【053】旅の恒例行事
弓絵と医師に別れを告げ、僕達は北西へと向かうことにした。
あの医師の言うことだし怪しさは全開だけど、他に手がかりも無いので仕方ない。
そこに神や五錬邪に関する何かがあることを期待しよう。
でも困ったことに、街とか村がある辺りまでは結構な距離があるようで、何日経っても辿り着く気配が無く、歩きの旅にだいぶ疲れが出てきた。
やはり、何かしら乗り物を手配すべきなのかもしれない。
そんな時、『電力車』という乗り物があることを知った。
さすが“技術大陸”と呼ばれるギマイだけのことはある。
「ふぅ~、こりゃ楽チンだ。こんな便利なものがあるとはなぁ。」
「ホントだね~勇者。獣車と違って揺れも少ないし快適~☆」
歩き通しで疲れきっていた三人は、初めて乗った電力車のあまりの心地良さに、すぐさまウトウトし始めた。
しかし、どうやらそう穏やかには進まないようだ。
「あ、皆様ァ~。本日は当車をご利用いただき~誠にありがとうございまァす。」
三車両ある電力車の先頭…勇者達が乗っている車両にはガイドがおり、旅の案内をしてくれるのだが、賢二はそのガイドの姿に見覚えがあった。
「…あれ?もしかしてアナタは先輩の…案奈さん?さっき見たとき似た人だなと思ったけど、その話し方ってやっぱり…」
「あ、こんな所で~皆様にお会いできるとはァ~少々感激で~ございまァす。」
「ぼ、僕は何か嫌な予感がするんだけど…それは気のせいですか?」
賢二は不安に襲われた。
「…えー。左手に見えますのがァ~…」
「なんではぐらかすの!?ねぇ、こっちを見てよ!ねぇ!?」
盗子も不安に襲われた。
「あ、大丈夫で~ございまァす。この電力車は~半自動操縦機能を搭載し~…」
「良かった…。じゃあ今回は運転手さん絡みで泣くことは無いんですね。」
「今はこのリモコ(バキッ)…かつてはこのリモコンでぇ~…」
「“かつて”って何!?いま壊したそのリモコンが何!?ま、まさか…!」
「その“まさか”でぇ~ございまァす。」
「イヤァーーーー!!」
とりあえず何人か撥ねた。
僕らの学校の先輩だという案奈とやらのせいで、突如暴走を始めた電力車。もう外は大惨事だ。
でもこの状況で、ただの乗客である僕らに何かできることがあるんだろうか…?
「うっぎゃーー!ぶつかるー!ぶつかっちゃうー!死ぬぅーー!!」
「もっと酷い目に遭ってるのは、通行人の皆さんだけどね…」
盗子は大慌てだが、賢二はとても落ち着いている…ように見えるほど、瞬時に諦めていた。
「あ、皆様ァ~。シートベルトを~…」
「今はそれどころじゃないよ!このスピードで激突したら絶対死んじゃうもん!」
「搭載しておらず~誠に申し訳ございません。」
「だからって無いのは問題だよっ!」
「くっ!一体どうすればいいんだ…!」
勇者も手の打ちようがない状況。
車内は絶望感に包まれた。
「フッ、心配ない。運転は私に任せるがいいさ。」
そんな時、どこからか救世主っぽいセリフが聞こえた。
勇者は覚えていないが、これが初めての流れではないことを盗子は知っていた。
「今の声…ま、まさかこのお決まりの展開からして…ゆ、勇者親父!?」
「なっ!?ち、違う!私は謎のお助け仮面…」
つまり勇者父が現れた。
「は、はぅ~。死ぬかと思ったけど、これでなんとか一安心できそう…」
「いや、盗子さんちょっと待って…?勇者君のお父さんが運転できたのって獣車だよね?でもこれってギマイ大陸にしかない電力車…だよね?」
確かに賢二の言う通りだが、勇者父は余裕に満ちた笑みを浮かべている。
「フッ、問題ない。なぜなら我が仲間には『操縦士』…操縦のスペシャリストがいるんでな。」
「ええ、問題ないですよレッド。もうこの乗り物は私の制御下に入りました。」
父が合図をすると、運転席の方から黄錬邪が現れた。
事情を覚えていない勇者は、聞いていた五錬邪の特徴と一致する者の登場に混乱した。
「なっ、え…五錬邪!?いや、でもその前に“父さん”…!?この素顔バレバレな仮面付けてるのが…父さん…?」
「あのね、勇者?いきなりで信じらんないかもしれないけど…」
「いや…大丈夫、問題ない。ただちょっと信じたくなくて。」
気持ちはわからんでもなかった。
そして小一時間後。落ち着きを取り戻した電力車がひた走る中、勇者の記憶喪失の話を中心に、自分達の近況について一通り説明した賢二達。
信じ難い事実だが、愛する息子の別人のような変わりようを見ては父としても信じざるを得なかった。
「…そうか、勇者は記憶を…。どうりでいつもの辛辣なツッコミが無いわけだ。」
「ごめん父さん。」
「フッ、いいさ我が子よ。お前が謝ることなんて何も…」
「ごめん、悪いけど少しも…思い出したくないんだ。」
「思い出したくないのか。そこに対しての謝罪なのか。父さんショック!それはそれで辛辣!」
「あ、あのぉ~。ところで、お二人はどうしてこっちへ?やっぱり目的は…」
「ええ。悪の道へと逸れた、かつての同胞を…滅ぼすために。」
賢二の問いに、黄錬邪はどこか辛そうに答えた。
“滅ぼす”という言葉からも、今回の旅の覚悟がうかがえた。
「なにやら最近、奴らに不穏な動きが見られるのでな。これ以上野放しにはできんということで、仕方なく私もカクリ島を旅立ったというわけだ。」
「フンだ!なにさ今さら!どうせ来るんなら今までなんで放っといたのさ!?」
確かに盗子の言う通り、勇者達がカクリ島を発ってもう三年近くが経とうとしていた。
かつて『勇者』として名を馳せたという父が最初から乗り込んでいれば、もしかしたら五錬邪や魔王軍による今の侵攻状況もかなり違ったかもしれない。
「これでも急いだ方なんだぞ?お前達が思っている以上に、色々と面倒があるのだよ。いつの日か知ることになるやもしれんな…まぁそんな機会が無いことを祈るがね。」
父は意味深なことを言った。
「まぁとにかく、私が来たからにはもう心配いらん。安心してついて来なさい。」
「ああ…わかったよ、信じるよ。」
みんな黄錬邪の方を見ている。