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~勇者が行く~  作者: 創造主
第二部
60/196

【060】外伝

*** 外伝:勇者凱空Ⅱ ***


俺の名は凱空。

初代『赤錬邪』として名を馳せた、現職『勇者』の十二歳児だ。


仲間達と別れた俺は、『天帝』の使者に言われた通りタケブ大陸へとやって来た。

『勇者』として、一刻も早く『魔王』の呪縛から人民を解き放たねばならない。


「ほぉ、ここが『帝都:チュシン』か…。なんだか無駄に広いな…」


<帝都:チュシン>

 世界に六つある王国を束ねる強大な権力、そして広大な領地を誇る都。

 中でも王宮は特に広く、犬のおまわりさんすら道に迷う。


「ダメだ、広い…広すぎる!このままじゃ助からん!俺は、どうすれば…!」


 凱空は尿意がヤバい。




『魔王』に襲われる前に『尿意』に襲われた俺は、慌ててトイレを探して回った。

事態は急を要する。一刻の猶予も許されない。少しのタイムロスさえも命取りだ。


よし、こうなったらズボンは先に下ろしておこう。これで少しは稼げるはずだ。

あとはもう最悪トイレじゃなくても気にすまい。漏らすよりはマシだ。


「う、うぐぅ…おぉっ!奥にそれらしい部屋発見!」


 凱空は部屋に飛び込んだ。

 そしてすぐさま放尿を開始した。


「ふぅ~…なんとか事なきを…む?」

「ッ…!!」


 なんと!そこには着替え中の少女がいた。

 頭にティアラを乗せ、長く艶やかな髪をたなびかせる美しい少女。どことなく高貴な印象を受ける。

 歳は凱空と同じくらいだろうか。


「フッ、彫像か…脅かしやがって。」


 凱空には前向きに考え過ぎる癖があった。


「きっ…キャアアアアアアア!だ、誰か!誰かぁーー!!」


 あまりの出来事に硬直していたが、我に返るや絶叫する少女。


「む?呼んだか?」

「アナタだけは呼んでませんの!アナタが元凶ですの!」


 相手が人間だと気付いたため、放尿の件は無かったことにして勝手に仕切り直した凱空。

 普通の人間にはできない芸当だ。


「よく見るとかなり豪華な部屋だが…ここは何の部屋なんだ?」

「許せませんの!『皇女』の部屋に無断で入り込むだなんて…!」

「皇女…お前が皇女なのか?確か名前は…『皇子コウコ』だったか。」

「し、しかも私の目の前で、お、お、おしっ…は、恥ずかしいですのー!」

「大丈夫、俺は気にしてない。」

「こっちが気にしてますのっ!」

「俺の名は凱空。お前からの使者に呼ばれて来たんだが…」

「知りませんの!いいからとりあえずチャックを閉めてぇー!!」


バンッ!


