【055】外伝
*** 外伝:姫ちゃんが行く ***
それは、ナンダの魔の手から盗子を救出した後のこと。
神探しの旅を始めた勇者一行は、ギマイ大陸にある『タダノ村』を訪れていた。
「ハァ~、ここにも何の手掛かりも無しか~。あれ?賢二、勇者は?」
「なんか暇つぶしに村長をシメあげてくるとかなんとか…」
記憶を失う前の勇者は基本的にそんな感じだった。
「私はお腹がすいたよ。三度の飯よりご飯が好きだよ。」
「いや、それじゃただの飯好きじゃん!もっと意味を考えてから発言してよ!」
相変わらずノンキな姫に、普段ならもっと緊迫感を求めるところだが、そんな気持ちにもならないくらいここ数日穏やかな日々を過ごしていた一行。
とはいえ、あまりにも何も無さすぎて、それはそれで賢二を不安にさせていた。
「でもさ盗子さん、ここまで何も無いとなんか間違ってるんじゃないかって気がしてくるよね。」
「そだね~。もっとこう、せめて敵が現れるとかあれば信憑性増すんだけどね。姫もそう思わない?」
「宝を守る怪物みたいな?」
「そうそう!そういう意味ありげな存在を待ってるんだよー!」
それを聞いた姫は、ホッとしたように上空を見上げた。
「良かったね、待ってたよ。」
「クエェ!」
桃色の毛に覆われた巨大な怪鳥が現れた。
賢二と盗子は恐怖のあまり腰を抜かした。
「わわわ…!う、嘘なの!さっきの“待ってる”とか嘘だからどっか消えてー!」
「な、なんか思いっきり僕のことだけ見てるんだけど…!?う、嘘だよね違うよねうわぁああああああああ!?」
「クェ。」
怪鳥は賢二を咥えて飛び立った。
「や、やめてぇーー!放してぇーー!お助けぇーーーー!!」
「わー!賢二ーー!?ちょっ、姫!なんとかしてー!」
「そうはさせないよ鳥さん!私の魔法でなんとかするよ!むぅーー…」
そして数分後。
少し離れた高台に舞い降りた怪鳥のもとに、一つの人影が近づいた。
「むっ、怪しい鳥が誰かを連れて…!でも大丈夫、“お姉さん”が助けてあげ…」
「ほぇ?」
賢二は姫にすり替わっていた。
「なんで!?」
麗華の野望は打ち砕かれた。
(ど、どういうことだ美咲!?ワシは可愛い賢二を連れて来いと…!)
(ク、クエェ~…)
狼狽する麗華と美咲。
だが姫はもちろん平然としている。
「ここはどこ?私は姫。略して『ココ姫』だよ。」
「あ~…すまんなココ姫とやら。ちょいとばかし手違いがあってな。安心しろ、すぐに帰す。」
「え~。つまんないからもっと遊んでいきたいよ。」
「随分と肝のすわった娘だな。普通この状況を“遊び”とは認識せんぞ。」
「ところでおネェさんは何してたの?よく会うよね?」
「なっ!?き、気付いていたとは意外と侮れんな…。それはまぁ、アレだ。護るべき者がおってな、ずっと陰から見守っていたのだ。詳しくは言えぬ。」
「どっか連れてってほしいよ。」
「かといって全く聞かれんのも少々複雑だが…まぁいい。奴と落ち合うまでまだ間もあるし、詫びも兼ねてしばし付き合ってやるとするか。どこがいいココ姫?」
「例えば夕日の向こうまで。」
「おぉ、そういう夢のある表現は乙女チックで嫌いじゃないぞ。」
嬉しそうに微笑む麗華。
しかし姫は真剣な目をしている。
「長い旅に…なりそうだね。」
「本気で!?」
奇妙なタッグが完成した。
ひょんなことから行動を共にすることになった姫と麗華は、美咲の背に乗り空を飛ぶこと数日…『ペイコン島』という島に辿り着いていた。
だがその島は、遠目から見ても異常だとわかるくらいに荒れ果て、村の所々から立ち上る煙は戦火の跡を物語っていた。
「やれやれ参ったな…。“夕日の向こう”とまでいかんが、夕日の名所として有名な島だったんだが…」
「私はお腹がすいたよ。」
「お前はもう少し、他人の気持ちに目を向けられるようになりなさい。その方がお互い幸せだと思うぞ?にしても…これはまた随分と思い切りよく燃やされたものだな可哀想に。」
「とりあえず怪我人さんを治して回るよ。」
「うむ、そうだな。今の我々にできるのはそのくらいしかあるまい。」
「ぐるぐる回る怪我人さん。」
