」
ゴゴゴ…ゴゴゴゴ…
「さぁ出てこい人獣奇兵団!貴様らの悪事もここまでだ!」
扉を開けた勇者がそう叫ぶと、呼び出すまでもなくすぐ目の前に、ガラの悪そうな四人の男達が立っていた。
その背後には五十人ほどの兵士の姿も見える。
「オイオイ勘弁しろよ。マジでこんなガキなのかよ敵は?」
四人いる人獣奇兵団の一人(団員A)が、呆れ顔をしながら鼻で笑った。
「やれやれ、僕ら『人獣奇兵団』も舐められたものだな。」
そう話す団員Bは、度の強い眼鏡をかけたインテリタイプ。
一見戦闘タイプには見えない容姿だ。
「私は無駄な殺生は好まないの。お前達、ここで退くなら見逃してあげてよ?」
オネェ系の団員Cは、口調と服装がそれっぽいだけで、見てくれはゴリゴリのガテン系だ。
「俺らがここまでだぁ?立場わかってねぇのかテメェ!?ブッ殺すぞゴルァ!!」
そして団員Dは気性が荒いタイプのようだ。
「…で、どうする凱空さんの息子?ここもまた人数的にゃあ不利だが…」
「うん…じゃあお前達は後ろの兵士の方を頼む。前にいる四人は、こっちでなんとかしよう。」
味方の傭兵に作戦を告げる勇者。
わざと聞こえるように言ったので、敵にも伝わったようだ。
「ケケッ、やれやれ…まぁいい。一応仕事だ、野郎ども!適当にやっちまおうぜぇああああ!!」
「うぉおおおおおおおおおおお!!」
団員Aの合図と共に、敵は一斉に襲い掛かってきた。
「き、来た!来ちゃったよ勇者!どうしよー!?」
「とにかくやるしかない!短剣しか振るえない僕だけど、一人ずつ確実に倒していけばきっと勝機も…うわっ!?」
キン!キィン!ガッキィイイン!
団員A・B・Cの攻撃。
勇者はかろうじて攻撃を防いだ。
「くっ、やっぱり多勢に無勢か…!これじゃ防戦一方…」
「おっとぉ!後ろがお留守だぜぇええええ!?」
「なっ!?ヤバッ…」
背後から団員Dの声が聞こえたが、前方に三人もいるだけに勇者は振り返ることもできない。
早くも万事休すかと思われたその時…どこからか投げ込まれた発炎筒により、周囲は濃い白煙に包まれたのだ。
「なぁにぃいい!?チッ、誰の仕業だチクショウ!!」
瞬く間に拡散し、全員の視界を奪う煙。
もはや数十センチ前が見えない。
「クソッ!ガキめ、一体どっちに…」
「右だよ!向かって右側にブチ込みな!!」
誰もが動けずにいる中、団員Dに向かって飛んだのはオネェ系の団員Cの声。
視界が無いのになぜわかるのかと疑問に思うこともなく、団員Dは力いっぱい棍棒を振り抜いた。
「そぉおおこぉおおかぁあああああああ!!」
ズッゴォオオオン!!