 先ほどの皇子の叫び声に反応し、衛兵が部屋に飛び込んできた。


「ど、どうされましたか皇子様…ハッ!誰だ貴様は!?」

「俺は凱空。チャックは全開だが一応客だ、心を込めて接客してくれ。」

「…わかった、ついてこい。」


 凱空は投獄された。




客間に通されるのかと思ったら、牢獄に入れられてしまった。

まったく困ったものだ。俺は『魔王』を倒しに来たんだ、こんなことしてる暇は無いというのに。


「やれやれ、わざわざ赴いた客にこの扱いとは酷いものだ…。お前もそうは思わんか?」


 凱空が語りかけると、誰もいないはずの暗がりから声がした。


「…ほぉ、私の気配に気づくとは…やはりタダ者ではありませんな。」


 現れたのは、髪をお団子にし、メイドのような格好をした老婆。

 暗がりにいるためかなり見えづらいが、それでも凄まじく高齢なのは明らかだった。


「私は皇子様専属の執事『洗馬巣セバス』。“セバスちゃん”で結構ですぞ。」

「…甘栗?」

「あんまりです!確かにシワシワですけども!」


 洗馬巣は乙女心に30のダメージ。


「まぁとにかく、まずは俺をここから出してくれ。早くしないと『魔王』に滅ぼされるぞ?」

「『魔王』…?でしたらご安心を。確かに現れはしましたが、今は『メジ大陸』におりますゆえ。」

「なに?だがその割には警備が厳重だぞ?蟻一匹通さないほどじゃないか。」

「ええ。それなのに平然と皇女の部屋まで辿り着いたアナタは一体何者ですか。」

「『魔王』じゃないとすると…なんだ?何にそんなに怯える必要がある?」


 正体不明の囚人からの問いに、洗馬巣は話したものかどうか少し悩んだが、ワラにもすがる気持ちで話すことに決めた。


「もう一つの脅威です。あの恐国、『魔国マコク』の王子が現れたのです。」

「む?魔国…?」



 その頃、帝都護衛軍本部では―――


「う、うぎぁあああああっ!!」

「たたた助けてぇええええええ!!」

「き、貴様ぁ…!目的は何だ!?なぜこの国を襲う!?」

「…目的?フフッ、天帝の力を頂きます。逆らえば皆殺しですよ。」


 襲撃者はなんと幼児。

 恐らく四・五歳程度にも関わらず、熟練の殺し屋顔負けの邪悪なオーラを放っていた。


「くっ…そんなことさせるかぁー!!ぐぁあああああっ!!」


 被っているのは動物の頭部を模した子供向けのフードではあるものの、その口ぶりと銀色の髪には面影があった。


「力が要るんですよ。私を…この『凶死』を越える力が。」


 幼少期からヤバい奴だった。




 帝都を脅かす強敵…それはなんと、若き日の凶死だった。

 狙った獲物は逃さない男、『死神の凶死』…そんな彼が皇女を追い詰めるのに、そう時間は掛からなかった。


(ぎぇええええええええっ!!)

(うわっ、やめ…うわぁああああああっ!!)


