【061】旅する二人
春。十三歳になったらしい僕と、姫ちゃん、あとジョルジュは、順調に旅を続けていた。
目指すは五錬邪の本拠地があるタケブ大陸。
でもまだかなり距離があるらしく、歩きだと相当掛かりそうだ。
「ハァ、ハァ、疲れた…。やっぱ何か、乗り物にでも乗らない…?」
「ちょっとぉ、しっかりしてよ勇者~。乗り物はまた何かありそうで怖いからもうイヤだよ~。」
勇者と盗子のこのやりとりは随分前から続いていたが、折り合わず平行線を辿っていた。
もちろん姫は平然としている。
「あ、ところでジャック。次の街『モレンシティ』へはどのぐらいで着きそう?」
「えっとね…ってだから『盗子』だってば!もう何度言わせればわかんのさ!」
「わからないから言ってるんだっ!!」
「わーん!なぜか理不尽にキレられたよー!」
「泣かないで盗子ちゃん。『李夫人』も根はいい人だよ。」
「誰の奥さんだよ!そんな見知らぬ他人にキレられたらもっと納得いかないよ!」
「ご、ごめんアレキサンダー。僕は少し焦っているのかもしれない。謝るよ。」
「ぐすん…。う、ううん、いいの。わかってるから…盗子わかってるから早く次の街へ急ごうよ。」
「うん。パーティーは三人、戦力不足は否めない。仲間を探さないと…!」
その後、なんとか体力を振り絞って三日ほど歩き、僕達はやっと目指していた街…『モレンシティ』まであと一歩のところまでやって来た。
噂では、その街はロボット技術が行き過ぎて、逆にロボに支配されてしまったんだとか。
これまでの感じからして、恐らく何かしらの戦闘に巻き込まれるんだと思う。
だからその前に、なんとか強い仲間を見つけたいところ。
「仲間は欲しいけど、弱い奴らはいらない。欲しいのは強い奴らだ。」
「勇者君があと二人ぐらいいればいいのにね。分裂できる?」
「ん?んー…まだ無理かな?」
「ずっと無理だから!!って、あっ!そういえば姫、秋に…勇者が記憶無くす前に『クミルシティ』で聞いた、“ニセ勇者”の話って覚えてる?」
「うん、サッパリ覚えてるよ。」
「どっちだよ!?サッパリなのか覚えてるのかハッキリしてよ!」
「ニセ勇者?秋に何かあったの姫ちゃん…?」
「勇者君の名を騙り、財宝を奪って逃げた不届き者がいたんだよ。許せないね。」
「かと言って急にシッカリされても戸惑うよ!」
「ニセ勇者か…。でもなぜ僕の名を?僕はそんなに有名人なのか?」
「まぁある意味有名だろうけど…アタシは“指名手配”の線を疑ってるけどね。」
「失礼なっ!僕がそんな悪人なはず無いじゃないか!訂正してよ!」
「そうだよ盗子ちゃん。疑うのは良くないよ。」
「いや姫ちゃん、そこを訂正されるとちょっと…」
「とりあえず、ご飯にしようよ勇者君。私お腹すいちゃったよ。」
「うーん、話が思いっきり途中だけど…まぁいいか。ひとまず落ち着こうか。」
とまぁそんなわけで、“ニセ勇者”の話は一旦置いといて、姫ちゃんの要望によりまず食事をとることにした。
思えばまともな食事なんて久々だ。
「こんばんはー。僕ら三人なんだけど席は空いて…」
「ヨ、ヨクモ仲間ヲ!人間ノ分際デ生意気ナッ!!」
「なっ…!?」
店の入り口を開けた途端、聞こえてきたのは機械が発したような怒号。
勇者は一瞬警戒するも、それが自分に向けられたものでないことにはすぐに気付いた。
むしろ勇者達を驚かせたのは、その相手側が発した一言だった。
「フン!職も名も『勇者』である俺に挑んだキミ達が悪いのさ、エネミー!」
