【048】ナンダの塔(3)
桃錬邪は強敵で危うくやられるところだったが、姫ちゃんの機転によりアンモナイトがダイナマイトで、塔がフッ飛んで俺達もフッ飛んだ。屋根まで飛んだ。壊れて消えた。
だが、どういうわけか意外にもみんなカスリ傷程度で済んだようだ。
なぜはわからんが、まぁとにかく姫ちゃんが無事で良かった。
「アイタタ…。もう!危うく死ぬとこじゃん姫!結果的には助かったわけだけど、素直に感謝しきれないよ!」
地面に打ち付けた尻をさすりながら、無茶苦茶やらかした姫に怒りを露にする盗子。
しかし賢二はむしろ、無事だったことの方が不思議でならなかった。
「で、でもあの爆発と塔からの落下…それでこの怪我って有り得なくない?」
「さすがはアンモナイトだね。」
「おぉ、だからナンも無いと!?さっすが姫ちゃんだぜ!」
「いや、ナンも無くなかったよね!?普通に大爆発してたよね!?奇跡的に無事なのがおかしいってだけで!」
奇跡的…盗子はそう言ったが、実はそれは決して奇跡などではなかったのだ。
「ったく、アンタらのせいで貴重な『魔防符』使い切ってもうたわ…。はぁ~。」
ぐったりして座り込んでいる商南。
誰よりも神経をすり減らした様子の彼女こそが、今のピンチを救ったのだと勇者はやっと気付いた。
「魔防符!?そうか、だからか!しかも一瞬で…やるじゃないか商南!」
<魔防符>
対象を防御壁で包み込む魔法の呪符。
高い防御力を誇るためかなりの高値で売買される。
人には優しいが財布に厳しいアイテムである。
「まぁすぐとは言わへんけどアンタら四人分…いや、ウチの分も入れて五人分、ちゃんと払ってもらわな困るで?」
「チッ、がめつい奴め…。だがまぁ抵抗してる場合じゃないな。この隙を逃す手は無い、先を急ぐぞ。」
桃錬邪の生死は不明だが、あの爆発…すぐに追って来られる状況ではないだろうと判断した勇者は、とりあえず距離を取ることを選んだ。
「あぁそうだ盗子、“神”ってやつの話を聞かせろよ。」
「あ、うん。いいけどさ、な~んか忘れてることがある気がするんだよね~…」
「フハハハハ!甘い!甘いぞー!そう簡単に逃がすと思うのかね!?」
盗子がうっかり立ててしまったフラグは、一瞬で回収された。
そう、今回の…本来の敵である“あの男”だ。
「チッ、この声は…!」
「う、うわー!おおお思い出したぁーーー!!」
勇者らが見上げると、そこにはナンダの姿があった。
壊れかけの塔の中段で偉そうにふんぞり返っている。
「フン、放っておけ。ああいう奴は相手にするから付け上がるんだ。」
「せやな。わざわざ倒しに登んのも時間の無駄やで。」
確かに勇者らの言う通り、相手にする必要性は無い状況…と思われたが、残念ながらそうもいかないようだ。
「ほぉ…言うじゃないか。だがこれを見てもまだ言えるかな?」
「す、すまない師匠ー!警備が厳重過ぎて逃げ損ねちゃったんだー!」
ナンダが下から引き上げたのは、縄で縛られた土男流だった。
実は事前に立てた作戦では、勇者が作った混乱に乗じてメカ盗子が土男流を救う手はずになっていたのだが、残念ながら失敗に終わっていたらしい。
「なっ、土男流!?チッ、ロボの奴は何してやがっ」
ドガァアアアアアン!!