「いやいや違うだろ!お前が回れ!」
その後、生き残りを探すこと数分。
なんとか一人だけ息のある者を見つけられた麗華は、抱き起こして話を聞いてみることにした。
「あ゛っ…あ゛…ぐはっ…!」
「オイお前、大丈夫か!?何があったんだ!しっかりしろ!」
「あれはちょうど日付が変わった頃のことだ。突然轟音と共に男達が…」
「しっかりしすぎだ!瀕死の人間にそこまでは求めてない!」
「と、突然…襲われた…。『人獣奇兵団』…魔獣の群れが…」
そこまで話して村人は力尽きた。
得られた情報はとても少なかったが、麗華は聞いた名に覚えがあるようだ。
「人獣奇兵団…どこぞで聞いた名だ。残虐とは聞いていたが、まさかここまでとはな。」
「許せないね。お仕置きに行こうよ。」
「うむ、そうだな。しかしどこから捜したものか…」
「私にはわかるよ。このお肉の匂い…あっちの方で、焼き肉パーティーだね?」
肉屋なども含めて全店舗が全焼しているため、確かに周囲にはそれらしい香りも漂っていた。
「いや、店ごと焼くとかそんな斬新なの無いだろ。」
その時、姫が指差した肉屋では―――
「ぷっはー!やっぱ飯はコレに限るねぇ~!なぁオイ!?」
「うぃッス!もちろんスよ『強敵』さ…あ゛…ぶはっ!」
男の顔面に鉄拳がメリ込んだ。
「何度言やぁわかんのお前?俺のことは『団長』って呼べっつったはずじゃん?」
『団長』と呼ばれたその男は、殴られた巨漢の男とは違い中肉中背の体格。
そう強そうな見た目ではなかったが、威圧感はその中の誰よりも強かった。
十代後半と見られるその男は、どこかで見たようなオレンジがかった髪をなびかせながら、倒れた手下を踏みつけている。
「す、すいやせん…。ところで団長、これからどうするおつもりですかい?」
「まぁ待てよ。せっかく店ごと焼いたんだ、この肉は片付けてから行こうぜ。」
姫の読みが当たるという奇跡が。
その後も姫が譲らなかったため、仕方なく肉屋へ向かった麗華達。
するとそこでは、お目当ての人獣奇兵団がのんびりとくつろいでいたのだから困ったものだ。
「お、驚いた…まさか本当に焼き肉パーティーとはな。ワシの立場が無いじゃないかどうしてくれるんだ。」
まさか自分が不正解側に回るとは思ってもみなかった麗華は、そのうっぷんを人獣奇兵団で晴らすことに決めたようだ。
「…なにアンタ?俺らに何か用とかあるわけ?」
突然現れた女の不遜な態度に、苛立ちを見せる強敵。
しかし当然そんなことで怯む麗華ではない。
「村を焼いたのはお前達だな?乗りかかった船だ、ワシが始末してくれよう。」
「あ゛ぁ?ぶははは!女子供が俺らを倒すだって!?おもしれぶべらっ!!」
麗華の攻撃。
殴られた下っ端は、本来人間が描くはずのない放物線を描いた。
「ほざくな下郎め。お前のようなくだらん奴は、喋ることすら許されぬ。」
「て、テメェ!可愛い顔してやってくれるじゃねーか!」
「それはもっと言っていいぞ。いや、是非とも何度も言ってくれ。」
麗華は“可愛い子扱い”に飢えていた。
「ところでね、宿敵君はこんな所で何してるの?」
「…なっ!?」
姫の突然の問いに驚く強敵。
言われてみれば確かに、強敵の姿は宿敵とよく似ていた。
それに宿敵も前職は『魔獣使い』…名前の感じや強敵のリアクションから考えても、親類の可能性は高そうだ。
「ん?なんだココ姫、お前達知り合いなのか?」
「へぇ~…驚いた、アンタ“弟”を知ってるのか。アイツは元気にしてるか?」
「わかんないよ。」
姫としては学園校で別れて以来となるため、確かにわからなかった。
そして興味も無かった。
「弟の友達と聞いちゃあ多少は気まずいが…まぁ仕方ない。邪魔だし死んでくれるか?」
「その程度の仲なら問題無いな。斬り捨てるつもりだが、良いなココ姫?」
「うん、意外にいいよ。残り物とは思えないよ。」
「残飯を食うな残飯を!もっと嫁入り前の乙女の自覚というものをだな…」
姫が麗華の気を逸らしたその隙を突いて、強敵は強そうな魔獣を呼び出した。
「ハーイ隙ありぃー!やっちまえよ『一角獣』!」
ズババババシュ!
