【006】一号生:一年の終わり
姫のキッツい一撃で気を失った賢二を抱え、なんとか秘密の部屋から脱出した勇者達は、とりあえず賢二を保健室へと担ぎこんだ。
常に死と隣り合わせの学校であるにも関わらず、常任の保険医がいないこの学園校。代わりに病院の女医が兼務しており定期的にやってくるのだが、今日はその姿は見えない。
「…というわけで、だ。勝手に…そう勝手に迷子になったお前を見事に見つけ、凶悪な魔獣から救ってやったのはこの俺だ。感謝しやがれ。」
しばらくして目を覚ました賢二に、自分に都合のいい嘘を教え込む勇者。
どうやら賢二は、先ほどの電撃のせいでか直近の記憶を失っているらしい。
「えっと、ありがとう勇者君。何も覚えてないのが申し訳ないけど…」
「いや、いいんだ。面倒だから死ぬまで忘れていてくれ。」
ふぅ…まぁ色々と危ういところではあったが…とりあえず、本来の目的はなんとか達成できたと言っていいだろう。
だが、そうのんびりしてもいられない。
「これで『魔法士』も手に入ったし…やっと動き出せるな。」
「へ?何が…?」
「フッ、『秋の遠足』さ。貴様の救出はその準備の一端に過ぎん。」
まぁ急にそんなこと言ったところで、春のアレを知らん賢二に意味がわかるはずないんだがな。
それどころか、こんな初夏に秋の遠足の話なんて振られたら“気が早いなぁそんなに遠足が楽しみなんだね”とか思われてもおかしくない。
フン、残念ながら早いのは俺の気じゃなく貴様の“死期”だ。
「いずれわかる。時間はいくらあっても足りんってことがな。」
そう言い残し、勇者は保健室をあとにした。
室内には意味がわからない賢二と、バツの悪そうな顔をした盗子だけが取り残された。
「え、えっと…ちょっとぶっきらぼうだけど、いい人だよね勇者君て!」
「アンタは…騙されてんだよ…」
「へ?」
「いずれ…わかるよ…」
賢二はその日のうちに思い知った。
そしてそのまま月日は流れ、早くも秋の遠足が近づいてきた。
最初こそ事情を知らず楽観視していた賢二だったが、日々の授業の中で自分の認識の甘さに気付いたらしく、今では誰よりも恐怖に震えている。
先公は淡々と花瓶を作ったりしてるし、盗子は相変わらずウザい。姫ちゃんはいつも可愛い。
そう、何も変わらないのだ。
だから、どうあがいても逃げ切れないというのなら、腹をくくって乗り切ってやるしかない。
「えー、ここでみなさんに悲しいお知らせがあります。」
教室に入るなり、先公はそう切り出した。
どういった類の話かはわからんが、これまでの流れからするときっと良い話じゃない。
他の奴らも同意見らしく、目を合わさない方が得策と考えてか全員が目を伏せていた。
「残念ながら、今回の秋の遠足は中止になりました。」
教師の口から発せられたのは意外な言葉。
皆は一斉に教師に注目したが、そこで瞬時に喜んでしまうほど彼らの心に純粋さは残されていなかった。むしろ猜疑心の塊であり、遠足が中止になるならなるで、また別の地獄が待っているだけとしか思えなかったのだ。
そして恐らく、中止というのもどうせろくでもない理由に違いなかった。
「どう考えても花瓶が足りなくて。」
予想以上にあんまりな理由だった。
「花瓶より“配慮”が足りなくない!?犠牲者が出ないようにすればいいだけじゃん!てかどんだけやられる想定なわけ!?」
思わずブチ切れる盗子。
ここから盗子と教師の一騎打ちが始まる。
「ぶっちゃけ勝てっこないですしね。」
「えっ、なんで今になってサラリとぶっちゃけるの!?なんでそれを春に言えなかったの!?」
「酷いですねぇ盗子さん。“ぶっちゃけ勝てっこないけどいってらっしゃい”なんて言えますか?」
「いや、言う言わないじゃなくて!わかってたなら行かせんなって言ってんの!」
「んー、でもこれでも今年は結構加減してるんですよ?夏休みの宿題も甘めでしたし。」
「あれで!?“一人一体魔物狩ってこい”とか…逆に何人が狩られたと思ってんのさ!?」
「あ~、それは聞き間違いですよ。本当は“一人一体魔物かかってこい”です。」
「結局かかってくるんじゃん!やっぱり結末同じじゃん!」
「それに、冬には大したイベントは無いんです。『地獄の雪山登山』があるだけですし。」
「思っきし“地獄”って言っちゃってるし!まぁこの学園生活は毎日が地獄っちゃ地獄だけども!」
「ですが…厳しくしなければ、立派な冒険者にはなれませんよ?」
「それ以前に冒険者にすらなれないじゃん!旅立つ先が“あの世”じゃん!果たして何人が無事に卒業できるかって感じだよね!?」
「卒…業…?」
「全滅なの!?なにその“なんですかそのイベント?”みたいなありえないリアクション!?」
「ま、なるようになりますよ…フフフ。」
そんな先公の言葉通り、とりあえずなるようにはなった。
秋の遠足は宣言通り行われなかったし、地獄の雪山登山とやらも今年は異常気象で雪が降らず中止になったのだ。
なんだか若干肩透かしを食らったような気分ではあるが、確かにまだ力不足なところもあったからな…これで良かったんだろう。
おかげでだいぶ力もついてきた気がするし、来年度が楽しみだ。
もうじき春が来る。
そして俺は二号生になる。