 皇女の部屋の外からは、先ほどまで帝都護衛軍本部で聞こえたものと同じ絶叫が響き渡っていた。

 部屋の中には皇女の他には数名の衛兵しかおらず、まさに絶体絶命な感じだ。


「くっ、なんて奴だ!この扉が破られるのも時間の問題か…!おのれぇ…!」

「うぐっ、えぐっ。みんなが…みんなが死んじゃいますの…!」

「皇子様、お逃げください!ここは私どもが食い止めますゆえ!」

「イヤですの!皇女である私が、国民を置いて逃げるなんてできませんの!」


 泣きじゃくりながらも気丈に振舞う皇子。


「まったくだ。」


 そしてその背後になぜか凱空が。


「ってアナタはなんで逃げてこれてますの!?」


 皇子は思わず二度見した。

 それほどに堅牢なはずの牢獄だった。


「フッ、安心しろ。俺は肝心な時にはいない男だ。」

「それはそれでイヤですの!アナタは何者!?目的は何ですの!?そしていい加減チャックを閉めてほしいの!」

「ハッ!さては…貴様も死神の手の者だな!?成敗してくれる!!」


 どこからともなく現れた怪しい少年を、当然警戒する兵士達。

 兵士Aは凱空に斬りかかった。


「なっ!?ま、待て!話せばわかる!必殺、『話せばわかるぞキック』!!」

「え゛っ…ばぼふっ!!」


 凱空のえげつない攻撃。

 側近の兵士Aは壁にメリ込んだ。


「ひ、酷すぎますの!なんでも暴力で解決しようなんて最っ低ですの!!」

「まったくだ。」

「アナタに言ってますのっ!!」

「…やれやれ。皇女は血統がいいと聞いていたが…とんだデマだったようだな。」

「えっ…?」


 皇子は凱空が指差す方へ目を向けた。

 なんと兵士Aは煙のように消えた。


「えっ?えっ?な、何がどうなりましたの…!?」

「…へぇ~。まさか私の『幻魔術』を見破る人がいるとは…ねぇ。」


 どこからともなく、音も立てずに凶死が現れた。


「あ、アナタ…アナタが死神ですのね!よくもみんなを…!!」

「少々驚きましたよ、皇女。多少はデキる兵もいたようですね。」

「フッ、実はマグレだとは口が裂けても言えん状況だな。」

「言っちゃってる!思いっきり言っちゃってますの!」

「フフフ。死にゆく者に名を尋ねるもまた一興…アナタの名は?」

「俺か?俺は『勇者:凱空』。この世に、悪がある限り…特に何もしない。」

「してほしいのっ!!」


 相変わらずヤル気は無かった。



「お前が『死神』か。コイツに何の用だ?嫁に貰いに来たにしては随分と荒っぽい登場だな。」

「力を得るためですよ。『天帝』には、“不思議な力”あると聞きましてね。」

「ッ…!!」


 凶死が発した言葉に思わず硬直する皇子。


「なるほど、つまり“不思議ちゃん”なのか。」

「その言い方は違うと思うの!」

「ところでアナタこそ何者なんですか?皇女とは一体どういうご関係で?」

「フッ、放尿シーンをも見せ合う仲だ。」

「見せ合ってはないのっ!!あ、アナタが勝手に見せただけですの!」

「とにかくまぁ、乗りかかった船でな。好きにさせてやるわけにはいかんのだ。」

「へぇ~…面白い冗談ですねぇ。でも武器も持たずにどうするおつもりで?」

「フッ、達人は得物を選ばん。お前ごときチビッ子相手なら、コレで十分だ。」


 凱空は燭台を手に取った。


「やれやれ、そんな燭台で私に挑むとは…無謀ですねっ!」


 凶死は〔突風〕を唱えた。


〔突風〕

 魔法士:LEVEL20の魔法(消費MP32)

 激しい風を巻き起こす魔法。街角で使うとミニスカートの女性にボコられる。


「ハハッ、甘いな…!フンッ!!」


 凱空はヒラリとかわし、燭台を振り下ろした。

 凶死の頭は無残にも砕け散った。


「きゃっ、きゃあああああ!頭が!頭がぁーー!?」

「…俺は『勇者』、基本的に何もしないが時々やり過ぎる。」

「やり過ぎにも程がありますの!しかも何故そんなに冷静ですの!?」

「完璧だ…。これならいつでもプロの『スイカ割ラー』になれるな。」

「そんな職業ありませんの!」


 しかし後に割られる側のプロと出会う。


「ん~、だがなんだか拍子抜けだな。口ほどにも無さすぎて…ぶぼあっ!!」


 痛恨の一撃!