強敵の命令の直後、粉々に砕け散った一角獣。
麗華が目にも留まらぬ速さで斬り捨てていたのだ。
「な、なん…だと…!?ありえねぇ、オラ達が見えもしねぇとは…!」
麗華の尋常ならざる剣速に、動揺する団員達。
「ヌルい攻撃だな。どうやらワシは噂を聞き違えたらしい。」
ガッカリしたような仕草を見せる麗華。
その圧倒的な攻撃力を見て、先ほどまでフザけ半分だった強敵も本気モードに切り替わったようだ。
「フッ。やるなぁアンタ、なんか惚れちまいそうだよ。」
「悪いが自分より強い男に守られて生きるのが夢でな。雑魚に興味は無い。」
「ハハハ!言うねぇ~。だがまぁ、そんな女を従えるのが俺の趣味でね。」
強敵が合図を出すと、麗華の足元にタコのような足を持つ気持ちの悪い魔獣がウネウネと絡みついた。
「なっ!?なんだコイツらは、いつの間に…!?」
「『束縛獣』…相手の手足に絡まる厄介な奴さ。拷問なんかによく使われる。」
「ワシに気取られることなく事を運ぶとは…意外とやるじゃないか。舐めてかかった非礼は詫びよう。」
「で、アンタ何者なわけ?俺の女になるんだ、色々知っときたいんだよね。」
「フッ!ワシに勝てたら何でも、本当のことを教えてやろう。」
「おっ、いいねぇ~。そうだなぁ…じゃあまずは、“名前”から聞こうか。」
負けられない理由ができた。
こうして麗華は、数十体の魔獣と戦うハメになって大暴れ。
ちなみに当然のごとく、姫は我関せずな感じだった。
「ゴガァアアア!ヒギュッ!」
「グルァアアアア!」
「チッ、次から次へと一体どこから…!貴様『召喚士』か!?」
その圧倒的戦闘力で端から蹴散らしてはいるものの、敵のあまりの多さに嫌気が差してきた麗華。
「いやいや、だから『魔獣使い』だって。『召喚士』は契約した魔獣を召喚魔法で呼び出すけど、俺らは捕らえた魔獣をこの『魔封筒』に閉じ込めといて、必要な時に解き放つのさ。まだあと三十本はあるぜ?」
「ハァ、ハァ、そうか、ではあと三十ばかし始末すれば、ワシの勝ちなわけだ。」
「ま、やれるもんならね。そしたらこっちが折れてやるよ。」
「なぁ団長、ところで小娘の方はどうする?みんな普通に放置してるが…」
「興味無いね。殺すのもなんだし、『移食獣』にでもブチ込んどきゃよくない?」
<移食獣>
胃袋が亜空間に繋がっている特殊な魔獣。
飲み込まれたら、死ぬまで謎の世界を漂うことになる。
運がいいと、まれに他の移食獣などから吐き出されることがあるとか無いとか。
「くっ…!そうはさせるか!ワシから決して離れるでないぞ、ココ姫!」
「…ゲプッ。」
移食獣は“ごちそうさま”のポーズをしている。
「ココ姫ぇーーーー!!」
姫は自分で入った。
そして月日は流れ…夏だった季節は、いつしか冬になろうとしていた。
移食獣に自ら食べられ亜空間に飛ばされたはずの姫だったが、運良く宇宙に飛ばされただけで済んでいた。
しかし、そこは地球から遥か遠く離れた星『キノア星』。
姫は半年ほど歩き回っていくつかの村を見て回ったものの、どこもそこまで発展しておらず、宇宙船があるような気配は無かった。
それは今いる『クニロマ村』も同じのようだ。
「はぁ~…お腹すいたよ…」
「グヘヘ…どうしたのキミ?」
空腹の姫が道端でへたり込んでいると、凄まじく怪しい男が話しかけてきた。
笑い方の怪しさなんて見た目からすれば大したことではなく、とにかく衣装が酷かった。
その太った丸眼鏡の男…歳は三十前後だろうか。路上にも関わらず上半身裸…なだけならまだしも、なぜかブラジャーを身に着けており、さらに頭からは女性用のパンティーを被っていた。
つまることころ、凄まじくヤバい奴だった。
「空腹なのかな?だったら、これでもお食べ。」
そう言って持っていたパンを少女に差し出す、半裸に女性下着を纏った男。
その光景は誰がどう見ても一発アウトだった。
「知らない人から食べ物をもらっちゃダメって言われてるよ。ごちそうさま。」
「えっ、言われてるだけ…?」
やっぱり姫は通常運転だった。
「オジさんは誰?私は姫。略して『ダレ姫』だよ。」
「俺?俺は『Y窃』…職業は『変態』だよ。よろしくねダレ姫ちゃん。」
とんでもない奴が現れた。
「言いにくいけど、何か食べ物をもらえると嬉しいよ。」
「たった今あげたばかりのアンパンの立場が無いねなんか…」
「はぅ~…お腹とお手々がくっついちゃうよ。ほら、こう、ね?」
