【043】盾の番人と忍び寄る影
山賊どものアジトを出て、歩くこと数時間。俺達は山頂の洞窟内、謎の扉前に来ていた。
明らかに人為的に作られた扉だ、きっと『勇者の盾』とやらはこの中にあるのだろう。
果たして番人とやらはどれほどの実力を持つのだろうか。
まぁたとえどれ程の強者だろうと、俺の敵ではないだろうがな。
「じゃあ開けるぞ。敵がどんな奴かは知らんが、ビビッて逃げるなよ?」
「フン、ウチは平気やで。」
「ぼ、僕は平気じゃないけど…まぁ、ね?」
「よし、行くぞ!」
勇者は扉を開けた。
「…む?おヌシ…」
バタン!
勇者は思わず扉を閉めた。
勇者の目に飛び込んできたのは、意外な影。スイカの頭を持った男…そう、二号生の雪山登山で出会った謎の変態『スイカ割り魔人』だったのだ。
谷底に消えたはずの彼がなぜ生きているのか、そしてなぜこの場にいるのか、というかなぜスイカなのか…。すべてが謎に包まれているが、下手に関わりたくないという気持ちの方が大きい。
「帰ろう。」
「えっ!どうしたの勇者君!?なんでそうなるの!?」
「い、いや。いま一瞬…見てはいけない何かを見たような気がしたんだ。」
「はぁ?何言っとるんや!時は金やて前にも言うたやろが、早ぅ行かんかい!」
「だ、だが…」
想定外の事態に少し混乱している勇者。
そんな勇者の動揺を察して肩に手を置いたのは、どう見てもフォローとかできそうにない姫だった。
「勇者君、私も見えたよ。でも…大丈夫だよ!」
姫は手頃な棒を手にしている。
「やっぱり割る気なんだな…心強い。よし、じゃあ改めて行くぞ!こうなったら一瞬でカタを付けよう…喋る間も無いうちに砕いてくれる!」
勇者は再び扉を開けた。
そして全力で斬りかかった。
「うぉおおおおお!派手に砕けろっ!それがスイカ割りの醍醐味だぁーーー!!」
「…ぬぅっ!?」
バスコーン!
スイカ割り魔人のカウンター攻撃。
勇者は頭部にダメージを受けた。
「い゛…いってぇー!!」
割りにいった勇者が逆に割られかけた。
「フッ、ワシを誰と思っ…お?なんと…誰かと思えばカクリ島のスイカどもではないか。」
「誰がスイカやねん!ってお前がスイカやないかい!!」
急に目に飛び込んできた異様な光景に即座に順応した商南。
賢二も驚きはしたものの状況は理解したようだ。
「こ、この人が例の…。僕はあの日に宇宙に旅立ったから噂でしか聞いてなかったけど…聞いてた以上のインパクトだね。」
「久しいな小僧。相も変わらずヌシのスイカは壮健か?」
「ごめんなさい初対面です。」
敵のマイペースさは健在のようだ。
「初めまして姫だよ。」
「いや姫ちゃん、キミは前に会ってるぞ。というかコイツを忘れるのは逆に難しいだろ。」
姫もマイペースさでは負けてなかった。
「さて、どうしたものか…。あの断崖から落ちてなぜ生きているのかわからんが、再び俺の前に立ち塞がるというのであれば、打ち砕くのみだ。まぁ黙ってブツを渡すってんなら見逃してやらんことも…」
「御託はいい!勝負だ小僧!!ここで逢ったが…ひぃふぅみぃ…」
「いちいち数えるな!そこは“百年目”とか言っときゃいいだろが!」
「三年目!!」
「しかも間違ってるし!もっと前だし!つーか前回もだが、なんで貴様はそんなすぐに挑んでくるんだ?襲撃してきた俺らよりテンション高いとかおかしいだろ!」
「フンッ、知れたこと。戦いこそが…戦いこそが我がスイカだからだ!!」
「聞いた俺が馬鹿だったぜ…」
相変わらずの“戦闘狂”の理論に勇者が呆れていると、商南がその袖を引きつつ小声で話しかけてきた。
(勇者!ちょい勇者っ!)
「あん?なんだよ商南、俺は忙しいんだ。愛の告白なら顔を改めろ。」
(誰がするか!って“日”ちゃうんかい!…やのうて、ウチが言いたいんは…)
(フン、貴様のことだ…“ブツ”を見つけたってんだろ?よし、敵の目は賢二が逸らす、俺達はそっちに向かうぞ。)
(フッ、オーケーや。)
(というわけで賢二、後は任せた。貴様は一足先に夏を満喫してくれ。)
(えぇっ!?む、無理だよ僕じゃ…の前に、普通に逃げられないんじゃない?)
「どこへ行く気だ小僧?このワシから逃れられるとでも思っておるのか?」
スイカ割り魔人が立ち塞がった。
これだけ目の前にいてこっそり逃げるなんてさすがに無理があった。
(ほらやっぱり…!どうするの勇者君…!?)