勇者が言い終える前に、壁を突き破ってメカ盗子が現れた。
誰かにやられたのかボロボロに傷ついている。
「うわっ、なんやなんや!?何か出てきよったで!?」
「参ッタ…コイツ、強イ…!」
「うわぁートーコちゃーん!ボロボロじゃないかー!一体誰が…ハッ!」
メカ盗子が出てきた穴の奥に、怪しく光る何かに土男流は気付いた。
「コロス ジャマモノ コロス。」
壁の穴から現れたのは、ゴリラを模した姿の巨大なロボット。言語能力は以前のメカ盗子程度のようだが、パワーは断然強そうだ。
新たなロボットの登場に、盗子はいろんな意味で動揺した。
「えっ!な、なにあの馬鹿デカいロボットは!?ゴリラ型!?ま…まさかコイツもお兄ちゃんの差し金じゃないよね!?」
「ロボ…チガ…ウ!」
「いや、アンタのことじゃないから!まぁアンタも歓迎できる存在じゃないんだけども!」
「フン、まさかこんな兵器を隠していたとはな。これが貴様の奥の手か?」
勇者は面倒臭そうに見上げた。
ナンダは自慢げに見下ろしている。
「ああそうだ!私が『ロリータ・コンピュータ』を駆使して開発したのだよ!」
「なんてものを駆使してんだよ!その頑なな“ロリ縛り”はなんなの!?なんかの呪いなの!?」
ロボの名は『ロリータ・コング』だ。
「オイ貴様、土男流を連れて降りて来い!そうすりゃ命だけは助けてやる!」
「フハハハ!何を言っているんだ少年?自分の状況がわかっているのかね?」
「ジャマモノ コロース!」
勇者の前にロリータ・コングが立ちはだかった。
背丈は倍くらいあるものの、勇者に臆する気配は無い。
「あん?機械の分際で生意気な!人間様に逆らう気か!?」
「ニンゲン キライ!」
両腕を振り上げるロリータ・コング。
「ニンジン キライ!」
それに対抗する姫。
「いや、真似しなくていいから姫!一応語呂は合ってるっちゃ合ってるけども!」
「ね、ねぇどうするの勇者君?あのロボ結構強そうだよ…?」
賢二は不安そうな目で勇者を見ている。
「フン、舐めるな!あんな奴はこの俺の敵ではないわ!」
「ほ、ホントに!?さっすが勇者!頼りになるぅ~☆」
「お前らの敵だ。」
「そういう意味!?」
勇者は面倒を押し付けた。
地上のロボの相手は賢二達に任せ、俺は土男流を助けに向かうことにした。
非常に面倒ではあるが、あんな奴でも大事な弟子だ。
見殺しにするわけにはいかない。
「ほぉ、来たか小僧!よくも僕の結婚式を台無しに…!生かしては返さん!」
「た、助けてくれ師匠ー!この人さりげなくも大胆に尻を鷲掴みなんだー!」
「この感触…九歳か。悪くないな…」
「しかも的確に歳を読むんだー!」
土男流は震えが止まらない。
「オイ変態、戯れもそこまでだ。その微妙な感触を楽しみながら死ぬがいい。」
「微妙とは失礼だよ師匠ー!最近ちょっとプリプリしてきたんだー!」
「フフッ、死ぬのはキミの方だ。ロボは一体だけだとでも思ったかい?」
ロリータ・コングが三体現れた。
「…フン、俺も舐められたものだな。そんな雑魚は二秒でスクラップだぞ?」
「チッ、生意気なガキめ…!やってしまえぇ!!」
「鉄クズに還れ!刀神流奥義…必殺『一刀両断剣』!!」
勇者の攻撃。
コングAは真っ二つになった。
「なっ…!?」
「残るは二体だが…もはや結果はわかろう。さぁ、どうする?」
「くっ…!ここまでか…!」
ナンダはまだ尻を揉んでいる。
その後ナンダがどうなったかは諸般の都合により割愛するが、戦いを終え地上へと戻ると、意外にも賢二達の戦いもまた終わっていた。意外にも。
「よぉ賢二、雑魚は雑魚なりに頑張ったようだな。生意気な。」
「まぁなんとかね。勇者君達も無事っぽいけど…ナンダさんは?」
「ん?あぁ、アイツは…」
「や、やめてくれ師匠ー!詳しい描写は編集部的にNGなんだー!教育委員会から苦情がくるぜー!」
「えっ、何が起こったの!?そんなにアウトな何かが!?」
「気にするな盗子。とにかくお前を苦しめたミンチの奴はもういない。」
「変わってる!名前が変わってるよ!?」
かなりの地獄絵図が盗子の脳裏をよぎったが多分合ってる。
「あ、そういえば久しぶりだね土男流さん。…あれ?でも学校はどうしたの?」
勇者達と三学年違う土男流は、今は六号生のはずだということに気付いた賢二。
「師匠を追って中退してきたんだ!だから私も連れてってくれー!」
「ず、随分と思い切ったことをしたもんだね…」
勇者に会いたい一心で中退までしたらしい土男流。
