【057】ガラン洞窟の決戦(3)
『療法士』のはずなのに、なぜか誰かを召喚できちゃった姫ちゃん。
このフードの人は一体…?
見覚えはいないけど、なんだか凄い悪寒がする。
キャシーなんか超高速でプルプルと震えている。
「ふぅ、やれやれ姫さんの仕業ですか…。これでも私も色々と、忙しい身なんですがねぇ…」
自分の置かれた状況を瞬時に理解し、不本意そうな顔を見せる教師。
対照的に、記憶の無い勇者は当然何が起きたか理解できない。
「だ、誰なんだお前は?僕達の味方?それとも敵なのか…?」
「おや?しばらく見ないうちに面白いことになってますねぇ…勇者君。」
「だ、大丈夫だよ勇者!この人は先生でアタシらの味方…味方だよね!?」
盗子は念のため確認した。
教師はもちろん答えなかった。
「チッ、そうかよテメェが『死神の凶死』かよ…。前ん時も最後に邪魔してくれたそうじゃねぇか。」
突如現れた訪問者に警戒していた群青錬邪だったが、その素性を知ってさらに警戒の色を濃くした。
「ったく、まさかテメェほどの大物が来やがるとはなぁ…。例の占いが現実味を帯びてきやがったじゃねぇか。こりゃあ命を懸けなきゃ…なんねぇよなぁ!!」
群青錬邪は力を解き放った。
強力なオーラが周囲を包む。
「くっ、一瞬でここまで強くなるとは…!一体何が…!?」
勇者は気圧されてしまった。
「やれやれ、馬鹿なことを…。この急激なパワーアップ、“リミッター”を外しましたね?」
「ゲハハ!細く長くってのはガラじゃねぇんでな!」
教師があきれたように問いかけると、群青錬邪は余裕の高笑いで返した。
「リミッター…アタシ聞いたことあるよ!実は人って、潜在能力の半分も使えてなくて…」
「ええ。しかしその力を無理矢理引き出せばどうなるか、わかりますよね?」
ピポーン!
どこからか謎の電子音が聞こえた。
「ハイ姫ちゃん!」
「わかりません!」
「うん、可愛いから正解!」
「って空気読めよアンタら!!」
いまいち緊迫感が足りない。
「そーいえば前に勇者が言ってたっけ。勇者親父によると、コイツってば元々は大して強くなかったとか…。で、でもさ先生!そんな簡単に限界超えられるとかアリなわけ?だったら修行とかすんの馬鹿くさいじゃん!」
「ええ、なので解せないのですよ。リミッター解除についてはかつて多くの実験が行われましたが、そのほぼ全てが失敗しています。唯一の成功例も、自我が崩壊しすぐに絶命したと聞く…。彼の今の状態は、異例過ぎるのですよ。」
盗子は教師が詳し過ぎて引いた。
「恐らく何かしらのカラクリがあるのでしょう。是非ともお聞かせいただきたいものですねぇ。」
教師が探るように目を向けると、群青錬邪は答える代わりに大量の血を吐いた。
「ぐはぁああっ!!ゲハッ!ぐほっ…チッ、やっぱしキツいぜコイツぁ…」
群青錬邪は押せば倒れそうなほどフラフラしている。
「な、なんか意外と楽に勝てそうだったり…?演技とかじゃ無いよね先生?」
「さぁどうでしょう?でもまぁ命を削るわけですからね、死期が早まるのは必然でしょうね。」
「うぐっ…!ゼェ、ゼェ…ハハッ、まぁ色々とあってなぁ。だが安心しろよ、テメェらを血祭りに上げるくれぇはできるぜ?」
凄む群青錬邪。
だが教師は鼻で笑った。
「それこそどうですかね~。アナタごときがお一人で、この私に勝てるとでも?」
「ヘヘッ、確かにキツいかもしれねぇな…一人じゃなぁ!!」
「ああ!一人だったらなぁ!!」
なんと!教師の背後に群青錬邪がもう一人現れた。
「なっ…?くっ…!」
群青錬邪×2の攻撃。
教師は瞬時に魔法障壁を張った。
だが防ぎきれなかった。
「ぐっ、やれやれ…参りましたねぇ…。私としたことが油断…しました。」
背中に深手を負い、片膝をつく教師。
「ほぉ、ガキどもを庇ったか。『死神』とか言われてるくせに随分とまぁ甘ちゃんじゃねぇか。」
「…フフ。彼女らにはこんな所で死なれては困るんですよ。もっとこう…ねぇ?」
「一体アタシらにどんな凄惨な死を望んでるの先生!?余計に怖いんだけど!」
いま死んだ方が幸せなのかもしれない。
「にしても、もう一人…同じ色のが潜んでたとはな。他に仲間は来てないとか、わざわざ言ってきたのは…こうやって油断させるためか。」
勇者はやっと敵の企みに気付いた。
「で、でも先生も騙せるくらい上手に隠れられるなんて…!」
