【042】山賊が住む山(2)
山賊どもに捕らわれていた俺達だったが、俺が旧友の息子だとわかり上機嫌になった族長の号令で、急遽宴が催された。
山賊どもは意外と気のいい奴ばかりで、宴は和やかな雰囲気で進んだのだった。
「そうが、オメェが凱空の…。風の噂でしが聞いでねがっだがら驚れぇだわ。」
「俺も驚いたぞ、まさか茶柱が立つとは。」
「会話する気あらへんのんかい!」
場の空気感を察して商南はやっと警戒を解いたようだが、賢二はまだ油断できずにいた。
「あ、あの~族長さん。結局、僕らの安全は保証されてるんでしょうか…?」
「む?そりゃもちろんだ、友のガキどもに手なんぞ上げねぇよ。オイ、誰か子供酒を持っで来いやぁ。」
<子供酒>
子供用に作られた、中毒性も依存性も無い安全なお酒。
水を飲めば一瞬で分解される特殊なアルコールを使用している。
「酒て…いくらなんでもハメ外しすぎちゃうん?いくら友好的や言うても山賊の砦の中やで?わかってんの勇者?」
「まぁいいじゃないか。せっかくの席だし少しくらいハメ外しても。」
「フン、ハメやのうて肩外してたくせしてよう言うわ。」
呆れた顔をする商南に、同じく呆れ顔をしつつ勇者は小声で囁いた。
(馬鹿め、これも作戦だ。せいぜい飲んで…それ以上に、飲ませておくがいい。)
勇者は悪い顔をしている。
そして夜もふけ宴も終わり、山賊どもが寝静まった頃…俺達は宝物庫の前に来ていた。
そう、奴らが気を許している今がチャンスだ。目的の盾を奪ってとっとと逃げるとしようじゃないか。
「ね、ねぇ勇者君、ホントに盗むつもり?あんなに良くしてくれたのに…」
「なかなか頑丈そうな扉だな。剣ねじこんで開けられるだろうか?」
「勇者君…見えてる…?僕はここにいるよ…?」
賢二は盗子の気持ちが少しわかった。
「開かんな…。よし、ならば爆薬で扉ごとフッ飛ばすか。」
「爆っ…!?アホか!なに考えとんねんアンタ!」
「で、ですよね!もっと言っちゃってくださいよ!」
「音でバレるやんか。ウチに任せんかい、鍵開けならお手のモンやで。」
「あれっ!?止めてくれるんじゃなくて!?」
「金が絡むと目の色変わるんだなお前…。まぁそこまで言うなら貴様に任せてやるが、五分以上は待た」
カチッ
「ホレ、開いたで。バレへんうちに行こうや。」
商南は妙に手馴れていた。
「ほぉ~、色々あるじゃないか。盾だけじゃなく他にも何か…」
勇者がお宝に手をかけたその時…宝物庫の入り口から声がした。
「…やれやれ、やっぱし来だがよ。血は争えんもんだなぁ。」
族長が現れた。
なにやら遠くを見るような目でこちらを見ている。
「えっ!ぞ、族長さん!?なんでここに…!?」
「まさがど思っで念のため張っどったんだぁ。凱空の奴も昔…同じことしくさったでよぉ。」
「な、なにっ!?チッ、親父の奴め余計なことを…おっ、高そうな剣発見。」
勇者は悪びれる気が無い。
「アホか勇者!そないなモン漁っとる場合やないやろが!」
「そうだど勇者、その嬢ちゃんの言う通りだぁ。こういう時は素直に…」
「狙うんやったら宝石やで。剣なんかかさばっていかんわ。」
族長はあっけにとられた。
賢二の土下座が炸裂した。
だがしかし、族長の出した答えは意外なものだった。
「悪いが全部はやれね。だが戦友のガキだぁ…一つだけ選んで持っでけや。」
「えっ!怒るどころかくれるんですか!?ホントに!?」
賢二は話がうますぎて信じられない。
だが勇者は額面通りに受け取ったようだ。
「む~、一つかぁ~…まぁ仕方ないか。じゃあ『勇者の盾』を寄こしやがれ。」
「勇者の盾だぁ?そりゃここにゃ無ぇだよ。噂じゃ山頂の洞窟にあるどか…」
「あん?なんだ、お前らが持ってたんじゃないのか。何故取りに行かん?」
「ブハハッ、族は“奪う”のが仕事だでな。探し行ぐのは面倒でよぉ。」
そう言って笑う族長は、嘘をついているようには見えない。
「ゆ、勇者ー!なんやごっつ高そうな宝箱めっけたでぇー!」
勇者以上に真剣に探していた商南が指差した場所には、豪華に装飾された大きな宝箱があった。
「む?おぉ、確かに何かありそうな感じだな。あれを貰ってもいいんだよな?」
「あれか…んにゃ、あれは無理だわ。鍵が開かねぇでな、オデも中は知らな」
カチッ
「開いたで。」
商南は『商人』じゃないかもしれない。
「よし、じゃあとりあえず見るだけ見てみるとするか。」
「ちょ、ちょっと待ってよ勇者君!何だかわかんないとか危なくない!?もしかしたら腰抜かすようなモノが入ってるかも…!」
「フンッ!たかが宝箱ごときにビックリするなど有り得んわ!見るがいい!!」
勇者は宝箱を開けた。
「…ほぇ?」
中から姫が現れた。
「ビックリーー!!!」
勇者は腰を抜かした。
「ま、ま、まさか…ひ、ひ、ひっ、姫ちゃ(ブゥーーー!!)」
謎の宝箱から現れたのは、なんとカクリ島からの航海中にはぐれたっきり、消息不明となっていた姫だった。
実に二年半ぶりとなる待望の再会に、勇者は興奮のあまり多量の鼻血を噴いた。
「うわぁー!お、落ち着いて勇者君!その量は興奮して出す量じゃないよ!?」
「あ、勇者君お久しぶり。こんな所で何してるの?」
しばらくボーッとしていた姫だったが、やっと勇者らの存在に気付いたようだ。
「い、いや、それはこっちが聞きた…相変わらず可愛いぜうっひょー!!」
「勇者君は…ちょっと見ないうちに赤くなったね。」
「フッ、収穫時期なんだ。」
「鼻血やろがい!!トマトちゃうねんから…てか誰やねんこの子?見たとこ知り合いみたいやけど、宝箱からいきなり出てくるとか…『奇術師』でもなければ説明つかへんで?」
「じゃあ説明つかないってことで…」
賢二は説明を放棄した。
そして翌日。姫ちゃんを仲間に加え、目的地も定まった俺達は、山賊屋敷を去ることにした。
「なぁ勇者、いつになったら出発しよんねん?もう昼過ぎやで?」
「ん~、まぁもう少し待て。山頂の洞窟には“番人”がいるって話だ、少しは休まんと何があるかわからんだろ?こっちは肩と腰と大量の血液が抜けたんだぞ?」
すべて自損事故だった。
「もう行ぐのが。もうチョイゆっぐりしでげばいいのによぉ。」
族長は名残惜しげな表情でこちらを見ている。
「世話になったな。もう二度と会うことは無いだろうから涙で見送るがいい。」
勇者は社交辞令とか言えない。
「ま、気ぃ付げで…楽しんで行げや。若ぇうぢの冒険は糧になるでな。」
「フン、貴様らも達者に暮らすがいい。じゃあな。」
こうして勇者達は出発した。
勇者と商南のカバンが妙にパンパンであることに賢二は気付いたが、見なかったことにした。