【067】シジャン城の戦い
夏。色々あったけど、なんとか生きて『タケブ大陸』に到着できた僕、姫ちゃん、ジェイソン、そしてマジーン。
あの後で船がどうなったかは…思い出したくもないので伏せておくが、とにかく今は『シジャン王国』の王都…五錬邪が支配するらしい城の城下町に来ている。
恐らくこれが、五錬邪との最後の戦いになるだろう。
できる限りの準備をしなくちゃいけない。
「つ、ついに来ちゃったね敵の本拠地…。なのに仲間はたった三人だなんてさ…」
絶望的な戦力差に震えが止まらない盗子。
「頑張ろう姫ちゃん。僕ら二人で世界を守るんだ。」
「せめて頭数ぐらいには入れてよ!盗子にも人権を!人権をー…むぐっ!?」
騒ぐ盗子の口を押さえ、勇者は自分の口の前で人差し指を立てた。
「シッ!僕らが来たのは多分…もう気づかれてる。慎重に行かなきゃ。」
その頃、シジャン城の大広間では―――
「よし!では今から各関門に全員を配置する!ガキどもの侵入に備えろ!」
「ハッ!」
赤錬邪の号令に敬礼で返す、百を超える兵士達。重厚な灰色の装備を身に纏い、小隊ごとに分かれて整列している。
“ガキども”とは当然勇者達のことだろう。密偵からの情報により、勇者達の入国は既にバレているようだ。
たかだか三名の子供相手にしては警備が物々し過ぎるが、気付けば色付きメンバーが残り二人になってしまった今、悠長に構えているわけにもいかないのだ。
「まず『第一の門』は…よし、お前に任せるぞ黄緑錬邪!」
残された最後の色付き仲間である黄緑錬邪を指差し、赤錬邪は偉そうに指示を出した。
「あ?気安く私に指図するなよ。まぁ仕方ねぇからやってやるけどさぁ。」
相変わらず態度の悪い黄緑錬邪。
赤錬邪に従うつもりは毛頭無いようだ。
「くっ…!ま、まぁ威勢がいいのは良いことだ。では次、『第二の門』!」
軽く心が折れかけた赤錬邪だったが気合いで無かったことにした。
そして次に指名されたのは、いかにもガラが悪そうな四人の男達。
「ケケッ!そこでこの俺達…『人獣奇兵団』の出番ってわけかよ?」
群青錬邪、桃錬邪は既に倒れ、黒錬邪も終末の丘での目撃情報を最後に消息を絶っている今、残る五錬邪は赤錬邪と黄緑錬邪のみ。
ということで、城の防衛のためには傭兵の力を借りる必要があるようだ。
人獣奇兵団といえば、以前に麗華と一戦を交えた集団であり、リーダーは宿敵の兄『強敵』だったはずだが、今回名乗ったのはまた違う男だった。別部隊なのだろうか。
(じ、人獣奇兵団って、まさかあの…!?)
(ああ。魔獣を巧みに操り、金さえ貰えりゃ何でもやる…外道な傭兵団さ。)
ヒソヒソと漏れ聞こえる兵士達の声から、彼らの評判の悪さがうかがえた。確かに強敵も、村ごと焼き払ったりと度が過ぎる悪行が目に付いたため、悪評が轟くのも無理はなかった。
「うむ。お前達には高い金を払ってるんだ、それなりの仕事を頼むぞ?」
「あん?なんだテメェ、信用できねぇっての?じゃあ今テメェをやったろか!?」
やはり傭兵は傭兵。雇い主への忠誠心は特に無い。
赤錬邪はまたしても心が折れかけたが、ここもなんとか堪えたようだ。
「くっ…!ま、まぁそのぐらいの方が心強いか。そして最後、『第三の門』は…」
赤錬邪が目を向けた先…そこにはなんと、かつてモレンシティでロボ軍を殲滅した鉄仮面の少年『覇者』の姿があった。
「俺に命令したら、殺す!!」
「ぐっ…!」
アンタほんとにボスなのか。
シジャン王都に到着してから小一時間。
極力目立たないよう注意を払いながら、僕達は仲間を探すべく城下町を探索していた。
敵の本拠地に乗り込むのに三人とかさすがにありえない。
聞けば、五錬邪を倒そうという勇士達が酒場に集っているらしい。
これは行かない手は無い。
そういえばマジーンは買い出しに出たっきり戻らないけど…まぁ別にいいや。
ギイィィ…
「ヘイいらっしゃ」
「僕の名は勇者!五錬邪を倒すため、仲間を探している!」
酒場に入るやいなや、店主の挨拶の終わりを待たずに勇者は声を張り上げた。
当然、店内の客達は一斉に入り口の方へ目と目が向く。
