【052】こちら相原総合病院
貧乏神がいたニシシ村を離れた僕達は、僕の失われた記憶を取り戻すべく、凄腕の医師がいるという病院を目指していた。
というのも、僕の生まれ故郷だという島にいる女医に、賢二が伝話符で記憶喪失について相談したところ、頼れそうな医師がたまたま近くにいることがわかったからだ。
そして歩くこと数日。僕達は特に問題もなく目的の地へと到着したのだった。
「邪魔するよ。カクリ島とかいう島の女医の紹介で来た者だけど…?」
勇者は受付で事情を告げた。
すると数分後、奥から怪しげな医師が現れた。
「む?おぉ、キミ達が…。ようこそ少年達、冴子君から話は聞いているよ。私はこの病院の院長『相原』だ。」
謎の医師は白髪交じりのボサボサ髪で右目が隠れ、左目も額帯鏡で隠れていてよく見えない。白衣には所々に豪快に血がついており、猟奇的な雰囲気が凄まじい。
歳はシワや口髭の感じから見ると五十代後半といったところだろうか。
「でもさ、ホントに治せるの?そんな簡単なもんじゃないと思うんだよね~。」
半信半疑の盗子。
だがこの見た目で半分信じただけも頑張った方だ。
「まぁ任せたまえ。これでもかつては、皆に“ゴッドハンド”と呼ばれた私だ。」
「ゴッドハンド!?なんか期待持てそうな異名じゃん!いけそうじゃない!?」
「懐かしいな…よく言われたものだよ、“この死神っ!”…とな。」
「そっちのゴッドかよ!とっても不名誉な称号じゃん!!」
「まさか一度の人生で、二人の死神に出会うなんて…」
賢二の脳裏を教師の顔がよぎった。
「ほ、ホントに大丈夫なの?僕としてはもちろん記憶より命が大事なんだけど…」
「安心していい。私はそこそこ運がいいのが自慢なんだ。」
「いや“運”て!“腕”以外の自慢は聞きたくないんだけど!?しかも自慢の割に“そこそこ”だし!ヤバいよ勇者逃げようよ!絶対に医療ミスとかしてるって!」
盗子は勇者の身が心配でたまらない。
「フッ、残念だがキミ…いくら探してもそんな情報はどこにも露見してないよ?」
「“してない”じゃない時点で完全犯罪成立っぽくない!?確実に全員始末してない!?」
全員何歩か後ずさりした。
「残念だけど…縁が無かったようだね。他をあたることにするよ。今すぐに。」
勇者は一刻も早く逃げようと必死だ。
「ところで先生、この部屋で診るんですか?普通は何かしら機械があったりするんじゃ…」
「む?まぁ別室にはあるが基本的には必要ないね。私くらいの実力があれば、そんな機器に頼らずとも見ただけで大体わかるのだよ。」
賢二の問いに自信満々で答える医師。
そこで勇者は念のためチャンスを与えてみることにした。
「へぇ…面白い。じゃあまずは小手調べに、僕の年齢とか当てられる?」
「なんだねその面倒なキャバクラ嬢みたいな問いは?まぁ容易いことだがね。」
そう言うと医師は勇者の瞳を覗き込んだ。
「どれどれ…うーむ…十…十一…違う、十二歳…から…八百歳?」
「幅広いなオイ!そりゃ当たるだろうさ!」
「やっぱダメだよ勇者、他を当たろうよ!こんなのに任せたら殺されるよ!」
「不安かね?ならば優秀な助手をつけよう!“ミス相原総合病院”と呼ばれる腕利きのおっちょこちょいを!」
「おっちょこちょいなのかよ!それ絶対“ミス”の意味が違うよね!?」
その後も懲りずに説得を続けた相原医師。
そのあまりのしつこさを前に勇者と賢二は既に疲れきっており、盗子がただ一人抵抗を続けていた。
「…となるとやはり、記憶喪失定番の『ショック療法』しかないだろう?」
「だからそこまではわかったってさっきから言ってんじゃん!」
「まずこのロケットランチャーで…」
「だからそっからがわかんないってさっきから言ってんじゃん!それ“ショック”とかゆー次元じゃないから!粉々だから!んもぉ~~~!!」
盗子の限界も近い。
結局、そのまま追加で三十分ほど粘られた末…ついに根負けした僕は、命の危険の無さそうな診察だけを仕方なく受けることにした。