「うぎゃふっ!?」
団員Dの攻撃。
団員Cは痛恨の一撃を受けた。
「ガ…ハッ…!!」
「な…なぁっ!?な、なんでテメェがそこに!?だって後ろからテメェの声が…」
狼狽する団員D。
次第に晴れていく煙…。
そこに薄っすらと浮かび上がったのは、少女らしき影だった。
「今くらいの『声帯模写』なんてお手の物なのさ。裏家業の人間舐めんじゃないのさ。」
その特徴的な語尾、不遜な態度…影の方向から聞こえる声の主に、盗子は心当たりがありまくった。
「あ、アンタは…!なんでアンタがいるの!?暗殺美!!」
「フン、相変わらずやかましい奴さ。少し黙れさ。」
暗殺美が偉そうに現れた。
「あ…ありがとね暗殺美!でもあの濃い煙の中で、よく敵の居場所わかったね!下手したらアタシらに…」
「その時は、それはそれで、さ。」
「って、たまたまかよ!悪い意味で相変わらずだね!」
陰から現れた黒髪の少女は、『暗殺美』とかいうらしい。
態度は嫌な感じだけど、サルサが知ってるようなので一応は味方みたいだ。
「ところで暗殺美、なんでアンタがここに…?あ、もしかしてアンタも先生にお願いされたとか?」
「…アレを“お願い”と呼ぶ文化圏で生まれ育った記憶は無いさ。」
「い、色々あったんだね…察するよ…」
どうやら酒場の傭兵達と同じく、暗殺美も凶死から声がかかっていたようだ。
その頼まれ方のせいか内容のせいかは定かではないが、とても不機嫌そうな暗殺美。
しかし任務は依頼どおり遂行するつもりのようだ。
「詳しい話は後さ。とりあえず雑魚を片付けるから黙って見てるがいいさ。」
「ちょ、調子ん乗んなよテメェ!?俺らは他とは一味違うぜ!?ブッ殺す!」
怒りを露にする団員達。
だが暗殺美に怯む気配は無く、それどころか威圧的に見つめ返した。
「『暗殺者』を舐めんじゃないさ。私の秘奥義『風林火山』を食らって眠れさ!」
暗殺美の姿が消えた。
そして次の瞬間には、団員Aの膝元にしゃがみこんでいた。
「疾きこと“風”の如く!」
「なっ!?ぐぇっ!!」
鮮血を撒き散らす団員A。
「は、速い!僕にも見えないなんて…」
驚く団員Bの背後には、既に暗殺美が音も無く忍び寄っていた。
「徐かなること“林”の如く!」
「ぶばっ!?」
崩れ落ちる団員Bの脇を駆け抜け、先ほどの攻撃で意識が朦朧としている団員Cに迫る暗殺美。
「侵掠すること“火”の如く!」
「ひどいっ!!」
容赦の無い三連撃。
そのまま四撃目…かと思われたが、なぜか暗殺美は動きを止めた。
「動かざること―――」
「馬鹿がっ、止まりやがったぜ!“山の如し”ってか?フザけやがって!!」
これを勝機と見るや、瞬時に飛びかかる団員D。
反応が遅れた盗子は声をかけることすらままならない。
「ちょっ、暗殺美!危なっ…」
「カカト落としぃいいいい!!」
確かに語感は似てるけども。
「…ふぅ、これでよし。おかげで助かったよ、まさかお前みたく強い仲間がいたなんてね。」
暗殺美に伸された男達を縛り終えた勇者は、暗殺美に右手を差し出した。
だが暗殺美はその手を払いのけた。
「仲間扱いするんじゃないさ。記憶無いって話は先生から聞いたけどアンタへの敵認定は解除されないさ。」
「そっか…まぁいいさ。とりあえず傭兵達の方を手伝おうか。力を貸してくれ。」
「フン、私に指図するんじゃないさ。」
その後、主要メンバーを倒した勇者と暗殺美が合流したことで、人数的に劣っていた傭兵達もなんとか盛り返すことに成功し、第二の門の決戦は勇者達に軍配が上がった。
また半分が犠牲となったため、傭兵は当初の五分の一となる十人ほどしか残っていないが、敵軍との当初の人数差を考えるとまずまずの結果と言っていいだろう。
「くっ…!フザけやがってクソガキ!この俺達を…こんな…!」
自由を奪われ、悔しそうに暗殺美を睨みつける団員A。他の団員達も同様だ。
「クソガキじゃないさ。私には暗殺美って名前があるのさ。」
「今度はブッ殺してやるからな暗殺美!」
「だからって気安く呼ぶなさ!」
「あさみん!」
「可愛く呼ぶなや!!」