怒号を発した兵士型のロボットと向かい合うように、勇者達には背を向けるように立った謎の少年は、自分が『勇者』だと名乗ったのだ。
タイミング的に、恐らく先ほど話題に上がったニセ勇者と無関係ではない。
「えっ、勇者!?今アイツ『勇者』って言ったよ!もしかしてアイツが…」
「うん、僕も聞いた。でも今は状況が状況…助太刀するよサンコン!」
「あ、うん!そうだね!いや、名前に関しては全然そうだねじゃないけども!」
勇者の攻撃。
「ぶぼはっ!?」
覆面少年に100のダメージ。
「僕の名を騙るとは何事だー!!」
「ってそっちの助太刀なのかよ!その判断は人としてどうなの勇者!?」
勇者からの奇襲を受け、苦しそうに顔をゆがめる少年。
だが振り返り勇者を見た途端、その表情は驚きへと変わった。
「ぐっ…!な、なんだキミ達はいきなり…って、ブラザー!?」
「え?“ブラザー”とか…って、その顔…!アンタまさか…博打!?」
「フッ、久しぶりだなベイベー達。俺に会いたくて追ってきたのかい?」
謎の少年は覆面を取った。
なんと、ニセ勇者はかつての級友『博打』だった。
盗子は驚いた。
勇者はキョトンとした。
姫は構わず注文した。
「さてと…積もる話はあるけど、とりあえずは後回しだ。今は手を貸してくれブラザー!」
「嘘をつくな!僕は孤高の一人っ子だと聞いた!」
「いや、そういう意味のブラザーじゃ…うぉっと!!」
兵士型ロボットの攻撃。
博打は間一髪で攻撃を避けた。
「わ、わかるだろブラザー!?今はとりあえず、協力してなんとか逃げ…」
「ソレハ無理。オ前達、ココデ死ヌ。」
ロボットの目が怪しく光った。
左右に五本ずつの腕が生えた。
(チッ、あの攻撃は食らったらマズい…合図したら左右に分かれて飛ぶんだ盗子ベイベー!)
博打は小声で盗子に話しかけた。
(わ、わかったよ博打!じゃあアタシは右に飛ぶね!)
(オーケー、じゃあ俺も右だ!)
「いやバラけろよ!!って、ぎゃああああああああ!!」
ボゴッ!ボゴスボゴスッ!!
兵士型ロボットの連続攻撃。
盗子と博打は攻撃をモロに受けた。
「ぐはぁ…!や、やっぱり…ハズレた…か…!」
「うぐっ…!わーん!しこたま殴られたよー!男女平等にも程があるよー!!」
二人は重傷を負ってしまった。
どうやら博打の博才の無さは相変わらずらしい。
そんな中、右にも左にも動かなかった勇者は少し気まずそうな顔をしていた。
「皮肉なもんだな。一切避けなかった僕だけが無事とか…ん?僕だけ…?ハッ、そうだ姫ちゃんは!?姫ちゃんは無事なのか!?」
「安心シロ。ロボトハ イエ、女ニ暴力ハ、振ルワナイ。」
「えっ、アタシは!?ねぇアタシはなんで!?」
盗子は釈然としなかった。
「いいから答えるんだ!姫ちゃんをどこへやった!?」
「イヤ、ソノママ普通ニ…食事シテルヨウダガ…?」
姫は窓際の席で優雅にランチを食べている。
「フッ、いつも通りで安心したよ。姫ちゃんさえ無事なら、心置きなく戦える。」
勇者は『それなりの短剣』を構えた。
「邪魔者、殺ス!」
兵士型ロボットも攻撃態勢に入った。
「気を付けて勇者!そいつホント容赦ないよ!」
「構わないさ。前回の群青錬邪戦といい、記憶を失って以来まったく見せ場が無いんだ。いい加減活躍しないと…」
「邪魔者、殺ス…コロ…コロロロ…ロ……」
ヒュゥ~~~ン…
「へ…?」
さぁいよいよ本番だといったタイミングで、急に様子がおかしくなり、なぜか動かなくなった兵士型ロボット。
無駄な戦闘を避けられてラッキーではあるが、活躍の場が欲しかった勇者としては当てが外れた感の方が大きい。