そしてその結果、かなり良くない診断が下ったのだった。
「ふむ…おかしいな。“忘れた”というより“記憶が破損している”と言った方が正しい。」
「えっ…それってつまり、もう二度と勇者の記憶が戻ることは無いってこと…?駄目だよ困るよ!勇者がもうあの残虐だった頃に戻れないなんて困る…困るの?」
盗子は困らない気がしてきた。
「まぁそう責めないで。コイツなりに頑張った結果なんだからさ、ナタリー。」
「『盗子』だから!!まだ覚えてなかったのかよ!てゆーかむしろ毎回変えてくる方が大変じゃない!?」
「で、どうする?そのままで行く気かね?聞けば強大な敵が待ち受けているようだが…記憶無しで平気かね?」
医師は真面目な顔をして尋ねた。
「問題ない。僕には頼りになる仲間達がいるからね。」
「な、なんか未だに慣れないなぁこの勇者君…」
賢二は何か裏がある気がしてならない。
「…そうか。じゃあ受付前で待ちたまえ。会計は急ぐように伝えよう。」
「えぇっ!お、お金取るの!?結局アンタなんにも解決できなかったくせに!?」
「何を言うんだ。命があるだけありがたく思いたまえ。」
「ヘタしたら死んでたの!?」
疑う余地は少ない。
「え、えっと…。僕らお金とか無いんですけど…。女医先生からはお金なんて払わないでいいって聞いてて…」
「なに?やれやれ冴子君にも困ったものだ。でも一応国の決まりだからね、払ってもらわねば帰すわけには…」
「勇者先輩見てくださ~い!ナース服を手に入れちゃいましたぁ~☆」
ナース姿の弓絵が現れた。
医師の目が怪しく光った。
「…よし、ならばこうしよう。」
治療に失敗したばかりか、法外な治療費までふっかけてきた医師相原。
果てさてどうしたものか…と困っていたら、なんと弓絵を置いていったら費用は免除すると言い出したのだ。
「ねぇ医師よ、ホントにいいの?治療費の代わりがこんなもので。」
「ひ、酷いですぅ~!愛妻に向かって“こんなもの”は無いですよぉ~!」
記憶を失っても弓絵の扱いは本能が覚えているようだ。
「フフフ…将来を考えれば釣りがくるよ。私の人を見る目は間違いない。今はまだ若いが、五年も経てば立派な…」
「看護婦さんなんてイヤですー!弓絵は『弓撃士』なんですぅー!」
「立派な『白衣の堕天使』になれる。」
「しかも堕ちてるなんてあんまりですよぉ~!!」
「すまないね弓絵。金ができたら、いつか迎えに来るから。」
「えっ☆それってプロポーズですかー!?白馬に乗ったお迎えですかぁー!?」
「絶対違うから!アンタなんかヤバげな人体実験に使われちゃえばいいんだよ!」
その後うまいこと弓絵を言いくるめ、勇者達は出発の準備を整えた。
「じゃあ悪いけど、弓絵のことはよろしく頼むよ。」
出口まで見送りにきた相原医師と弓絵。
医師は勇者に渡したいものがあるようだ。
「少し待ちたまえ少年。行くのならば、この薬を持って行くがいい。」
医師は奇妙な“丸薬”を取り出した。
飛んでたハトが地面に落ちた。
「な、なにその怪しげな物体…?秘伝の薬か何かなの…?」
盗子は露骨に警戒した。
「勢いで作ってみた。」
「勢いで作んないでよ!そしてそんな物騒なモノを患者に手渡さないでよ!」
「まぁ持って行ってくれたまえ。私もどう処理していいか困っているんだ。」
「餞別じゃなかったの!?困るほどいらないモノだったの!?」
結局最初から最後まで使えなかった相原医師。
長引いても堪らないので、勇者は仕方なく無理して受け取った。
「…わかった、なんとか処理しよう。じゃあ行くよみんな。」
「あぁ、最後にもう一つ。そういえば最近、北西の方でなにやら不穏な動きがあるらしい。無闇には近づかん方がいいが、もしそこにキミ達の目指すものがあるのなら…と思ってね。」
最後の最後にそれっぽい情報が出てきた。
「ありがとう先生、参考にするよ。じゃあ元気でね弓絵。」
「わっかりましたー!とっても辛いけど我慢しますー!待ち続けますぅ~!」
そういえば治療費って、いくらなんだろう?
勇者は払う気が無かった。