【059】ガラン洞窟の決戦(5)
相原医師の謎の薬により、猿のような姿と化した勇者と、群青錬邪の戦闘は熾烈を極めた。
ニ十分ほどが経ち、勇者の最後の分身体が倒された頃には、群青錬邪もまたかなりぐったりとしていた。
「ゼェ、ゼェ、やっと…駆除できたか…ゼェ…畜生め……」
致命傷こそ受けてはいないものの、防御と攻撃で全力を使い果たした様子の群青錬邪。
マントにも広範囲に血が滲んでいる。
「チャンスじゃん!これって絶好のチャンスなんじゃない!?ねぇ姫!?」
「でもそんなに怪我はしてないよ?私にはわかるよ。」
「へ…?それってどーゆー…」
「…チッ!そういや『療法士』だったか…抜かったぜ…!やっぱ死神の野郎みてぇにゃ、いかねぇもんだなぁ!」
なんと、満身創痍な感じはフェイクだった。
群青錬邪は防御に神経を注ぎつつ、密かに力を蓄えていたらしい。
「一発ブン殴って気付いたぜ。さっきの分身体…原理は恐らく体毛を媒介にして大気中の氣を集約し、具現化する類のやつだ。それが意味するところ…テメェにも記憶力ってもんがあるなら、わかるんじゃねぇか小娘?」
群青錬邪の言葉の意味する所に、盗子は心当たりがあった。
「じゃ、じゃあ前に…巫菜子の『大地の精霊』の攻撃を吸い取ったみたく…!?」
「そういうこった。打撃はだいぶ食らったしダメージはあるが、それ以上に得るもんがあったぜぇ!まぁ安心しろ、すぐに返してやらぁああああああああ!!」
群青錬邪は攻撃態勢に入った。
「う、うわぁーーん!もう終わりだよぉーーー!!」
「えっとね盗子ちゃん、引いてみたよさっきの『魔導クジ』。これ何かなぁ?」
「えっ!?こ、この魔法は…!?姫!勇者!こっちへ…」
「死ねぇええええええっ!!」
チュドォオオオオオン!!
群青錬邪、必殺の攻撃。
辺り一帯が消し飛んだ。
「…ふふ、フハハハハ!やった!やってやったぜ雑魚どもがぁ!これで…」
確かな手応えを感じ、勝ち誇る群青錬邪。
だがこの手の展開でその反応は…早合点であるのが世の常だった。
「ふぅ~、危なかったよ。もうちょっとでアウトだったね~。」
「なっ!?な、なんだテメェは!?何モンだ!?」
爆煙の中から現れたのは、盗子のようで盗子でなく、姫のようで姫ではない謎の少女。
ちょうど二人を足して二で割ったような容姿に見えた。
「アタシ…?アタシは『姫子』。魔法〔三位一体〕によって降臨した、『盗賊』と『療法士』の力を併せ持つ…美少女戦士だよ。」
〔三位一体〕
賢者:LEVEL48の魔法(消費MP220)
人間・魔人・魔獣等、三体を融合させる超高等魔法。
成功例が少ないため、何が起こるかは謎に包まれている。
「テメェ…さっきの小娘どもに似てやがるな。変身でもしやがったのか…!?」
「〔三位一体〕を使ったの。合体ロボに変形したんだよって誰がロボだよ!」
姫子の中で盗子と姫が戦っている。
「さ、三位一体…だと…!?にしては小僧の面影は全然なくねーか…?」
「ノー!そんなことはないッキー!」
「いや、それ一時的なキャラじゃねーか!そんな適当な仕様なのか!?」
「そんなことより、いいの?さっき攻撃外しちゃったよね。もうお陀仏さんじゃない?」
余裕の笑みを浮かべる姫子。
だがそれは群青錬邪も同じだった。
「…フッ、甘ぇな!一度放ったら技は終わりと思ったか!?」
「えっ…?」
なんと!放ったオーラがブーメランのように戻ってきた。
そして幾重にも枝分かれして姫子に向かって降り注いだ。
ズドッ!ズドドッ!ズドドドォオオオオオン!!
