【005】一号生:秘密の部屋
多くの犠牲者が出た春の遠足から少し経ち、夏の暑さを感じ始めた頃。ついに教師の口から、恐れていた例のイベント名が飛び出した。
「えー、来たるべき『秋の遠足』に向けて、今日から新しい班で活動してもらおうと思います。」
「ま、まさかまた同じ目的で動けとか言わないよね…?」
盗子の背すじを嫌な予感が駆け抜けた。
「違いますよ。今回は“弔い合戦”です。」
「やることは一緒じゃん!」
そんな盗子のツッコミは当然のようにスルーしつつ、教師は勝手に班分けをし始めた。
今回の班は職業ごとではないようで、勇者と盗子、そして姫は同じ班にまとめられたのだった。
「人数の関係でキミ達の班だけ三人組ですよ。頑張ってくださいね、先生応援してます。」
「ハァ!?嫌だよ不利じゃんそれ!ねぇ勇者!?」
不満をあらわにする盗子。
「まったくだ!なんで盗子が一緒なんだ!」
怒りのベクトルが違う勇者。
「私はケーキと一緒がいいな。」
根本的に違う姫。
確かにこの三人だけでは、下手すると遠足前にゲームオーバーかもしれない。
勇者としても、どうにかしてもう一人見つけたいという点に関しては盗子と同じだった。
「まぁ諦めるのはまだ早いぞ盗子。こんな学校だ、どこかに何人か監禁されていても不思議じゃない。」
「いやいや、いくらなんでもそこまで邪悪な施設は…凄くありそうなのが怖いけども!」
するとその時、何かを思い出した様子の勇者。
「あっ…そういや怪しい部屋なら入学初日に見たわ俺。なんか凄ぇ怪物がいたもんでさぁ、一緒にいた奴を囮に…あ゛っ。」
だから賢二を見かけない。
というわけで次の休み時間、俺達三人は件の部屋の前に来ていた。
気乗りはしないが仕方ない。
「えー、というわけでー…『賢二を救え』のコーナー。いえーーい。」
勇者の身は“除霊グッズ”に包まれている。
「って確実に死んでると思ってるよね!?何その縁起でもない格好!?」
盗子はそう言うが、俺だけでなく誰もが思うはずだ。
入学式からもう随分と日が経つし、どう考えても生きているはずがない。
仮に何かの間違いで目の前に現れたらとりあえず祓う。
「盗子ちゃんは手ぶらで大丈夫なの?」
姫は両手に大量のお菓子を抱えている。
「アンタこそそんなピクニック気分で大丈夫!?今日の目的わかってる!?」
クラスが同じになってから少しは経つため、姫の突飛な言動にも少しは慣れてきた盗子だったが、“慣れる”と“許せる”はまた別の話だった。
「あとこの部屋もおかしいよね勇者?秘密にする気が無いにも程があるよ!」
そう、そこは確かに俺も同感だった。
普通に“秘密の部屋”と書いてある時点でどこが秘密かわからない。
とはいえ、そんな小さなことに気を取られている場合じゃなかった。
「ちょ、オイ盗子うしろ…」
珍しく青ざめた顔をした勇者に気付き、恐る恐る振り返る盗子。
するとそこには…逆立つ漆黒の毛に包まれた巨大な魔獣の姿があった。
一見して三体いるようだがよく見るとそうではなく、一つの体に三つの頭を持つ異形の魔獣のようだ。
「えっ…ぎゃああああああああ!!お助けぇええええええええええ!!」
「そうだ、賢二を置いてったあの日の夜…魔獣図鑑で見たんだ。やはりコイツは…『ペルペロス』!!」
<ペルペロス>
三つの頭を持つ巨犬タイプのクッソ強い魔獣。
ぶっちゃけ今の勇者達が敵う相手じゃない。
「ど、どどどどうしよ勇者!?」
「さらばだ盗子…!」
「ねぇどっち!?それ死ぬのはどっちって設定!?」
いつもは無駄に強気な勇者だが、ペルペロスの圧倒的なオーラの前では前回同様逃げ出したい気持ちに襲われていた。
しかし、今回ばかりは退くに退けない理由があったのだ。
「仕方ない、やってやるよこの俺が!なんたって…あの状況だしな…!」
「わーい。」
なぜか姫はペルペロスの頭上ではしゃいでいる。
勇者、盗子、そしてペルペロスの動揺は半端ない。