「いや、それはキミのサジ加減だと思うけど…まぁいいや。じゃあついといで。」
「知らない人についてっちゃダメって言われてるよ。近いの?」
「キミの親御さんは、ちょっとしつけを間違えてるね…」
というか職業が『変態』ってなんだ。
変態と共にしばらく歩き、そして怪しげな屋敷に連れ込まれてしまった姫。
だがすぐにどうこうされることはなく、食事を与えられながらこれまでの話を色々と聞かれていた。
「そうなんだ~、そんな酷い目に遭ってこの星に…。大変だったねぇ。」
「それはもう凄い旅だったね。『ニンジン大王』は強敵だったよ。」
「あれ?さっきは『トマト大明神』って言ってなかったっけ?」
「うん、『ピーマン国務長官』。」
「と、とりあえずその三つが嫌いだってことはよくわかったよ。」
見た目はどう見ても変態なY窃だが、これまでのやりとりだけ見ると意外と普通の男のようだ。
「ところで変態さんは何してる人なの?儲かるの?」
「“お金”じゃないんだ。変態はねぇ、ねっとりと…“夢”を追うのが仕事なんだよ。グヘヘ。」
コイツやっぱりヤバい奴だ。
「意外とイケるね、この肉マン。」
「あのさ、興味が無いなら聞かないでもらえるかな…?」
どうやら姫の方が一枚上手のようだ。
「なんで変態さんはね、私に優しくしてくれるの?お金なら無いよ?」
「だからお金とかそんなの全然要らないって!そんなんじゃないからマジで!」
「んー、でもそれじゃ悪いよ。なんかあげたいよ。」
「え、ホントに!?くれるの!?じゃ、じゃあ言いにくいんだけど…できれば…その…パン…パ、パンツくれる?」
「作れないよ。」
変態の企みは失敗に終わった。
「ところで変態さん、コレな~に?」
「ん?それはね、ピーーっていう変態グッズさ。変態ナイトには欠かせないよ。」
「食べれる?」
「な、何でも口に入れたがるのはヤメようね。変態的には超そそられるけども。」
「じゃあコレは何?このウネウネしてるの。」
「あぁ、それ?それはピーー。ピーーーにピーーーーするアレだよ。」
「あー………アレは凄いよね、あの歌声。」
「知らないなら知らないって言った方がいいからね。まぁ知ってたら引くけど。」
「んじゃね、コレは何?」
「ピーーーーーのピーーーーー。」
「コレは?」
「ピーーーーーーーーーーーー。」
放送協会が動いた。
「ところで変態さん。妹ちゃん、全然話さないね。ご機嫌長めなの?」
「“斜め”ね。んー、じゃなくてさ…他の人とは違うんだよね、この子。」
「違うって何が?体質とか?」
「いや、“材質”とか。」
「…深いね。」
「深く考えられる子なら、普通一刻も早くここから逃げると思うんだけどね…」
姫のリアクションが常軌を逸し過ぎており、Y窃はどう振舞っていいかわからない。
「押し入れにも可愛い服がたくさんだね。これとか見たことあるよ。魔法の法衣だよね?」
「あ、うん。前に『カレン』ちゃんがドラマで着てたモデルを、少しカスタムしたやつ。」
「じゃあこれをいただきます。」
「えっ、あ…あげるって話だったっけ…?いや、まぁいいけどさ。」
「ありがと、着てみるね。んしょっと。」
姫はその場で着替えようとした。
「ちょっ、ここで!?」
「ダメ?」
「だっ…!」
「だ?」
「ダメ…」
変態は土壇場に弱かった。
その後も臆することなく変態ハウスを探検した姫。
そして家の地下へと辿り着くと、謎のうめき声が聞こえてきた。姫はワクワクしてきた。
「ねぇ変態さん、ペットさんもたくさんいるの?」
「あ、うん。友達いないからさ、この子達に癒してもらってるんだよ。」
「あ~、このワンちゃん可愛いね。名前は?」
「『バター』。」
「面白い名前だね。」
「まぁ意味は深く考えないでもらえるとありがたいかな。」
「他には面白いペットさんいないの?」
「あ~、ちょっと前に『血色草』を手に入れたんだけど、色々あってさ…」
「この檻の中のは何ちゃん?」
姫が指差した先には、半年前に戦った『人獣奇兵団』が従えていた“あの魔獣”の姿があった。
「あっ、ダメダメ!『移食獣』は危険だから出せないよ?コイツらは胃袋が亜空間に繋がっててさ、食べられたらどうなるかわかんないんだ。さっき話した血色草もそいつに…」
「…ゲプッ。」
移食獣は“ごちそうさま”のポーズをしている。
「ダレ姫ちゃーーーん!?」
そして再び地球へ帰る。