「スイカを買ってくる。」
勇者は堂々と言い切った。
「いや、バレバレだから!話の流れからしておかしいから!」
「ワシの分も頼む。」
「やっぱりですか!やっぱりそういうノリですか!というかそれって“共食い”では!?」
勇者は立ち去った。
商南は立ち去った。
賢二は取り残された。
姫は知らぬ間にいない。
「さぁ来い小僧!あの日からどれだけ育ったか…そのスイカ見せてみよ!」
「だから初対面ですってば!」
「いくぞ!『スイカ流棒術』奥義…『百連パンチ』!!」
「棒はどこへ!?」
戦闘狂を押し付けられ、賢二がピンチを迎えていたその時…。洞窟の外にはなんと、謎多き魔人マジーンの姿があった。
そして次いで現れたのは、怪しげなマントに包まれた“黄緑色”の影。
「よぉ!遅かったな『黄緑錬邪』。一体何日待ったと…」
「オイ、なに馴れ馴れしくタメ口きいてんだよテメェ?煮るぞコラ。」
黄緑錬邪と呼ばれた新色の五錬邪は、声やサイズからして中身は少女のようだが口は凄まじく悪かった。
「…ハイハイ悪ぅございましたよ。ホレ、お目当ての勇者はこの中だぜ。」
「あぁそうかよ。じゃあテメェはもう用無しだ、帰って糞して寝やがれ。」
そう吐き捨てると、マジーンを残し洞窟内へと向かう黄緑錬邪。
その後ろ姿にマジーンは念のため声をかけた。
「だがよぉ、いいのか?群青のダンナは殺すなっつってたぜ?」
「フン、黙れよ雑魚が。私は私の好きなようにやる…テメェは大人しく草でも食ってろ。じゃあな。」
新たな危険が迫っていた。
「ゼェ、ゼェ、も、もう無理…!無理です許してください…!」
「ふむ、その回避能力…あっぱれなスイカよ。よほどの修練を積んだと見える。」
早々にやられると思われた賢二だったが、なんと意外にも善戦していた。
修行時間の全てを“回避”と“防御”に費やしてきた甲斐があったと言えば聞こえはいいが、逆に言うと“攻撃”の当ては一切無いとも言える。
冗談のような見た目の割に普通に強いスイカ割り魔人の攻撃を、全力でかわし続けてきた賢二はもはや限界であり、いつ倒れても不思議じゃない状態だった。
「さてスイカよ、もう少し遊んでやりたい気もするが…そろそろ茶番も終わりにするか。今からは地獄の『スイカ祭り』だ!」
「いや、そっちの方が…茶番くさいですけど…」
弱々しくツッコミを入れるのが精一杯の賢二。
もはやスイカ割り魔人が振り上げた棒を見上げることすらできない。
だが、その時―――
「フッ、悪いなスイカ野郎。その祭りは雨天中止だ…貴様の“血の雨”でなぁ!」
「ぬぅ…?ハッ!しまっ…」
背後から聞こえた声に振り返ったスイカ割り魔人は、思わず言葉を失った。
頭部はほぼスイカであるため表情こそ読み取れないが、明らかに動揺しているのがわかる。
その視線の先には、『勇者の盾』を装備する勇者の姿があった。
「くっ!このワシの虚をつくとは…敵ながら見事な小僧よ!」
「いや、あれで気付かないアナタの方がある意味見事ですよ…?」
“虚”とかの問題じゃなかった。
「フッ…悪いなスイカ割り魔人、もうこれは俺のモンだ。返せと言われても返す気は微塵も無い。」
勝手に拝借したくせに悪びれる様子も無い勇者。
だがスイカ割り魔人が発したのは想定外の答えだった。
「…いや、良い。盾はヌシを選んだ、ならばそれが定めということなのだろう。」
「ん?なんだ、やけにあっさりしてるじゃないかスイカだけに。」
「フンッ!だが心して扱えよ小僧?その盾はかつて、伝説の『勇者』が…この地に封じた、“呪われた盾”なのだからな。」
「…んんっ!?」
話の雲行きが一気に怪しくなった。
「知らぬと?“勇者が封じた『破壊神の盾』”…略して『勇者の盾』だ。」
「なっ…妙なところで略すなよ!全く正反対の意味じゃねーか!!」
もしかしたら、ババア呼ばわりされた防具屋店主なりの仕返しだったのかもしれない。
「呪われとるて…アンタ体に異常は無いんか?」
商南は距離をとって警戒している。
「ふむ、言われてみれば確かに妙な気配が…。気付かなかったのは多分この『ゴップリンの魔剣』も呪われてるからだろうな…慣れってのは怖ろしいものだ。」
「えっ、サラリと言うたけど普通の状況ちゃうでそれ…?その剣もやったん?」
「ん?まぁそうだが別に大したことはないぞ。なぜか俺の成長に合わせてサイズが変わるとか、使うと謎の倦怠感に襲われるとか、捨てても知らぬ間に返ってくるとかその程度だ。」
「麻痺してるんだよ色々…。育った環境が特殊すぎたから…」
賢二は学園生活を思い出した。
「…じゃ、まぁそういうわけで。」
勇者はシレッと立ち去ろうとした。
だがもちろん、そう簡単にはいかなかった。
「待てぃ小僧!どこへ行く気だ!?決着はまだついておらんぞ!」
期待外れだったとはいえ、一応は目的を果たしたためこれ以上長居はしたくない勇者だったが、スイカの人がそれを見過ごすわけがない。
そして、見過ごさない人間がもう一人―――
「ケッ、ちんたらやってんじゃねーよ雑魚どもが!まとめて死にやがれ!!」
扉の向こうから少女の声が聞こえた。
そして大地が二つに裂けた。
「うわわっ!な、なんやねん急に…!?」
「チッ…誰だ出て来い!こんなヌルい攻撃じゃ俺達は倒せんぞ!!」
「まったくだ!ガッハッハー…!!」
スイカは谷底へと消えていった。