「フッ、氣を操作するのが『氣功闘士』の専売特許だからよぉ。気配を操るくらいお手のもんさ。」
「じゃ、じゃあ後から出てきた方が本物ってこと!?でもその割にアンタの声も同じだし…」
便宜上、元からいた方を群青錬邪A、後から来た方をBとするが、AいわくBが『氣功闘士』なのだという。
しかし、声やこれまでの会話の内容からは、Aの方も偽者とは考えづらい。
「まぁどうせ死ぬんだ、教えてやるか。正解は…性能はどっちも俺なのさ。コイツは『写念獣』、言うなら俺の分身ってやつでなぁ。」
<写念獣>
触角に触れた人間の性質を写し取る魔獣。
見た目だけなら服や武器などの装備まで真似ることができる。
絶滅危惧種であり、今ではその存在を知る者自体少ない。
「そ、そんな便利すぎる奴がいんの!?反則じゃん!先生知ってた!?」
「ええ。かなりの希少種と聞きます。確かもうこの世に一・二体とか…。私も欲しかったんですがねぇ。」
絶滅危惧種で良かった。
「さぁいくぜテメェら?俺には時間が無ぇんでな。一瞬で消してやらぁ!!」
「なるほど…時間を稼げば自滅するわけか。その手があったか!」
「ちょ、勇者!確かにそうだけど『勇者』としてそれはどうなの!?」
「さて…下がっていなさいキミ達。今一度みなさんに、戦い方というものを教えてあげましょう。」
深手を負ったはずの教師だったが、勇者達では相手ができないと思ってか、この場を引き受けるつもりのようだ。
「で、でも先生…血が…!下手に動いたら死んじゃうよ大丈夫!?」
「平気ですよ盗子さん。どのくらい血を流したら人は死ぬのか…そのあたりの実験は、たくさんしてきましたから。」
「それって被験者は自分じゃないよね!?加害者側の目線でだよね!?それはそれで頭大丈夫!?」
「まぁとりあえず…結構危険な状態なのであまり動かないことにします。先ほど勇者君が言った通り持久戦に持ち込めば、あるいは…」
思いのほか重傷らいし教師は長期戦狙いのようだが、群青錬邪達がそれを許すはずがなかった。
「おっと!こんな好機をみすみす逃すわけねぇだろ!?いくぜ相棒、短期決戦で決めるぜ!!」
「おうよ!見せてやろうぜ俺らの全力…!食らいな死神、『群青波状氣砲』!!」
群青錬邪×2の攻撃。
二人から放たれた光線が教師達に襲い掛かる。
ズドドドドォオオオオオオン!!
わずか数十秒の間に、村が一つ滅びそうなほどの攻撃を叩き込んだ群青錬邪達。
そのあまりの攻撃力に、生徒達を護るのが精一杯だった教師は、先ほど以上の深手を負い血まみれになっていた。
「なっ…ば、馬鹿な…なん…で……」
四つん這い状態で、これまでの余裕は見る影も無いほど狼狽する教師。
「そんなぁ…!こんな余裕無い先生、アタシ見たことないよ…!」
想定外の光景に、盗子は絶望し群青錬邪達は色めき立った。
「ゼェ、ゼェ、やってやったぜ…!どう見ても致命傷、だ…!」
「ああ…!ゼェ、ゼェ、棚ボタでこんな大物の命までとれるとは…今日は随分とツイてやがる!だったら、畳み掛けるなら…今だぜ…!」
群青錬邪×2は力を溜め始めた。
「ま、待っ…やめ…!」
教師は必死に懇願するが、もちろん敵がそれを聞き入れるはずがない。
「食らいやがれ死神ぃ!貫けぇえええええ!『群青尖氣砲』!!」
痛恨の一撃!
教師の腹部をレーザービームが貫いた。
「せ、せんせぇええええええええええ!!」
盗子の絶叫がこだまする中、ボロ雑巾のようになった教師は無残にも崩れ落ち、そして…群青錬邪Bの姿へと変わった。
「…は?ぬぁああっ!?あっ、あ…相棒!?じゃあ…だったら…!!」
群青錬邪Aは恐る恐る振り返った。
するとそこには、傷一つ負っていない教師の姿があった。
「ば、馬鹿な…貴様…傷は…!?」
咄嗟に教師から距離を取る群青錬邪A。
「おや?私が『幻魔導士』だというのは、ご存知だったと思いますが?」
「ま、まさか全部が“幻”だったと…?なんてチートな職業なんだ…!」
驚きのあまり、勇者も盗子も呆然としている。
姫はいつも通り呆然としている。
「チッ、なんてこった…最初っからテメェの手のひら上だったってことかよ…!」
状況を理解し、もはやうなだれるしかない群青錬邪A。
「でもさ先生、なんで今の隙にそいつ倒さなかったの?チャンスだったんじゃ…」
「え…?だって、真相を知って絶望する姿…見たいでしょ?」
ド畜生な発想だった。