しかし勇者の口から出たのは求めていた言葉ではなかった。
「いや、悪いがお前には頼みたいことがある。五錬邪のことを調べてほしい。」
「そ、そんなー!イヤだー!私は妙な任務より修行の方がいいんだー!一緒にいたいんだー!」
「危険な任務だ。できるのは恐らく…我が愛弟子であるお前しかいまい。」
「任せてくれ!あること無いこと調べてくるぜー!」
(可哀想な子だなぁ…)
同情する賢二。
だが勇者は可愛がってるつもりだ。
そして土男流とお供のメカ盗子は旅立った。
俺としても“ナンダの尊厳を守る”という当初の目的は一応果たしたので、もうこの街に用は無い。行くとしようか。
「おー、ゴタゴタは終わったかー?勝ったようでなによりや。」
「商南か…。途中から見当たらんと思っていたが、早々に離脱して街を散策してたようだな。まぁ丁度いい、旅の道具を揃えたいと思っていたんだ。」
「ん?せやな。せっかくデカい街におるんやし、ここで買わなアホやで。」
「それでな商南、買い出しはお前に任せたいんだ。必需品を見極めてほしい。」
「あ?…ったく、しゃーないな~。まぁアンタに頭下げられたら断れんわ。」
「助かる。釣りは好きなように使ってくれていいからな。」
「わっ、5銀(約5万円)もあるやんか!おおきに!頑張ってくるで☆」
商南は意気揚々と買い出しに出掛けた。
「ど、どうしたの勇者君?やけに気前が良すぎない…?」
いつもなら堂々と踏み倒す勇者があっさり代金を支払ったことに、賢二は驚きを隠せない。
「フッ、そんなことはない。アイツにやるなら…5銀なんて安いもんだぜ。」
「まさか勇者、あの女がスキなわけ!?ねぇそうなの!?」
商南と初対面である盗子は、恋のライバルの出現かとやきもきした。
そしてなぜか勇者も否定しなかった。
「スキか…まさにその通りだな。」
「そ、そんなぁー!うわーん!!」
ホント、隙だらけだよ。
勇者は魔防符代(50銀)を踏み倒した。
買い出しに行かせた商南をパンシティに置き去りにし、俺達は出発した。
奴が気づく前に遠くに逃げねばならない。
道中、盗子から“神”とやらの話を聞いた。
どうにも信じきれんが否定しきるだけの材料も無い。
こうなったら真偽のほどを確かめに行くしかないだろう。
もし万が一本当だった場合、かつて世界を滅ぼしかけたほどの奴らが、五錬邪の側につくことになりかねん。
それだけは避けねばならん。
「神か…胡散臭いにも程があるが、よくよく考えるとその方が合点がいくところもあるよな。五錬邪どもは世界征服を目論んでいるという割に、人的被害が少な過ぎると思っていたんだ。お前もそう思わんか賢二?」
「あ~、なるほど。租税とか増えたとは聞くけど確かに大量虐殺の話は聞かないよね。神探しが最優先で相手にしてる余裕が無いのか、もしくは捜索の手駒に利用してる…とか?」
「神に捧げる供物として生かしてるって線もあるがな。まぁ何にせよ、当面の目的は決まったってわけだ。」
「あ!そういえばさ、この四人でパーティー組むのも久しぶりだよね!」
盗子はカクリ島を出た日のことを思い出していた。
「ん?ああ、そうだな。島を出たときだから…三年ぶりぐらいか?」
「そそ。“修学旅行だね”とか言ってた時以来だよね~☆」
「じゃあアレだね、『続・修学旅行~超魔界大戦~』だね。」
「イヤだよ!そんな物騒なサブタイトル付けないでよ姫!」
「立ちはだかる五錬邪さん。そしてニンジン。」
「なんかニンジンの方が強敵っぽくない!?そんなに嫌いなの!?」
「でもさ、桃錬邪さんは倒したんだし、残るは四人だよね。一歩進んだよね!」
賢二は人心地ついたと言わんばかりの表情を浮かべている。
しかし、勇者はそうではなかった。
「…いいや、奴は生きてる。あの至近距離での爆発…無事じゃ済まんだろうが、肉片も残らんとは少々解せん。逃げたと考えるのが妥当だろう。」
「えっ!?そんなっ…!」
その頃―――
「ぐっ、グハッ!お、降ろせゴクロこの野郎!離しやがれぇー!」
「おっと!暴れるなよ桃姐さん、傷に障るぜ?もうじきアジトに着くからよぉ。」
「く、クソガキどもがぁ…!次会ったらブッ殺してやる…!!」
重傷を負った桃錬邪を抱えつつ、最寄のアジトへと馬を走らせるマジーン。
桃錬邪を気遣うような言葉をかけながらも、その顔にはいかにも悪巧み中といった嫌な笑みを浮かべていた。
(フフッ、面白くなってきやがったぜ。)
そして、神を巡る戦いが始まる。