「お、オイどうしたんだ!?しっかりしろロボ!」
「どうしたんだろう急に…?故障かな?」
盗子が恐る恐るロボをつついていると、背後の席から少女の声がした。
「ふ、ふぅ~…ななな、なんとか間に合って…良かったです…」
振り返った先に立っていたのは、長い黒髪の少女。
その見た目と独特な話し方に、盗子と博打は聞き覚えがあった。
「あ、アンタ…栗子じゃん!芋子の相方の…なんでアンタまでここに!?」
盗子らの窮地を救ったのは、なんと学園校の後輩『栗子』だった。
「そうか、栗子ベイベーは確か『機関技師』だったね。だからロボをどうにかしてくれたってわけだ。」
「い、急いでリモコン作ったですよ。でも周波数合わせるのに、てて手間取ってその…遅れてすみません。」
オドオドした態度は相変わらずだが、技師としての腕はそこそこ立つようだ。
「いいよいいよ!助かったよありがと!にしても…博打といい栗子といい、なんか今日は懐かしいのと会う日だね…。二人は別口なんだよね?」
盗子としても博打と栗子がツルんでるようには見えなかったが、あまりに短時間に連続して再会したため少しだけ気になった。
「ん?ああ。俺の場合はあてどない一人旅さ。栗子ベイベーは、どうなんだい?」
「わ、わた、私は…」
栗子は何か言おうか言うまいか悩んだ末、泣きそうな顔で懇願した。
「お、お願いです先輩方!私を…私のお爺ちゃんを、助けておくんなまし!!」
博打とかいう奴に次いで現れた栗子とかいう子の話によると、やはり噂通りこの街はロボットに支配されていて、そしてそのロボ達を開発したのが栗子の祖父である
『ドクター・栗尾根』なのだという。
最初のうちはロボのおかげで街も栄えたようだが、人工知能にバグがあったらしく反乱が起き、爺さんは捕らえられてしまったのだそうだ。
その噂を聞きつけた栗子は、大急ぎで街までやって来たものの、兵士の数と種類が想定よりも多く途方に暮れていたらしい。
「い、一応こっそり送られてくる発信機からの音声で、生きてるのはわ、わかるですけど…捕らえられて随分経つし…もう糞ジジイちゃんだし…」
心配のあまり憔悴しきっている栗子の肩に、勇者は優しく手を置いた。
「…ま、仕方ないな。立ちはだかる悪はすべて狩り切ってこそ『勇者』だろう。行こう栗子。」
「ほほほ、本当ですか!?本当ですか勇…本当に勇者先輩です!?」
「ハァ…ロボの関係者か…。お兄ちゃんとかナンダとか…アタシにとっては良くない印象ばっかだなぁ…」
盗子は嫌な予感がしてたまらない。
「まぁ安心しなよ盗子ベイベー。いざとなったら俺が全員倒してやるぜ!」
「無理だよアンタ雑魚じゃん!『勝負師』なのに素人よりも運弱いじゃん!」
「オイオイ、それは三年も前の話だろ?今や俺の予想的中率は100パーさ。」
「えっ、この三年で何があったの!?いつの間にそんなに強く…」
「思った逆に賭ければ、バッチリだぜ!」
「100パー外れるんじゃん!てかさっき普通に外してたじゃん!」
「アハハハ。いやぁ~…意識的に逆に張ったら、結局その逆になるんじゃないか~とか迷ったら、訳わからなくなっちゃって。」
軽薄な印象でイマイチ信用に欠ける博打だが、記憶の無い勇者には自分の中に信じる根拠が無いため、相手の言葉を信じるしかなかった。
「じゃあ一応お前は強いんだよね?だったら、なんでわざわざ僕の名を騙ったりしたんだ?」
「ん?そうしてれば、噂を聞きつけたブラザー達といつか出会えると思ってね。」
「なるほど、一切…一切ほかに頼れる友達が一切いないと。」
「いや、そんなに“一切”を強調されるとヘコむぜブラザー…」