「でもさ、いいの暗殺美?コイツらこのまま置いてって…」
盗子の疑問も無理はない。
後で攻め込まれたら挟み撃ちになってしまうことを考えると、ここで始末しておいた方が堅実と言える。
「フン、気にすること無いさ。こんな“ニセモノ軍団”なんか敵じゃないさ。」
「え?ニセモノだって…?それはどういうことなんだあさみん?」
「あさみん言うなや!」
勇者はさりげなく呼んでみたが駄目だった。
「て、テメェ…いつから気づいてやがった?」
団員Aは驚いた様子で暗殺美に尋ねた。
「本物の人獣奇兵団は『魔獣使い』と聞くさ。呼び出す素振りも見せなかったのは変さ。」
「…あ゛。」
痛恨の凡ミスだった。
「それに、これでも一時期賞金稼ぎで食べてた時期があるのさ。コイツらも確か賞金首…『詐欺師』の『大ボラ兄弟』さ。手配書に戦闘力は大したことないとあったさ。」
「なんーんだ、そっかー!じゃあさ、気づかずに偽者を雇うなんて…赤錬邪も底が見えたね!」
敵が大した脅威ではないと知るや、盗子は急に上機嫌になった。
だが団員AとBが言うには、そう簡単な話でもないらしい。
「いや、舐めねぇ方がいいぜ。アレはかなり慎重な奴だ。どこまで考えて動いてるかわからねぇぜ。」
「それに次の門にいる『鉄仮面』にも要注意だね。確か名前は…『覇者』。」
「鉄仮面…!そいつもここにいるのか!?どういう奴なのか教えてくれ!」
団員Bの口から出た『鉄仮面』というキーワードに、思わず食いつく勇者。
だが団員Aによると、残念ながら特にこれといった情報は無いようだ。
「俺らもよくは知らねぇが、最近加入してすぐ幹部になったヤリ手らしいぜ。他は全部謎らしい。」
「そうか…。縁あって最近何度か聞いた相手だけど、どうやら敵で決まりみたいだね。覇者か…楽しみだ。」
「じゃあさっさと行くとするさ。長居は無用さ。」
そう言って先を急ごうとする暗殺美の背に、団員Aはくやしそうに呟いた。
「ケッ、『詐欺師』にとって引き際は命…深追いはしねぇが、次はブッ殺す。覚えてろよ小娘?」
「そういうことなら今すぐ始末するさ。」
暗殺美は耳が良かった。
「いや嘘ですスンマセン!つい詐欺師の癖で心にも無い嘘が!」
「ま、まぁいいじゃん暗殺美!わざわざ無駄な血を流すことはないよ!ねっ?」
「おぉ…!あ、ありがとう妙ちくりん!」
「誰が妙ちくりんだよ!アタシも“あさみん”みたくもっと可愛く呼べよ!」
「ありがとう“闘魂”!」
「やっぱヤメて!!」
こうして僕らは、大ボラ兄弟を残し『第三の門』へと向かった。
次の敵は鉄仮面の『覇者』…聞く限りではかなりの強敵だ。でも、僕は勝つ!
「というわけで、ここが『第三の門』みたいだけど…みんな準備はいい?」
「ちょ、ちょっとだけ待って勇者!まだ心の準備が…」
しばらく城に潜入していたという傭兵の話によると、兵士の数は百人ほど。それが第一の門と第二の門に五十人ずついたということは、この第三の門には鉄仮面のみがいることになる。
一方勇者達はというと、勇者、盗子、暗殺美と十二人の傭兵で十五名。一転して人数的には優位に立ったわけだが、一人で待ち受けるという覇者の自信がかえって怖ろしさを感じさせる。
盗子が尻込みするのも無理は無い。
「オーケー、じゃあ開けようか。」
「まぁわかってたけども!もはやわかってて乗っかった感あるけども!」
ゴゴゴ…ゴゴゴゴ…
「さぁ出て来い鉄仮面!お前はこの僕が…って、あれ?」
扉を開けた勇者が叫ぶと、呼び出すまでもなく敵が立っていた先ほどまでとは対照的に、今度は人っ子一人いなかった。
「へ?いな…い?もしかして、今が抜けるチャンスだったり…?」
盗子は恐る恐る見渡したが、やはり人がいる気配は無い。
「いや、安心するのはまだ早い。隠れて様子をうかがってるって線も…」
「あ…。見るさ勇者、なんかメモみたいのが落ちてるさ。見てみるさ。」
「ま、待つんだ暗殺美!罠かもしれない、迂闊に近づ…」
制止する勇者をスルリとかわし、メモを手にした暗殺美は内容を確認。
そして怪訝な顔で読み上げた。
「ちょっと…“ちょっとお花を摘みに”…?」
乙女か。