「ちょっ、何やってんのさ姫ぇええええ!?は、早く降りてきなって!危ないよ食べられちゃうよ!?」
「やったね。食べられるんだね。」
「ち、違うぞ姫ちゃん!今のは“可能”じゃなくて“受動”の意味だ!」
「…あ~、あれは美味しいよね…『ジュドン』。」
「なにその新種の生物!?だ、ダメだよ勇者全然通じてないよ!適当に誤魔化そうとしてるよー!」
心配する二人をよそに、姫はのん気に菓子を貪っている。
「あー、大丈夫だよ。みんなの分もあるよ?」
「そんな穏やかな話じゃなしに!」
今のところ、この場の序列はなぜか“姫>ペルペロス>勇者>盗子”のような感じになってはいるが、本来であれば姫はいつ美味しく頂かれてしまうかわからない状況。
恋する相手のことだけに勇者は嫌な汗が止まらない。
「チッ!こ、こうなったら…やはり“あの呪文”しかないか!」
「えっ、なんか名案あるの!?じゃあやっちゃって!」
勇者は右手のひらを上にした状態で突き出し、高らかに唱えた。
その堂々とした様は、さながら熟練の『賢者』のようだ。
「絶対服従魔法…〔お手〕!!」
だが勘違いだった。
盗子は速やかに死を覚悟した。
「バウ。」
「ってやっちゃうのかよ!」
なんと調教済みだった。
驚いたことに、見た目にそぐわず意外にも従順な感じのペルペロス。
今回ばかりはさすがの俺も一瞬死を予感したが、なんとかなりそうでなによりだ。
「ふぅ…やれやれ、これで一安心だな。どうやらコイツは意外にも無害らし…フフッ、オイオイ顔を舐めるなワン公。」
「だ、大丈夫なの勇者?それ“味見”じゃない…?」
「でもなんだなぁ、コイツがこの調子ってことは、もしかしたら賢二の奴は普通に生きて…む?」
勇者は足元に頭蓋骨を発見した。
勇者は反射的に飛び退き、そして謎の印を結びながら叫んだ。
「じょっ…〔成仏〕!!」
「いや、使えないよねそんな魔法!?それっぽく唱えれば出るってもんでもないから!」
一度は軽く希望を抱いたが、この骨…やはり賢二は天に還ってしまったようだ。
だがまぁあんな弱そうな奴、どのみち春の遠足あたりでくたばってただろうし…少し死期が早まっただけだろう。
だから俺は悪くない。
「ったく、やれやれ死んでしまうとは情けない奴だ。お前もそう思うだろ賢二…って、おぉっ!?け、賢二!?」
動転する勇者がなんとなく話しかけた先にいたのは、なんと死んだと思われていた賢二本人だった。
部屋の隅で体育座りしながら、うつろな涙目でプルプルと小刻みに震えている。
「えっ!あの子が賢二なの!?」
「だったらいいなぁと。」
「そこは覚えといてやれよ!」
賢二は生きていた。
なんと、これまた驚いたことにしぶとくも生き残っていた賢二。
辺りに食べ物のカスが落ちているところを見ると、どうやらペルペロスの餌あたりで食いつないでいたようだ。
意外にもしぶとい奴め。
だがよっぽどのことがあったようで、何かブツブツ呟くだけでこちらの言うことに一切反応せず、目の焦点も合っていない。
もう心は死んでいるのかもしれない。
「この失踪事件…口封じするなら絶好のチャンスだな。」
「いや封じるなよ鬼かよ!てゆーか今回の目的を思い出してよ!」
「だがなぁ盗子、どう見てももう…」
するとその時、勇者の背後に大きな影が。そして声が。
「じゃあ今回は私が頑張るよ!」
「なっ、姫ちゃんが!?」
巨大な魔獣ペルペロスの背にまたがり、怪しげなポーズを決める姫。
その姿はどう見ても“魔の者”だった。
「私は『療法士』…回復なら、お任せさんだよ!」
「いや、とてもそうは見えない光景だよ姫!?」
「いくよ!むーーー…〔電撃〕!!」
姫は〔電撃〕を唱えた。
〔電撃〕
魔法士:LEVEL5の魔法(消費MP10)
強力な電気を発生させる。冬場のドアノブが得意とする魔法。
「ぎゃああああああああああああ!!」
ショック療法にも程があった。