【056】ガラン洞窟の決戦(2)
群青錬邪の潜むガラン洞窟で、賢二を食べたはずの魔物が、なぜか姫ちゃんの出産に成功した。一体何がどうなって…?
原理はまったくわからないけど、嬉しい誤算なので素直に喜ぶことにする。
「ひ、姫ちゃん!?な、なんでキミが出てくるの!?ぃやっほーい!!」
「やっぱ生きてたんだね姫!でもどうやってあの怪鳥から逃げてきたの…?そして勇者はなんで姫のことは覚えてんの!?」
「ワタシ 姫チガウ。メカ姫チャン。」
「えっ!ま、まさかまたお兄ちゃんからの刺客とかなの!?」
「盗子ちゃんお久しぶり。」
盗子は無駄に混乱させられた。
「にしても、賢二は一体どこへ行ったんだろう?まさか既に消化されて…?」
「あ~、きっと『移食獣』に食べられたんだよ。お腹が繋がってるんだって。」
「ふーん、よく知ってんね姫…って、まぁ今まさにその道を通って来たんだから知ってても不思議じゃないけども。」
こうして姫と合流した勇者と盗子は、賢二のことは考えないことにして上を目指すことした。
最初の穴からだいぶ下まで落ちたので、元いた場所まで戻るだけでも一苦労。しかし更に上まで道は続いていたため、そのまま群青錬邪の後を追って歩を進めた。
途中、数々の罠が勇者達を待ち受けていたが、なんとかかろうじて回避し続け、そしてようやく一番上と思われる場所まで上がりきったのだった。
「ハァ、ハァ、こんな上に長い洞窟とかアタシ初めてだよ…さすがに疲れたよね…って、どうしたの勇者?何か考え事?」
勇者は奥歯に何かが引っ掛かったような顔をしている。
「…ん?うん…少し解せないことがあるんだ。お前にはわからないだろうけど。」
「わ、わかるもん!こんな辺鄙な洞窟に、なんでこれだけの罠が仕掛けられてるのか…。それに五錬邪の幹部なはずの群青錬邪が、なんでわざわざ出張ってきてるのか…ってことだよね?」
「…ん?うん…少し解せないことがあるんだ。」
「なんで超自然にテイク2に入ったの!?当てちゃったからって無かったことにすんのやめてくれる!?」
「まぁいいさ、敵はこの扉の先にいると思って間違いない。気になることは直接本人に聞けば…」
「ああいいぜ答えてやるよ、冥途の土産になぁ!!」
勇者が言い切る前に、扉の向こうから声が聞こえた。
「ッ!! 危ない姫ちゃん、避けろぉーーーー!!」
勇者は姫を突き飛ばした。
ついでに盗子を蹴り飛ばした。
ズドォオオオオオオオオオン!!
強力な氣功波が分厚い扉を吹き飛ばした。
勇者達が元いた場所はとんでもない状況になっているため、盗子は蹴られた文句を言おうにも言えない。
「ほぉ…うまいこと避けたじゃねぇか。まぁそうでなきゃなぁ。」
土煙が晴れて群青錬邪が現れた。
「フッ、余裕だよ。あまり僕を舐めない方がいい…。さて、改めましてこんばんは群青錬邪!本日はお日柄も良くお前を倒す!!」
「ゆ、勇者!?動揺が全然抜けきってないよ大丈夫!?」
急な攻撃のせいで未だ動転している勇者。それとは正反対に余裕に満ち満ちた様子の群青錬邪は、本当に前言どおり冥途の土産をくれるつもりのようだ。
「今ので死ななかった褒美に、さっきの疑問に答えてやるよ。なんでこんな場所に大量の罠を仕込んで、この俺がわざわざ出向いたのか…その理由は」
「勇者君、メイドのお土産って何かなぁ?」
「んー…メイド服とか?」
「って聞けよ!!褒美とか言って語り始めた俺が馬鹿みてぇじゃねーか!」
盗子はなんとなく親近感を覚えた。
「ったく、だいぶ気が削がれたが…ここまできたら途中でやめる方が気持ち悪ぃ、続けるぜ?テメェのさっきの疑問についての答え、それは単純な話だ。今回のターゲットである“三人”をブチ殺すには、それだけの準備が必要だっつーだけの話だよ。」
「三人…?今日のメンバーで三人と言ったら…」
「ああそうさ。まず一人目は裏切り者の初代イエロー…黄錬邪。いや、“黄錬邪だったもの”…か。」
「へ?“だった”って…うわっ!?ちょっ、勇者!アレ見て…!」
盗子は岩陰の何かに気づいた。
なんと!血まみれの黄錬邪が転がっている。
「なっ、黄色い人!?だ、大丈夫か黄色い…いや、今は赤い人!」
「色にこだわってる場合じゃないから勇者!人として間違ってるからそれ!」
「そうだよ勇者君、間違ってるよ。」
「ね!?そうだよね!もっと言ってやってよ姫!」
「足して“オレンジの人”だよ。」