その誰もが何事かと言いたげな表情を浮かべているが、そんな張り詰めた空気の中、今度は盗子が助けを求める声を上げた。
「私は盗子!お願い!誰か力を貸して!」
そして最後は姫。
「私は今日のランチ!」
「って真面目にやれよ!!しかも酒場でランチて!」
「はいランチ一丁ね~。」
「ってなんであるんだよ!?」
場の“何事か感”が増した。
「オイ小僧、勇者ってお前…凱空さんの息子の勇者か?」
姫のせいで乱れた場の空気がようやく元に戻りかけた頃、近くにいた傭兵風の男が勇者に声をかけてきた。
どうやら父のことを知る者のようだ。
「えっ、なんで父さんのことを知ってるの!?お前達は一体…」
「フッ、俺達はあの人に言われて集まったんだ。“息子を頼む”ってな。」
「と、父さん…」
予想していなかった父の計らい。勇者は顔を思い浮かべようと努力したが、落とし穴に落ちていった際のマヌケな顔しか思い出せなかった。
そんな父から依頼を受けた人間は他にもいるらしく、店の奥からわらわらと集まってきたのだった。
だがその中には、なにやら様子の違う者達も何人か含まれていた。
なぜか俯き、小刻みに震えている。
「お、俺達は…俺達は凶死さんから…ぐっ、うぐぅ…!」
「ねぇ何があったの!?一体どんな弱み握られてんの!?」
盗子は一応疑問系で尋ねたが、答えは聞くまでもなく明らかだった。
とまぁそんなわけで、父さんと先生の協力もあり、三人だった僕らの戦力は五十人にまで膨れ上がった。
実力は不明だけど多少は心強い。
五錬邪の城に潜入してたという傭兵の話によると、敵は僕らを探っていたらしく、僕らがこの国に入った情報は既に伝わっているとのこと。
そのため今は、城の警備を強化してるんだとか。
また、邪神の封印を解く鍵はもう三本とも敵の手にあるらしい話も聞いた。
それでまだ復活してないってことは、封印場所がまだわからないからに違いない。
つまり今が攻め込む最後のチャンスってことだ。
「というわけで、ここが『第一の門』みたいだけど…みんな準備はいい?」
「ちょ、ちょっとだけ待って勇者!まだ心の準備が…」
味方が増えたとはいえ、敵は百を超えるそうなので圧倒的に不利な状況。
盗子が尻込みするのも無理は無い。
「オーケー、じゃあ開けようか。」
「えっ、もしやアタシ“みんな”の中に入ってない!?」
ゴゴゴ…ゴゴゴゴ…
「さぁ出てこい五錬邪!貴様らの悪事もここまでだ!」
扉を開けた勇者がそう叫ぶと、呼び出すまでもなくすぐ目の前に、黄緑錬邪は立っていた。
その背後には五十人ほどの兵士の姿も見える。
「フフ…久しぶりだなぁ勇者。今日こそテメェを殺してやるよ。」
「き、黄緑…アンタ巫菜子だよね?話は聞いてるよ!」
前回はまだ合流していなかったため、変わり果てた巫菜子に会うのは今回が初めての盗子。
「あん?あぁ、テメェも久しぶりだなぁ…姫。」
「ってアンタもアタシにはノータッチかよ!なんでそこは敵味方で共通なの!?」
盗子だけどんどんライフが減っていく(精神的な意味で)。
「な、なんだよオメェら…コイツと知り合いだったのか?」
敵であるはずの五錬邪と古い馴染みかのように話す盗子の様子を見て、傭兵達はわけがわからないといった様子。
だがそれは勇者も同じだった。
「うん…。奴とは色々と因縁があるような気がしながらも全く覚えてない。」
「チッ、記憶が無ぇとは聞いてたが…。私の家族にあれだけのことしといて、簡単に忘れやがるとか…相変わらずナメた野郎だ!ブッ殺す!」
黄緑錬邪は『氷の精霊』を呼んだ。
幾百の雹のような氷の塊が勇者を襲う。
「なっ!?くっ、数が多すぎる!避けきれ…」
黄緑錬邪の先制攻撃が想像以上の攻撃範囲で、勇者は避けることも防ぐこともできそうにない。
早くも万事休すかと思われたが…なんとここで、意外な人物が活躍を見せることになる。
「大丈夫、私に任せて!みんなを守るよ〔超防御〕!」
姫は〔超防御〕を唱えた。
〔超防御〕
魔法士:LEVEL40の魔法(消費MP45)
高い守備力を誇る強力防御魔法。ガードの固いあの子の得意技だ。
ズガガン!ズガガガガガガ…!