 凱空は窓の外までフッ飛ばされた。


「なっ、なんでですの!?なんでいきなり…ハッ!アナタは…!」

「おや、先ほどの『幻魔術』を見破ったのはマグレでしたか?口ほどにも無いのは彼の方でしたねぇ。」


「そんな…!ゆ…『勇者』の人ー!お願いですの!戻ってきてぇー!!」

「無駄ですよ。この高さから落ちたんです、恐らく即死でしょう。フフフ…」


 確かな手ごたえを感じ、自然と笑みがこぼれる凶死。


「そりゃ可哀想に…」


 そしてその背後になぜか凱空が。


「フッ、まぁ私に挑んだ時点で…って、えぇっ!?た、確かに命中したはず…!もしやアナタも幻魔術を…!?」


 想定外の事態に、さすがの凶死も動揺の色を隠せない。


「幻術?アレは『空蝉ウツセミの術』だ。俺は魔導士じゃないんでな。」

「『勇者』が「忍術』使うのはアリなんですの!?」

「この私を騙すほどの忍術…よほどの師を持つと見える。」

「フッ、『通信教育』だ。」

「そんなのありますの!?」


 嘘か真かわからないことを飄々と語る凱空。

 『死神』と呼ばれる自分を前にしても崩れない圧倒的な余裕の前に、凶死は自分がその眼中に入っていないことに気付いたのだった。


「…ふっ、あははは!参りましたね、どうやら私の勝てる相手ではないらしい。」

「む?なんだ、諦めるのか?随分とあっさり引き下がるじゃないか。」

「ま、別に無理して皇女を狙う必要は無いのですよ。私が欲しいのは“力”ですから。」

「…なるほど。代わりに俺に力を貸せというわけだな?だが何のために?」

「詳しい話はその時に…では駄目ですか?」

「ん~、まぁいいだろう。俺は細かいことと常識は気にしない主義だからな。」


 なんともはた迷惑な主義だった。


「助かります。逆に私の力が必要な時は、いつでもお貸ししますので。」

「フッ、俺には必要無いさ。そうだなぁ…じゃあ俺に子でも出来たら頼もうか。」

「わかりました。その時は是非。」


 勇者の悪夢が予約された。




結局、凶死の降参により事態は収束した。空気の読める奴で助かった。

正直コイツの真の実力は計り知れん。これ以上争うのは得策じゃないだろう。


「では、私はそろそろ帰るとしましょう。幻術って意外と疲れるんですよね~。」

「だ、ダメなの逃がさないの!みんなのカタキ…見逃せるわけありませんの!」

「…ふぅ、この国では人を眠らせるだけで罪人ですか?乳母も大変ですねぇ。」


 凶死がパチンと指を鳴らすと、先ほどまでの地獄絵図から一転、ただ兵士達が横たわっているだけの絵に切り替わった。


「えっ!?眠らせ…って、じゃあ全てが幻術だったってことですの…?」


 どうやら最初から、凶死に殺意は無かったらしい。


「凶死よ、ちょっと待て。行く前に少しだけ聞きたいのだが…」

「メジ大陸の『魔王』について…ですね?」

「さすがだな、話が早くて助かる。お前は『王子』と聞いた。しかも『魔国』の王子なれば、その情報は他の者より深かろう。」

「…名は『オワリ』。年の頃は十五・六。それ以上の情報は、残念ながら…」

「いや、十分だありがとう。意外と役立たずだなんて全然思ってないぞ。」

「な、なんだか凄く不本意ですが…今日は去ります。ではまた、“その時”に。」


 凶死は去っていった。


バンッ!