「アンタも間違ってるし、そんなアンタに期待したアタシも間違ってたよ!」
「き、貴様よくもオレンジの人を…!それでも元仲間なのか!?外道め!」
「フン!逆らう奴は誰であろうと薙ぎ倒す…それが俺達のやり方なんだよ。道を分かった時から、どちらかがこうなる運命だったのさ。」
そう話す群青錬邪の目を盗みつつ、盗子は慌てて駆け寄ったが、声をかけても揺すっても黄錬邪はピクリとも動かない。そしてその間にも真っ赤な血がドクドクと流れ続けていた。
「ど、どうしよ姫!?なんとかできないの!?アンタ『療法士』でしょ!?」
「やってみたけどダメだったよ…。ゴメンね、オレンジの人…」
「そ、そんなぁ…!」
返事が無い。既に屍のようだ。
姫は珍しくまともに治療したようだが、残念ながら遅すぎたらしい。
「そして次…二人目のターゲットは当然、初代レッド…テメェの父親だ。」
群青錬邪は悲しむ盗子達をよそに話を続けた。
「父さん…ハッ!まさか今いないのは、まだ来てないんじゃなくて…もう…!?」
「そのまさかだよ。レッドは地下でブラック…黒錬邪が捕捉したと、さっき連絡が入った。今頃はもう…いっちまった頃さ。」
「なっ、逝って…!?じゃあもう…“あの世”に…!?」
「いや、“飲み”に…」
「飲みに!?」
「昔っからフザけた二人だったが、いい歳こいて未だにあんな感じとかやってらんねーよマジで!!」
荒れる群青錬邪。
どうやら大親友だった二人は、再会を祝して飲みに出かけたようだ。
「やれやれ参ったね…お互い苦労させられる側みたいだ。でもまぁ今は考えても仕方ない、気を取り直して続きを聞こうか。」
「フン、言わずもがなだろう?三人目は他でもねぇ、テメェだよ小僧。」
そう言って勇者を指す群青錬邪。
話の流れから大体わかってはいたが、過去の記憶が無いため勇者にはイマイチ理由がわからない。
「まぁこれまで何度か邪魔されたってのも理由のうちだが、それ以前に『元魔王:終』…その落とし子であるテメェの存在を、疎ましく思う奴がこの世には一定数いるのさ。恨むなら、ろくでもなかった親を恨むんだな。」
両親ともになので勇者は泣くに泣けない。
「そうか…やはり僕もターゲットの一人だったか。僕はそれほどの強敵として認識されてるんだね、やれやれだよ。」
「おっと、調子に乗るんじゃねーぞ?テメェにゃそこまでの警戒はしてねーよ。問題はテメェの…“裏”にいやがる奴さ。」
「ふふふ…バレちゃったらしょうがないね。」
姫は勇者の後ろで“それっぽい感じ”を出した。
「いや、今うしろにいる奴って意味じゃねーぞ。面倒だなお前。」
「ゆ、勇者の裏ってどーゆーこと?アタシ全然知んないんだけど…?」
「あん?小僧を始末しようとこれまで何度となく刺客を差し向けたが、ことごとく返り討ちに遭っててなぁ。『深緑の疾風』…知らねぇとは言わせねぇぜ?」
「フッ、これっぽっちも知らない。」
麗華の通り名だが勇者達は知らなかった。
「だがもう関係無ぇ。ここまで誘い込んじまえば、そう簡単にゃあ助けに来れねぇはずだ。観念するんだなクソガキ。」
「なるほど、足止めするような罠が妙に多かったのはそういうことか…。黄色い人に父さん、そして僕を順に始末するつもりだったってことだね。」
「その通りだ。わざわざ上がって来ねぇで逃げりゃあ良かったものを…ちょっと逃げる振りしたらまんまと追って来やがって。馬鹿な奴らで助かったぜ。」
どうやら勇者達はまんまと敵の術中にはまっていたようだ。
だが今さら退くに退けないので、もはや開き直るしかない。
「フン、馬鹿なのはそっちなんじゃないか?どうせ袋叩きにするんなら、もっと大軍を用意すべきだったと思うけど。」
「無駄に多けりゃいいってもんじゃねぇさ。レッドはともかくイエローは慎重な奴だったからな…人が多けりゃそれだけバレるリスクが高かった。深緑の奴なんか、どこで見てるかもわかんねぇしよぉ。」
意外にも慎重に考えられた作戦だったようだ。
群青錬邪のガサツな言動から考えると、他にブレーンがいると考える方が妥当かもしれない。
「バレねぇことを最優先にした結果、人数こそ少なくなっちまったが、まぁ俺ら…俺とブラックさえいりゃあ…」
「いれば…?」
勇者はわざとらしく周囲を見渡した。
「い、いいんだよ!レッドの相手はブラックじゃねぇとキツいが、テメェらごときは俺の敵じゃねぇ!」
「やったね勇者君!味方が増えたよ!」
「違うそうじゃねぇ!やっぱ面倒臭ぇな小娘テメェ!」