凄まじい数量の氷塊が降り注いだ。
だが魔法壁は全ての攻撃を防ぎきった。
「なっ、今の攻撃を防いだ…だと…!?姫が!?」
想定外の事態に混乱する黄緑錬邪。
攻撃が防がれたことよりも、“姫が”に対する驚きの方が大きい。
そしてその驚きは、もうしばらく続くことになる。
「隙アリだよ!敵を討つよ〔爆裂〕!」
姫は〔爆裂〕を唱えた。
〔爆裂〕
魔法士:LEVEL37の魔法(消費MP40)
爆発系の魔法。戦隊ヒーローものの戦闘シーン(背後)などでよく使われる。
「ギャッ、ギャアアアアアア!!」
会心の一撃!
氷の精霊を撃破した。
「ば、馬鹿な…!私の氷の精霊が一撃で…!これがあの姫の仕業だって…!?」
「ひ、姫ちゃん…!一体何が…」
防御だけでなく攻撃魔法も…となると、さすがにたまたまでは済まされない。
黄緑錬邪のみならず、勇者達も何が起きているのか全くわからない。
その時、酒場にいた傭兵の一人から気になる情報が。
「あー、もしかしたら…まぁ関係無ぇかもしれんが…」
「何か知ってるのかオッサン!?なんでもいい教えてくれ、姫ちゃんはどうしちゃったんだ!?」
「いや、さっきの酒場でランチ食いながら、その娘…水と間違えて『子供酒』飲んでたぞ?」
「悲しいけど、私が倒すよ巫菜子ちゃん。友達だけど…ううん、友達だから!」
姫は酔っている。
なにやら姫の様子がおかしい姫ちゃんは、どうやら酒に酔っているらしい。
普段ハチャメチャな人間が酔ったら逆にまともになる…か。
理屈はわからないけど納得はできなくもない。
時間も無いし今は下手に考えるのはやめよう。
「チッ、姫が戦力になるなんて厄介だぜ…。とりあえずお前達、行きな!!」
「おおおおおおおおおっ!!」
黄緑錬邪の号令に従い、兵士達が襲い掛かってきた。
先のことも考えると、雑魚に割ける体力は無い。勇者は傭兵達に任せることにした。
「大将は僕らが倒す!雑魚の相手は任せるよ!」
「おう!任せとけぇええええ!!」
ガキン!キィン!ズバシュッ!チュィン!
久々に戦いらしい戦いが始まった。
「よし、じゃあ僕達もいくよジュリアス!黄緑錬邪を倒すんだ!」
「ま、待って勇者!アタシの嫌な予感からすると、多分もうじき姫のミラクルが切れるよ!あと今一度確認するけど『盗子』だよ覚えてない!?」
「むー!〔死滅〕!!」
「うぎゃあああああ!!」
「ごめん勇者!全然“多分”じゃなかったよ!今すぐ逃げないとー!」
「ぎょええええええええ!!」
「ぐわぁああああああああああ!!」
「ヒギャアアアアアアアアアアアアアアア!!」
辺りは地獄絵図と化した。
「ゼェ、ゼェ、ふ、ふざけてんじゃねぇぞテメェら!私ら悪役よりも非道な攻撃してんじゃねぇよ!」
酔いのせいかレベルのせいか、姫の魔法は完璧ではなかったようで今回も死者こそ出てはいないが、敵味方それぞれにそれなりの犠牲者が出た。
間一髪で避けた黄緑錬邪は未だ冷や汗が引かないようだ。
「ゼェ、ゼェ、うわーん!味方の攻撃で死にかけたよー!ギリだったよー!」
「くっ、やっぱり黄緑錬邪も避け切ったか…!うかうかしてたら神が復活しかねないってのに…!」
盗子と勇者もなんとか生き延びたようだ。
「勇者君、ここは私に任せてほしいよ。みんなのカタキは…私が討つよ!」
依然立ちはだかる黄緑錬邪を前に立ち往生する勇者に対し、もう一つの障害と化している姫は先に行くよう促した。
「なっ、何言ってるんだ姫ちゃん!?一人でなんとかなるはずが…」
「そうだよ何言ってんだよ姫!?アンタがやったんじゃん!」
「悲しい事故を乗り越えて、私は強くなるよ。行って!世界のピンチだよ!」
姫は自分の過失を“事故”と言い切った。