 それと同時に、激しい音を立て扉が開いた。


「皇子様ー!ご無事ですかー!?…ハッ、貴様は…!」


 この非常時に侵入者…兵士が凱空を敵と認識するのも仕方の無い話だった。


「私は大丈夫ですの!い、一応この方が…その…」

「俺は凱空。チャックは未だ全開だが一応客だ。心を込めて接客してくれ。」

「…わかりました。ではコチラへ。」


 凱空は再び投獄された。




 その後、凶死撃退の噂は瞬く間に帝都中に広まった。

 凱空は英雄として崇められ、帝都護衛軍の『兵士監督官』に任命された。


 そして、半年が経った。


「ふぅ…。アイツらは、今頃どうしてるんだろうか…」


夕暮れ時、俺はこの世で最も高いという塔の頂上に来ることが多かった。

遠方より来たせいか、遙か遠くを眺めているだけで妙に心が安らぐからだ。


「ガ~イク♪またここにいたのね。そんなにこの塔が気に入ったの?」


 背後から聞こえた聞きなれた声に、凱空は振り返らずに答えた。


「…皇子か。この場所は他の何よりも高い。友のいる島すら見えそうでな。」

「そう…。あ、ところでどうですの?兵士達は順調に強くなってる?」

「フッ、安心しろ。みんなだいぶ飲めるようになったぞ。」

「何を強くしてるの!?お酒なんか鍛えても意味ないの!」

「それより何しに来たんだ?こんな街外れ、皇女が来るような場所じゃないぞ。」

「べ、べべ別に意味なんか無いの!ちょっと空が見たくなっただけなの!」


 皇子は露骨に動揺した。


「む?どうした、なんだか顔が赤いが…収穫時期か?」

「リンゴやトマトじゃないの!!…あ、そうそう!大事なお知らせがあったの!」

「悪いがもうじき戻らねばならん。用があるなら手短に済ませてくれ。」

「あ、うん。あのね、来月にね、『武術会』があるの。で、凱空…出てみない?」

「武術会か…まぁ賞品にもよるな。俺は堂々と金品に目が眩むタイプだ。」

「しょ、賞品は!その!いいと思うの!きっと凱空も気に入るの!だから…!」

「よし、ならば出よう。俺の参加を手配しておけ。」

「あ…うんっ☆」


金か装備か…どちらにしろ腕が鳴るぜ。


 賞品は『皇女』だ。




 一ヶ月後。それは皇子の言っていた武術会が翌日に迫った夜。

 事態に動きがあった。


「凱空様、大事なお話がございます。洗馬巣と二人、よろしいでしょうか?」


 深夜、何者かが部屋の扉を静かに叩いた。


「む?その声は…あの時の使者か?ということは…よし、入れ。」


 老紳士が洗馬巣を引き連れて現れた。


「お察しの通りです。『魔王』に関する謎、重要なものが幾つかわかりました。」

「そうか、よくやった。で、状況はどんな感じだ?」

「最悪です。かの古代神…『魔神マシン:マオ』が憑いているという説が浮上しました。」


 紳士の口から飛び出したのは、『魔王』よりもさらにスケールの大きな敵。

 さすがの凱空も動揺した。


「か、“神”…だと?なんだその偉そうな存在は?」


 すると今度は紳士に代わり、洗馬巣が話を続けた。


「およそ五百年前…大戦の末、海に封印された伝説の化け物です。」

「神…大戦…。初めて聞く話だが、入手元はどこだ?」

「私の思い出です。」

「一体何歳なんだ!?お前も立派な化け物じゃないか!」

「私も異星の出身ゆえ、他の方よりほんの少しだけ長生きなのですよ。」

「少しってレベルじゃないが…まぁいい。だが何故だ?その神とやらは封印されたって言ったろ?」

「ええ、確かに“肉体”は。ですが奴は、直前に“精神”を切り離したのです。まだ調査の段階ですが、恐らくは『転魂の実』の能力ではないかと。」


転魂テンコンの実>

 食べた者の魂を、体から離脱させることができる果実。

 魂だけでは何も出来ないが、相手に同意があれば他人に憑依できる。

 すでに絶滅しており、今では絶対に手に入らない。


「真の敵は精神体か…厄介だな。魔導士の力が要るが、見つかったか使者よ?」

「東へ向かってください。『大賢者:無印ムイン』がアナタを待っています。」




コンコン


 武術会当日の早朝。

 皇子は誰かが部屋の扉をノックする音に気付いた。


「…どなた?少し待って、いま着替え中で…」

「わかった、終わるまで見てる。」

「ってキャアアアア!なんで既に中にいますの凱空!?今のノックの意味は!?」


 そんな相変わらずの凱空だったが、今日は珍しく少し真面目な顔をしている。


「お別れを言いに来た。急な話だが、旅立つことになったんでな。」

「えっ…ど、どういうこと…?ハッ!まさかアナタ『魔王』と…!」

「ああ、デートの約束があるんだ。」

「こんな時までおフザけとかあり得ないの!馬鹿にしないでほしいの!」

「探させてた有能な仲間も見つかった。これ以上の足踏みは世界が危険だ。」


 いつも通り冗談を交えつつも、いつもとは雰囲気が違う凱空に気付いた皇子は、全力で引き止めた。どうしても行かせるわけにはいかない理由があったのだ。


「だ…ダメ!だって今日は武術会の日だもの!今日だけは絶対にダメなの!」


 皇子の必死さは凱空にも伝わった。

 しかしその真意までは伝わっていない様子。


「悪いな。だが他の奴らも頑張る、俺がいなくても十分に楽し…」

「ダメなの!だって…だって私、優勝者と“結婚”することになってるのっ!!」

「なっ…!?」


 驚く凱空に、皇子は顔を真っ赤にしながら叫んだ。


「私、凱空が好き!凱空以外の人と結婚するなんてイヤなの!だから…!」


 唐突に伝えられた皇子の想い。

 傍から見ればバレバレな恋心だったのだが、鈍感な凱空だけは気付いておらず、それだけに受けた衝撃は凄まじかった。


 しかし、それでも揺るがぬ信念が、凱空にはあった。


「…言ったろ?俺は“肝心な時にはいない男”だと。」

「えっ…」


 知らぬ間に視界から消えていた凱空は、窓の淵に片足をかけていた。


「俺は『勇者』だ。進むは茨の道…俺の地図に“恋路”という道は無い。」

「そ、そんな…!イヤ!イヤなの!行かないでぇ!!」


 駆け寄ってしがみつく皇子の頭を撫でながら、困り笑顔で凱空は語りかけた。


「泣くな皇子。お前はもっと優しい男と結婚し、元気な子を産め。さらばだ!」

「凱空ぅーー!いやぁああああああ!!」


すまん、皇子…!!


 凱空は窓の外へと消えた。


「うぐっ、えぐっ。馬鹿…凱空の馬鹿…!ここ、三十階…」



「うぉおおああああああああっ!!?」



 こうして再び、凱空は旅立った。


 これが皇子との、永遠の別れとも知らずに。

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