空気を全く読まない姫に戸惑う群青錬邪。
しかしそれ以上流されることはなく、気を取り直して話を戻した。
「さてと…さすがに無駄話が過ぎたな。もう十分だろ、そろそろ死んでくれや。」
命懸けの戦いが始まる。
カクリ島での激戦以来となる群青錬邪との再戦は、立ち上がりこそなんとかなっていたものの、徐々に勇者達の劣勢の色が濃くなり始めた。
前回はまだ片手片足に付いていた囚人を縛る枷『呪縛錠』が、今は完全に外されていることが最大の原因と思われる。
また、勇者もあの日以来随分と強くなってはいるはずだが、記憶が無いことが影響してか明らかに動きが鈍い。
「ハァ、ハァ、疲れた…!息が…切れ…す、吸えない…!」
「だ、大丈夫勇者!?なんかアンタ息切れ早くない!?」
「もう…ハァ、ハァ、歳なのかも…!」
「いや、その線だけは無いよ!アタシらまだピチピチの十二歳だよ!」
「私も…ハァ、ハァ、プリンが…吸えないよ…!」
「プリンはストローで吸うもんじゃないから姫!行儀悪っ…てゆーか戦闘中!!」
防戦一方の勇者達。決着の時はそう遠くないのかもしれない。
「なんだよオイ、もう息切れか?逃げてるだけじゃ勝てねぇだろが。」
余裕がうかがえる群青錬邪。
だが前回最後に大逆転されたことを思い出してか、油断しているようには見えない。
「ハァ、ハァ、そういうお前も、随分と大人しいじゃないか。そっちは、本当に歳のせいかな?」
「フン、こっちも訳アリでな。フルパワーは時間制限が…いや、なんでもねぇ。」
油断しているのかもしれない。
「バレバレだよ!そこまで言っちゃったらもう誰にでもわかるってば!」
「そういえば賢二から聞いた。前に僕が戦った黄緑の奴は、いきなり血を吐いたって…。理由はそれか?」
「…どうやらテメェらは知りすぎたみてぇだな。まぁ知ったところで、触れ回る先も機会も無ぇんだが。」
勇者の予想が当たっていたのか、群青錬邪は声のトーンが変わった。
「ど、どうしよう本気んなっちゃったよ!もうダメかもー!」
「大丈夫だよ盗子ちゃん、私がなんとかするよ!」
いつになく姫はヤル気満々だが、変に張り切るとうっかり大惨事を引き起こしかねないため余計に危険だ。
「ゆ、勇者気をつけてー!下手すると尋常じゃないとばっちりが…」
「誰かお助けしてほしいよ!むー!〔招待〕!!」
姫は〔招待〕を唱えた。
〔招待〕
召喚士:LEVEL20の魔法(消費MP30)
どこかの誰かをランダムに呼び出す魔法。入浴中に呼ばれると大ピンチだ。
「なっ!?それは『召喚士』の魔法なはず…!その小娘は『療法士』じゃなかったのか!?」
群青錬邪の言う通りだが、なぜか魔法は成功した模様。
地面に描かれた光の六芒星…煙が立ち込めるその中心には、確かに人影のようなものが見えた。
その時、『タケブ大陸』にある五錬邪の居城では―――
「どうしたゴクロ、一人でニヤニヤして。気持ちの悪い奴だ。」
窓際でなぜか不気味に笑うマジーンの姿を見て、赤錬邪はいぶかしがった。
「ん?いや~…今頃は群青のダンナ、お楽しみの頃かな~と思ってねぇ。」
「フン、お前の作戦通りなら…だろう?俺としてはやはり大軍で圧倒すべきだったと思うがなぁ。」
「まぁしょーがねぇだろ?ダンナのご希望さ。最初はダンナもそっち寄りだったんだが、俺が馴染みの『占い師』から聞いた一節をうっかり漏らしたら…な~んか急にムキになっちまってよぉ。詳しく聞くかい?」
「フン、眉唾物に興味は無いな。それより煙草は外でやってくれ、壁が汚れる。」
「へ~い。そりゃ悪ぅござんした。」
舌をペロリと出しながら火を消し、マジーンはバルコニーへと移った。
そして思い出すように、占い師から聞いた言葉を呟く。
「“群れを外れた瑠璃色の子羊は、冷たく閉ざされた穴ぐらの中で、愚かに儚く朽ちるだろう”…フッ、この程度の煽りでキレるとか短気すぎるよなぁ。」
二本目の煙草に火を付けるマジーン。
「ん…?あ~、そう言やぁ大事そうなのがもう一節あったっけなぁ。こっちは言ってねぇや…ま、俺には関係ないがね。」
そう言うとまた薄気味の悪い笑みを浮かべた。
「“時空を繋ぐ扉が開き…そして、悪魔と出会うだろう”…か。ふぅ~…」
マジーンがふかした煙草の煙が、空に霞んで消えた頃―――
シュウウウゥゥウゥ~…
姫の魔法の煙も晴れて、そして―――
「さぁ皆さん、授業の時間です。」
学園校教師、『死神の凶死』が現れた。