聞けば勇者達との合流を目的に旅をしていたらしい博打。
そしてそれは栗子も同じのようだった。
「と、ところでその…あの…け、賢二先輩は…どちらにいらっしゃりらり?」
栗子は若干頬を赤らめ、妙にモジモジしている。
その様子を見て盗子は事情を察した。
「そっか~。そういえばアイツ…最初のベビル戦といい、その後も美化委員とかでチョイチョイ面倒見てたよねアンタのこと…」
「そうなんですよっ!とってもとっても優しくて気になるだなんてそんなことは口が裂けても言えんですが!」
「言ってる言ってる!これ以上ないほどに言っちゃってるから!いつもの口調が嘘みたいに流暢になっちゃってるから!」
「ちち違うですよ盗子先輩!あああの、その、ああ憧れの…その…先輩で…ち力になりたくて…その…」
「賢二君…いい子ちゃんだったのにね…」
姫は遠い目をしている。
「えっ、故人!?なぜに故人的扱いなんでありましょうか!?」
「忘れた方がいい。でも大丈夫、これ以上悲しい思いはさせないから。」
そう優しい言葉をかける勇者の姿に、博打はもはや違和感しか無かった。
(なぁ盗子ベイベー、どうしちゃったんだブラザーは?ずっと様子が変だけど…何か悪いものでも食ったのか?)
「ううん。むしろいいのを何発も食らったみたいでさ…」
盗子は近況を簡単に説明した。
「そ、そうですか…。勇者先輩は記憶が混乱しまくりまくりんなんですか…。そして賢二先輩は…」
「まぁ気にするなよ栗子ベイベー、俺がいるさ。ホラ、街が見えてきたぜ?」
博打が指差す方向には、確かに街らしいものが見えた。
だが同時に目に入った、所々に立ち上る煙が、明らかに何か事件が起きていることを伝えていた。
「こ、これは…。一体、誰の仕業なんだ…?」
街に到着してみるとその荒れ具合は想像以上で、勇者は思わず絶句した。
だが想像と違っていたのは、やられていたのが人間側ではなかったということ。視界に入る全てのロボットは見事に両断されていたのだ。
そんな中、かろうじて動いているロボットの存在に気付いた勇者は、慌てて駆け寄った。
「オイそこのロボ!誰にやられたんだ!?オイ答えろ!」
「ホ…細身ノ魔剣…鉄仮面…少年…。ミンナ…一瞬…デ……」
ロボは動かなくなった。
「そそ、そんな…ロボさん達がみんな…!ゆ、勇者先輩…これって誰が…?」
「わからない…でもとりあえず、タダ者じゃないのは確かだ。脅威は…五錬邪だけじゃないのかもしれない。」
その頃、少し離れた丘の上では、二人の怪しい少年達が崩壊した街を見下ろしていた。
「どうでやんした『覇者』の兄貴?腕試しの感触はどうで?」
そう話すのは、砂漠の民のような民族衣装に身を包んだ、糸目に出っ歯の少年。
そして話しかけられた方は、茶色のローブを羽織り、顔には怪しげな鉄仮面を被っている。背格好はどちらも勇者と同じくらいだ。
「うむ。まだ少し慣れんが、だいぶ掴めた感はある。あの程度は敵じゃないな。」
鉄仮面の少年は口調や声まで勇者に似ている気がするが、決定的に違うのは携えている剣。
大剣である『ゴップリンの魔剣』とは似ても似つかないその細身の長剣からは、とても禍々しいオーラがほとばしっていた。
「さっすが『魔神の剣』でやんすね。どうです?もう勝てちまうんでは?」
「焦るな『門太』、まだ早い。“奴”の元へ戻るぞ。」
果たして敵か味方か。
この頃実施された『第二回キャラクター人気投票』の結果はこちら。
https://yusha.pupu.jp/yusha/souko/02ninnki.htm