激しい攻撃の後、轟音と土埃が晴れると、そこには…傷だらけになってはいるものの、なんとか生きた状態の姫子がかろうじて立っていた。
「う…ぐっ…ちょっと…痛かったかも…」
「ほぉ、今ので砕け散らねぇとは随分と頑丈じゃねぇか。まぁ生きてりゃいいってもんでもねぇがなぁ!ブハハハハ!」
「…でも、もうコツがわかったよ。次はキュウ~ってしてキュピーーンってなってキュパァアアってなるよって意味わかんないよ!!」
傍から見るとただの情緒不安定な人だった。
「コツだぁ?強がるじゃねぇか小娘。次はもう食らわねぇとでも?それとも、もう次の攻撃は無ぇとか思ってんじゃねぇだろなぁ…?」
「やめといた方がいいよ。それ以上は死んじゃうよ?」
「…ケッ、それ以上もクソも無ぇさ。どのみちもう、後戻りのできねぇ所まで…来ちまってるんでなぁ!!」
群青錬邪から再び強大なオーラがほとばしった。
まるで命を燃やしているかのようだ。
「ギャハハハ!今度こそ、終わりだぁあああああ!!死ねぇえええええええ!!」
群青錬邪の攻撃。
だが姫子は避けようとすらしない。
「なぁっ!?テメェ、なんで…」
「終わり…そう、終わりだね。アンタがね!!」
なんと!姫子は攻撃を受け止めた。
そしてなぜか逆に回復した。
「うぇっ!?う、受け止め…つーか逆に回復してんのは何故だっ!?」
「アタシは『盗賊』と『療法士』…相手のパワーを盗んで回復できるよ。諦めて死ねばいいと思う。」
「くっ…がはっ!オイオイ、なんだよ反則じゃねぇか…そんなの…ぐはぁっ!!」
群青錬邪は崩れ落ちた。
数分後。〔三位一体〕の変身が解けると同時に、猿化していた勇者もまた人の姿に戻っていた。
「…どう?今後心を入れ替えると言うなら…治療してあげてもいいが?」
力なく横たわる群青錬邪に向かって、勇者は意外な言葉をかけた。
「ちょ、なに言ってんのさ勇者!?そんなことしたらまた襲いかかって…」
「殺すのは簡単だけど、できれば人は殺したくない。それじゃ悲しみの連鎖は断たれないと思うんだ。」
「ゆ、勇者…今さらだけどホントに勇者だよね…?」
「…フン、小娘の言う通りだ…放っとけ。どうせ俺の体は限界だ…げふっ!もう、助からねぇよ。」
消え入りそうな声で群青錬邪は言った。
確かにその言葉通り、治療できるレベルはとうに超えているように見えた。
「じゃあせめて、これ以上苦しまないように僕が介錯を…」
勇者が情けをかけようとした、その時―――
「ハハッ、舐めんなガキが!誰がテメェなんかの手にかかって死ぬかぁー!!」
「なっ…!?」
なんと!群青錬邪は自分の胸を貫いた。
「そ、そんな…!群青錬邪!しっかり!しっかりするんだ!」
勇者は慌てて駆け寄ったが、それがもう助からない傷だというのは一目でわかった。
「ぐふっ!ぶはぁ…!そ…そうか…やっとか…やっと…俺は……」
苦しそうに血を吐きながらも、なぜか安堵したような声を漏らす群青錬邪。
「や、やっと…?“やっと”ってどういう意味なんだ!?一体何を…」
「…ブハハハ!テメェ、俺を誰だと思ってやがる…“悪党”だぜぇ?教えてやるかよ!んなこたぁ自分で…考えな…」
「し、死ぬな!死ぬんじゃない群青錬邪!これじゃあ…これじゃあ結局…」
勇者は激しく揺さぶったが、もはやその声は届いていないようだった。
「ふ…ふふ…。できるなら…そうだなぁ、次は…もうチョイ華やかな…色に……」
群青錬邪は息絶えた。
「くそっ!ちくしょう…!」
悔しがる勇者に、盗子はどう声をかけていいかわからない。
「ゆ、勇者…」
「結局僕は…何の活躍もしてないじゃないか…!」
「ゆ、勇者…!?」
あくまでも自分の都合だった。
激戦の末、なんとか倒せた群青錬邪。
でもよく考えると結局は自滅だった気がしないでもない。
僕らの前の黄錬邪戦で消耗してたのかとも考えたけど、いま思うと最初から限界だったようにも思えた。
その後僕達は、倒れた黄錬邪と群青錬邪を弔うことにした。
こうなってはもう敵も味方も関係ない。
「燃やしてやろう。せめて最後くらい、赤い炎を身に纏うがいいさ。」
「アタシらがもっと早く着いてれば、もしかしたら黄錬邪は…。グスン。」
勇者は火を放った。
二人の遺体は炎に包まれた。
「勇者君…」
「姫ちゃん…いや、悪いけどさすがにこの状況で芋を持ってこられても…」
「アンタ不謹慎だよ!てゆーか人と一緒に焼いたような芋が食えるかー!」
「死んじゃってもね、お腹はすくと思うの。だから…」
「えっ…な、なんかゴメン…。いや、アンタの日頃の行いのせいなんだけども。」
こうして二人を弔い、ガラン洞窟から脱出した三人は、早速次の街を目指して旅立つことにした。
今の五錬邪の本拠地があるという『タケブ大陸』を目指すには、とにかく北上するしかない。
「じゃあ、そろそろ行こうか。先を急ごう。二人とも、忘れ物は無い?」
「うん!」
賢二のことは忘れた。